からむこらむ
〜その148:沈黙の価値と利用〜
まず最初に......
こんにちは。今年も後2週間を切りましたが、皆様如何お過ごしでしょうか?
世間では色々と、文字通り「師走」となっている人達が多いようですが。ま、体調には気をつけたいものですけどね。
さて、今回ですが。
ま、取りあえず前回の話の続きをしようと思います。一応、前回は「まつわる話」だけでしたから、今回は色々とその使用に関する事について触れてみましょう。金貨・宝飾品のみならず非常に幅広く使われている元素なのですが、結構知られていませんからね。ただし、数が多いので「一端」ということになりますが。
それでは「沈黙の価値と利用」の始まり始まり...........
では、前回の続きと行きますしょう。
金の利用法は古代から色々とありまして、現代においても非常に重要な役割を担っています。
基本的に金の利用範囲は色々とありますが.......まず、古代から貨幣として用いられていました。もっとも、現在では記念硬貨の時ぐらいしかお目にかかりませんが。また、御存じの通り宝飾品としても用いられていまして、必要に応じて加工して、例えば延ばして板状にしたり、あるいは箔にして用います。
ま、ここら辺は昔からの物でして最も分かり易いと思いますが。
ただ、面白いことに本当に古代の時期においては金は鉄よりもその価値は劣ったと考えられています。ま、見目が良いので家具や宝飾品に使われていたと考えられていますが、実際的な面では鉄の方が古代では重要な価値(武器や農具等生活必需品)があったので、これはある意味当然だったとも言えます。この見方が変わったのは、他の金属が発見されてその精練法がわかり、そして金の物理的な特性(安定性など)が分かってからと言えます。
こういうような事情から、「金貨」が価値を持つのは比較的後になってからとなっています。
と、そうそう......
え〜、以上のことをふまえますと、その101でも触れた通り、銀の方が金より価値があった時期などがあったりするわけですが.......有名な「沈黙は金、雄弁は銀」と言う格言の本来の意味がわかってくると思います。
......念の為。
一方、現在においては電気通信機器や機械部品としての需要がかなりありまして、その点において我々の生活を支えています。これは電導性が良いという理由がありますが、他にも化学的に非常に安定であり、錆びたり腐食しないと言う重要な特性上の理由もあります。
使用のされ方ですが.......例えば電気・電子の分野では接点にしたりロウ、そして半導体に用います。他の分野でも色々と用いられまして、メッキ、医療用、歯科(金歯・詰め物)などにも用いられています。また、化学の分野でもその安定性から器具などに用いられることがあります。更に写真の感光材や、陶磁器、機械装置の低温度測定器、一酸化炭素のセンサー、超微粒子にしたものが空気の浄化に用いられる事もあるようです。
尚、金を利用する際には純金では柔らかすぎるということもあって、昔から合金として用いられるケースが多くあります。上述の物も純金のケースもありますが、接点などは90Au-Ag(その101参照)、75Au-Agと言った銀との合金や75Au-12.5Ag-Cuといった銀、銅との合金、あるいは75Au-Ag-Pt-他と言う銀、白金などとの合金というものもあるようです。更にはアンチモン(Sb)、クロム(Cr)やニッケル(Ni)、錫(Sn)などが合金が用いられることがあります。純金は主に半導体やロウに用いられます。
また、金が「主」では無くとも他の金属との合金に用いられることもあり、95Pt-Auなどは理化器具に用いられるようです。
尚、現在での利用状況に触れておきますと.......ま、皆さんは金というのはどういうものに良く用いられると思われますかね?
金の消費は日本では265,459kg(1999年)となっていまして、それらの約20%が電気通信機・機械部品に、約8.8%が宝飾用です。そのほか歯科医療用、メッキ用、美術工芸品用などに使われています。が、最大の消費は私的保有向でして、約46.7%がこの為となっています。
つまり、工業的に重要ではありますが、主としては「財産」として保有すると言うことになりますか。
やはり「価値のあるもの」となるのでしょうね........
そうそう、いわゆる貨幣の「金貨」ですが、これも大体は合金が用いられています。
理由は色々とありますが、純金ですとやはりその柔らかさが問題になりまして、「使い続けているうちに、気付けばどんどん摩耗していく」と言う事態が発生するようです。実際流通していると100年で1/5が失われると書けば相当なものと分かるでしょう。よって、一般的には金と銅の合金などが使われます。
余談ですが、金本位制(今は管理通貨制度ですが)の下で流通した「金貨」(つまりそれ自体に価値が持たれています)はその金の含有量が大きく問題になることがあります。特に日本でもありまして、最も有名なのは徳川綱吉の時代、当時の勘定奉行であった荻原重秀の意見によって小判の悪鋳(金・銀のうち、金の比率を大幅に下げた)を行って財源不足を補おうとした結果、大きな経済混乱を引き起こしていたりします。幕府は大もうけしたと言われているのですが.......これは綱吉による「悪政」の代表的な一つでして、新井白石の時代に改善はされています。
尚、金はリサイクルの対象となっていまして.......
