からむこらむ
〜その112:哲学者の卵と結婚〜


まず最初に......

 こんにちは。いよいよ新年度ですね。色々と新しいことが始まる時期になりましたか。
 関東ではもう桜も最盛期を迎え、徐々に散り初めていますね.......他の落葉樹にも葉が見え始めてきました。

 さて、今回は.......まぁ、ちょっと忙しかったのと、エイプリルフールに余力を回したおかげで余り時間がありません(^^;; 去年と同じことやっているんですね(爆)
 で、取りあえず今回は軽いネタ、と言うことで........ちょっと、錬金術に絡む話でも少ししてみようかと思います。とは言っても、そういう怪しい話だけに終始するつもりはありませんがね(^^;; ちゃんと化学の話をしようと思っています。
 .......まぁ与太話として捉えておいて下さい。
 それでは「哲学者の卵と結婚」の始まり始まり...........



 さて、皆さんは「錬金術」って物を聞いたことはあるかと思います。
 まぁ、その実態は色々と言われていまして........極めて幅広いものですが。一般的には中世〜近世ヨーロッパにおける錬金術が有名かつイメージされやすい様ですが、実際にはその起源は遥に古く、紀元前にはすでに存在したと言われています。また、各地で発生していまして、中国やインド、エジプトで盛んに行われていました。そして、後にはアラブ世界で発展し、ここからヨーロッパへと伝えられ、そしておそらく一般に言われる様な「錬金術」と言うものが出てきます。ただし、面白いことに日本では中国の文化の影響を受けていたのにも関わらず、これはそれほど発展しませんでしたが.........
#痕跡はあるみたいですけどね。

 この「錬金術」と言うもの。色々と、哲学的観点から見て色々とあるのですが.......基本的に各地に共通するものに「金を生みだす方法」という物がありました。これは、金が持つ特徴.......言ってしまえば、希少性、(基本的には)何者にも冒されない特徴(錆びないなど)、その輝きなどが極めて珍重され、そしてその特徴から「永遠」「不変」などの象徴であり、そして同時に「権力」の象徴でもありました。ひいては、「神」の象徴でもあったわけですが.......... こう言ったことから色々な形式はありましたが「錬金術」という名称はある意味において妥当だったと言えます。
 ただし、錬金術においてはこう言った「金を作る」だけが目的ではなく、実際には様々な方面へと発展し、化学のみにならず医学的なもの、その他諸々に極めて重大な影響を及ぼしたことが知られています。それは、錬金術の本来の目的でもあったのですが.........これを理解するには「錬金術」という名前よりも、その元の名前.......少なくとも英語で表記すると分かりやすいかも知れません。その英語は辞書を引けば分かる通り「alchemy」でして、「al-」はアラブの言葉で定冠詞「the」であり、「chemy」はもともとは「khem」だったようでして、「黒い土地」を意味しました。これは中世ヨーロッパの錬金術師達がこの錬金術の発祥の地であると考えたエジプトを指す言葉と考えられています。少なくともこの意味において「金」は存在しておらず、「錬金術」という言葉にはある程度の疑問が生じてくるものはあります。
 その「alchemy」の内容は、確かに「金を作る」と言うような側面は持っていたものの、その究極の追及は「真理の追究」でありまして、様々な自然などの「理」(同時に「神の摂理」という側面もある)の追及であったのは確かの様です。
 もちろん、根源の部分であって、こっから色々と派生して、こう言ったものの上に怪しい世界を構築していき、単純に詐欺師みたいなものが大挙して出てくるのも事実なのですが..........
#事実、近世になると「錬金術師」=「詐欺師」的な意味に捉えられたこともあるようです。

 さて、色々と中国やアラブの錬金術も面白いのですが........今回はヨーロッパの錬金術に少し焦点を合わせてみましょうか。
 アラブ圏からヨーロッパに錬金術が伝わったのは、二つルートがあるようでして、一つは8〜10世紀頃のイスラム圏によるイスパニア、つまり今のスペイン支配の頃があります。この支配は、レコンキスタ(国土回復運動)の成功により終止符を打ちますが、こちらは余り本格的な物とはならなかったようでして、実際にはもう一個のルートである十字軍による遠征が多大な影響を与えたと言われています。そして、12世紀には西欧に広まって流行し、13世紀にはかなり流行したと言われています。
 西欧における錬金術は、ギリシア神話のゼウスとマイアとの子であるヘルメスが、この業をエメラルドに刻み「エメラルド板」として広めた、という伝説が出てきて、このヘルメスを起源とするヘルメス学という物を「根拠」として広まっていきます(ちなみに、これに関する著作物と偽物が大量に出回ったそうですが)。これはやがて「ヘルメス哲学」として西欧の錬金術師によって教理として発展するのですが.........ま、そっちはともかく、これが様々な思想に発展して、最終的にヨーロッパで広がることとなります。

