からむこらむ
〜その135:悪僧とワタリ〜


まず最初に......

 こんにちは。天候が色々と荒れていますが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 丁度これを書いている今は台風15号が荒れ狂っています(^^;; ま、9月は台風シーズンですので皆様もお気をつけを。

 さて、今回ですが。
 え〜、インデックスにある通り、管理人は岡山行きでして来週(2001/09/18分)は休み、となりますので「一回分」の話を探していたんですが........まぁ、前回折角キノコの食中毒の総論的なものをしたうえ、これからが中毒が多い、と言う話をしておきながら各論を一個もしていないというのも問題ですので、一つその話をしてみようかと思います。
 ま、気楽に読んで行って下さい。
 それでは「悪僧とワタリ」の始まり始まり...........



 さて、日本の説話集として有名なものに、平安時代末期に成立したと言われる『今昔物語』と言うものがあります。ま、名前ぐらいは聞いたことがあると思いますが。
 この説話集は日本最大の物でして、全31巻(3巻ほど欠いていますが)で計1000以上もの説話を収録したものです。ですので、全集なんかを買おうと思えば場所と金をやたらと食う物となりますが.........ま、管理人は欲しかったりするんですが(^^;
 個人的な欲求はともかく、「今は昔」で各話が始まるこの説話集はじつに様々な話を残しています。天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)の三部から成りまして、当時の流れもあってか仏教的な話大分色々と入っているのですが、各地でのちょっとした出来事や、様々な強盗の話、月にいるウサギの話や貴族の笑い話など様々な話が収録されており、色々と当時の様子の一端が窺えるのですが..........

 ところで、この『今昔物語』の中にこういう話が知られています。
 その話とは........金峯山にある寺に別当(寺務を総裁する僧でかなり偉い)がいました。この高僧は健康に恵まれていたのか齢80を過ぎてもなお元気(当時の平均寿命は20代ぐらいと思われるので、非常に「長寿」と言えます)。非常に好ましいこと、ではあるのですが........しかし、次席の僧はこれが面白くない。と言うのは、この別当が死ねば自分が次のが別当になるというのにこの別当は健康そのもの。この様子では死ぬ見込みが無さそう。しかも自分はもう70歳。このままでは下手をすれば自分が先に死んでしまうかもしれない.......つまり、この次席の僧にとって別当はまさに「目の上のたんこぶ」でした。
 ではどうしてくれようか?
 僧のくせに「小人閑居して不善をなす」の例えに一致するようですが、この悪僧は手っ取り早く「別当を殺してしまえ」と考えます。そして食中に毒を入れる、と言う方法.......「毒殺」を目論んだこの悪僧、かくして一人で山の中へこっそり入っていき、邪魔な別当を殺すべく毒キノコを探します。そして「ワタリ」と呼ばれる毒キノコを見つけた彼はそれを採取し、そして自分の為に安全かつ「ワタリ」に似たキノコを確保します。そして寺に帰り、これを料理して別当に出しました。
 さて、二人で一緒に食事をするのですが........もちろん、別当には「ワタリ」入りの料理を。そして自分には安全なキノコを入れたのですが........しかし、悪僧の見込み通りとは行かず、この別当は平然とこれを食べたうえ、全然中毒する様子もありませんでした。
 何故か?
 ま、仏さんは悪事を許さない、と言うことかも知れませんけど.........実は別当はいわゆる「特異体質」でして、この「ワタリ」には耐性がありまして、食べても問題はありませんでした(別当が健康な理由かも?(笑))。しかし悪僧はこれを知らなかった.......自らの野望を果たせない事がわかり唖然とする悪僧。そこに(彼にとっては)止めの一言が.........別当曰く「こんな美味しいワタリを食べたことは無かったねぇ」。

