からむこらむ
〜その13:でんぷんと飴〜


まず最初に......

 こんにちは。相変わらずの激しい天候に風邪気味(?)の管理人です。皆様は如何でしょうか?

 さて、今回は前回出てきた「でんぷん」から思い出したお話。更に今回は「家庭で出来る水飴の作り方」なぞやってみようかと思います。あ、危険なものでは全く無いですよ。念のため.........
 と言うわけで、「でんぷんと飴」の始まり始まり..........


 明治32年(1899年)、三共商店より新薬「タカジアスターゼ」が発売されました。この薬はもともとアメリカの製薬会社バーク・デイビス社より発売された胃薬で、当時の日本領事がある貿易商をパーティーに招いたときにこの薬を「満腹、胃弱の方はこれを飲んで、これから出る料理を楽しんでくれ」と勧めたという話があります。その薬を日本で売るために、この貿易商西村庄太郎と横浜の商人塩原又策、そして友人福井源次郎が資本を持ち寄って上記「三共商店」を設立、許可をもらって「タカジアスターゼ」を輸入販売しました。
 この薬は発売されてから年々売り上げを伸ばしていき(日本の胃弱の人々のほとんどが服用したとされています)、最終的には大正三年、品川に工場を建てて輸入から国内製造に切り替える程のヒットとなりました。ちなみに、明治三十六年にこの「タカジアスターゼ」の広告をしたことが日本で最初の新薬の広告とされています。

 さて、この「タカジアスターゼ」。実はこの開発者は日本人であり、日本の科学分野の発展に多大な貢献を残した人物で、名前を高峰譲吉と言います。
 この「タカジアスターゼ」の正体はジアスターゼという酵素であり、もともとは1833年にフランスの二人の科学者によって麦芽から分離されたものでした。しかし、この二人が分離したのは実際にはアミラーゼという酵素を主体とする「酵素群」であり、酵素としては未精製なものでした(50種以上の酵素があったとされる)。 高峰譲吉はこのジアスターゼを日本独自の方法.........酒のアルコール発酵に用いた麹の原料に麦のフスマを利用して、大量に生産することに成功しました。
 こうして大量に得ることの出来た「ジアスターゼ」を、高峰譲吉の「タカ」を名前につけて「タカジアスターゼ」として販売し、これが大ヒットとなりました(文字通り、倍々で売り上げが上がったらしい)。
 尚、このタカジアスターゼの大成功によって三共商店は、医薬品を中心として売り上げを拡大していき、現在の「三共製薬」となっていきました。この会社の発展はこの高峰譲吉によるものと言っても過言では無かったのです(実際には「オリザニン(=ビタミンB1)」の発見者であり、現在の東京農業大学の(旧)農芸化学科を設立した鈴木梅太郎もいますが........)。

 では、この「ジアスターゼ」という酵素は一体何なのでしょうか?
 動物は「食べる」事によってエネルギーを得ていることは周知の通りです。この「食べる」の対象には植物があります。この植物の中には「でんぷん」がたくさん入っており、このでんぷんを酵素によって分解していく事で最終的に「ブドウ糖」にしてこれをエネルギー源としています。 このでんぷんを分解する酵素の一つが「ジアスターゼ」なのです。

 では「でんぷん」とはなんなのでしょうか?
 「でんぷん」は植物が光合成して二酸化炭素と水から作りだすもので、エネルギーの貯蔵庫としての役割をしています。米、麦、甘藷、馬鈴薯などの主成分です(これらは皆「酒」の原料となりうる.......前回を参照)。
 この「でんぷん」と言うものは「ブドウ糖」として有名な「α-グルコース」がたくさん連なったもので、化学式では (C6H10O5)n で表記します。最後の「n」は適当な数値が入り、「()でくくった構造がn個並ぶ」という意味になります(だいたい250から300ぐらいのようです)。 ちなみに、小学校で習ったことがあると思われますが、「じゃがいもの断面にヨウ素を塗ると青紫色になる」というものがあったと思います。これは実は、でんぷんの構造が関係します。
 さて、このでんぷんは体の中では「ジアスターゼ」の作用によって「デキストリン」という物に変化します(化学式は一緒。構造が異なる)。「デキストリン」は飴、餅の中に入っていますが、ヨウ素によって変色をしたりしなかったりします。「粘り気」の元です。
 さらにこの「デキストリン」は「ジアスターゼ」によって麦芽糖(ブドウ糖が二つくっついたもの。 化学式C12H22O11)に変化します。 最終的に体内では、この麦芽糖は別の酵素「マルターゼ」という酵素によってブドウ糖に変化し、エネルギー源として使われます。
 以上のことより推察されるとは思いますが、「タカジアスターゼ」を服用することによって体内での「でんぷん」の分解を助け、消化吸収の補助を行います。完全に「胃薬」な訳です。

 話が前後しますが、胃潰瘍で死亡した夏目漱石もこの薬を愛用していた事は有名で、自身の小説「吾輩は猫である」で、漱石自身がモデルとされている「苦沙弥(くしゃみ)先生」もこれを愛用しています。が、だんだん「タカジアスターゼ」が効かないとぼやく主人公に夫人が「でんぷんの分解を助ける」と言ったのは正解であったりしますが、実際には「タカジアスターゼ」もサポートできないほど漱石の胃潰瘍が進行していたようです。
 文学作品から体調の進行が伺えたりするのが、結構面白いですが............


