からむこらむ
〜その114:丹と朱と〜


まず最初に......

 こんにちは。最近は暖かい日が続きますが如何お過ごしでしょうか?
 桜はほぼ散って新緑の色が近所の山に目立ちますけど.......季節の変わり目。管理人には辛い時期のようです。

 さて、今回は前回からの続き。
 前回は、水銀の話のイントロとして奈良の大仏の話とメッキの話をしましたが.......今回から本番、といきましょう。色々と話してみたいと思います。もっとも、それぞれがなかなか深いので、簡単に扱いますけどね。  それでは「丹と朱と」の始まり始まり...........



 さて、では今回から水銀の話を始めてみましょうか。
 一応、今回は水銀の利用について、軽めに触れておこうかと思います。

 前回、水銀は「人類とは古くからのつきあいがある」と書きましたが........では、最初はどういうものだったか?
 水銀は天然では単体として存在はしていますがそれほど多くなく、一般には硫化物である硫化水銀として産出されます。この化合物は一般にHgSという式を持つものでして、「辰砂(しんしゃ)」と呼ばれており、世界各地で取れます。
 さて、辰砂は一般に鮮やかな朱色をしています(黒いのもあるのですが)。古くは中国でこれを「丹」と呼んでいまして、中国における「錬金術」である「練丹術」と深く繋がりがあります。ま、基本的には前々回を参考にしていただきたいのですが........ ちょっと古典やら中国の話に通じていると、「丹」と言うと丸薬だったり、「丹薬」として「不老不死の薬」やら、仙人の作る薬みたいな扱いで出てきますが(日本でもこの影響がある)、これはどうも辰砂を指しているようです。つまり、時の権力者達は不老不死を願うために「丹薬」を飲んだわけですが(実際、そういった王侯貴族の遺体の水銀濃度は高い)、それはおそらくはこの辰砂が入った物を飲んでいたと思われるので、これらの「薬」は朱色をしていたことと思われます(実際には色々とありますけどね)。ついで言うなれば、おそらくは『竹取物語』でかぐや姫が帝に渡した「ふしの薬」はこれを指していた可能性があります。
#『竹取物語』が中国の影響が強いことを考慮(求婚相手の話にその一端が見える)すると、これは特に不思議ではないです。
 「丹」という言葉は日本にも入ってきまして、辰砂の取れる土地に「丹」を冠したこともあったようです。事実、「丹生(にう)」という土地が現在でも各地にあるのですが、この辰砂との関係があるようでして、実際に取れる場合には水銀の生産地となりました。こう言った「丹」のある水銀鉱山には、丹生氏という一族が各地を巡って開発を行ったようです。また、日本では辰砂を『播磨風土記』では「赤土」または「赤丹」(いずれも「あかに」と読む)とあり、他にも「真赭(まそほ:「鮮やかな赤」)」とも呼んでいたようです。これらは、万葉集にも出てくる言葉となっています。
 尚、「辰砂」は中国湖南省辰州に由来するとされています。

 さて、では辰砂は古代には上記のほかにどういう使われ方をしたか?
 辰砂の使われ方は、上のような「薬」を除いては洋の東西を問わず同じような使われ方をして様でして、その朱色から各地で顔料として使用されたようです。例えば、エジプトでは墓地で。日本でも土偶に塗られたようですし、また古墳などで辰砂を用いた朱色を壁画などに用いています。また祭器や、鉾、軍衣の彩色も用いられました。そういう意味では「神聖な」物に使用されていた傾向があるようです。
 余談ですが、辰砂の朱色と日本の古墳というと、先日、明日香村のキトラ古墳で鮮やかな「朱雀」が出てきた、との報がありましたけど、おそらくこの朱雀は辰砂によって色がつけられたと思われます。また、他の古墳でも見られる「朱色」も辰砂が多く使われています。
 さて、辰砂はこういう顔料だけでなく、水銀を得るための原料としても昔から用いられていました。これは、前回話したアマルガム法によるメッキとの絡みもあります。実際、紀元前300年頃にはすでにアマルガム法による金メッキが施された瓶がヨーロッパで見つかっていまして、このころには辰砂から水銀を得る方法は中国やヨーロッパでは知られていたようです。
 水銀の精練は簡単でして、水銀を空気中で600〜700℃に加熱すると、水銀蒸気が出てきますので、これを回収することで得られます。これは日本でも行われていまして、前回の大仏に使用した水銀はこうして得られたものと思われます。