 さて、西欧における錬金術は歴史にも関与するほど重要なものだったりしますが、これらを行っていた錬金術師はピンキリでして、そのタイプも様々だったようです。
 大体はこの手のタイプは二種類に分かれるみたいでして、一つは金持ちで社会的地位のある人物の道楽(本業?)として行われていました。この場合、貴族はもちろんのこと中には僧侶などもいたようです。もっとも、中には余りにも熱中する余りその地位を捨ててしまうものもいたのですが。そして、もう一つは貧しくて、各地を転々としながらパトロンを探す人達。実際にはこのタイプの人達が多かったようでして、いわゆる「山師」「詐欺師」も大量にいたようです。
 前者のタイプは色々といたようですが、中には科学界で重要な人物もおり、その中の一人にアイザック・ニュートン.......かの万有引力の発見者がいます。彼も錬金術に興味を抱き、様々に実験したと言われていまして、事実、彼のメモの中には膨大な量の錬金術に関するメモがあるそうです。後者のタイプは文字通り山ほどいまして、技術のあるものからド素人までまさに「ピンキリ」。彼らは色々とパトロンの間を行き来して「どうにか食いつなぐ」人達が多かったようでして、中には「いつまでたっても出来ない」為に殺されたり、あるものはその行いから「異端」と言うことで異端審問にかけられて処刑された、とか。また、神業的なテクニックで「黄金」を作りだしたものの(パトロンに公開する実験で巧みなすり替えを行った)、嘘であることが判明して処刑。ばれなくても「他に秘密が知られるわけにはいかぬ」と処刑。あるいはパトロンの失脚でまた放浪、という実に「人生色々」を見ることが出来ます。
 ま、こう色々と錬金術師もいたのですが........中には、その8で触れたようなヘンニッヒ・ブラントの様に元素を発見するものもいました。そういう意味では彼らを調べてみると面白かったりしますが。
 さて、こうした数々の錬金術師(プロ・アマ問わず)の中に、中世に名を残すパラケルスス、という人物がいました。

 「パラケルスス」の名は比較的有名ですが.......本名をテオフラストゥス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイムと言いまして、1493年生まれ。ローマ時代の大学者であるケルススを「越える者」と言う意味で「パラケルスス」と言うあだ名がつきます(自称、なのかも知れませんが)。彼はヨーロッパ各地を放浪し、時に「奇跡」と呼ばれる様な治療で各地の患者を治していった、という話があるのですが、その過激な持論から周りから避けられたと言われています。また、錬金術にも深く入り込んでおり、周囲からはかなり胡散臭い目で見られ、1541年にザルツブルグ(現在のオーストリア北部)で寂しく生涯を閉じたと言われています。一応、実際には数多くの影響を残した人物ではあるのですが。
 さて、このパラケルススが(ある意味「改めて」)広めた錬金術の考えがいくつかありまして、その中に有名な錬金術の三原質と言うものがありました。これは、かなり思想的で哲学的であいまいなものなのですが.......これは、簡単に言うと世界各地の「元素」の考え方と同じでして、有名な四元素説、アリストテレスの五元素説と同じように、「物質を構成するものには三元素ある」という考えでした。その三元素は、「水銀」「硫黄」「塩」の三つを指します........もっとも、錬金術において「塩」はしばしば無視されることもありましたので、実際に重要なのは水銀と硫黄、だったのですが。
#実際には更に色々とややっこしかったりします。
#尚、この手の考えはラヴォアジエによって否定されます。

 では、何故水銀と硫黄だったか?
 これは、中国などの錬金術でも通じていたと言われていますが........かなり思想的な物でして、ある意味東洋の「陰陽」の思想に似ています。簡単に言いますと.....「硫黄」は男性的、太陽、動、火、魂、黄金などを意味し、「水銀」は女性的、月、静、水、銀といった物を意味し、象徴しました。ま、東洋だとこれらが相まって調和し.......と言う思想的な物となるのですが........
 パラケルススが展開した理論によれば、手っ取り早く言うと万物はこれらの特性よりなっている、と。よって、この原質を極めれば、あらゆる現象を支配できると考えたようでした。ひいては、金属の変成も........

