からむこらむ
〜その12:酒・カビ・酵母〜


まず最初に......

 こんにちは。最近もまた気温変動が激しかったりしましたが、如何お過ごしでしょうか? 私は.......うぅむ.......(^^;

 さて、今回は前回が「難しい」と評判でしたので(苦笑)、今回は一気に「軽い」ネタにしようかと思いまして、お酒の話。 化学的な「酒」の製造プロセスと余談で構成しております。
 と言うわけで、「酒・カビ・酵母・」の始まり始まり..........


 さて、読者の皆様は大半が飲酒経験があると思います。そして、中にはお酒をこよなく愛する方もいらっしゃると思いますし、更にその製造過程などに詳しい方もいらっしゃると思います。
 しかし、その製造過程に詳しくても、実際に「化学的には」何が起きているのかまでを知る人は少ないでしょう。
 そういうことで、今回は余談も交えてそういったお話をさせていただきます。

 さて、ここで問題。 だいたい「お酒」と言ったものは、何から出来るでしょうか?
 まぁ、答えは色々と出てきそうですが、その大半に共通するものとしては「穀物」「芋類」であるかと思います。もちろん「例外」はあるでしょうが、麦から米から芋からと言ったものが普通、なじみ深いことから「穀物」「芋類」と思います。
 では、穀物、または芋類の中の「何」がお酒の原料となるでしょうか.........?
 分かる方はもちろん「簡単」かも知れません。しかし、御存じ無い方も中にはいらっしゃるでしょう。答えは「でんぷん」です。

 酒は一般に「でんぷん」からつくらます。

 さて、ここで更に質問。「でんぷん」とは「化学的には」どう言ったものでしょうか?
 「でんぷん」と言うものは良く聞くものでしょうが、良く考えると御存じ無い方もいらっしゃるのではないでしょうか。 でんぷんというのは簡単に言えばたくさん「糖」が鎖状になったものです。

 しかし、ここで良く考えてみると........「でんぷん」からどうやってアルコールが出来るか? これが問題になってきます。
 ここで出てくるのが「発酵」と言ったものが関わってくるわけです。

 さて、ここからが本題。
 酒の作り方はものすごく単純に言えば、「穀物、芋類に麹カビと酵母を加えて発酵させる」となります。では、ここでは何が行われているのでしょうか?

 日本酒の例の一つを挙げれば(あくまでも「例の一つ」。複数種類の製造法がある為)、まず蒸した米に「種麹」、つまり麹カビを加えます。次に酵母を加えて発酵させ、こうして日本酒を作っていきます。
 では、このプロセスの「麹カビ」は何の為に入れるのでしょうか?
 日本酒に使われる種麹の麹カビはAspergillus(アスペルギルス)属で、「その9」に出てきた「アフラトキシン」を産生するカビの仲間になります(これで「その9」で書いた通り、一時期大騒ぎとなった)。その名前をA.oryzae(オリゼー)と呼びます。実際にはこの菌は、日本では酒のほかにも米酢、みそ、みりん、甘酒等の醸造に使われている菌です。
 さて、この麹カビの役割は何かと言いますと、「でんぷんの分解」を行います。 もう少し具体的に言えば、多量の糖からなる「でんぷん」を酵素(でんぷんの分解酵素である「アミラーゼ」という酵素)で分解し、最終的にブドウ糖にします。これを「糖化」と呼びます。

 では次に酵母を加えるとどうなるのでしょうか?
 日本酒の醸造に使われる酵母としては、Saccharomyces(「サッカロミセス」、または「サッカロマイセス」とも)属の酵母が使われており、具体的にはS.cerevisiae(セレビシエ)と呼ばれる酵母を使っています。
 この酵母は醸造用としては良く使われており、アルコールの発酵能力が強いことが知られています。また、パンや、ビール、ワインなど、酒類全般に渡って使われています。そして、清酒用としてはこの酵母の類縁にあたるS.sake(「サケ」。そのまんまです)という酵母を用いて醸造します(これが結構凄い酵母。後述)。
 さて、この酵母の役割は何かと言いますと、ものすごく単純に言えば「アルコール発酵」をします。つまり、糖からアルコールを作り出す酵母となります。
 式で書くと、以下の式になります。
式:C6H12O6→2C2H5OH+2CO2
 ここで、「C6H12O6」がブドウ糖(実際には、「単糖類」と言われるものはこの式です)、 「C2H5OH」がエタノール、つまり「アルコール」。そして最後の「CO2」は御存じ二酸化炭素で、最後の「↑」は気体を示しています。つまり、醸造用の樽でぽこぽこ泡が出てくるのはこの二酸化炭素がその正体となります(尚、沈殿する時には「↓」となります)。

