からむこらむ
〜その163:フグ毒とゾンビ〜


まず最初に......

 こんにちは。いよいよ4月となりました。皆さまいかがお過ごしでしょうか?
 いよいよ新年度ですね。まぁ、各所で色々と大変なことになりそうですけど..........

 さて、今回のお話ですが。
 前回、前々回とフグを中心としたフグ毒の話をしました。が、前回の最後に書いたように、フグ毒であるテトロドトキシンはフグだけのものではないことが現在は知られています。そういったことや、フグの卵巣を食べる話、そしてある一つの伝説について触れてこのテトロドトキシンの話を終えることとしようかと思います。ま、「書き忘れ」とか「補遺」に近い物ではありますが(^^; ただ、そうつまらない物ではないと思います。
 それでは「フグ毒とゾンビ」の始まり始まり...........



 前回前々回とフグとその毒について触れてみました。
 この二回では「フグ」を中心に扱ってみましたが、しかし前回の最後に書いた通り、これはまたフグ以外にも話が膨らんでくることとなります。
 今回はその話をしてみる事としましょう。


 その最初の契機は、実はフグの毒の解明と期を同じくした物でした。
 前々回にフグ毒の成分、テトロドトキシンが1964年に京都で開かれた国際天然物化学会議で日米3つのグループにより発表された、と言うのを書きました。この時、実はもう一つのグループがこの会議でとある毒物の発表をしています。
 その毒、名称を「タリカトキシン」と言いまして、カリフォルニアイモリよりとれる毒であることから、その学名より名前が付けられました。
 タリカトキシンの研究は古く、第二次世界大戦より前のとある実験がきっかけとなっています。それは、当時流行だった器官移植の実験でして、スタンフォード大にいたトゥイッティによって行われました。とは言っても、もちろんこの実験は人ではなく動物によるものだったのですが........ そのきっかけの内容はカリフォルニアイモリの卵を使ったものでして、この胚の一部を小型のサンショウウオの胚に移植したところ、移植されたサンショウウオの胚がマヒします。
 何が起きたのか?
 そう思った彼はこのイモリの卵に注目し、ここから抽出を行ってその抽出物を様々な動物に注射します。すると、確かに何らかの毒性を持つらしいと言うことがわかります。興味を持った彼は調査の範囲を拡大し、日本のイモリにも同様の毒があることを認めました。このような経緯から、この毒の正体に興味を持った彼は実験を繰り返して行き、その結果としてこの毒は神経に作用し、その活動電位を低下させることを突き止めます。
 ではこの毒はどういうものなのか?
 タリカトキシンと命名されたこの毒は、やがて研究が進められその成分の分離・結晶化そして構造の決定が行われます。そのために用いられたイモリの卵は1トンとも言われていますが.........最終的にどうにか構造の決定に成功します。一方でこの毒の性質はフグ毒の成分と良く似ていることに気付き、テトロドトキシンのとの機器分析(専門注:IRによる)による比較の結果、両者はぴったり一致しました。
 そして、最終的に確定された構造は1964年の、例の京都の国際会議で発表され、この結果日米3グループのテトロドトキシンとタリカトキシンの構造が完全に一致することが確認されます。


 さて、タリカトキシンの話は非常に重要なことを示唆することとなります。
 これはじつに興味深いことでして、「フグ以外にフグ毒を作る生物がいる」と言うことと、「海洋生物以外でもフグ毒を作る」ということでした。ま、これは実は前回の「フグ毒の由来」の研究に関して重要な示唆、つまり「フグは自分で毒を作らない」と言うことの根拠の一つにもなっていたのですが........
 ここら辺、前回の話と時代が前後しますけどね。
 さて、タリカトキシン=TTXの関係がわかってくると、今度は科学者達はほかの、つまりフグ以外にフグ毒を作る生物と言う物に注目するようになります。特にタリカトキシンのケースから、イモリと同じ両生類であるカエルの、特に毒を持つ物に注目が向けられました。それらは非常に毒々しいというか赤やら黄色やらの斑紋を持つカエルが多く、その皮膚より生じる毒が現地では矢毒にも使われるなどされていたのですが、それらの毒素の研究が積極的に行われます。その結果、最終的にそれらの生物より数種類の毒を分離します。そして、その中の一つはフグ毒とその類縁化合物があることが1970年代に確認される事となります。
#他の有名な毒もあるのですが、ここではフグ毒が中心の扱いとしますので省略します。