 ま、この話には科学的には「体質」に絡む話とか色々と興味深い話はあるのですが.........そっちはともかく。
 さて、悪僧が野望を託した「ワタリ」と言うキノコ。これは何であるのか? と言いますと..........実はこれ、前回でも名前が出てきたキノコでして、「ツキヨタケ」と言う物でした。このキノコの古名が「ワタリ」です。で、話の通り本来なら食中毒を起こすはずだった、のですが別当の特異体質によって悪僧の野望は阻止される訳ですが..........
 このツキヨタケと言うもの。これは前回触れた通り、キノコ中毒の大半を占める報告を占め、そして古くから知られている毒キノコです。と言うことで、当然色々と調べられています。
 今回は、このキノコについて話してみようかと思います。


 さて、ツキヨタケとはどういうものか?
 まず、学術的な側面から見ますと、担子菌類ハラタケ目キシメジ科のキノコでして、学名をLampteromyces japonicus(「ランプテロマイセス ジャポニカス」だと思います)と言います。学名からピンとくるかも知れませんが、日本で見つかったキノコです。ただ、最初は日本だけにあると思われていたのですが、朝鮮半島でも見つかっています。また、海外にも近縁のキノコがあります。漢字では「月夜茸」と書きまして、この和名が付いたのは江戸時代後半の、坂本浩然の『菌譜』にあると言われています。
 生育に関しては本州ではブナ、北海道ではイタヤカエデの枯木に群生しまして、かさは半円形(木の途中から生えるので、円形になりにくい。木の上面に生育すると円形になります)、幅が10〜25cm程度で厚さ1〜2cmで大型。横に太さ1〜3cmの短い茎をつけます。若いうちは全体が橙黄色〜黄褐色ですが、かさの表面は紫褐色〜暗紫色に変化し、ひだは白くなります。肉は厚くて白色、無味無臭となっています。
 このキノコに特徴的なものとしては、ひだが暗所では青白く発光することが知られています。もっとも、強くないので明るいところではまず見えないようですが。実は学名のLampteromycesはラテン語で「輝く菌」と言う意味でして、ツキヨタケの発光する特徴から付けられた名称となります。話によると、海外では"Fox Fire"、あるいは「極東の鬼火」とも言うそうですが。真夜中に群生するツキヨタケが発光する様はなかなか幻想的で美しいそうですが.........
 なお、この発光するキノコ上述の通り海外にも近縁種がありまして、アメリカ産のものは「Jack-O'lantern」、いわゆるハロウィンに見る、カボチャをくりぬいて作った提灯がありますが、あの名称が付けられています。とは言っても、「Jack-O'lantern」には「鬼火」「きつね火」と言う意味もありますので、おそらくはそっちの意味をとって名付けていると思われますが。

 さて、繰り返しますがこのキノコは日本において「食中毒を発生するキノコ」としてはもっとも名高いものとなっています。その原因は「食べられるキノコと間違えた」と言うことに起因しています。
 ツキヨタケの小さいころはシイタケと間違えられるケースが多くありまして、実際に写真などを見ると良く似ています(ついでに、形状も想起しやすいと思いますが)。このツキヨタケが大きくなるとヒラタケに良く間違えられます。実は、先ほどの高僧暗殺を目論んだ悪僧は自らの分にヒラタケをとっていまして、先ほどの話で出てきた”「ワタリ」に似たキノコ”はこれだったりします。そういうことで、「似ている」具合が理解できると思いますが。他にも、食べられるムキタケ(夏期のキノコ)と間違えるケースが報告されています。

 一応、ある程度のツキヨタケの識別法は知られていまして簡単に説明しておきますと.........
 まず特徴である「光るキノコ」であると言うのは重要な差違です。そして、柄とひだの境にリング状の隆起帯があります。そして、最も良く言われているのは柄を縦に裂くと黒い(黒紫色)のシミがあります。
 大体、代表的な「区別法は」はこの三つとなっています。
 .......が、前回でも触れた通り素人による見分けは極めて危険ですので、単なる「知識」程度に止め、実際に食べる云々と言うときにはプロの同伴を。そして、わからない場合には保健所などに持っていって識別してもらいましょう。
 一つ間違えると食中毒になる、と言うことはお忘れなく!
#管理人は責任を持ちません!

