からむこらむ
〜その127:酒とまがい物〜
まず最初に......
こんにちは。妙に暑い天気が続いていますが、皆様如何お過ごしでしょうか?
雨量やら暑さやら、色々と心配な天気ではありますね......夏越え、無事に過ごせるか今一つ不安だったりしますが。
さて、今回ですが。
今回は実はあるネタを考えていたのですが、土日が鬼のように暑かったために頭のエンジンの回転が非常に悪く、おかげで全く文章の構築が出来ませんで.........結局、軽めのネタに落ち着きさせてもらいます。と言うか、急ごしらえ何ですが(爆)
これはおそらく皆さんが聞いたことのある話だと思いますが、まぁしっかりとした説明と言うのは余り聞く機会もないでしょうから。まぁ、でもそれほど難しくはないと思いますので、気軽に読んでいって下さいませ。
それでは「酒とまがい物」の始まり始まり...........
さて、最近は関東では酷暑が続いたりと非常に暑い日々が続いていますが。
まぁ、こう暑いとその内ニュースで出てくものに「今年のビールの消費量は.......」なんてものが出てくると思います。「仕事帰りに一杯、ビヤホールで」などという人も実際にいらっしゃるでしょう。もっとも、最近はビールというと「幻獣」と旧大日本麦酒系の一企業との激しい争いが注目されていますけどね。
さて、この様に酒の消費量が多い季節になり、そして楽しまれる方も実際に多いと思いますが.......世界の一部の国では日本などと同じように「安心して飲む」と言うことが出来ない国があります。または、今は安心して飲めるところでも、過去には安心して飲めない国がありました。
どういうことか?
例えば、現代世界でもまれに見る「悪法」と呼ばれた「禁酒法」が施行されていたアメリカ。今では消滅していますが、19世紀後半から勢力を持っていた政党に「禁酒党」と言う政党がありました。行動理念は「酒は全ての悪徳の原因である!」と言う物でして、第三党としての勢力を持っていたほどだったのですが......ま、こう言った政党を筆頭にアルコール禁止を叫ぶ団体がいまして、圧力団体となって政府・議会に圧力をかけ、結果1920年に禁酒法が成立。これ以降、数十年(各州で解禁になる時期が違う)に渡ってこの法律が生きていくことになります(とは言っても、結構「穴だらけ」だったのですが)。
さて、これに目をつけたのが「アル・カポネ」を筆頭とするギャング達で、禁酒法以降にそれまでの地下賭博などに加えて酒の密造が大流行をし、そしてこれにも絡んだ勢力争いで凄まじいまでの勢力争いが行われることとなります。事実、禁酒法時代のシカゴのギャングの平均年齢は55歳から38歳まで下ったという話がありますので、その争いの凄さが窺えますが........で、これに対して財務省のエリオット・ネスを始めとしたメンバーが対抗した、と言うのが有名な映画「アンタッチャブル」の話になりますが........
#余談ですが、カポネのモグリの酒場では、ビール一樽辺り50ドル(原価約4ドル)と言う暴利だったと言われています。
........と言う話はともかく、この様な密造酒が流行したアメリカ。結構「公然と」密造酒を人々は買っていた様でしたが、この様な密造酒にも色々とあったようです。文字通り「ちゃんとした酒」から「まずい酒」。中には「毒入りでフェイク」と言うトンでもないものも普通にあったようでして、そういうものを飲んで運が良ければ「苦しむ」。大体は「失明」。運が無ければ「死亡」、というケースが良くありました。このため、当時の親は子供が酒に興味をもって飲もうとしているのを発見した時には、「変な密造酒を飲まれちゃ困る」と言うことで、高価でもしっかりした「密造酒」を与えた、と言う笑えるんだか笑えないんだか分からない話があるようです。
こういう例は他にもありまして........
例えばペレストロイカ時代のソ連。彼の地では寒いこともありますのでウォッカは必需品、と言うことですが、ゴルバチョフ書記長によるソビエト最後の構造改革の裏で失業者などが増えた結果、「やけ酒」と言うケースがありました。その中で金がないと言うことで質の悪い酒などを飲んで失明・死亡と言うケースが結構あったようです。
この様な話は、戦後間もない日本でも同じようなケースがありますし、途上国を中心に各国で現在でも見られるもののようです。
さて、こうした「質の悪い酒」と言うもの。
ちゃんとした酒なら起きない事件・事故がこういう「質の悪い酒」ではよく起こります。これは、「質の悪い」原因となる物質が混入されているのがその理由の一つですが........
その中の代表的な物に皆さんも一度は聞いたことのある「メチルアルコール」、または「メタノール」と言うものがあります。
今回はこの話を軽くしてみましょう。
さて、「メチルアルコール」、または「メタノール」とは何なのか?
