からむこらむ
〜その109:Auld Lang Syne〜
まず最初に......
こんにちは。気候変動がやたらと激しいですね。
色々と春めいてきたとはいえ、何やら目茶苦茶な時期でもあります。色々と身体が辛い時期です。
さて。今回も予告通り何やらごたごたしていまして.......まぁ、どうも今月中は色々と忙しいみたいですが(^^;;
ま、そういうわけで色々と考えたのですが、折角の時節柄、皆さん御馴染みの歌に因んだ話をしてみたいと思います。もともとはスコットランド民謡だったこの歌は、日本に入って名前を変え、故事に因んで歌詞が付けられた物ですが.........
それでは「Auld Lang Syne」の始まり始まり...........
Should auld acquaintance be forgot,
And never brought to mind?
Should auld acquaintance be forgot,
And auld lang syne?
.........さて、皆さんはこの歌詞で始まる歌を御存じでしょうか? ま、英語の歌詞で「???」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが........
この曲、「Auld Lang Syne(「久しき昔」という意味)」と言いまして、もともとはスコットランド民謡だったりします。これにバーンズが作詞をしまして1794年にこれを発表しました。一般に欧米では「お別れの歌」として定着しているようでして、歌詞の内容も「友人との想い出を大切にして、今後も永き友情が続くように」と言った歌詞内容になっています。
#歌詞は「Auld Lang Syne」で検索すると結構出てくるようです。
この曲はやがて日本に入りまして、1881年に「蛍」の題で「小学唱歌集初編」として知られることとなり、後には「蛍の光」として世に知られる曲となります。作詞者は不祥となっていますが、旋律が日本の民謡音階と共通するそうでして、なじみやすかった、と言われています。日本でも一般には「お別れ」の曲として定着していますかね。
まぁ、最近は時節柄、この曲を各学校で聴くことが出来るのではないでしょうか? って最近は余り歌われていない、という実情はあるようですけどね。
ところで、日本人にとっては「蛍の光」と言うと色々とイメージがあるかと思いますが。
歌詞の冒頭には「蛍の光 窓の雪」と言うことから、いわゆる「蛍雪」という言葉に通じる歌詞となっています。この「蛍雪」とは唐代の中国における初学の児童用に作られた、南北朝までの故事を集めた教科書『蒙求』に見ることが出来るようです。もともとは『晋書』の「車胤伝」にあるようでして、「晋の車胤は貧しくて灯油が買えなかったことから袋に蛍を集めて書を読み、孫康も貧しかったために雪明かりで書を読んだ。両者とも、やがて大成し立派な役人になった」という故事(「孫康映雪、車胤聚蛍」)に因んでいます。転じて、苦学して勉学に励む、という意味になっています。
ま、日本の「蛍の光」の歌詞は内容から言ってここからとった物と思われますが........
#いかにも、なのかも知れませんけど。
#個人的には好きな曲ですが。
余談ですが、『蒙求』は日本に入って漢書の入門書として発達し、「勧学院の雀は蒙求をさえずる」ということわざが生まれたぐらい日本に密着しましたが、中国では17世紀以降に廃れてしまい、日本より逆輸入するという奇妙な現象が起きた、という話があります。医学書でも似たような事例があったりしてなかなか面白いものですが。
さて、皆さんは「ホタル」と言う昆虫は御存じ........ですよね? 一応。知っていても「見たことない」という世代も大分増えてきているような気もしますが。特に自然の中で見た事がある、と言う人は最近では比較的少なくなってきているのではないかと思います。まぁ、腹部が光る、と言うことぐらいは御存じでしょうが.........