 ま、具体的な写真などはキノコの写真が本屋にあると思いますし、ネットでも「ツキヨタケ」で検索すれば写真付きで出てくると思いますので、興味ある方は調べてみても良いかとは思いますが.........

 尚、余談ですがヒラタケは美味と言うことで上述の『今昔物語』で強欲な国司藤原陳忠が、崖から落ちた際にこれを見つけ、救出される際に大量に抱え込んで引き上げられる、と言う話が残っています(「強欲」さを示す話なのですが)。
 同じ説話集で出てくるキノコなのに、扱いがこうも違うのがまたなんともおかしいですが.........

 さて、では間違ってツキヨタケを食べるとどうなるか?
 食中毒を起こすキノコですので、当然様々な症状が出てくるのですが、代表的な症状は激しい嘔吐に下痢、腹痛です。潜伏期間は約60分。この症状は結構激しいようでして、かなり苦しいようです。ただ、幸いなことに重篤な症状になることはそう多くなく、現代では余りこれで死ぬ、と言う事例はありません。そう言う意味での危険性は低いと言えるでしょう。
 もっとも、『今昔物語』では悪僧が暗殺を目論んで使おうとした訳ですから、場合によっては死ぬ例があったのかも知れませんが。江戸時代にも毒キノコとして紹介されています。ですので、場合によっては......例えば体力が落ちているときに大量に食べたりしたときに死んでしまった、と言う様な話はあるのかも知れません。
 この症状は昔から、かなりしっかりと認識されていたようです。
#もちろん、別当の話は例外中の例外と見たほうが無難です。

 ではこの毒性分は何であるのか?
 この研究は戦後の1950年代後半から始まりまして、「日本特産」と言うことで研究が始まったようです。これには、当時の日本の化学レベルは決して高くなく欧米には劣っており、「同じテーマでは.......」と言う背景がありました。が、この研究は少し「あっちこっち」と飛ぶものがありまして.......
 研究は始まったのですが、まず毒性分の分離を前にキノコの制癌作用を調べていたグループによって、ツキヨタケに制癌作用を持つことが判明します。このことからその「制癌作用を持つ成分」が注目され、その成分と毒性分が同じである、と言う考えの下(制癌剤は毒性が高い為)で成分の分離が行われることになります。
 しばらくの研究の後、マウスに少量注射するだけで死ぬ、と言う毒性分が分離されます。これが研究された結果、狙い通りこの成分が制癌作用を持つことが判明。分離したチームはこの成分を「ルナマイシン」(ルナ:lunaは月を意味)と命名......したところ、同時期に他大学の研究室でも同じ成分の分離が行われていました。両者協議の末、分離した成分を学名より「ランプテロール」と命名して名称は統一される事となり、後は構造の決定を残すのみ........だったのですが.........
 さて、このランプテロールの分離直後。アメリカで前述の「Jack-O'lantern」より「イルジン」と命名した物質を分離し、更にこの「イルジン」の構造が発表されます。日本の研究チームがこの発表を受けて「ランプテロール」の照会・同定を依頼したところ、「ランプテロール」と「イルジン」は同一化合物であることが判明。結局構造式の決定者に命名権があるために「ランプテロール」は「イルジン」に名称を統一することになります。
 ま.....色々と名称に変遷のある化合物と言えますが。
 この化合物は最終的には日本の研究グループによって1973年、当時はまだ色々と難儀が多かったX線結晶解析を使って絶対構造(立体構造(その24参照)が色々と関与しているので)が決定されることになります。
 これでこの毒性分の分離・構造決定と言う基本的な研究が終了することとなります。

