からむこらむ
〜その128:運命の糸と暗殺者〜


まず最初に......

 こんにちは。相も変わらず変わらぬ酷暑の日々ですが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 何というか.......管理人、溶けそうです。ハイ.........

 さて、今回ですが。
 え〜、暑さでかなり思考回路が飛び気味なのですが、早めに終わらせたい、と言うネタがありましてそちらの話をしてみようと思います。とは言っても、相変わらずの猛暑で余り頭の回転がよろしくないので、今回は完全に「イントロ」的な話にしようと思います。ま、科学色よりも民俗的な物が強めとなるとは思いますが.......だらだらしそうな気がするといえばしますけど(^^;;
 ま、有名な物の話になりますけど、サブカルチャー系の物とは違う視点でいろいろと扱ってみたいと思います。
 それでは「運命の糸と暗殺者」の始まり始まり...........



 まず、神話に絡む話ですが。
 以前にも少し触れたことがあるのですが.........ギリシア神話に登場する神の中に、「モイライ」と呼ばれる運命を司る三人の女神達がいます。彼女らは「クロト(Clotho)」、「ラケシス(Lachesis)」、「アトロポス(Atropos)」という名前でして、それぞれ人間の運命の糸を紡ぎ、その長さを決め、そして断ち切る役目を持っています。ま、調べてみればルネサンス期の絵などで彼女らの「仕事」の様子を描いたものを見ることが出来ますが.......
#本当は老婆なのに、美しい女性の姿だったりしますけど........
#「モイライ(Moirai)」とは、「部分・割り当て」を意味する「モイラ」の複数形です。
 余談ですが、北欧神話でも同様の女神達がいます。北欧神話のそれは主神たるオーディンでさえも変えられない「運命」を紡ぎますが、ギリシア神話では主神たるゼウスの気まぐれで変えられてしまう、と言うような差があります。
 と言う話はともかく.......
 さて、この「運命の糸」の話をしたところで.......皆さんはクロトが紡ぎだす「運命の糸」の正体。これが何であるか推測出来るでしょうか? って言われてもピンと来ないかも知れませんが.......ま、詩的な表現をすれば「人の魂」とかそういうものが出るかも知れませんが。ところが、この「糸」の正体は実はちゃんと知られているんです。それは、人類が古くから使っていた天然の糸でして.......
 実はこれ、麻から作る糸。つまり、「麻糸」だったりします。


 さて、皆さんは「麻」と言う植物について、どれくらい御存じでしょうか?
 辞書などを引くと、「麻」と言うものは狭義には「大麻」とそこからとれる繊維を指す、とあります。しかし、「麻」と言う名を冠する植物にはかなりの種類がありまして、広義としては、こう言ったものも含めて「麻」となります。
 広義としての「麻」としてはまず、狭義の定義でもある「大麻」。そして他に「苧麻(ラミー)」「亜麻(フラックス)」「黄麻(ジュート)」「洋麻(ケナフ)」と言ったものは知られているでしょうか。これらは茎の表皮の下の部分(靭皮)から繊維がとれまして、軟らかいことから衣類に用いられています。一方、「マニラ麻」「サイザル麻」と言う様な物もあります。これらは維管束繊維から繊維をとります。この繊維は丈夫で堅いことからロープなどに用いられています。
 しかし、面白いことに上記に列挙した「広義」の「麻」。厳密に植物学的に見ると、「麻」と言う植物を指した場合は「大麻」以外は直接的な類縁がないとされています。つまり、大麻以外は植物学的には「麻」としては「別物」であると言うことになります。
 .........名前が名前故か、余り知られていないようなのですが。
 植物学的見地ではかなり広範になりますので、端折って説明しますと........植物学的に見た場合、上述の通り「麻」は「大麻」しかありません。大麻の学名は"Cannabis sativa L."と書きまして、「カンナビス・サチーバ・エル(リンネ)」(「sativa」とは「栽培する」と言う意味)と読む、カンナビス属の植物です。そして、「クワ科」とも「アサ科」とも言われている植物です(ここら辺は本によってかなり違います)。
#クワ科にある乳管が、大麻にはない、などといったいくつかの指摘があります。
 このカンナビス・サチーバは原産が中央アジアと言われていまして、雌雄異株です。地域によって大きさなどが違ってきます。基本的にはカンナビス属はサチーバのみの単一種とされていますが、見方によっていろいろと違ってくるようでして、このサチーバの他にもインディカ、ルデラリスと言う種に分けることもあります。これらは、形態的なものと化学成分で分けられています。
 これに対し、苧麻はイラクサ科でして学名は"Boehmeria nivea L."と。亜麻はアマ科の植物でして、"Linum usitissium L."と言うように、大麻とは植物学的には違った分類がされています。