金だけでなく他の貴金属もそうなのですが、宝飾品および機器に用いられている貴金属は出来るだけ回収されることとなります。特に昨今のリサイクル法の影響などもありますが........興味深いのは携帯電話などは製品のサイクルが早いために大量に捨てられることとなりますが、部品に貴金属を使っている為、そのスクラップから貴金属の回収が行われるようです。実際テレビでこの報道を見たことがありますが、携帯電話から金のインゴット(もちろんかなりの数を潰すのですが)が出来ると言うのはなかなか面白いものであります。
#ちなみに、貴金属のリサイクルには化学で言う向流分配法的な物が関与していたりもして、なかなか面白いです。
#スペースの都合で書けませんが。
この様に金の使用というものは聞きなれないものから身近なものまで、見えたり見えなかったりしますが存在しています。皆さんの生活で金が関与していないと言う事はまず無いと思っていただいて結構です。もっとも、細かい部分で使われていることが多いので、「集めて売り飛ばす」には微量過ぎますがね。
ただ、現代の生活において金は必須であるということは覚えておいても良いかと思います。
ピンと来ないかもしれませんけどね。
そうそう。宝飾に偏りますがついでに.......金メッキや合金、金箔というものは古くから知られていました。
実際、アレキサンダー大王の頃(紀元前4世紀頃)の父親の墓から出てきた宝飾品によって既にアマルガム法による金メッキが行われていました。また、上述の通り純金では柔らかすぎるので、合金することが多いのですが、金の合金は既に紀元前より用いられており、様々な知識が蓄積されていたことが知られています。実際、金は十四金程度の合金を作ってもその光は余り変わらない、と言うことでそう言った合金を宝飾用に用いていました。もちろんコスト削減の上に硬度も上がると言うメリットがありますが........ま、同時にその61のヒエロの王冠に関連してその101の最後でも触れた話に繋がる話があったりしますけどね(真偽はともかく)。
日本でもこう言った利用は知られていまして、例えば前回にも触れました中尊寺金色堂などはまさに黄金を多用しています......もっとも、年がら年中公開はしていませんが。更にはその113で触れた「銅造毘盧遮那仏座像」、いわゆる「奈良の大仏」は最初はアマルガム法で金メッキが施されていした。もちろん金ぴかの大仏さんは今は見られませんが.......更には秀吉が茶室を金箔などを使った上、茶道具を金で作らせたという「黄金の茶室」といった話は有名でしょう。個人的にはこれは悪趣味にしか思えませんが。
余談ですが、昭和に炎上して再建された鹿苑寺の金閣がありますが、これは金箔を用いています。この金閣再建の話には余談がありまして、当初建築された当時のままを目指して「第三層:金箔 第二層:黒漆 第一層:白木」と言う作りにする予定だったものの、色々な史料から「二層目も金で作られていた」と言うことで急きょ予定変更して「第三層:金箔 第二層:金箔 第一層:白木」となったと言われています。これによって使用した金箔は十万枚と言われています。
ところで、金は化学的に非常に安定、つまり「化学反応を起こしにくい」性質でして、なかなか化合物(ひいては錆も)を作らず、更に酸などになかなか溶けることはありません。ただ、一応溶かすことが出来る酸がいくつかありまして、良く知られているものは「王水」と言う酸がそれに当たります。
この王水(aqua regia)と言うもの、名前は聞きますが組成は知らないと言う人が結構いるようですが.......実は、濃塩酸と濃硝酸を3:1で混ぜたもので、いわゆる「混酸」の一つです。何故これに溶けるかのメカニズムは複雑でして、結構な議論があったと言われていますが.......ま、やや専門的ですが触れておきますと........
