からむこらむ
〜その108:神判と裁きの種子〜


まず最初に......

 こんにちは。いよいよ三月に入りましたね。世間では卒業シーズンでしょうか?
 最近の気候変動はまた激しいですね........花粉症も合わせて体調崩されている方が多いようです。皆さまもお気を付けを。

 さて。え〜予告した通り色々と忙しい状況にありまして、今月がどうなるんだかさっぱり、と言う現状の見通しになっています。
 そういうわけで、今回も手抜きをさせていただきますね(^^;; 今回は以前やった神判の話を覚えているでしょうか? 民俗的にもう一個有名な話がありまして........そこら辺とおまけ的な話をしてみたいと思います。
 ま、気楽に読んで行って下さいませ。
 それでは「神判と裁きの種子」の始まり始まり...........



 最初に.......皆さんはその85の話を覚えていらっしゃるでしょうか?
 御存じ無ければ、まず最初にそちらをご覧ください.........覚えていらっしゃれば、このまま読んでいって頂いて結構です。まぁ、「神判」の話をしまして、そこに登場した「裁きの豆」の話をしたのですが.........
 今回は、もう一個の「神判」と「裁き」を行う植物の話をしてみたいと思います。


 さて、まず.......皆さんはマダガスカル島を御存じでしょうか?
 御存じ無い方は地図帳や外務省などを漁っていただけると分かるかもしれませんが..........まず、位置的にはアフリカ大陸の南東側のインド洋上にある島でして、日本よりも国土面積が大きい島です。地図上だとそうは見えないんですけど、島の面積は日本の1.6倍となっています。
 この島については色々と研究があるのですが、まず住民は面白いことに大陸から来た人達よりも、マレーシアやインドネシアの人達と近縁だそうでして、言語系もそれに近いものとなっています。実際にはこう言ったマレー系やインドネシア系の他にもアラブやアフリカ黒人といった様々な混血だそうでして、文化もそれに伴い非常に多様化していると言われています。
 この様にマダガスカル島の人達は遥か遠く離れた東南アジア系の人達を始祖としているわけですが、この「始祖」達は最初アフリカ東海岸にたどり着き、そこから10世紀頃にマダガスカル島に移住したと言われています。彼らはこの地で生き抜きまして、大体17世紀になると島の中央高地に中央集権的なアンドリアナ王国(後にメリナ王国。民族の名称でもある)が建国します。19世紀になりますと、イギリス、フランスがこの地に手を伸ばし初めまして、キリスト教の布教が開始。1869年に当時の女王ラナバロナ2世が改宗しまして、これを国教とし、これをきっかけにキリスト教が全土に広がります。ま、現在でも大体6割がキリスト教徒となっているようです。
 この地はやがてフランスの植民地となりまして、フランスの影響を強く受けることとなります。


 さて、この島は大陸より切り離された島でして、この島ならではの独特の自然があり、住民達もこれを利用していました。この島の自然の独自性は色々とあるのですが、代表的にはアイアイやキツネザルと言った、この島独特の環境で独自に進化していった猿などが有名でしょうか? そして、植物でも独自に進化したものがあります。その中の一つには「タビビトノキ」と呼ばれる木があります。この木は高さ20mと大きい植物でして、太い幹を持ち、バナナに似た長さ2m以上の葉を「扇を広げた」様に生やします。現在では熱帯各地に植えられていまして、もしかしたら植物園などで見かけることもあるかも知れませんが........ 尚、この木は純粋な水を多く含みまして、旅人がこの木より得られた水でのどの渇きを癒した事から。また、葉が扇状で一定の方向に向いていて、「旅人に方角を知らす」と言うことから「旅人の木(旅人木)」などと呼ばれています。
 そして、今では余り語られることの無い、ある独特の植物もここで発達し、そして住民達に利用されていました。

 19世紀末の1884-1885年に行われたベルリン会議でマダガスカルをフランスが植民地とする以前は、マダガスカルは最初に書いたような王国の王や王妃によって専制政治が行われていました。自然崇拝を宗教とする彼らでしたが、当然「国家」の形態をとっていましたので、今で言う「行政」に「立法」、そして「司法」と言うものが存在していました。
 今回の話.......注目するべき点は上に書いた「自然の独自性」とこの「司法」となっています。

 さて、皆さんはその85で書いた「神判」の話を覚えていらっしゃるでしょうか?
 比較的原始的なコミュニティーにおいては、「些細なこと」が場合によってはそのコミュニティー全体の摩擦と化す、と言うことがあります。実際、血縁関係などがこういうコミュニティーにおいては重要ですので、これが問題に絡んでくるとコミュニティー存続の危機に陥る危険性があります。それを防ぐために「裁判」があるのですが.........一般にこう言ったコミュニティ、特に自然崇拝を行っているようなコミュニティーでは、「裁判」は常に「神」が存在し、そして「神が裁きを下す」という形式をとっています。
 こう言う裁判を「神判」と言いまして、実際には様々な形態をとって近世でも各地で残り、またおそらくは現在でも残っています。
 そして、マダガスカルでもこれは行われていました。