ホタルという昆虫は、世界で約2000種、日本でも30種以上あると言われています。日本ではゲンジボタルとヘイケボタルが特に有名でしょう。特にゲンジボタルは世界最大のホタルとして有名となっています。「ホタル」の語源は最大の特徴である「発光」から「火垂る」「火照る」「星垂る」「火太郎」という様な説があるようです。そして、この虫の腹節の覆面にある発光器によってあの「蛍の光」が見られることになります(ただし、中南米に住むある種のホタルのメスは頭部で発光するそうですが)。
日本で「ホタル」と言うと「夏の夜の蛍狩り」というイメージが比較的強いようですが、世界を見ると昼行性の物も結構あるようでして、これらは発光器が後退しているようで、無いか痕跡程度しか残っていません.......まぁ、必要ない、と言う意味でもありますか。また、日本的な「ホタル」とは大分違うイメージがあるようです。
日本でのホタルを民俗的に見てみますと、大きいものを「ゲンジボタル」、小さいものを「ヘイケボタル」と呼ぶのですが、これらは昔にホタルが乱舞する様から「蛍合戦」とよんで合戦(源平の合戦でしょう)に見立てたのが始まりとされています。まぁ、今では開発などで激減していることから、「合戦」をするほどホタルがいる、と言うのはある意味「考えられない」イメージですが。古人はこれを見て「霊が変じてなったもの」という考えがあったようでして、「人語を理解する」と考えられたことから、有名な「ホタル来い、こっちの水は甘いぞ」の歌が出来た、と言われています。この歌は地方によって色々とあるようですが、共通して「こっちの水は甘いぞ」と言うのが入るようです。
ホタルは多くの歌にも歌われまして、様々な歌集に出てきます。特に共通するのは「霊魂」という見方の様です。和泉式部の歌では、神社において恋愛相談を訴えたときに、ホタルを「物思いする身から遊離する霊魂」と見立てた歌があるそうですが........ちなみに、当時の寺社は重要な医療機関だったのですが、恋愛問題も「医療問題」と考えていたそうです。この問題に関与するかは知りませんが、ホタルは昔は薬になっていまして、古代の薬の名前に「ホタルムシ」が、5,6世紀の中国でも「ホタル火」という薬名があるそうです。もっとも、頻繁には使われなかったそうですが.........ホタルは「腐った竹の根や草が化したもの」という考えだったそうですが、使い方としては陰干しにして粉末にし、他の薬剤と併せて点眼薬としたり、煎じたりしたようです。
欧米にもホタルはいるのですが、イメージも日本と共通して「光る虫」というイメージのようです(もちろん、発光するタイプのホタルがいないとダメですが)。しかし、日本のような「蛍狩り」はしないそうですが。英語では「firefly」と「glowworm」と呼ばれますが、Wormはミミズやウジ虫などの地面にいる柔らかい虫を指します。これは、メスが翅を欠き、幼虫そっくりの形態からと言われています。また、卵、幼虫も光を発し、成虫ではオスよりメスの方が光は強い、ですので、飛び回るオスが「firefly」、メスが「glowworm」となるそうです。
フランス語も英語と一緒でして、「luciole」または「verluisant」と言います。後者が「光るミミズのような地虫」という意味で、メスを指します。もっとも、フランスだとホタルは「洗礼を受けずに死んだ子供の魂」という考えがあるそうでして、「美しい」よりは「不気味」さが強いそうですが。
そういえば、面白いのは赤道直下のあるところではマンガスという樹に蛍が大量にやって来ることがあるそうでして、この樹に大漁に蛍が集まると漁が大量になる、と言う話があるようです。ここでは、ホタルは「森の精霊の使い」だとか。また、ホタルを使って惚れ薬に、という話もあるようですが。
他にも色々と世界各地のホタルの話は色々とあるようです。
さて、ホタルの話を長々としていますが..........
