からむこらむ
〜その149:飼育戦線異状なし〜


まず最初に......

 こんにちは。今年もいよいよ後わずかとなりましたね。皆様如何お過ごしでしょうか?
 ま、一気に「年末」と言う雰囲気になりそうですが........慌ただしくなりそうです。

 さて、今回ですが。
 ま、年末で人もいませんし。堅い話をする気もないので、軽い話といきましょう。まぁ年末恒例の「与太話」ですかね。取りあえず、お食事中、あるいは虫の話が苦手と言う方は控えたほうが良いかもしれません。ただ、おそらくほとんどの人が聞いたことの無い話であることは請け合います。
 ハイ、警告はしました。食事中に読んで問題が起きても管理人は責任を持ちませんからね(^^;
 それでは「飼育戦線異状なし」の始まり始まり...........



 言うまでもないことですが、いわゆる「科学」と言う分野は非常に幅広いものがあります。
 さて、昨今非常に力が入っている分野と言うものは、概ね「生命」に関わる研究となっているのは皆さんご存知の通りでしょう。もっとも、昨今は「専門家」ばかり作ろうとしている傾向が少なからずありまして、将来的に色々と問題が起こりそうな予感はありますが........
#促成で人材が育つと思っているのでしょうか?

 ところで、このような「生命」を扱う科学と言うものも非常に幅広くあります。
 一般には動物が想起されやすい様ですが、植物もまた重要ですし微生物と言うものも生命を扱うものです。これらを扱う学問はまた、最近流行の遺伝子関係もあれば、自然科学、林学、農学、畜産学、医学、昆虫学等きりがないほど挙げることが出来ます。そして、こういった学問を行う以上、必然的にそれぞれの研究対象となる「生命」とつきあう必要が出てくるのですが........これらの中でも「動物」がその対象となる学問はかなりの数があります。この場合、当然の事ですが研究のために「実験動物」と言う物が出てくることとなります。そして、必要に応じてそれらの「飼育」を行う必要があるのですが........
 さて、管理人の所属していた研究室もこういった動物実験を行っていました。ただ、使う動物というのは色々と限られているのですが......その中でも研究室で「累代飼育(代々子供から大人、産卵等まで面倒を見て飼育していること)」をしているものがありました。
 何か?
 実は、これは「イエバエ」.......つまり蝿を飼育していました。ま、農薬の殺虫剤なぞ扱う所でしたので、必然的にこうなったんですが(笑)
 今回は、与太話としてここら辺の裏話でも少ししようかと思います(笑)


○飼育対象

 さて、イエバエとは何か?
 ま、言ってしまえば比較的家の中で良く見るような蝿です。英語名もそのまんま"house fly"でして、学名はMusca domestica(むすか どめすてぃか)となっています。管理人の所属していた研究室ではこのイエバエを累代飼育していまして、これに例えば構造を色々と変えた殺虫剤を用いて殺虫効力の測定などを行ったりしていました。
 ところで、「累代飼育をしていた」と書きましたが。
 当然の事ながら代々研究室で飼育していくわけですので、色々と世話をしてやらなければなりません。つまり、餌の面倒はもちろん、産卵もこちらで手を出さねばなりませんし、その後に幼虫、つまりウジになってから蛹になるときにも手を出す必要があります。つまり、あれもこれもこちらで手を出してやらねばなりません。
 と言うことで、これがまた大変だったのですが........(^^;;

○飼育サイクルと作業

 では、まず皆さんがほとんど知ることの無い蝿の生涯のサイクルを簡潔に紹介しておきますと.......
 ま、卵から始めますと........これが孵化して、やがて幼虫(=ウジ)が生まれることとなります。このウジは成長すると蛹になりまして、しばらくすると羽化することとなります。羽化したら成虫になり、後は交尾して卵を産む、となります。そしてまた最初に戻ることとなります。
 このサイクルは様々な条件(気温など)で異なりますが、大体理想的な条件で約2週間となっています。

