からむこらむ
〜その150:新春兼百五十回記念与太話集〜
まず最初に......
皆様、明けましておめでとうございます
ついに2002年となりました。本年もよろしくお願いしますm(_ _)m
さて、そういうことで新年の初日が火曜日、と言うことで恒例の「からむこらむ」を公開します(笑)
まぁ、予定している話などもありますが、年の初めから堅いのも嫌ですし。恒例の新春与太話、と行ってみましょう。ついでに150回と言うある種の区切りも迎えましたしね。そういうことで、気楽に読んでいってくださいね。
それでは「新春兼百五十回記念与太話集」の始まり始まり...........
さて、では早速始めますか。
- 日本の「化学」事始め
年の初めだから、と言うことではありませんが。日本における近代化学の「始まり」と言うのは江戸時代の後半になります。美作国、津山藩の医者であり、蘭学者で幕府に召された宇田川榕庵(ようあん)と言う人物がいまして、この人物が書いた本が契機となっています。
この人物、非常に優れていまして、ラヴォアジエ以降の最新化学の知識を得てこれを日本語に訳し、本にして紹介しています。
その名も『舎密開宗(せいみかいそう)』。全21巻の大作でして、ベストセラーだったのかコピー防止の対策(判を押して「この判の無いものは偽物である」と書いてある)まで行われています。
ちなみに「どこに化学の言葉が?」と思われるかもしれませんが、『舎密』は「セイミ」でしてオランダ語の「化学」である"chemie"に通じます。明治の初期でもこの『舎密』は使われていまして、政府最初の化学学校も「大阪舎密局」でした。
「化学」はこれ以降に出来た言葉となっています。
- こんごー
19世紀以降のしばらくの間、ヨーロッパの化学の中心はドイツでした。このため、文明開化を通じて日本に入ってきた化学(科学全般そうですけど)はドイツ語が中心となっています。ですから、ある元素、例えば「ナトリウム(Na)」「カリウム(K)」と呼ぶのはドイツ語である名残なのですが.......(英語では"sodium"に"potassium")
これらの用語は現代でも結構生き延びていまして、実験器具の呼称もドイツ語的にフラスコを「コルベン」と呼ぶこともあります。当然、学部生は最初は分かりません。
ですが、これが時として要らぬ混乱を引き起こします。
科学実験に重要な器具に、皆さんご存知の「ロート」と言う物があります。ま、「じょうご」ですけどね。
さて、とある実験室で先輩から呼ばれた学部生が「コンゴーロートを持って来い」と言われました。分かりました、と答えて学部生はその「コンゴーロート」なる「ロート」を探すのですが見つかりません。
何故か?
この「コンゴーロート」。スペルは「Kongorot」でドイツ語。正体は試薬でpH指示薬である「コンゴーレッド」(爆) ちなみに、このミスはいつの時代のどこの研究室でもあるようです(笑)
- あるいは勘違い
戦前の話。
戦後にノーベル賞を受賞する大化学者チーグラー(Ziegler)が英国を訪問した際のこと。入国審査で講演の題目を尋ねられたので答えると、別室にご案内。身元調査から思想について、他諸々の彼についての調査が行われた後に解放されます。
一体何が彼の身に起こったのか?
彼の講演はいわゆる今は「活性酸素」などで有名な「フリーラジカル」についてでした。英語で書けば"free radical"。ちなみに、一般的な意味は「過激派」(笑)
科学用語と一般用語は時として相いれません(笑)
- はたまた勘違い
チーグラーがレニングラード(現サンクトペテルブルク)に招かれて講演した際、ドイツ人であった彼はドイツ語で講演をしました。聴衆のためには通訳がいまして、講演の原稿をロシア語に翻訳してくれました。
さて、講演の後に彼は通訳に内容の理解について聞いたところ、「えぇよく分かりました」と返ってきます。ほっと安心したのもつかの間、通訳は「でも、なんで科学の話に魔女が出てくるのかよく分からなかったんですけど」と付け加えました。
さて、この講演の内容には炭素6個で二重結合を持つ化合物「ヘキセン」が出ていました。英語では"hexene"ですが、ドイツ語では"hexen"。
ちなみに、辞書をお持ちの方は調べてみれば分かる通り、"hexen"には「魔女」の意味があります。
なんというか.......(^^;
- pine apple
研究室での先輩より聞かされた話。
今は退任された某教授、昔(戦後まもない頃の話?)はバイトで翻訳をしていたと言うことなのですが........ここでぶち当たった謎の"pineapple"と言う単語。当時一般的ではなかったパイナップルの単語にどうして応えれば良いのか悩んだ教授は......
と書いたとか書かなかったとか........(^^;
#もちろん駄目(^^;
- 例えばこんな系統
前回蝿の飼育の話をしましたが、ここで書いた通り、蝿の系の名称は「捕らえた場所」で決まります。
ですので、中にはこんなのあります。
その名も「第三夢の島系」。言うまでもなく、関東圏の皆さんの「夢の後」で捕らえられています。もっとも、論文で読んでも「第三夢の島系」と言うのもなんというか.......(^^;;
- とある実験中の光景
実験器具にはガラス製のものがよく用いられています。この中には「すり」付きの器具が多くありまして、器具のフタとかがそう言うのによく使われるのですが........