 イルジン(illudin)の構造は以下の通りです。



 実はイルジンには「イルジンS」と「イルジンM」の二種類ありまして、これらをまとめて「イルジン類」と呼んでいます。これらの差違は構造の右側の部分でして、「-CH2OH」か「-CH3」かの違いだけです。
 「イルジンM」は「Jack-O'lantern」より分離された成分でして、ツキヨタケから分離されたのは「イルジンS」の方になります。よって、食品衛生関係の情報では「ツキヨタケの食中毒成分」は「イルジンS(イルージンS)」と言う形で表記されています(付記として「ランプテロール」の名が出ることもあります)。もっとも、この成分単独ではツキヨタケの全ての食中毒症状は説明できない、と言う話もありますが。ただ、主としてはイルジンSが毒性分であるのは確かです。
 また研究の経緯に書いたようにツキヨタケには制癌作用がある、と言うことですがこれもイルジンSによります。生化系の齧るとわかる通り、何となくDNAの塩基部分に似ていますので、それが少なからず関係すると思われますが........(と言うことは、健常者に与えれば発ガン性になる可能性もあるということか?) ただ、研究者達によってイルジンSの構造判明した後に、薬品会社がその制癌作用を調べて医療用への転用を図ったのですが、これは毒性が強すぎたために使えず、制癌剤としてのイルジンSはそのまま「ボツ」になってしまいます。
 まぁ、色々と難しいものがあるのでしょうが........
 尚、専門的ですが人工合成は1960年代にすでに完了しています。これは一目では分かりにくいのですが化合物に対称性があり、それを利用して同一化合物二つを使った合成がなされています。
 その後もこの化合物については色々と研究が進んだようです。


 そうそう最後に.......ツキヨタケは発光すると書きましたが、これに関する研究を簡単に紹介しておきましょう。
 ひだの部分より発光成分の探索が行われたのですが、当初イルジンSの類縁体と考えられたこの成分は最近分離に成功して調べられたところ、実際にはイルジンSとは関係は無いようです。この発光成分は学名より「ランプテロフラビン」と命名されていまして、ひだから放出される際にある条件下(弱酸性と言う話ですが)で発光するみたいです。
#構造は調べたのですが手元の資料等では残念ながら見つかりませんでした。名称からフラビンが関与するのでしょうけど......(何となくイメージできるのですが)
#見つかったら掲載します。
 しかし、「何故発光する機能があるのか」と言うことに関しては良くわかっていません。これは諸説あるようなのですが決定的なものは無いと言えます。まぁ、何か有効に使っているのかも知れませんし、偶然生体に必要なものからそう言う成分を作るようになった、と言うのかも知れませんし。
 想像の種としては面白いかもしれませんけどね。


 さて、以上がツキヨタケの概要になりますが.........
 ま、一端は示しましたが古今東西で色々な話を残していますし、日本では最も「なじみ深い」毒キノコであると言えます。それゆえにかなり研究はされているキノコです。とにかく古来より話があるうえ、発光したり成分で色々とあったりと様々に「話の種」を持っていると言えますが........ただ、残念ながらそれでもこれに引っ掛かって中毒する人は多いのが現状といえます。
 繰り返し言っておきますが、このキノコによる中毒はキノコ中毒の中では最も報告が多い物です。その原因は「他の食べられるキノコに間違えられるから」でして、キノコ狩りの際にプロの同伴の必要性をこれは示していると言えます。
 キノコ狩りの際にはくれぐれもお気をつけを!
 でも、食べずに「観察」するだけなら色々と面白いものはあるでしょう。そう言う機会がありましたら、上の話を思い出して貰えたら嬉しいです。


 そう言うわけで今回は以上、と言うことで............




 ふぅ.......終わり、と。

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 今回は前回折角キノコ中毒の総論的話をしましたので、今回は一つ、代表的なキノコ中毒を起こすツキヨタケを取り上げてみました。ま、シーズンでもありますので触れておく価値はあると言えるでしょう。
 とにかくも、色々と話があると同時に色々と知られている研究があります。ま、もし山林に入って見かけることがありましたらこう言う話を思い出して貰えれば嬉しいですね...........
 ........ただ、中毒だけは本当に気をつけてくださいね。えぇ。事例が多いですから。

 さて、と。え〜、来週2001/09/18分は管理人が旅に出るのでお休みさせていただきますm(_ _)m まぁ、「夏休み」と言うことで。次回は再来週の09/25日になりますので御了承を。
 ま、ネタはその時までに決めようと思います(^^;

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/09/11記述)


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