ホタルに代表されるような、「生物が自ら、または共生生物の働きによって発光する」事を「生物発光(bioluminescence)」とよんでいます。この生物発光をする生物は数多くあり、動植物問わず存在しています。とは言っても、当然「全部が全部」ではありませんが。動物では、寄生虫以外のほぼ全部門に生物発光するものが存在し、植物では下等植物のみに見られるようです。動物ではホタル、ウミボタルや深海生物が有名でしょうか? ただし、陸上ではホタルや一部のミミズ、ムカデ、カタツムリやコメツキムシ程度しか知られておらず、大体は海洋生物に多いようです。特に、2000m以上の水深に住む深海生物において、その2/3が生物発光能力を持つと言われています。
では、植物ではどういうものがあるかというと、ある種の発光バクテリアや、有毒で死者まで出すことで有名なツキヨタケと言ったキノコや菌糸類がこの代表となります。発光バクテリアは特に生物の死骸や食品に寄生して発光することが多く、生きた生物には極一部の例を除いて無いようです。
生物発光に関して色々と言われていますが、その目的は概ね「通信手段」「再組織化手段」「捕食動物からの防御」「迷彩」「威嚇」「誘引」「求愛」「性識別」といった事が考えられています。もっとも、実は「良くわからない」という様なケースも多く、特に発光バクテリアやキノコ、ミミズ、クラゲなどは発光の目的が良くわかっていない物が多くあるようです。
さて、ではこの生物発光。一部の生物に関してはメカニズムが判明しているものがあります。
特にホタルなどはよくこの手の話で出てくるくらいですので有名なのですが.........このような生物発光には、「ルシフェリン(luciferin)」という化合物と、「ルシフェラーゼ(luciferase)」という酵素が関与しています。この「ルシフェリン」と言うものは、「これ」という構造のものではなく、一般には生物発光に関与する基質の「総称」を指します。この基質を触媒する酵素を「総称」して「ルシフェラーゼ」とよんでいます。ま、ピンと来ないかと思いますが........ホタルにはホタルの「ルシフェリン」と「ルシフェラーゼ」が、ウミボタルにはウミボタルの「ルシフェリン」と「ルシフェラーゼ」がある、と言うことになります。それぞれ名称は一緒でも、構造は異なっています。現在では、ウミボタルにゲンジボタル、貝の一種やサンゴの一種のルシフェリンの構造が知られています。
歴史的に見ると、このルシフェリンとルシフェラーゼの関与は1916年にハーベーにより見出されていまして、ホタルのルシフェリンは1957年にマッケルロイらにより分離されました。
以下に、ゲンジボタルのルシフェリンの構造を示します。
ホタルの場合、ルシフェリンとルシフェラーゼ、酸素などが関与して発光をします。もう少し専門的になると、ルシフェリンにルシフェラーゼなどが関与して励起中間体(エネルギー状態が高くなった状態。不安定)になり、これが発光して安定な生成物に戻ります(エネルギーの差分が光になる)。
#実際には数段階の化学反応です。
これら生物発光は反応効率が非常に良く、ホタルの場合は80%の効率となっています。まぁ、物理や化学、生物などをやらないとピンと来ない言葉ですが、皆さんの周辺の電気照明などと比較にならないぐらいの高効率となっています。ただし、この生物発光は「光」は放ちますがほとんど熱を伴わないことが特徴としてあります.......蛍狩りをしたことのある人はいらっしゃるかと思いますが、少なくともホタルを捉えて「暖かい」とか「熱い」って思ったことはないでしょう? この点をもっておそらくは民俗的な所で触れた「霊魂」という概念に結びつくと思われます。
以上が判明している代表的な生物発光のメカニズムになります。
ただし、生物発光の全部が全部がこのルシフェリン-ルシフェラーゼの関与かというとそうではなく、ある種のクラゲなどの発光反応は「発光タンパク」というタンパク質に金属イオンが作用して、酵素を介さずに発光することが出来ます。
ま、ここら辺は色々と生物により複雑だったりするようですが...........尚、発光バクテリアの反応はホタルのそれよりも複雑とされています。
そうそう。ちょっと話が前後しますが。
先ほどキノコも発光するものがある、と書きました。ちょっと考えてみると、民俗的にキノコはヨーロッパにおいて「妖精」の存在と結びつけられているそうです.........まぁ、そういう題材の絵画を探してみると良くセットで出てくるのですが。おそらく、こう言った「発光するキノコ」などもそういう話を補足したのか、などと思うものはあります。
ちなみに、「蛍石(fluorite)」という石があるのを皆さんは御存じでしょうか? 比較的ポピュラーな鉱物ですが。
この石、化学組成はフッ化カルシウム(CaF2)でして、色々と融剤として利用される鉱石です。この石は紫外線や熱を加えると蛍光を発しまして、そこら辺から「ホタル」が関与しているものと思われます。
尚、この鉱石は学校など漁れば比較的見つかると思いますので(地学関係とか)、学校の先生や生徒が「ちょっとしたおまけ的」実験をやるには向いています。ただし、部屋を暗くする必要があることと、バーナーを用いることから場所が制限されること。そして、熱してるときに内部の水分や空気が膨張して破裂することがありますので、そこら辺は注意を要しますが.........