さて、結構このすり付きの器具と言うのは「取れなく」なることがあります。ま、色々と原因はあるのですが.......
ではそうなったらどうするか?
色々とあるのですが、その中の手段の一つは「叩く」。テーブルの角や木づちで軽く叩くのですが.........このときの法則は大体「あと一回やったらやばそう、と思うときは大体壊す」と言う、某マーフィーのごとき法則が生きています。
ハイ、何度かやりました(- -;;
#で、怒られる........
- 最も参照が多い論文?
研究者の研究成果の発表と言うものは非常に重要です。その発表の場とは学会、あるいはそれぞれの分野での雑誌で行われるのが一般的となります。
雑誌での発表と言うのは非常に一般的な物です。特に雑誌はある種の「ランク」付けがありまして、例えば非常に有名な「Nature」や「Sciece」などという有名な雑誌(一般の方でも名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう)は非常に「グレードの高い」物を掲載します。よって、こういった雑誌に掲載される、と言うことはある種の「権威」にもなっています。
こういった雑誌に掲載される論文の最後には大体「参考文献」と言う物が掲載されています。これらは本文の該当部分に番号が振ってあり、最後にある「参考文献」の欄で参照するようになっています。内容は「いつ、どこの雑誌の何ページに掲載されてる、誰の書いた物」と言う情報となっています。雑誌名は長いものが多いので略称されるので、初心者はこの雑誌が何であるかの解読から始まるのですが.......例えば、「American Journal of Chemistry」と言う雑誌があるのですが、「Am. J. Chem」という感じになります(正確なのは忘れましたので、「こんなもん」程度、で)。
さてところで、このような参考文献の欄によく「ibid」と書かれてあることがあります。当然参考文献にあるのですから「ibid」と言う雑誌があるに違いない! と言うことで学生が探すのですが見つかりません。
それも当然なんです。
いや、実は「(ibidの表記のある)直前の論文と一緒」と言う意味ですから........(^^;
ハイ、管理人は最初分かりませんでした。
もちろん、他の方も経験あると思います(笑)
- アイとは?
元素の周期表で第17族に位置する元素を一般に「ハロゲン(halogen)」と呼んでいます。これに属するのはフッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)、ヨウ素(I)です。
さて、このヨウ素は「ヨウ素価」と言う指標に用いられることがあります。これは、油脂100gが吸収するヨウ素のグラム数でして、この油脂の不飽和脂肪酸(二重結合のある脂肪酸:その125参照)の含有量を示すものです。一種類の不飽和脂肪酸だけがあるのならば、その二重結合の割合を知ることも出来ます。このヨウ素価が大きいと空気中の酸素と反応して固化しやすいと言う特徴があります。
さて、新カリキュラムでは知りませんが、高校の有機化学の時間にこのヨウ素価の算出の問題があったのですが.........同級生が先生に指されて黒板で計算する直前、先生に質問をしました。
「先生、”アイ(I2=ヨウ素)”ってなんですか?」
「愛ってなんでしょうねぇ.......難しいものですが」
........先生、お約束過ぎです(^^;;
- 超強力磁力!
化学の研究で用いる機器に「NMR」と言う機器があります。これは「Neuclear Magnetic Reasonance」の頭文字からとったものでして、「核磁気共鳴」と訳されています。理論は簡単に説明できるものではないので省略しますが、化合物の構造解析に用いられるものでして、極めて重要な機器です。実際、この機器のおかげであまたの複雑な構造を持った化合物、例えばフグ毒で有名な「テトロドトキシン」などの構造が解明していたりします。
このNMRの理論を利用した機器は医療でもありまして、いわゆる「MRI」と言う、「CTスキャンの親分」の様な機器がそれになります。これは治療の他に、脳の活動の様子などの研究に用いられていまして非常に有用なものとなっています。
さて、このNMR非常に強力な磁気を用います。その強力さは凄いものでして、研究者はこの機器を使用する際に金属製のものや磁石を身に付けません。
もし、これを身に付けていたら?
時計は狂いますし、ヘアピンなどもくっつきます。くっつくと人力ではまず引きはがせません。もちろん、磁気カードも同様でして..........時々、財布をもって使用した人がキャッシュカードを使用不可能にしてしまうとか........(^^;
ちなみに、MRIを利用された事のある方は経験あるでしょうが、金属製品は片っ端から身から外す事となります。で、時々ヘアピンなどを外し忘れて事故が起こるとか.......
皆さんも気をつけましょうね。
尚、このNMR用の磁石に用いるコイルは長さ数キロの超電動線が必要で、大体1千万円はかかります。ですから、これらの機器は非常に高価です。ですので、最近は高温の超伝導体を作り、更に安価な物を作ろうという動きがあります。
もっとも、絶対温度で百何度、と言うレベルでの話ですけどね(^^;
#絶対零度=-273.15℃
- 王と女王
この間のその147とその148では金について触れました。この中で、金を溶かす代表的な酸に「王水」があると書きましたが.......