HgS + O2 → Hg + SO2

 この反応は一般に言う「還元反応」となりますが、この反応では有毒な二酸化硫黄(SO2)が出ますので、通気性を良くしないと作業的には結構キツイかと思いますが........一応、二酸化硫黄が出ない様にする手法もありますが、ここでは省略しておきます(石灰石と鉄を使う)。
 こうして得られた水銀をアマルガムにしてメッキや金の精練などに使っていたようです。


 さて、では古代以降、水銀はどういう使われ方をしたのか?
 これは色々とあるのですが.......近代と現代で大きく分かれますので、取りあえず古代から近代までの話をしてみましょうか。

 近代までの水銀の使われ方は、基本的には上記の古代の使われ方もありましたが、他のものもありました。
 まず、上に書いた辰砂ですが........顔料としての「朱」は上記以外にも色々と使われていまして、ギリシアでは口紅として使用されたようです。また、辰砂が安定な化合物であることから、死体の防腐剤としても使用されたようです(死体は朱色??)。この安定な特徴と練丹術が相まって、おそらくは「丹薬」として使用されたものと思われますが........ 日本ではこの「朱」は色々と用いられていまして、一つは皆さんの生活に密着しているハンコの朱肉に使用されています。これは、辰砂の安定性がハンコの印の「保存性」に寄与しています........と書くと、結構どういう色であるか想像がつくかと思いますが。また、この朱色を利用して、入れ墨にも用いられたようです。

 面白いことに水銀は近代までの間に化粧品や薬としても用いられていました。
 例えば、水銀の塩化物である「塩化水銀」に「甘汞」「昇汞」という化合物があります。この二つは構造が違いまして、「甘汞」はHg2Cl2でして、化学的には「塩化水銀(I)」と。「昇汞」はHgCl2でして、「塩化水銀(II)」と表します。つまり、水銀の「価数」が1価か、2価かの違いとなっていますが。
#「汞」は中国語で水銀を意味します。
 前者の甘汞は白い結晶でして、文字の通り「甘い」のが特徴です。この甘汞は室町時代以後に遊行した、「伊勢参り」の土産品である「伊勢白粉(いせおしろい)」の成分である「軽粉」として用いられたそうでして、通称「御所白粉」とも呼ばれました。とはいっても、実際には「白粉」には適さず、しみやそばかすを取って白くする「内服薬」として利用したようです。
 昇汞......と言いうよりも実際には2価の水銀化合物ですが、これらは毒性が比較的高く、ノミやシラミの駆除に用いられ、あるときは堕胎薬としても使用された様です。もっとも、昇汞などは暗殺の為に使用されたことも多くあったようでして、何件かそういった話が残っています。
 しかし、「薬としての水銀」として特に面白いのは、駆梅剤として梅毒への治療に使用されたことでしょうか。これは、入れ墨の朱の周りには梅毒の影響がなかったと言うことより使用されそうです。実際、2価の水銀化合物は菌の増殖を防ぐ働きがありますので、「梅毒の治療に水銀風呂」と言うのはそう間違いでは無かったようです。もっとも、効果がどれほどかは知りませんけど.........
 他にも、少量の水銀を飲むと代謝が活性化する、と言うことで用いられていた事もあったようです。

 そうそう。近代までで「水銀」と言うと、気圧の話も忘れてはいけませんか。
 これは、「トリチェリの実験」と呼ばれるもので有名でして、水銀を満たした1mの管を、水銀を張った桶に逆さまにして立てると、水銀の面から高さ76cmの部分まで管中の水銀が下る、と言うことから、「1気圧=760mmHg(ミリ水銀)」という単位を作った話があります。
 この単位は、今でも場合によっては、特に化学実験などする人には使用される機会があるかと思います。
#一部蒸留の実験で使用されています。


 さて、近代を過ぎて現代になると、水銀は様々な局面において使用されることとなります。
 どういうものがあるか? まず、簡単に言うと温度計、圧力計などに用いられているので御存じの方は多いでしょう。また、上述した朱肉にも水銀化合物が今もって使われています。しかし、それ以外にも様々な局面で用いられていました。