#尚、「延々と熱し続ける」のではなく、熱してバーナーの炎から離さないと蛍光は見えにくいですので御注意を。
さて、以上が「蛍の光」と生物発光の簡単な話となりますが..........
まぁ、意外と歌が歌われる時期から気付かない人もいるのですが、実はホタルは夏の季語だったりします。そういう意味では卒業式の歌の「タイトル」としてはどうかなぁ、とか思ってしまうこともあるのですがね。内容からすれば納得のものはあるのですが。また、蛍の光の強さや、雪明かりからして「どれだけやれば本を読めるほどの明るさ」になるのだろうか、とか思ったりもするのですが。
いや、無粋といえば無粋ですけどね。
ただ、最近はやはり蛍の数は少なくなっており、そういう意味では保護が重要な課題となっています。以前より環境問題に関心が高まったためにある程度はマシになったとはいえど、無節操にこの点を無視すれば「蛍の光って何?」って言われる事態も起こりうるわけでして。
「ホタル」の存在や関連する意味が失われる日が来ないと良いのですが.............
さて、では今回は以上と言うことにしましょう。
※:専門的な補足(分かる人向けです)
ホタルの発光のメカニズムをもうちょっと。
この反応では、ルシフェリンとATPがルシフェラーゼとMgイオン存在下でルシフェリルアデレートとPP(pyrophosphate)が出来ます。これにルシフェラーゼと酸素によってルシフェリン-AMPの物が出来、これに酸素とルシフェラーゼの関与で発光をします。
最終段階を見ると、
と表されます。ルシフェリン-AMPに酸素が関与して、酸素がAMPの付いた炭素を求核攻撃して、ジオキセタン骨格を生成します。有機化学をやっていれば分かる通り、この構造は非常に不安定でして(酸素の結合角などを考えると早いか)、エネルギー状態が高く、この骨格は容易に開裂して生成物を作ります。この結果、この不安定な中間体と、生成物とのエネルギーの差分で発光をする、と言うことになります。
終わり、と。
さて、今回のからこらは如何だったでしょうか?
今回、と言うかまぁ最近半端に忙しいものでして。どうしようかなぁ、と思ったらちょうど時節柄「蛍の光」を思い出しましたので、その話にしてみました。一応、「生物発光」という話も含めて、となっていますが。
もっとも、民俗学的な方が面白かったりするんですけどね(笑)
興味を持っていただければ幸いです。
さて、次回ですが、どうも来週もやっぱり忙しいようです(爆)
う〜む......しかも、祝日ですか。家人がいますねぇ.........ちょっとどうなるか微妙なものがありますが。まぁ、どうにかしたいと思います(^^;;
そう言うことで、今回は以上です。
御感想、お待ちしていますm(__)m
次回をお楽しみに.......
(2001/03/13記述)
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