ま、ある程度は聞いたことのあるものとは思いますけど.........一般に飲むと「毒」と言うのは聞いたことがあるでしょう。そして、失明すると言うのも聞いたことがあるとは思います。まぁ、飲めるお酒の「エチルアルコール(エタノール)」と混同してしまう人も時々いるとは思いますけど........
この物質は「木精」「カルビノール」などとも呼ばれると辞書にはあるのですが、あまり現在では呼ばれません。発見は比較的「新しい」物質でして、1661年にR.ボイル(Boyle:「ボイルの法則」の人物)によって木材を乾留することで得た物質です(だから「木精」)。構造は1834年にJ.B.A.デュマ(Dumas)によって確定されました。その内容は「もっとも簡単なアルコール」でして、以下のような構造で示されます。
左がメチルアルコールで今回の主役。右がエチルアルコールでいわゆる「飲める」方のアルコールとなります。それぞれ「メタノール」「エタノール」と同じ意味になります。ま、普段は「メタノール」と良く言われますので、以下「メタノール」「エタノール」で書くとしますが.........
メタノールの構造は、メチル基(その18参照)の炭素骨格に、有機化合物の「性格」を決める「パーツ」の官能基である水酸基(その20参照)が付いたものです。最も単純な「アルコール」となっています。飲めるアルコールであるエタノールとは炭素が一個違う構造となっていますが、面白いことにたかだかこれだけで「毒」と「酒」に分かれることとなります。
#ちなみに、炭素3個のアルコールも有毒。
メタノールは融点-97.78℃、沸点64.7℃となっていまして無色透明。臭いと味はエタノールと似ていますが有毒です。自然界には非常に広く存在し、少し構造を変えて酸とのエステルやエーテル構造(その20参照)で存在しています。昔は上記の通り木を乾留させて出る「木酢」中に1.5〜3.0%含まれていまして、これより石灰を加えて分流して得ていました。現在は合成で一酸化炭素などから容易に得られます。
この物質は工業的に極めて重要な物質でして、燃料(ガソリンの合成なども含む)や電池(燃料電池にメタノール使用のものがありますね)、薬品・薬物等の合成原料などとして使われています。ま、合成系の研究室で「無い」と言うところがあったら教えてくれ、と言うぐらいに大体は置いてありますし、そして実際に使われています。
#尚、石油ショック以降、産官学の協力下で行われた、炭素1の化合物から様々な石油品を作る「C1ケミストリー」のプロジェクトの主役の一つでもあります。
#このノウハウは非常に有用な物です。
さて、メタノールの毒性ですが、それほど高い物ではありません。とは言っても、今までに挙げたようなリシンやアフラトキシンと言った「超一級の猛毒」などと比べて、ですが。一応立派に有毒ですけど.......大体8〜20gぐらい飲むと失明し、30〜50g(データによってはもっと)で死亡すると言われていますので、「0.5gで死亡」と言うような物と比べれば、比較的毒性は低いと言えます。マウスの静脈注射によるLD50(その2参照)で5.66g/kg、皮膚と接触させると20ml/kgというデータもあります。
ただ、「飲む」ケースだけではなく、工業的・実験などに重要なものですので工業現場や実験室で大量に蒸発して大気中にあれば、それを吸い込んで、と言うケースがありますので単純に「飲む」だけに注目するべきものではないですが。
中毒症状にはまず「酔う」という症状があります。潜伏期間は12〜24時間でして、この後に中枢神経がやられて頭痛、めまい、精神的に不安定となります。それを越すと下痢、嗜眠、意識混濁に昏睡。痙攣や急性呼吸不全などを引き起こし、量が多ければそのまま死亡します。死亡しなくてもここまで来ると大抵は失明することが知られています。また、アシドーシス(酸血症)も起こします。
ま、結構苦しむこととなると思いますが.........
メタノールはエタノールとは異なり安価な薬品でして大量にあり、比較的容易に入手が可能です。ま、これはエタノールが酒の原料であることと税金が高くかけられているのが理由なのですが。
で、ここら辺に目をつけるのが悪徳業者でして、先の禁酒法時代のアメリカやペレストロイカ時代のソ連、各地の途上国などでエタノールの代わりにメタノールを混ぜて......と言うケースが多くあります。まぁ、安く「酒」が出来て、高い値段で売りつけることが出来ますからぼろもうけといえばぼろもうけです。が、飲んだ側は運が良くて失明し、死亡するケースも多々ある、と言うことがあり、時々ニュースを沸かせてくれますが........もっとも、中国などではこれを売った業者が摘発されて、裁判の後にすぐさま公開処刑、と言うニュースもありましたけど。こういうケースのほかに、旧ソ連などでは金がないので工場に入り込んでメタノールを酒代わりに、と言うケースもあるようです。
基本的には、この様なケースは政情的に不安定なところで多く見られるようです。
日本でもこれは例外ではなく、1940年代の大戦後の大混乱期において患者数2453名、死者1841名という記録が残っています。もっとも、今現在ではこの様な中毒のケースもほとんど聞かなくなっただけ「安定している」時代なのかもしれませんけどね。
では、何故メタノールは有毒で失明するのか?