 今世紀に入ると、「薬品」としての水銀化合物が多数出てくることとなります。
 まず、2価の水銀イオンの持つ殺菌能力に目が付けられまして、外用消毒剤として使用するために20世紀初頭には色々と工夫が行われています。これは、2価の水銀イオンが殺菌能力を持つものの、タンパク質変成作用があるために、皮膚への刺激が強く、細菌への浸透性が弱い、という欠点があったからなのですが.......この欠点を克服し、そして医薬として導入された化合物の代表格に、今ではほとんど見なくなってしまった「マーキュロクロム」、いわゆる「赤チン」があります。これは、1919年にヤングとホワイトによって色素と水銀の化合物の研究中に作られた化合物です。この2〜3%の水溶液を怪我の後に用いていました。読まれている方で使用された経験をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。が、1960年以降徐々に生産量が減って、今ではまず見なくなりました。
 医薬品として用いられた水銀化合物は他にも多数ありまして、殺菌、消毒の他、防腐、に用いられた「チメロサール」というものがあります。他にも、膣用避妊薬や、利尿財、駆梅剤(梅毒用の薬)、抗腫瘍薬、水虫薬などに多数の水銀化合物が用いられていました。また、皮膚薬として水銀軟膏、と言うものもありました。いずれも、水銀は体内に入っても24時間以内に排泄されるとされています。
 以下に、マーキュロクロムとチメロサールの構造を示しておきます。



 更に「薬品」として見ると、農薬としても水銀系化合物は使用されました。
 農薬としての水銀化合物は戦前から用いられていまして、当初は種子や球根の消毒剤として使用されました。これは、菌の感染によって起こる発育不全や根腐れ病の予防として使用でき、塩化水銀(II)(昇汞)がこれに用いられていました。が、塩化水銀(II)では殺菌効果が強いものの、薬害も多いために改良が行われ、1925年にドイツのバイエル(Bayer)社によって、塩化メトキシエチル水銀という化合物を開発。商品名「ウスプルン」として販売されて世界中に広がります。日本ではこれを1939年から種子消毒剤として使用しますが、1942年に酢酸フェニル水銀という薬剤がバイエルとの提携によって国産化されて、これに代わります。しかし、この酢酸フェニル水銀は戦後、食料増産が叫ばれた1952年に、稲の生育期に発生するいもち病対策に効果があることが判明し、更に稲の生育が良くなることも判明します。以後、消石灰で希釈した製剤をいもち病対策の農薬として使用するようになり、後に稲以外にも適用範囲が広がって、使用量が増加します。また、他の水銀系の農薬も開発されて様々な目的で使用されるようになります。
 しかし、公害の発生から環境問題が叫ばれるようになり、そして急性毒性による中毒者が多かったことから、水銀系農薬は使用禁止となり、1974年から一切使われなくなります。
 以下に、塩化メトキシエチル水銀と、酢酸フェニル水銀の構造を示しておきます。


 尚、酢酸フェニル水銀は上述の膣用経口避妊薬に、殺精虫作用があるために使用されていました。

 さて、薬剤以外でも生活や研究関係に関与してくる水銀もありました。
 例えば、電気に関するものに水銀は関与しています。研究関係で関与するケースが多いものとしては、水銀電極という物があります。ご覧になっている方で使ったことがある、と言う方もいらっしゃるかも知れませんが........代表的なものには「カロメル電極」と言うものがあります。これは、塩化水銀(I)(=甘汞:甘汞はカロメルとも呼ぶ)を使用したものでして、基準電極として広く使われています。また、研究関係で特に使われるものには水銀灯、と言うものもあるでしょう。水銀蒸気中の放電を使用したランプでして、圧力によって色々と用途があります。
 また、電気に関する水銀というと「電池」があります。これは、一般に水銀電池と呼ばれていまして、保存性が良く、放電容量が大きくて、放電中でも電位変動が少ないために電池として高い性能を持っています。小型ラジオや、補聴器用として用いられていますが、高価なのと環境への影響が難点でして、最近は代替の物が出てきているようです。また、乾電池として良く用いられるマンガン乾電池やアルカリ乾電池にも、水銀は良く用いられていました。これは、電圧が安定するなどのメリットがあったためでして、特にヘッドホンステレオの普及によって乾電池の爆発的な需要の伸びを示したころに良く使われていました。しかし、環境問題などから徐々に使用料が減り、現在では一般に乾電池に使用はされていません。
 今現在乾電池を見た時に「水銀0」の表示があるのは、こう言った背景があるから、というのが真相だったりします。