 一方、陸生生物だけではなく、フグ以外の海洋生物にもフグ毒をもつ生物がいる、と言うことも同時期に調べられています。
 そういった海洋生物の探索の最初は日本で行われまして、九州以南の島にいるハゼの仲間のツムギハゼがその端緒となります。これは、それらの地域で、場所によってはこのハゼが毒を持つことが知られていまして、特に西表島では過去にはこの魚を干して畑にまき、野ネズミの退治に用いられて(つまり農薬)いました。日本だけではなく、フィリピンや台湾でもこの魚は知られており、食中毒の例も知られています。
 さて、このツムギハゼの毒素に注目したのが東大のグループでして、この毒素がフグ毒と共通した作用を持つことに気づきます。そして、この毒素を抽出して構造を調べたところ、1973年にこの毒素がテトロドトキシンと同じである事が確認されます。これは、ある意味地味な発見ではあったのですが、食品衛生問題や天然物化学の分野では注目を浴びることとなりました。と言うのは、これはフグ以外にフグ毒を持つ最初の海洋生物の発見となったからでして、更にこれは当時まだ良くわかっていなかったフグ毒の由来などの探索へ一役買うこととなります。
 つまり、この情報やタリカトキシンの例のようにフグ以外にも陸海の全く無関係な生物にフグ毒が存在する、と言うことは少なくともTTXを生産する遺伝子をこれらの生物が持っているとは考えにくい、と言う考えられます。そして、そこからそれら生物の生活の調査と、食物連鎖へと注目が移って行くこととなります。

 さて、ツムギハゼの毒の確認の後も海洋生物の毒は研究が続きます。
 これらの研究は大きな成果を挙げ、ヒョウモンダコや貝類、更に蟹と言った生物にテトロドトキシンが発見されます。特に1980年代にはこれらの発見が相次ぎまして、この頃は「どの生物にフグ毒が見つかった」と言う研究報告がかなり行われる様になります。
 そして、最終的にかなりの数の海洋生物にフグ毒があることが判明しました。その数はカブトガニやヤムシ、石灰藻など、フグを除いても20以上の生物にフグ毒が見つかることとなります。
 これらは、TTXが多数の細菌によって作られる、と言うことが判明するとその数の多さに納得がされることとなりますが......... ただ、かなり多くの地域で、様々な条件下で見られることからTTXをもつ生物は全体的にはかなりの数になるのではないかと考えられるようです。

 さて、これらのTTXをもつ生物に注目しますと、そのTTXの意義と言うのがなかなか興味深い物があります。
 フグにとってのTTXの役割は前回ある程度書きました。ま、「自衛」と言うのがその中心という物でしたが、他のTTXを持つ生物は自衛以外にもこの毒が用いられます。例えばヒョウモンダコでは二つの唾液腺のうち、一つにこの毒が入っています。ヒョウモンダコはこの毒を餌である動物に対して注入してマヒさせて捕食する、と言う目的の他、外敵に捕まったときにかみついてこの毒を注入するなどと、「捕食」「自衛」のために使います。他に大型なプランクトンの一つであるヤムシも捕食のためにこの毒を使うことが知られています。
 ところが、興味深いことにこういった生物はまだ明確に目的を持って毒を持つことがわかっているのですが、毒を持つものの「何のために」持つのか、その生活様式から全くわからない物もいます。もちろん、なんらかの目的で持つ物もいるのでしょうがそれがわからない、ケースは大分あるようです。
 ま、食物連鎖から単純に「TTXが蓄積しただけ」で、特に何らかの役割がないのかもしれない、と言う事も言われていますが。


 ところで、フグ毒の原因とその蓄積のメカニズムの判明、という事は特に天然物化学の分野と食品衛生の分野において非常に重大な結果をもたらします。
 どういう結果かと言いますと、これらの事項は「微生物が毒を作る」「食物連鎖より生物濃縮される」「結果的に食中毒を引き起こす」と言うことで、こういったパターンによる食中毒とその原因物質となる毒、およびその生産者の研究を促進させます。
 これらはいずれもまた一つのトピックとして扱えるほどの物でして、時期的な物からフグ毒の研究とも密接に絡んできています。例えば頻度の高い食中毒である麻痺性の貝毒の研究がフグ毒生産の追及から発達し、フグ毒と同じく細菌や、他にも渦鞭毛藻と言った微生物が毒を作り出し、それらが食物連鎖の結果その上位にいる生物が毒化していく、と言う例が色々と判明してきます。
 この成果は著しい物となっています。そして、同時にTTXを触れる際には繋がっている物として扱われることも多いです。
 ま、ここら辺はいずれ触れる機会があると思いますが.........これはある種の麻痺性の貝毒や、あるスナギンチャクのより得られた毒のパリトキシン、そしてシガテラ中毒やスベスベマンジュウガニなどを始めとする生物に見られる、フグ毒と同じ作用をもつ猛毒サキシトキシンなどがフグ毒の食物連鎖の研究から、発見・関与などが調べられていっています。
 この中でもサキシトキシンは特にTTXと「関連深い」物です。と言うのは、この毒の構造はTTXと良く似ており、更にそのメカニズムも同じことが知られているからでして、色々と研究されている物です。この物質は1975年にアメリカの2グループによってそれぞれ研究されて構造が解明された物でして、フグやスベスベマンジュウガニ、ヤコウガイに一部の海草、そしてホタテガイが毒化によってこの毒を持つことがある事が知られています。




 その構造を挙げておきますが........青い部分がTTXと構造が重複する部分です。
 尚、専門的な話ですが、TTXとサキシトキシンはその特性から生体チャンネルの研究に使われています。