さて、「王」がいるなら「女王」はいるのか?
実はあります(笑) 記事でも書いた通り銀は王水に難溶性となっています。また記事でも触れた通り「銀」は「金」とよく対比され、「金」を「王」とするなら「銀」は「女王」です。と言うことで、これを溶かす酸を「女王水」と呼ぶとか。
ちなみに、濃硝酸と濃硫酸で出来ます。
- 溶かされたメダル
王水に関して一つエピソードを。
特定の分野で非常に大きな貢献が認められた場合、ノーベル賞が与えられる事は皆さんご存知でしょう。この賞が与えられる、と言うことは賞金と金メダル、そして大きな名誉を得ることとなります。ノーベルの遺志は今でも続いている、と言うのは喜ばしいことですが。
さて、ナチスが台頭してユダヤ人追放の運動が行われていた頃、ドイツと近隣諸国では大量の「頭脳流出」が起こりました。そんな中にデンマークはコペンハーゲンにいたヘヴェシーがいます。
彼はナチの侵攻によって身の危険を感じ、スウェーデンに逃げることになりました。しかし、彼の手元にはジェームス・フランクとマックス・フォン・ラウエに渡すべきノーベル賞の金メダルがありました。しかし、もしナチがこれを見つけたら? 悪用されることを恐れた彼は、英断を下します。
その方法は、王水に溶かすこと。その瓶にラベルを貼り付けて研究室の棚においてその地を去ります。
戦後、研究室に戻ってきた彼は王水を確認すると、変わることなく置いてありました。と言うことで、この王水に溶かした金よりメダルが再度作られ、そして渡すべき人物の許に渡されました。
科学、ですねぇ........
- 光る連中
20世紀の偉大な科学者にピエール・キュリーとマリー・キュリーの夫妻がいます。この二人の功績はピッチブレンドより未知の元素「ラジウム」を発見したことなのですが.......そしてマリーは後に塩化ラジウムを電解してラジウム金属を得た功績でまたノーベル賞を受けることとなります(一回目は放射能に関する研究です)。
さて、夫妻が分離に成功したラジウム(化合物ですが)は光ったと言うことで有名になっています。ま、科学的には昼間に光を受けて励起状態(エネルギーが高い状態:不安定)になり、夜になると余分なエネルギーを放つので光るのですが.......ま、ある種の蛍光物質はこういう性質を利用しています(時計とか)。尚、ラジウムの場合は黄緑色のリン光を放ちます。
ま、放射性元素関係の話でよく「光る」と言うのはここら辺の話が有名というのもあるのかもしれませんが........
さて、冷戦下のソ連(ロシアでも通じるか)海軍潜水艦というのは非常に事故が多いことで有名でした。これは安全性を軽視していたから、と言われていますが........
と言うことで「ロシアンジョーク」にこういうのがあります。
「原潜に乗っている連中の見分けつくか?」
「いや。どうやって見分けるんだ?」
「簡単だ。連中は夜になると光る。」
.......洒落にならないんですが.......(^^;
- 良い毒の条件
「毒」と「薬」の差と言うものはその結果に過ぎない事は「からむこらむ」で何度も書いていますが........
さて、ところで皆さんは「良い毒」と言う物の条件をご存知でしょうか? その「条件」は江戸時代の初期に、京都の誓願寺の住職安楽庵策傳上人が編集した『醒酔笑』と言う、古典落語の種本にもなっている笑い話のアンソロジーがあるのですが、これに見られるようです。
曰く、京雀の会話から........
「蒲生の殿様(蒲生氏郷の事)が明日をもしれぬ重病だそうな」
「よき毒を調へて上げたいものぢゃ」
「そはまた何として」
「よき毒は三年してから死ぬるというわな」
.......まぁ、一理あるというかなんというか........(^^;
と、長くなりましたね。
楽しんでいただけたでしょうか?
それでは、今回は以上ということで.........
さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
ま、新年と言うこともあって与太でしたけど.......同時に、皆様のおかげを持ちまして「からむこらむ」も150回を越えることが出来ました。ありがとうございますm(_ _)m ま、今後も色々とあるでしょうが、おつきあいをしていただければ、と思います。
ご感想や応援など、ありましたら是非、と思いますm(_ _)m
さて、次回ですが一応通常運転を予定しています。
え〜.......まぁ、ちょっとまだどうなるか分かりませんが、ちょっとキャンペーン的な話をしたいなぁ、と思っています。ま、それももっと大きな「キャンペーン」の一つでしかないのですが(^^;; どうなるかは分かりませんけどね。ただ、皆さんが興味を持つ分野での「発端」などについてを話してみたいと思います。
さて、どうなりますか.......(^^;;
そう言うことで、今回は以上です。
今年は良き年となりますようにm(__)m
次回をお楽しみに.......
(2002/01/01記述)
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