 ところで、西欧における錬金術で重要なものに「哲学者の石」。または「賢者の石」と呼ばれるものがありました。
 これがまた究極的に意味不明な物でして........どういうものか、と言いますとこの石は卑金属を黄金に変え(「錬金薬」とも)、他にも多量の金属の変成を行える。肉体に使えば若さを取り戻して、不死を得、あらゆる病気を取り除くという「万能薬」の働きがあるとされていました(いわゆる「霊薬」「elixer(エリクサー/エリクシール)」がこれになる)。パラケルススによれば、これはきらめく赤でルビーの色であるとし、これらは物質を構成する元素である水銀と硫黄の「哲学的結婚」により作られる、としました。
 西欧における錬金術は、ある意味この「哲学者の石」の探求であったようです。そして、これを作りだす作業は秘術であり、「大いなる作業」(あるいは「大いなる秘術(アルス・マグナ)」)と呼ばれました。

 さて、この「大なる作業」と言うもの。取りあえずある程度の文献や絵などが残っているのですが、当時の錬金術師達の常で、アナグラムや暗号、陰喩が多用されており、下手すると絵だけで何も書かれていないなど、その解読は大変だったようですが.......一応、ある程度は知られています。
 まず、前段階として色々と材料や器具をそろえました。材料は、上述した「万物の元」と言う考えより水銀と硫黄だったのですが........これに必要に応じて占星術などを用いて色々とやっていたようです。もっとも、これが多分に「秘術」的だったようでして、「異教」「異端」扱いされて(他にも秘密主義で色々とあったりするのですが)異端審問送りとなった人物がたくさんいるのですが。
 さて、材料と器具をそろえたらこの「大いなる作業」の開始となります。
 まず、「哲学者の卵」と呼ばれる、水晶の入れ物......まぁ、球形のフラスコみたいなものですが、これに材料(水銀と硫黄)を入れます。そして、これを「ヘルメスの印璽」と呼ばれるもので密閉しました(「密閉」を意味する英語の一つ「hermetically」はこの作業が由来だそうで、ヘルメスの名が入っています)。これを、「アタノール」と呼ばれる反射炉に入れて加熱していきます(特定の手順があったらしい)。
#もっとも、この密閉は内容を考えると、物理的に完全な密閉を意味するとは考えにくいのですが。
 この加熱の際、「哲学者の卵」の中では作用が始まり、色が変化していくことが知られました。その順番はおもしろいことにどの文献でも一致するようでして、「黒→白→赤」の順番で変化していくことが知られていました。錬金術師達は最初に混ぜることを「哲学的結婚」と呼び、加熱して出る最初の黒を「腐敗」と、次の白を「復活」と(この段階で止めると「小作業」と呼び、ここで得られる「白い石」は卑金属を銀に変える力があると錬金術師達は信じていた)、そして最終段階の「赤」を「赤化」と呼んで、不死鳥やら「哲学の卵に閉じこめられた若い王」という様な象徴を用いています。
 こうして得た「赤い石」=「哲学者の石」はその後若干の作業をもって、卑金属を黄金へと変える力を持つようになる.......と考えられていました。

 .......と、このままではかなり怪しい話で終わってしまいますが、ここから化学の話をしましょうか。
 実はこの「大いなる作業」と言うもの。実は、現実に「哲学者の卵」でなくても、適当なフラスコの中に硫黄と水銀を入れて加熱してみると、実際に色の変化を伴う反応が起こることが知られており、しかも、その変化は錬金術師達の作業と同じように「黒→白→赤」となっています。
 では、これを化学的に考えてみると、どういう反応が起きているのでしょうか?
 硫黄は元素記号「S」で、水銀は「Hg」です。これを混ぜ(上で言えば「哲学的結婚」)、加熱していきますと、この二種は化合という化学反応を起こします。

Hg + S → HgS

 この時に生じるHgSは硫化水銀(II)、または黒辰砂、黒色硫化水銀と呼ばれ、この段階では黒色を呈します。
 さて、この黒い硫化水銀を更に加熱していくとどうなるか、と言いますと........これが面白いことに、ここで二種類の反応が起こります。

1: HgS + O2 → Hg + SO2

2: HgS(黒色) → HgS(赤色)

 1の反応は、空気中の酸素と硫化水銀が反応を起こし、酸素が水銀と結合した硫黄を奪って硫化水素(SO2)になり、水銀と分かれます。この場合、水銀の色が出てくることとなりますので、容器の中では「白色」が生じることとなります。
 2の反応は、式では全く同じ「HgS」で硫化水銀(II)なのですが、その構造が異る物でして、赤色になります。この赤い硫化水銀は辰砂とも呼ばれまして、一般に黒い物よりも安定です。この場合、容器の中は「赤色」となることとなります。しかし、こうして出来た辰砂を加熱しすぎると