 さて、もうちょっと詳しく説明しておきましょうか。とは言っても余り詳しい条件・やり方などは書きませんが(^^;
 蝿の卵と言うのはかなり小さい「糸状」の物です。これを産卵用の培地に産ませた物を持っていきまして、「分注」と言う作業を行います。これは、直径20cmぐらいのタッパーに培地を入れたものを用意し、これに一定量の蝿の卵を分けていく作業です。終わればタッパーにペーパータオルでフタをして輪ゴムで固定し、しばらく飼育室に置きます。
 一定期間経ちますと、卵から孵化した幼虫がこの培地の中を蠢く(文字通り)事となります。最初はかなり小さくて識別不可能なのですが、徐々にこれら幼虫は大きくなってきまして、やがてかなりの大きさになり活発に動き回るようになります。このとき、タッパーはかなりの熱を持つようになります。
 更に時間が経ちますと、幼虫はやがて蛹になります。このとき、幼虫は乾いたところで蛹になることを好みますので、タイミングを見計らってある種の「乾いた砂」みたいな物をこの培地の上に降りかけてやります。そうすると、幼虫はそこで蛹になります。
 幼虫が蛹になりますと、最初は赤みを帯びて小さい状態です。しかし、しばらく時間が経過しますと黒っぽくなってきます。ころ合いが良くなりましたら、今度はこの蛹だけを分離する作業を行います。これは、「砂」の中にいる蛹を文字通り「ふるい分ける」作業でして、「蛹分け」と呼んでいます。これである程度の大きさの蛹だけを回収します。蛹分けを済ませたらこれを適量タッパーに分けまして、成虫の飼育用のケージに入れて飼育室に置きます。やがて蛹から成虫が羽化しましてケージの中に成虫が飛び交うこととなります。
 こうして成虫になったイエバエですが、これは餌や水の補給を行いつつ数日飼育します。この間に必要に応じて殺虫試験などを行いますが、特に予定が無い場合はそのままです。そして、数日経ちましたら特定のビーカーに産卵培地を作り、元気な蝿が多いケージを二つ選んで、二個ずつ培地を入れておきます。この時、培地には産卵しやすいように指で中央に穴を開けておいてやります。また、光があると交尾をするので、この時にはケージのある棚の蛍光灯をつけておいてやります。
 そして一晩経過すれば、この培地を用いて分注の作業を行います(この時、穴は塞がっています)。

 尚、飼育は午前と夕方の2回巡回をし、毎日欠かさず行う必要があります。それぞれの経過、飼育室の状況は日誌に記録を付けるようにします。
 また、飼育は週交代で2チームで行っていました。

○飼育室

 大学での飼育室は研究室のある棟から遠く、グランドを挟んで夜になると辺りが暗い(冗談抜きで結構怖い)所に研究室所有のがありました。ここには諸々の作業部屋がありますが、更に地下室がありまして、そこに蝿の飼育室があります。
 この部屋は蝿にとって至適温度である28〜32℃、湿度80%前後に保たれているようになっています。当然、季節によって微妙に変動はありますが、概ねこの状態が維持されています。ですので、夏は(クソ)暑く冬は暖かです。もっとも、冬になると湿度が低下しますので加湿器を使う必要があります。
 尚、この温度は微生物にとっても繁殖に適しており、更に蝿も生きている以上糞尿を出します。よって臭いは強烈(メルカプタン系にアンモニア系が主流?)です。しかも飼育室での作業は場合によっては長引くので、1時間以上この臭いの中にいることがあります。
 もちろん、飼育室帰りは不評です(^^;
 しかし、やらねば研究は出来ません。文句は禁止です! いや、一生懸命やっていますから。

 尚、飼育室に漂う物質のおかげか、空調はよく不調になります。また、加湿器は水道水だと何故か止まってしまう事があるので、イオン交換水を用いる必要があります。このため、イオン交換水をポリタンクに入れて定期的に研究室と飼育室を往復する必要があります。これは女性陣には無理ですので、当然野郎共が持つ事となります。

○作業と器具

 飼育中に用いる培地は、分注も産卵培地も同じ組成の培地を用います。構成は「ふすま+ラット用飼料+ドライイースト」を一定の割合で混ぜ、これに一定量の割合のお湯を入れて混ぜて作った物です。誰が考えたのか良く分かりませんが、これが代々受け継がれています。

 成虫がいるケージは30×30×30cmのステンレス製で、横と上の部分は網状です。ただ、横の一面は15×15cmの穴が開いており、ここから作業を行います。もっとも扉はありませんので、ここには白衣の袖の部分を30cm程度に切ったものを強力な輪ゴムで穴の周囲に固定して(これにコツがある)、これに腕を突っ込んでケージ内での作業を行うようになっています(使わないときは袖をねじり、輪ゴムで閉じる)。この袖は短すぎると蝿が逃げやすくなり、長すぎると作業がしづらいので適度な長さが要求されます。ケージの作業は経験で「逃がす蝿の量」が変わります。
 経験は偉大です(笑)
 尚、ケージの底にはビニールを張り、ここに餌となる砂糖の入ったプリンカップ(小型です)二つと、綿を丸めて水を浸したプリンカップ二つを入れておきます。水は水差しのような物がありますので、ケージの外側から補給を。砂糖は量が減ったら交換してやります。
 大体、一つのケージには1500匹前後の蝿がいるように調整します(大体、3〜4ケージ分を作ります)。