 この「神判」と言うもの。その85でも触れた通り、日本で「盟神探湯(くかたち)」がありますし、ヨーロッパでも神の名で似たようなことをしていました。そして、西アフリカのカラバル地方でのエフィクの人達は「カラバル豆」を使用した試罪法により、この「神判」を行っていました。
 さて、マダガスカルではどう行われていたか、と言うと........実は、エフィクと似たような方法で神判を行っていました。しかし、エフィクとは違いマダガスカルにカラバル豆はありません。
 彼らが使ったのはカラバル豆ではなく、マダガスカルにのみ存在する「タンギン」と呼ばれる植物を使用することでこの神判.......試罪法を行っていました。

 さて、ではマダガスカル島で行われたタンギンによる神判とはどういうものだったのか?
 どうもかなり幅広い問題に使われたようでして、「法廷」に被告をまず呼びだします。この被告は人殺しや盗っ人........今で言う「刑事裁判」の物から、土地や負債に関する「民事裁判」の物まで無関係だったようです。そして、方法はエフィクの方法と全く同じでして、タンギンより作られた毒液を飲ませる、と言うものでした。
 その神判の結果はどういうことで決するか、と言うと、エフィクと同様にこれを飲んで生き延びれれば「無罪」。逆に飲んで死んでしまえば「有罪」と言うものでした。もちろん、裁判を行うものがこの毒液を調製しましたから、毒の強さを彼らが好きに調製した、と言う事は明記する必要があるでしょう。実際、フランス人が支配する前のこの地では暴動が何度か起きたようでして、その度に反乱を起こした者たちにこの毒液を飲ませた、と言われています。拒否すれば、当然その場で処刑されました。
 尚、余談ですがこの地では別の試罪法もあったようでして、ワニの群がる河を渡河させて、成功すれば「潔白」という物もあったようです。
 どっちにしても分が悪い気がしますが。

 では、この神判に用いられた「タンギン」とは何か?
 この植物はキョウチクトウ科の植物でして、高さ10m以上に達する常緑樹です。葉は楕円形で、派手な花の房が頂上に生えます。そして、楕円形で大体長径7cmぐらいで、種子を1個持つ堅い果実を作ります。
 タンギンの樹はタンギニア・ベネニフェーラ(Tanghinia venenifera)と呼ばれ、後にケルベラ・タンギン(Cerbera tamghin)と呼ばれます。最初の「ベネニフェーラ」とは「毒薬を生じる」を意味するものでして、実際にその名前の如くこの植物の種子には毒が入っており、これが神判に使われていました。
 この毒は強力なものでして、フランス人がこの地を支配したときに中止させたものの一つが、このタンギンの使用......ひいてはこれを用いた試罪法だった、と言われています。しかし、フランス人の統治も「いきなり全土に」という物ではありませんので、何度も中止令を出したのにも関わらず、その支配の及びにくい奥地ではこのタンギンによる神判がしばらく続いた、と言われています。
 19世紀末にこう言った、マダガスカルの神判とその植物などがヨーロッパに紹介されるようになると、当時の主立った国の学者達がこの地を訪れるようになります。大体はイギリス、フランス、ドイツと言った国々からでして、科学者や人類学者が多くこの地を訪れたと言われています。そして、この地の独自性の発見などと同時に、このタンギンも注目の対象となりました。

 こうして注目されるようになったタンギンはヨーロッパに持ち帰られ、学者達によって研究がなされます。
 タンギンの毒は種子や堅果にのみ入っている、と言うことはすぐ判明し、次にはこの活性成分に注目が集まります。かなりこの研究は盛んに行われたようですが.......作用について調べてみると、少量であれば吐薬として作用する、という事。そして、多量になれば.......少なくとも試罪法に用いられる毒液は致命的なものである、と言うことが分かります。
 このタンギンの活性成分はやがて分離されて「タンギニン(Tanghinin)」、「ケルベリン(Cerberin)」と呼ばれる物質が知られることとなります。



 ま、構造は参考程度ですが.......分かる方は分かる通り、構造の右上にはステロイド系の骨格があります。見えないかも知れませんが、両者とも構造が似ていますが........ステロイドの左下に糖がついていまして、その94でも触れた、じゃがいものフィトアレキシンであるソラニンと似たステロイドの配糖体となっています。
 尚、ケルベリンはヴェネニフェリン(veneniferin)とも称されることがあるようです。