まず、濃硝酸と言うのは極めて酸化力が強い酸でして、金を酸化させようと頑張ります。これによって、金の一部がイオン化する(つまり、安定性を失う)のですがこのままではすぐに戻ってしまいます。ところが、このイオン化したときに塩酸がありますと、これとは反応することが出来まして、結果的に塩化金(AuCl3)を作ることが出来ます。この結果、金は「王水に溶ける」事となります。
#もう少し書いておきますと、金はイオン化傾向が低いので反応性が低い(よって貴金属と言われる)事となります。が、濃硝酸によってわずかにイオン化し、この「隙」を縫うように塩酸と反応します。
#尚、金は1価か3価である事が多いです。
ただ、金は王水に溶けると言っても「水に塩を溶かすが如く」ではなく、ゆっくりと溶けていきます。また、銀は王水に溶けにくい事が知られています。
こうして王水に溶かした金は化合物を作るのに利用されたり、また食器などの縁の金の線がありますが、そう言う物を描くのに使われます。
一方、安定性が高い金ですが、弱点はあります。
それは銀と共通しているのですが、水銀には弱いです。水銀蒸気に触れるだけで容易にアマルガムを作ってしまうため、金製品のそばで水銀は御法度となっています。これは水銀を使った体温計を割ったときなど、日常生活でも可能性としては十分ありえますので、注意しておくと良いでしょう。
さて、ところで前回触れた通り金というものはそれ自体が非常に価値あるものとして珍重されていたわけですが........ま、イギリスの首相ディズレーリの言葉を借りれば「恋愛で心の平静を失うよりも、金で平静を失う人の方が多い」と言う話を残しているぐらいですから相当なものだったと言えるでしょう。
ここまで来ますと、当然の事ながら「合金にして金の量を減らす」、「金と見せかけて金にあらず」と言う様な物の「研究」も行われることとなります。ま、当然職人達が行っていた事もあるでしょうが、中には勘違いというのもあり、またそう言った知識を「詐欺師」が利用することとなりますが。
この研究は古くからかなり行われていまして、そしてかなりの知識の蓄積があったことが知られています。
例えば、19世紀にアレキサンドリア在住のスウェーデン副領事J.ダナスタシスがギリシア語で書かれた大量のパピルスを入手したのですが、これを解読したところ紀元前3〜2世紀頃(ヘレニズム文明隆盛期頃)の職人の覚え書きでした。その一部はオランダのライデンに送られまして「ライデンパピルス」として知られているのですが.......この中には金や銀の模造品の作り方が書かれていました。例えば銅(Cu)に菱亜鉛鉱(りょうあえんこう:ZnCO3)を加えると黄金色になる、と言った物があったそうです。
似たようなものは東洋でもありまして、4世紀頃の中国での「錬金術」を扱った『抱朴子(ほうぼくし)』に「金を作る方法」が詳しく書かれているのですが、これが「スズから金を作る方法」でして.......そんなことが出来るのかと、とある学者がこれに挑んだのですが、実際にやってみると確かに金色の物が出来る。しかし科学的に解析をしてみたところ、その正体は単なる二硫化スズ(SnS2)だったという話があります(ちゃんと反応の経路もわかっています)。ただ、この物質は「モザイク金」と呼ばれていまして、確かに金に外見が似ており、後にヨーロッパでは金色の顔料として用いられたものだったりします。
尚、錬金術師達もやはり似たようなことをしていまして.......ま、一応パトロンに向けて「研究成果を公開」する時にこういった化合物を使ったりして「後少しで大量に」と言う様な交渉をしていたことは想像に難くありません。おそらく、そのような化合物の知識は豊富にあったと思われますが........
さて、ところで金は一般的に生体においてはそう「関係の無いもの」と言う考えが強くあります。
ま、何ですか。(個人的にはどうかと思いますけど)日本では料理に金箔を使う、と言うようなことがあります。これは、金が酸に対して安定で、胃酸にも溶けず腸内で吸収がされないから安全、と言うことなのですが。これは当然、大便中に含まれてそのまま下水に流れることとなります。
ところが、面白いことに金というものは体内に微量存在しています。健康な人ならば、毛髪、肺、血液中に極微量含まれていることが知られています。よって、何らかの生体への関与の可能性があるのかも知れませんが.........しかしながら、この必要性は今のところ証明はされていません。
逆に過剰に金が体内に存在すると、皮膚炎や腎臓、肝臓への障害、貧血などの障害を生じることが知られています。
ま、ある意味「毒」にもなりえると言うことになりますが........