 さて、ではここで「ジアスターゼ」を利用した水飴の作り方でも御紹介してみましょうか............
 用意するもの:魔法瓶(小さめのが良いかも) でんぷん 新タカジア錠(要は「ジアスターゼ」の入った胃薬(消化の補助するタイプ) ガスターとかはダメです!) ろ紙 ビーカー(別に代用可) 温度計(100度までので十分) 撹拌棒(何でも良いです) 秤 一晩おく時間  (器具に関しては、ハンズなんかで売っていると思います。代用できるものはしたほうが安上がり)

  1. タカジア錠を3錠取って砕いて粉にし(細かくしたほうが良い)、これに5ccの水を加えて良くかき混ぜてからろ紙でこし分けて、水に不要な部分を取り除く。この時に水分が少なり過ぎてろ液が無い場合は少し水を足してください。(1)
  2. ビーカーに20gのでんぷんを計り、100ccの水を加えて十分にかき混ぜながら熱し、「濃い糊」を作る。(2)
  3. (2)の糊の温度が60度まで下がったら、(1)の水溶液を加え、良くかき混ぜてもう一度50〜60度にしてこの内容物を魔法瓶に入れる。
  4. 一晩おく。
  5. 液をビーカーに入れてこれを弱火で熱し、水分を蒸発させていきます(直火は危険です。網を用いたほうが良いでしょう)。
  6. 水分が抜けていくと、最終的には粘りっこい薄黄色の水飴ができます。
 1.は酵素の水溶液。 2.はでんぷんの水溶液。
 3.では混ぜることによって、酵素とでんぷんを反応させ始めます。温度は酵素が「作用しやすい」温度ですので、この調整は重要です(酵素は温度によって働き具合が完全に違ってきます。高過ぎてもダメ、低すぎてもダメ)。さらに、混ぜ方が足りないと反応が「偏り」ます。まんべんなくやることがコツです。
 4.では一晩かけて酵素とでんぷんを反応させます。このとき、3.の行動によって出来が変わってきます。 うまくいっていればここででんぷんが酵素により分解されて糖に変わります。
 5.では飴を作るために水分を抜きます。


 以上、お暇でしたら是非挑戦してみてください。うまくいったら報告でも頂けたら嬉しいです。

・補足
 「でんぷん」の式として「(C6H10O5)n」と表記しましたが、実際には肝臓の中に存在するエネルギー貯蔵庫「グリコーゲン」(「肝臓澱粉」とも呼ばれる)や、植物の構造物質の一つである「セルロース」も同様の化学式で表記できます。
 難しくなりますが、  「でんぷん」はブドウ糖である「αーグルコース」が1,6-、または1,4α-で結合し連なっており、1,6-では250〜300個が結合し螺旋状の構造を、1,4α-では約25個おきに1,6-結合をして枝分かれする「アミロペクチン」という構造をとっています。
 「グリコーゲン」は肝臓の中に蓄えられるエネルギー源で、構造はアミロペクチンに近い構造をしていまが、13〜18個ぐらいで枝分かれしています。
 「セルロース」は自然界に存在する繊維の大半を占めており、その構造は「αーグルコース」とは一ヶ所だけ構造が異なる「βーグルコース」が1,4β結合して連なっています。分子量は五万から四十万で、300〜2500個の「βーグルコース」が結合しています。1,4βにより、この分子は直線的な分子で、植物中では「平行に」ならんでいます。尚、この「βーグルコース」は人はエネルギー源として使用することが出来ず(たった一つの部分の向きが違うだけなのに!)、牛などの反すう動物ぐらいしかエネルギー源として使用できない(「イソメラーゼ」という酵素がβからαに変換する).......はずです。




 一気に書いて、今週も終わり。

 さて、今回の「からこら」は如何だったでしょうか? 「でんぷん」を先週書いてから、高校の時にやった化学実験で水飴を作ったことを思い出したので、これをやってみたいと思い、それに関する話も加えて今回のような形にしてみましたが.........如何でしょうか?
 もし水飴を実際に作ってみることが出来た人がいらっしゃいましたら、是非ゲストブックへ書き込んでお知らせください。 いなかったら.......? ま、その時はその時で.........(^^;

 とにかく今回は基本的に「軽め」を目指してみました。御感想、質問、お待ちしています。

 それでは来週はうまく熟成できたらかねてのリクエストに応じて「名前」についてのちょっとした雑学をやってみようかと思います。さて、うまくいくかどうか?
 お楽しみに............

(1999/03/30記述)


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