 ところで、(広義の意味での)麻の利用は世界各地で古くから(紀元前5000年頃とも)行われていることが知られており、その繊維より糸を紡ぎだして布や織物、そしてロープを作ったり、実から絞って油をとると言った様に、重要な生活必需品となっていたようです。特にロープなどは大航海時代以降にかなり需要が増えたこと知られており、一時期はこれの為に麻の栽培が活発に行われていました........つまり、この栽培が制海権に少なからぬ影響を与えたとも言えます。
 とにかくも利用していた地域は世界的なものでして、特に一地域に限定されるような物ではありません。

 日本でも麻の利用は古く、紀元前以前(弥生時代の頃?)には大麻と苧麻がすでに「栽培」されていたことが知られています。大陸より伝わったものとされていますが、その栽培は大分広まったようでして、今現在の日本各地に「麻」に関する地名・名字などが残っていることからある程度は伺い知ることが出来るでしょうか(東京にも「麻布」なんてありますね)。日本での栽培の古代の記録については、古くは『後漢書』の東夷伝や『魏志』の倭人伝にも記載されており、倭人が麻の栽培をしている様子が書かれています。
 日本側の記録は律令制以降からでして、税の一つ「調」(布・特産物などで納める税)で麻織物と言ったものが納められて事が知られており、例えば10世紀の『延喜式』において、「麻苧(まお)」およびその加工品は北関東以西の26カ国から朝廷に納められていたとあります。また、各地の伝承・特産物などを記載した『風土記』にも麻の記述が見られ、『出雲風土記』『常陸風土記』『播磨風土記』などに麻に関する記述が残っているようです。また、『万葉集』にも麻に関する歌が残っています。
 苧麻と大麻はその後も日本で栽培され、中世以降は商品作物として保護などをされつつ、江戸時代を迎えて「奈良晒」「越後縮」「薩摩上布」などと言った特産品が出ています。そして、元禄の頃には貿易を介して(おそらく薬の原料として)亜麻が入ってきたことが知られています(亜麻仁油といった油が目的だったようですが)。
 明治時代からもこれらの麻の栽培は続けられまして、札幌農学校のクラークや榎本武揚、新渡戸稲造などが栽培に関して様々な情報収集や栽培方法の調査などを行っていたり、記録を残しています。これは日本の殖産興業の発達の上でかなり興味を持たれていた植物であった、とも言えますが。以降、戦争中の軍需物資となるなど、戦中まで大規模に栽培されます。もっとも、戦後からは繊維工業もナイロンといった合成品などの研究により栽培は下り坂となり、今現在では余り栽培されていません。

 この様に古くから麻は日本人とも縁があるものなのですが.......それを裏付けるように麻は日本の文化・民俗・風習にかなり深く根付いています。
 例えば.......古くから農民の着るものには麻が使われており、江戸時代のいわゆる「慶安の御触書」でも「農民は麻か木綿の物を着るように」と言う様なことが書かれていたりもしますが........そういうことだけではなく、麻(大麻)は古くかは「苧(お)」と呼ばれており、皮をはいだ茎を「苧殻(麻幹:おがら)」と呼んでお盆の迎え火、送り火を焚くときに、そして苧殻箸として供物に添えています。また、大麻の種子である麻実は「苧実(おのみ)」と呼ばれ、薬味として七味唐辛子に入れたり、ここから油を絞って苧実油として食用・工業用に用いられたりしています。ついでに、小鳥のエサにも用いられていますね........
#「麻呂」「麿」との関係も何となく気になりますけど......

 余談ですが、麻の利用と冒頭の「運命の糸」に絡むと言えば絡むのですが.........
 ヨーロッパでは麻は安価で丈夫なこと。そして、冒頭の通り麻糸が「運命」を意味するような事から、麻は「首つり」の為のロープに利用されていたことが知られています。ま、「運命」は「運命」でもかなり非運な方に入る気もしますけどね........ ちなみに、北欧神話のオーディンはこの「首つり」と深い縁を持っていまして、この影響のあった地域では、死刑としては絞首刑が多かった様です。こういうときにも麻が使われていたのかも知れません。
 また、冒頭の「運命の女神」の一人であるクロト(clotho)は、「糸を紡ぎだす」事から転じて英語の「布」である「cloth」の語源にもなっています。意外と「cloth」と言うのはもともとは麻の織物なのかも知れませんが........
 何気に神話との結びつきが強いと言えます。


 さて、ここまで麻の説明をしていましたが.......
 ところで麻というと忘れてはいけない、繊維などをはじめとする生活必需品のほかにも、有名な働きがあることは皆さんは御存じでしょう。まぁ、そちらがこのシリーズの本題、となるのですが........皆さん御存じの通り「麻薬」と言う言葉があります。この文字の中には「麻」が入っていることから、そのような物質と麻とは浅からぬ縁があります。
 いわゆる、そういった「麻薬」と言う意味で有名な「大麻」と言うものがあります。