実はメタノールその物は毒性はありません........が、代謝に一因がありまして、その代謝産物が有毒となっています。この代謝は基本的にメタノールはその122でヒトヨタケの話に触れたときに出たアルコール(エタノール)の代謝と同じ代謝経路を通ることとなります。もっとも、細かい差はありますけど........
基本的にはエタノールと同じ様に、アルコールが酵素によってアルデヒドとなり(I)、アルデヒドは更に酵素によって酸になる(II)、と言う代謝をします。メタノールの場合には、メタノールが酵素によってホルムアルデヒドとなり、これが更に酵素によってギ酸となります(ギ酸は更に葉酸などの関与下で酸化されます)。
では、エタノールとの違いはどこにあるのか? これは大きく二つありまして.......
一つは反応速度があります。と言うのは、アルコール脱水素酵素はメタノールにもエタノールにも作用しますが、そのメタノールの代謝はエタノールの代謝の約7分の1程度の速度でしかありません。これによって、「酔い」の原因物質であるアルデヒドが出来るのが遅いので、酔いはかなり遅く発生することとなります(これによって潜伏期が長いことが説明されます)。そして、アルデヒドから酸への過程もメタノールはエタノールより遅くなっています。
そして、もう一つは出来る物質が違います。これはかなり大きい要素でして、エタノールの時にはアセトアルデヒドと酢酸が出来ますが、メタノールではホルムアルデヒドとギ酸を生じます。メタノールの代謝で産出する二つの物質はいずれも毒性が高いものとなっています。
この二つの要素をあわせると、メタノールの毒性に対して有効な説明ができます。
つまり、エタノールよりも毒性の高い代謝物が、ゆっくりと生じ、そしてゆっくりとしか代謝されていかない、ということになります。つまり、それだけ毒性の高い物質が体内に発生・残留し続けることとなり、このことによって生体に致命的なダメージを与えることとなります。
メタノール代謝産物のうち、ホルムアルデヒドは酔いと失明に関して問題になりますが、どちらか言えばギ酸の方が毒性としては問題となります。ギ酸が体内に生じると、血中の酸の濃度が上がりまして酸血症を引き起こして代謝に影響を及ぼしますし、またギ酸自体が中枢神経を冒します。また、その他の代謝のかく乱なども起こすようでして、血中の乳酸濃度が高まることも知られています。これは、炭水化物の代謝阻害で生じるものでして、そのような代謝の阻害を起こすものと推測されています。
#体液は通常ある適切なpHで保たれていますが、これの均衡が崩れて酸やアルカリに傾くと、適切なpHで働くようにできている生体成分の活動が有効にできなくなりますので、酸血症と言うものは極めて致命的な事態を引き起こします。
ところで、メタノールの毒性というと忘れてはいけない「失明」と言う事態がありますが。
これは一般に説明されるところでは、代謝産物であるホルムアルデヒドがキーとなっています。これはいわゆる「ホルマリン」の成分でして、ホルマリンとはホルムアルデヒドを35〜38%程度含む水溶液を指しています。つまり、目が「ホルマリン漬け」になるわけですので、結果として失明をすることとなっています。ま、代謝産物は視神経へ影響を及ぼしますので、そういうのも相まって、と言うこととなるのでしょうけど........
さて、ここで良く考えますと........
まぁ、生化系の学生さんには良い質問となるでしょうが..........今まで何度か書いていますが、この手の化合物の代謝は通常は肝臓で行われています。このことを考えると、実は肝臓で代謝が行われているのに、何故目に影響を及ぼすのか、と言う問題が起きてきます。まぁ、血中に出ていくから、と言うのもあるのですが、一つの器官を「ホルマリン漬け」にする物ですからそんな高濃度のものが肝臓から血中に流れて目に行く、と言うのは不自然です。
では、何故「ホルマリン漬け」で失明するかと言いますと.......実は、過去にやった物がキーとなっています。
それは、その90で触れた物でして、実はレチナール(ビタミンA)の代謝が関与しています。これはその記事を読んで貰えれば分かるのですが、中ほどに視覚とビタミンAの説明をしていますが、この中でアルコールであるレチノールがアルデヒドであるレチナールに変化する過程があります。これ、実はアルコール脱水素酵素の働きによるものでして.......つまり、血中のメタノールが目のところでこのアルコール脱水素酵素と反応し、これによってホルムアルデヒドに変化して目を「ホルマリン漬け」にします。
これによって「失明」することとなります。
さて、ではメタノールを飲んだらどう対処すればよいか?