 さて、この両者の毒はどういう効果か、と言いますと、一般に「強心作用」と呼ばれる作用を持っています。
 「強心作用」と言うのは単純に言えば、心臓の収縮力の強化を行う物です。もっとぶっちゃけた話、「心臓の機能強化」となります。これを行う薬が「強心薬」となりまして、結構な数の化合物が知られており、また実際に医療の現場などで用いられています。ま、基本的には「心臓に直接作用」するものがありますけど、広義には「神経などを介して間接的」な物もこれに当てはまります。心臓は御存じの通り全身に血液を送る重要な役割を持ちますので、ここの調子が低下すれば生命の危機に面することとなります。ですので、低下した機能の強化を行うことでこれを避ける、と言うものですが........逆に健康な人にこれを使えば、必要以上に心臓の強化がなされますので、当然これも生命の危機になります。
 タンギニンとケルベリンは直接作用するタイプでして、構造から「強心ステロイド」とも呼ばれる一群になります。そして、マダガスカル島で行われた試罪法の犠牲者は、こう言った効果により死に至った、と考えられています.........大分苦しんだと思われますが。

 ここで、このマダガスカルとエフィクでの試罪法と比較してみますと.......
 運用法については共通点がありまして、被告に対してこう言ったものを与え、被告が「一気飲み」すると胃を刺激して吐きだし、結果として「無罪」。「恐る恐る飲む」事で胃を刺激せずに毒が吸収され、そして結果として死に至り「有罪」となる事が共通しています。
 しかし、成分の上ではエフィクは前に書いた通りフィゾスチグミンによるものでして、これは神経の伝達阻害により死に至りますが、マダガスカルではこのタンギニン、ケルベリンという強心剤による心臓の機能障害となっていまして、この点が両者の違いとなっています。
 やっていることは一緒でも、中身が違う、と言うことになりますね。

 さて、こうして分離された強心作用のある化合物。これらは科学者によって数多くのテストに回されます。
 このテストの最大の目的は......当時の流行でもあり、また現在でもある意味そうなのですが、「薬としての活路を見出せるか?」でした。
 数々の研究により、この化合物は試験され、そして濃度を薄くすれば心拍の早さを減じて、強化する.......つまり薬としての可能性がある、と言う結果を得ます。特に、ケルベリンの方は使える可能性があったようでして、当時の有名な強心薬である「ジギタリス」と同様に使えるのではないかと期待がかけられたのですが..........実際には、どの国の薬局方にも収録されることが無く、結局は薬としては使い道を見出すことが出来ませんでした。
 この点、筋無力症への転用が見出せたカラバル豆のフィゾスチグミンとは違った結果となっています。


 さて、以上がエフィクの「神判」の他の、もう一つの神判と裁きを下す植物の話となります。
 化学と民俗が関連した「神判」の研究に関し、この二個の話は非常に有名なものとなっています。まぁ、実際の知名度ではカラバル豆の話の方が有名だったりするのですが........ただ、両者セットである程度の「完成」をみる話となります。
 実際に両者を見ると、その運用法などは著しく共通しており、またその「審判の結果」に関しても面白いぐらい共通しています。しかし、その化学的な側面をみると内容は全然違うものでした。そして、それが判明した後の両者の運命.......特に「有用な使われ方」に関しても明暗を分けたものとなっています。
 片方は薬になって発展して名を残し、そしてもう片方は薬にもならず、結局は歴史の中に埋もれていった化合物、と言えますが..........

 ある意味内容は似ているのに、その将来が対照的な光と影.........
 皮肉というか何というか........面白いものだと思います。


 さて、長くなりました。
 今回は以上、と言うことで..........




 これで神判の話の補完が完了、と。

 さて、今回のからこらは如何だったでしょうか?
 まぁ、ちょっとこっちが慌ただしい事態になっていまして、色々と手抜きさせてもらいましたが.........(^^;; 以前話をして比較的評判が良かった「神判」の話をしてみました。まぁ、いつかやりたかったんですけどね.........カラバル豆は薬にも転用されて有名になったのですが、こっちは薬にならずそのまま埋もれてしまった感のある話でして。実際には「神判」と化学が絡む話では両者とも有名なのですが、どうもカラバル豆の方に向いてしまうようでして、そういうものだけではない、と言うことを含めて扱ってみました。
 興味を持っていただければ幸いです。

 さて、次回ですが、どうも来週も忙しいようです(爆)
 え〜.......やっぱりお茶を濁す感じになるかも知れませんが、御了承を(^^;; 時間があれば、大仕掛けしたいんですけど、まとまった時間が取れないのでなかなか考えがまとめられないんで........

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/03/06記述)


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