HgS(赤色) + O2 → Hg + SO2

 と言う、黒辰砂と同じ化学反応が起きて、水銀に戻ってしまいます。この場合、「黒→白→赤」の最終段階の赤はこのままでは「確実なもの」とはなりにくい、ということになりますが........ちゃんと他でも赤色になる手段がありまして、水銀が加熱されると

2Hg + O2 → 2HgO

 という反応が起きます。これは、水銀が空気中の酸素と反応が起きまして、酸化水銀(II)を生じます。これの化合物は赤色を呈しています。もっとも、この化合物も加熱しすぎると分解して水銀と酸素に戻ってしまいますが(その71でも少し触れていますね)。

 さて、分解はともかくとして、この「大いなる作業」で出てくる「黒」「白」「赤」の各化合物は、このようにして説明がつけられることが分かります。もっとも、流れを見ていくと、実際には「水銀と硫黄」の「結婚」は「離婚」に発展しているケースも起きているようですが........また、酸素に「浮気」している可能性もあるわけですね。
 これを彼ら錬金術師達が知ったらどう思うのかにかなり興味があったりしますけど..........意地悪ですかね?
 尚、この実験は高校ではちょっと難しい(設備や安全性など)のですが、大学の化学実験室ならばこの実験は出来ると思います。一応、辰砂が生じるときには硫黄が触媒になるそうで、ちょっとだけ入れておくと良いみたいですが。
#重金属の廃液処理と、水銀の問題からちゃんとしたドラフトの完備などが問題になります。

 では、こうして出来た「赤い石」......つまり、現実には水銀化合物は実際に「哲学者の石」たりえたのか?
 この質問に対する回答は色々と出来ますが........まず、現実的に「これをもって錬金薬・霊薬とし、実際に効能を発揮した例は知られていない」という事実。そして、科学的にきっぱりと言えばまるっきり「ナンセンス」と言うのがこれの回答になるでしょうか。
 ........まぁ、無限に繰り返していけば何か出来るのかも知れませんが........まぁ、それでも無理でしょう。少なくとも、そういう「薬」が出来ると言う予想をする科学者はいません。
 もっとも、本当にこういう「霊薬」が出来るのならば、是非見てみたいものですが。


 っと.......そうそう。最後に余談ですが。
 パラケルススの広めた物の一つに、ゲーテの『ファウスト』にも出てくる「ホムンクルス」......いわゆる人造人間があります。これは、彼が「人工的に人間を作りだすことが出来る」という考えを持っていたためでして、方法まで残しています。
 その方法は簡単に言いますと.......人間の精液を40日間蒸留器に密閉し、生きて動き始めるまで腐敗させます(意味不明ですが、曰く「見れば分かる」だそうで)。そして、これがやがて人の形をし始めるので、毎日人間の血で養い、馬の胎内と同じ温度のままで40週間保存すれば本物の生きた子供となる..........そうです。もちろん、生物学的には極めてナンセンスですが。
 しかし、現在ならば.......「人工的に人間を造る」と言うのは、特に遺伝子工学が発達し始めていますので(どういう方法か、と言った問題もありますけど)、笑い飛ばせるものでは無くなりましたが。
 事実、試験管ベイビー辺りから始まってクローンなど、人工的に、しかも遺伝子的に同じ「生命」を作りだしていますから。

 こう考えると、当時の錬金術師達から見れば、我々の「科学」ってのはやはり「錬金術の究極系」に見えるのだろうか、などとふと思ったりもしますが。
 もちろん、錬金術と科学ってのは全く違うものなんですけどね。しかし、どう思われるのかとかは興味があったりします。


 などと長くなりました。
 今回は以上ということにしましょう。




 終わり、と。

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 今回も忙しかったのですが、ネタもそうないので与太話とさせていただきました。まぁ、錬金術の話とその実際みたいなものですけど........まぁ、錬金術その物は科学的に見るよりも歴史的・哲学的に見ていくと面白いものが多いのですが。一応、「化学の前身」と思われているようですが、その実際はかなり違うものがありますので、余り「前身」と思わないほうが良いです。
 まぁ、ここら辺は詳しくやるとキリがないくらい書けるんですけどね(^^;;
 それはともかく......まぁ、与太話として楽しんでいただければ、と思います。

 さて、と。次回はどうしますか。
 折角なんで水銀の話でもしてみますかね。これも色々と面白い元素だったりしますので........まぁ、取りあえず当日までには決めたいです。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/04/03記述)


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