 餌である砂糖は文字通り砂糖です。連中はこれを食って生きています。水はやはり生物であるせいか必要でして、しかもかなりの量を一日で必要とします。これ故にかなりまめに補給してやる必要があります。

 尚、前述の通り毎日2回の巡回は必須でして、1回さぼるだけで相当に弱ります。特に水の補給はかなり重要でして、朝にたっぷり補給しても夕方にはかなり乾いているのが普通です。
 冬場の乾燥する時期には特にこれが顕著となります。

○飼われているイエバエ

 飼育しているイエバエは2種類です。
 その144で触れた抵抗性のイエバエと感受性のイエバエの二種類を飼育しています。ただし、感受性の物は飼育のサイクルが異なるパターンの2種類がありますので、感受性×2と抵抗性×1の3つのサイクルで飼育が進みます。サイクルが異なるのには意味がありまして、薬剤試験の問題や万が一の際の全滅の回避、あるいは殺虫試験では感受性のものは多量に使うので使える機会を増やす意味もあります。
 尚、雄と雌の割合は極端でして、雌の方がかなり多くなっています(正確な割合は知りません)。両者の外見上の違いの見分けは容易でして、胸・腹、更に目の間を見ることで見分けることが出来ます(大きさ、幅が違う)。
 連中の「起源」は別大学の研究室でして、教授が頭下げてもらってきたものです。ですので、連中を全滅させると大目玉を食らうことになります。管理人の代では全滅させませんでしたが(かなりきっちりやりましたので)、先輩方々は何回かやってしまっているようです。
 もちろん、その度に特大の雷が落ちる事となりますが.......
#先方から嫌みも頂戴するらしい.......

 ちなみに、連中の名前は「発見された地名」が付けられています。
 管理人の所では感受性は「高槻」、抵抗性は「八千代」でした。もちろん、両者間での交配はさせません。抵抗性と感受性の物は外見は一目見ると同じですが、良く観察すると微妙に形が違うので見分けられます。
 両者の飼育法・生活サイクルは全く同じです。しかし餌が違いまして、薬剤抵抗性の維持を目的としてスキムミルクを一定量割合で混ぜてあります(経験上これがよいらしい)。

 さて、抵抗性の蝿はそのまま飼育し続けると抵抗性が落ちていきます。その144でも触れましたが、基本的に薬剤を使わないと抵抗性は発達しませんし、また「使わない機能は不要」と言うことか抵抗性が落ちてきます。ですので、定期的に人工的な「淘汰(その144参照)」作業を行う必要があります。これは大体3サイクルに1回程度で行います。

○飼育は泪か溜め息か

 .........おっと、長くなりましたか。
 いや、大分簡潔に書きましたけど.........もうちょっと書きたいことはあるのですが、これでやめることとしましょうか。

 ま、飼育というものの苦労と裏話を紹介しましたけど。
 「なんだ、気持ち悪い」「ふざけるな」などと言ってはいけません。なぜなら、それらを行った上での研究の成果が皆さんの生活に反映される事となりますからね。それらの苦労の否定は皆さんの生活を否定することにも繋がります。
 実際、こういう苦労は知られませんからねぇ........

 まぁこういう事がある、と言うことを知ってもらえれば嬉しいですし、頑張っている人もいる事も知ってもらえれば更に嬉しいです。
 年末・年始に飼育に出ていく彼らに祝福を! そして、異状無く飼育が進むことを!


 と言うことで今回は以上で..........



 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 今回は与太話、と言うことで.........ま、どうでしょう。「絶対に知ることの無い裏話」だったと思いますがね.........えぇ、大変なんですよ、こういうのも。もちろん、イエバエだけが苦労ではなく、他の所も多かれ少なかれ似たような苦労は待っていますので。
 取りあえずこういう裏を知ってもらえれば、多少は年末年始に飼育のために出ていって「ちくしょ〜」と言う人達も少しは報われるでしょう、きっと(^^;
 ま、そういうことで........

 さて、次回ですがいきなり元日に「からむこらむ」となりますね。
 ハイ、新年明けてから早速やります(笑) もちろん、堅い話は嫌なので与太の予定です。ま、気楽に読んでもらえるものにしようかと思いますが.........

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/12/25記述)


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