これはいくつかあるのですが、一応は真っ先に「医者に行け」と言うことになります。早ければ早いほど良い、と言うのは代謝を考えれば言うまでもないです。
取りあえずは胃洗浄は確実にやりまして、なるべく早くメタノールを除く必要がありますが.........面白いことにメタノール中毒の対処法には「エタノールを飲ませる」と言う方法も知られています。つまり、「酒を飲ませる」と言う方法です。
何故メタノール中毒にエタノールを飲ませるのか? 「アルコールをもってアルコールを征す」という訳ではないのですが、実はアルコール脱水素酵素と言うのはメタノールよりはエタノールと結合しやすい、という性質を持っています。つまり、メタノールが酵素と結合しようとしているところにエタノールをもって行くと、メタノールを追い出してエタノールと酵素は結合します。これによって、メタノールは代謝されることなく(=毒性物質を出さない)遊離することとなり、そのまま体外に排泄されやすくなります(体内のメタノールの70%は呼気より排泄されます)。もっとも、メタノールの代謝は遅いので、しばらくはこういう対処を続ける必要があるそうですが.........
ちなみに、医者に運ばれるとギ酸の中和を狙ってアルカリ性の炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)が投与されたり、中枢神経がやられるのを防ぐために酸素呼吸で脳の機能低下を防ぎます。また、血液透析でギ酸やメタノール、ホルムアルデヒドを除いたり、ギ酸の分解を促進するような物質が投与されるようです。
まぁ、いちばんよいのは「そうならないように!」と言うことなんですが.........
っと、長くなりましたけど........最後に。
エタノール、メタノールと言うのは化学系の研究室では非常に重要な物質です。で、化学系の研究室ではこう言ったものを購入するのですが........薬品を購入するのに関与すれば分かる通り、エタノールには大体二種類の物が売られています。一つはそのままエタノール。まぁ、一斗缶やガロン瓶などで買うわけですが、酒税の問題からこれは結構高価です(同量のメタノールの倍以上だったか?)。まぁ、一応飲めるといえば飲めます........気分的に良くないんですが(笑)
#飲んでいるところもある.......「かもしれない」ということにさせてもらいますね(笑)
#余り美味しくな......ごふ、ごふ
ところでエタノールにはもう一つ、「変成エタノール」と言うものも売られています。これは安価なものでして、エタノールに比べて安く購入することが可能となっています。
.......何故か?
変成エタノールと言うのは、手っ取り早く言えば「エタノールに別のものを混入しておきました」と言うものでして。これでもって酒税法を避けて安く出来る様になっています。「じゃぁそっちの方が良いじゃない」って思われるかも知れませんが.......合成系などではこういう不純物が入っていると実験にならないケースが多くあり、実は余り使えません。ですので、いちいち蒸留して不純物の中からエタノールを分離してやる手間がかかりますので、純粋にエタノールが欲しいところでは余り買わないと思われます。では、「合成に使えない程度でも別に飲んでも良いじゃない? 安いし持って来いでしょう?」と思う人もいるかも知れませんが.........実は、こういう物の変性剤にはメタノールが使われるケースが多くありまして........そのまま飲むと余り身体に良いものではないものとなっています。
ま、どうしても安全に飲みたければ、蒸留して、となりますけど........そこまでして飲みたいものでもないでしょうねぇ。
取りあえず、酒は素直に酒屋で。
出来たら、変なものは飲まないことをお奨めします(笑)
長くなりました。
今回は以上ということで.........
あぁ、長くなってしまった(爆)
さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
え〜、非常に暑くて思考能力落ち気味で申し訳ないんですが.......今回は簡単に逃げさせていただきました。急ごしらえで焦りましたけどね(^^;;
まぁ、メタノールはメタノールで色々と重要なんですが、取りあえずお酒に絡めて、と言うことで今回はしましたけど.......長くなっちゃいましたねぇ(^^;; いや、終わってからびっくりしましたが(^^;;; まぁ、理解を深めていただければ、と思います。
さて、次回は.......出来たらやる予定だったものを、と思うのですが。
ちょっと暑さが厳しくなると.......と言うのはありますので。それによって変わるかも知れませんね.......
ま、皆さんもくれぐれもへばらないように、お気をつけを。
そう言うことで、今回は以上です。
御感想、お待ちしていますm(__)m
次回をお楽しみに.......
(2001/07/17記述)
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