 麻薬としての大麻の歴史は古く、スキタイ人(黒海北岸の遊牧騎馬民族)達が古くから使っていたことが知られています。
 スキタイ人達の大麻の使用は紀元前500年頃にギリシアのヘロドトスが記録していまして、スキタイ人達の土地に麻があったこと。そして、彼らは地面に置かれた盤の中に赤く焼いた石を入れ、そこに麻の実を加えて生じた煙によって歓喜・陶酔した、と言うような記録を残しています。

 一方、マルコ・ポーロがアジア地域まで旅をし、そこから帰還して見聞をまとめた物に『東方見聞録』という様なものがあります.......ま、有名な本ですけど。彼はこの本の中で、ペルシアの要塞で「山の老人」に会ったと言う話を紹介しています。この老人はイスマーイール派の一派であるニザール派の戦争君主でして、教団を率いていました。とは言っても、その内容はいわゆる「過激派」そのものでして、目的は「誤った教祖によるイスラム世界の排除」にあったと言われています(「正当な後継者」に関してはイスラム世界でももめています)。
#尚、イスマーイール派は後にスンニ派を擁立します。
 マルコ・ポーロによると、この教団の有志はある飲料を与えられ、眠ります。そして、彼らが言うには(その眠りの中で)いわゆる「楽園」に到達し、そこで至福の時を過ごした、と言います。そして、そこに「山の老人」がやって来て、彼らに「今まで見たものは、楽園の最低限の楽しみである」と告げ、彼らに「目的を達すればあの楽園に行ける」だのなんだのと信じ込ませて、彼らの「敵」を殺すために旅立たせた、と言う話を残しています.......つまり、マルコ・ポーロはこの教団を「暗殺教団」と言う形で紹介しました。
 さて、この話に出てくる飲料には実は「ハシシュ(hashish)」、つまり大麻が含まれていた、と言う説があります。つまり、その大麻の作用で「楽園を見た」と言う事ではないか、と言われているのですが........

 ちなみに、この教団の話。
 この教団は実は「暗殺者」を意味する「アサッシン(assasin)」の語源とされていまして.......ま、もともとこの「アサッシン」とはこの一派に対するヨーロッパ人達が用いた異称(アサッシン派)とされています。しかし、由来は同派に対するイスラム教徒が使った蔑称である「ハシシーン(大麻野郎)」にあるとされており、12〜13世紀にはシリアにおいてこのニザール派と接触した十字軍が、ヨーロッパにこの話を伝えていたと言われています。その上でこのマルコ・ポーロの話が加わった結果として「暗殺教団伝説」がヨーロッパで生みだされ、ついには14世紀にはヨーロッパで「暗殺者」と言う意味に転じ、そのまま現在に至る、と言われています。
 ただし、この語源や教団など話に関してはかなり「?」と言う点も多い様でして。例えば、マルコ・ポーロは実際にこの教団の要塞まで行ったのかと言う点で疑問を持たれ、そして彼の飲料に関する記述にも疑問が持たれています。また、もともと「ハシシュ」は「牧草」と言う意味であり、後に「大麻」を意味する言葉になったと言う考えもあります。そして、実際にこの「暗殺教団」で大麻を使っていたのかと言う点でも断言はなされていません。また、「ハシシュ」はシリアでの侮蔑の言葉として用いられていた、と言う話もあります。更に暗殺教団そのものについて、そして「山の老人」の存在が疑問視するむきもあります。
 つまり、「相当に穴だらけ」な説ではあるのですが.........
 ま、実際として「暗殺者」は英語で「assasin」と書く、と言うのは歴然たる事実ではありますので、その点に関しては揺らぐことはないと思いますが。


 などと書いていたら長くなりました。
 ま、いろいろと半端な状況ですが........次回から、この「麻薬」としての「大麻」の話をいろいろとしていこうかと思います。

 そういうわけで、今回は以上、と言うことで.........




 暑すぎ.......(_ _;

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 え〜、今回も非常に暑くて思考能力落ち気味で申し訳ないんですが......ま、とりあえずやや半端ながら、イントロと言う形で話をさせていただきました。
 まぁ、いきなり本題をやっても良いのですが、はっきり言ってそれでは面白くもないですし、ついでに暑さでそんなところまで正直暑さで頭がきっちり回らない、と言うのもありまして.........こういう形になりましたけどね(^^;;
 ま、何か意外な発見でもあれば、と思います。

 さて、次回はそういうことで今回の続きと行こうと思います。
 まぁアヘンとは異なり、いろいろと社会的な側面まで含めて触れて行こうと思います。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/07/24記述)


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