 さて、ここでS.sakeの凄いところを一つ。
 世界にある「醸造酒」(「蒸留酒」のことではないことに注意!)の中でも、日本酒のアルコール度の高さは高いことが知られており、そのアルコール度は15〜23%(ワイン、シャンパンで8〜14%。ビールで3〜7%、シェリーで7〜20%、マッカリ(韓国)で約13%、黄酒(ホアンチュウ)で13〜20%)です。しかし、世界中を探しても20%のアルコールを産生できる菌は非常に少なく、ここにこの酵母の「特殊性」があります。
 アルコールは菌などにとっては「毒性」が高く(だから殺菌用に用いられる)、あまりにも高い濃度はそれ自体が「毒」となってしまいます。20%ものアルコールを産生する菌はかなり特殊なものです。このS.sakeは、そういった点でかなり「変わった」ものであると同時に、日本酒の「特殊性」を出していると言っても過言ではありません。


 さて、日本における酒の歴史はかなり古いものであるらしく、古くは(かの有名な)『魏志』の倭人伝の中にある、「倭の国の葬儀」について「酒を飲んで死者を悼んだ」といった表現があったそうで、これが一般に「記録」されている日本での酒の記録だそうです。
 しかし実際には、弥生時代、縄文時代(最近はこの二つの定義も徐々に怪しくなってきましたけど)には酒が飲まれていたそうです。それでは、「麹カビ」や「酵母」なぞ全く知られていなかったようなこのような昔に、彼らはどうやって酒を「入手」していたのでしょうか?

 「口噛み酒」と言うものを御存知でしょうか?
 これは原料となるもの(おそらくは雑穀)をまず人の口で噛みます。そしてそれを瓶などに吐き出し、そしてこれを溜めていきます。そうしてしばらく放っておくと、見事に「酒」が完成するそうです。

 これの理屈は、実は上記のものと一緒で、口にいれて噛むのは唾液の中にある「糖化酵素」と原料を混ぜ、反応させると言うこと(でんぷんの分解)。そして、はき溜めておいて酒が出来るのは、これは非常に「偶然まかせ」っぽいのですが、空気中に浮遊している酵母の落下によって出来たと考えられています。偶然任せの部分がありますが、それなりに理屈があったわけです。
 尚、南方系から徐々に全国へと伝播したと考えられているようです。そしてこれは弥生時代にも続けられたようです。
 しかし、おそらくはこうした過程でも酵母によっては「酢」が出来たりして大変だっただろうなぁというのは、想像に難くないです(気まぐれだもんな.......)。
 取りあえずこういった事を経ながら、最終的には画期的な「種麹」の発明によって醸造の技術化を行い、そして現在の醸造技術へと発達をしています。尚、「種麹」は平安時代にはありました。昔の人は凄いです.........



 さて、最後に余談を。
 日本酒の醸造に欠かせない人員として「杜氏」がいますが、彼らのては結構「白い」のを御存知でしょうか?(いわゆる「美白」か?) これに注目した人(企業か?)いまして、研究をしてみた結果、ある物質がその「白い」原因であるとされました。それは以下のような構造を持つ物質でした。

麹酸(kojic acid)
 名前は書いてある通り「麹酸」と呼び、紫外線などから肌を守るために体が作り出す「メラニン色素」の合成を阻害するそうです。実際、これを化粧品の中に入れている物もある(あった?)そうです。
 ........でも、そこまでして白くなりたいのかな........ぼそ........


追記(2002/12/22)
 asahi.comの2002/12/19記事に「コウジ酸に発がん性の可能性、厚労省が使用禁止へ」という記事がありました。つまり2003/04から発ガン性がある為に食品衛生法を改正して使用禁止にする、との事で天然添加物では初の措置となっています。
 1995年頃にカニやエビ、ぎょうざの皮などの変色防止などに使用されたものの、既に使われてはいないそうですが。
 化粧ではどうでしょうかね?


追記(2008/05/06)
 2005年11月2日に厚生労働省は結局化粧品としての安全性について問題がない事を証明し、現在は使用が認められています。




 何とか終わり。

 さて、今回の「からこら」は如何でしたでしょうか?
 前回とは打って変わり、今回は簡単(?)にしてみました。しかも、おなじみ「酒」に関する事です。興味を持っていただければ嬉しいです。

 今回は酒に関することをつらつらと書いてみましたが、実際にはもっと複雑な背景もありますし(「火落ち菌」とか)、そして「発酵」に関しては更にものすごく深いバックグランドもあるのですが、そこまで行くと「微生物学」になりますので、そういったところは省きました。まぁ、あくまでも酒をベースとした科学の話ということで..........

 ま、次にお酒を飲むときには「そういえばこんなプロセスだったっけ?」などと少しでも思い出していただければ嬉しいです。
 御感想、質問があれば、ゲストブックかメールで教えてください。

 それでは飲み会シーズン! 皆さん気をつけて飲みましょう!!
 杜氏さんと、昔の人たちの努力と、カビと酵母に感謝して........

(1999/03/23記述 2002/12/22追記)


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