 さて、他にも水銀は色々と使われていまして、いちいち細かく説明ができないくらいあるのですが..........
 後は工業的に使用された例を示して、今回は終わることとしましょう。

 工業的に重要な薬品に「水酸化ナトリウム(NaOH)」という物があります。
 これは、広く科学を学ぶ人にとって最低でも一度はお世話になったことがあると思いますが.........管理人もしょっちゅう使っていました。まぁ、色々な局面で良く出てくる重要な薬品なのですが........
 さて、ちょっと前まではこの水酸化ナトリウムの製造は、「水銀法」と呼ばれる方法で作られていました。これは水銀とナトリウム(Na)のアマルガムを使用した方法でして、これと水と反応させて作る方法です。具体的には、水銀の「プール」に食塩水を流し(この時点でNa-Hgのアマルガムが出来る)、これに電気を流すことで水酸化ナトリウムを作る方法です。
 式を以下に示しておきます。

Na-Hg + H2O → NaOH + 1/2H2 + Hg

 「Na-Hg」はナトリウムと水銀のアマルガム、「H2O」は水、「NaOH」は水酸化ナトリウムで、「H2」は水素ガス、「Hg」は水銀となります。この方法は完全に「クローズド」なシステムを構築すれば水銀はリサイクルが可能。また、食塩水は海水から簡単に得られるという、効率的にも、化学的にも優れた方法でしたが、これはやがて「水銀禍」から世間から冷たい目で見られることとなり、現在では別の方法(「陽イオン交換法」、「隔膜法」など)への移行が進んでいます。

 そして最後に........水銀が関係する、工業的に重要な物としてアセトアルデヒドがありました。
 アセトアルデヒドは重要な工業原料になるものでして、一般には酒のアルコールであるエタノールを酸化することで得られます(とはいっても、結構薬品を選ばないとダメですけど)。ちょっと化学を知っている「飲み助」さんには「悪酔いの原因」と言うとピンとくるかも知れません。そしてアセトアルデヒドを酸化すると酢酸になりますが.........
 さて、このアセトアルデヒドは、昔はある方法で合成されていました。それは、アセチレンと水を触媒の存在下で反応(「水和」です)させて得られたのですが、この触媒には当時は硫酸水銀(HgSO4)が使用されていました。
 以下にその式を示しておきます。


 この反応、御存じの方は御存じの通り、やがて大問題を引き起こすことになるのですが........それは次回の話となります。


 さて、以上ちょっと駆け足で水銀の利用について触れてみました。まぁ、それぞれが結構深くまで出来るのもあるのですが(電池などは特にそうでしょう)、それだけで量が大きくなりますので、「軽く」とさせてもらいました。
 しかし........今回は気付かれている方もいらっしゃるかも知れませんが、ほとんど「利用」の話だけに絞りました。しかもその方法のかなりのものが「過去形」として話しています。そう、実はかなり「過去のもの」が多くあるのです。もちろん、現役で使われているのもありますが。
 では、何故「過去」の物が多くなったのか? それは、ある公害をきっかけとした、水銀の「毒性」と「イメージ」が絡んでくるのですが........

 そういうわけで、次回は水銀の毒性と、その対処などについて触れていこうかと思います。

 長くなりました。
 今回は以上、と言うことにしましょう。




 はい、終わり、と。

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 ま、ちょっと駆け足気味でしたけどね(^^;; 一個一個に細かく触れると文字通り「キリがない」「説明が大変」という物が多くありますので、軽く触れる程度にさせてもらいましたけど........ まぁ、ある程度の「人類の水銀利用」についての話はできたでしょうか。ま、ある一定以上の世代の方が見ていれば、「あぁ、そんなのあった」という物が多いかと思いますが........
 結構、上記の通り、工業的にも色々と使われていたのは確かです。

 さて、次回は......予告通りですね。今回は水銀の「毒性」については一切触れていません。これについては、有名な公害が一役買って知られることとなりますが、現在においても大きな誤解をもたれている部分が少なからずあります。そういう側面と実際、後はこれに絡む環境の話をしてみたいと思います。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/04/17記述)


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