などと書くと、「人体に金が多く存在するなんて事があるのか?」と思われるかも知れません。
実はあるんです。と言うのは、金化合物は面白いことに薬として用いられているケースがあります。ま、実は金というのは昔から「医薬」として用いられていまして......とは言っても、当時の方法では本来的な薬としての意味は無かったのですが。しかし、1890年に金のシアン化化合物が結核菌の成長を抑制することがコッホらによって発見されてから医療上で金の薬としての価値が注目されるようになります。実際に、その後1914年に金チオ硫酸ナトリウム、その3年後に金メルカプトベンゾールと言う化合物が実際に結核への治療に用いられていました。
さて、ところで当時の結核の一種として考えられていたものに、今で言うリウマチ性関節炎がありました。しかし、これがやがて別物であることが判明。この後、今度はリウマチに対して金化合物の使用が行われることとなります。
1960年、それまでのデータを元に、ヨーロッパにおいていくつかの金化合物がリウマチ性関節炎の進行を遅らせたり骨の侵食を抑えることを認められます。その後、経口投与でしかも副作用の少ない物の研究が進んだ結果、1976年に金とグルコースの類縁化合物の誘導体からオーラノフィンが開発されます。これは経口投与が出来る使いやすさにおいて便利な化合物でして、通常よく用いられる非ステロイド系の消炎鎮痛剤(NSAIDS)(アスピリンなどのタイプ)などが効かないときに投与されるようです。
さて、リウマチ性関節炎は関節腔(髄液があるところ)で炎症起こし、更に軟骨のコラーゲンなどの細胞間物質(保護などの役割)が破壊されて関節軟骨が障害を起こし、関節の機能低下を起こす病気です。これは色々と関与するものが多く、免疫の過剰な反応なども関与すると考えられています。これは非常に痛みを伴いまして、相当な苦痛となる病気です。金化合物はコラーゲンなどに結合してその崩壊を防ぎ、更に炎症を起こす物質を不活性化させ、また免疫に関しても作用することによって治療効果があると考えられています。
もっとも、作用機序は不明な点が多いのですが。
尚、リウマチの治療・機構解明は不明な点があるものの、大分進んできています。近い将来、かなり有効な治療法が期待できる研究結果などが出てきており、注目するのに十分な分野です。ただ、この場合は金化合物ではなく、非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDS)や免疫の抗体に関する物が注目株となっていますが........
そうそう、戦後になって放射性の金が脳腫瘍の治療に用いられることもありました。
一応付け加えておきます。
と、以上が金の使用に関する大体の話となります。
ま、色々と触れるとまたキリがないのですが、取りあえずスペースの問題もありますので以上で終わりにしようと思いますが。
最後にいくつか。
ま、日本だけしか通じませんけど、皆さんはいわゆる「ドジョウすくい」と言うのを御存じかと思います。ま、あのユニークな踊りが笑いを誘うものがあり、またこれからの忘年会シーズンでお目にかかる可能性が無きにしもあらずかも知れませんが(ってまず見ないですけど)。
この踊り、実は由来が川における砂金を取るための動きなのではないか、と言われています。
あと、日本での金資源は昔は豊かだったものの、現在は枯渇気味であることは触れましたけど。
ま、日本で金がとれたのは熱水鉱床があるおかげ、と言われているのですが.......それはともかく、現在でも「採掘が可能なレベル」の金が眠っている場所と言うものは知られています。
どこか?
ま、御存じの方もいらっしゃるかも知れませんけど.......場所は有名でして、なんと恐山。日本有数の霊山として有名で、それ自体様々な信仰を集めるところですけど.........
場所が場所故か、さすがに恐山で金の採掘を、と言いだす人はいないそうです(^^;
ま、その信仰は金に勝るのかもしれませんけどね(^^;
そして最後に......いわゆる「試金石(touch stone)」と言う言葉について触れて締めくくりましょう。
これはもともとは金の品位を調べるために、結晶片岩と言う黒色の硬い石に金属をこすりつけ、その時に出来る傷の色で品位を見たのが最初と言われています。その傷が黄色なら金、白なら銀、赤なら銅が混じっていると言う物でした。
この発見は古く、紀元前8世紀のトルコ(当時は砂金がよくとれた)のバクトロス川で砂金を採っていた男が見つけたと言われています。
.....と、まぁ話の種は尽きませんが。
長くなりましたので、今回は以上で締めることとしましょう。
ふぅ.......
さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
ま、色々と「ごった煮」的になってしまいましたが。ま、本当に色々とありますのでその「一端」ということで考えて貰えると嬉しいです。一応、興味を持たれたならば調べてみると色々と見つかることが分かると思います。実際、今回書けなかった話が結構あったりしますからね。
ま、興味を持っていただければと思います。
さて、次回ですがいよいよ本年最後の「からむこらむ」となります。
まぁ時期が時期ですし、堅い話も何ですので与太と行きましょう。内容は既に決まっていまして........ま、おそらく皆さんが絶対に知ることが無い話をしようかと思います。
そう言うことで、今回は以上です。
御感想、お待ちしていますm(__)m
次回をお楽しみに.......
(2001/12/18記述)
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