 と、ここでちょっと忘れていた事がありますので、フグに話を戻しますけど。
 フグの卵巣には毒がある、と言うのは前回書きましたが。興味深いことにこの卵巣を食べるところが日本にあります。とは言っても「そのまま」ではさすがなく、発酵を利用したものとなっていますが。
 それは何か? 金沢周辺や能登半島の伝統的な発酵食品にある、フグ卵巣の糠漬けがそれになります。
 これはどういう物か、と言いますと.........卵巣を30%以上の塩で塩漬けし、半年〜1年保存します。そして、卵巣を取り出してから糠に少量の麹とイワシなどの塩蔵汁を一緒に漬け込み、重しをして2年以上発酵・熟成を行い、このまま糠漬けとするか酒粕に1ヶ月ほどつけて粕漬けとしたものです。
 この糠漬け、毒は大丈夫なのか、と言いますと........一応大丈夫と言われています。塩漬けで毒の多くが卵巣外に流出し、糠漬けで発酵微生物によって残りの毒が分解すると言われています。
 しかし、一方で研究によると意外とフグ毒の残存量があるという研究結果もありますので、意外と「?」という感もありますが.........では、何故問題が少ないか、と言うと糠漬けは大量に食べられない、と言うのがありまして「リスク」の概念がここで適用されることとなります。つまり、中毒になるようなほどの量を結果的に得られないと言うのが一因のようです。
 ま、何であれ、フグの卵巣を食べる事を考えた、と言う古人の知恵は非常に感心する物がありますけどね........


 まぁ、色々と他にも話してみたいものもあるのですが、そろそろ締めくくりにはいることとしましょう。
 そのTTXについて締めくくる最後の話として、TTXとある呪術にまつわる話をしてみようかと思います。

 さて、皆さんは中南米のハイチ共和国をご存知でしょうか? まぁ、名前ぐらいは聞いたことがあると思いますが。
 この地における土着の宗教にブードゥー教と言う宗教があります。名前は有名だと思いますが.......このブードゥー教、非常に有名なことにゲームなどでご存知、いわゆる「生ける屍」の仲間である「ゾンビ(zombie)」にからむ宗教です.......まぁ、どこかの今は亡き会社のグラフィックカードや、昔の戦闘機を思い出す人もいるかもしれませんが。尚、この宗教の起源は大航海時代が絡んでいまして、アフリカの原始宗教とカトリックが混交したものとなっています。深く調べるとまた色々とありますが省略しましょう。
 さて、この「ゾンビ」。彼の地の民間伝承に基づくものでして、基本は「魔術師によって死体が墓から蘇らせられ、そして使役される死体」と言う物です。いわゆるエジプトの「ミイラ男」のマミー(mummy)と通じる物があるといえます。もちろん、これらは少なくとも「話の上」の世界ではあるのですが.........
#尚、これが現代に「出てきた」と言う話があります。
#今回は省略しますが。

 ところでこの「ゾンビ」。民俗学的調査によると18世紀のフランス植民地時代、農場からの逃亡奴隷によるコミュニティーに由来すると言われています。つまり、ここに(今でも影響力を及ぼす)マルーンと言う秘密社会が存在しており、これが部落の政治・社会への影響力を持ち、意思決定機関として働いていました。更に彼らは裁判なども行い、必要に応じて罰を与えていました。そして、彼らはブードゥー教の影響力を強く受けていたと言われています。
 では、この話のどこに「ゾンビ」が関わるか、と言いますと、実は「ゾンビ」とはこれらの集団による「制裁」の一つと考えられていまして、重度の犯罪(財産の強奪、傷害など)で有罪の宣告を受けたものが「ゾンビ」になって、奴隷として強制労働されたと考えられています。
 では「生ける屍」とはどういうことか?
 実は「ゾンビ」は「作られ」ます。どうやってかと言いますと、上述の伝説の通り魔術師(と言うよりは「シャーマン」)が関わってきます。詳しいことはスペースが無いので省きますが(機会があれば詳しくやっても面白いでしょうが)、コミュニティーにおいて有罪の宣告を受けた「被告」は「ゾンビパウダー」を与えられます。これを用いる(飲むのではなく、皮膚に擦り込む)と被告は前後不覚となり、そのまま「死んで」埋葬されます。このとき、「被告」は単に意識不明状態なのですが「死んだ」ことにされます。そしてその後に掘り出されまして、魔術師によって「ゾンビ」となり、奴隷として生き続ける事になります。
 これはいわゆる社会的制裁の一つの制度として存在した、と言うことになりますが.......ただ、社会的に「死んだ」事になった以上、確かに「生ける屍」と言うことになると言えるのかもしれませんが。

 ところで、この「ゾンビ」について研究を積極的に行ったとある科学者がいます。
 「ゾンビ」のシステムと「ゾンビパウダー」の成分に興味を持ったこの科学者は地元の魔術師達と仲よくなり、最終的に4つのコミュニティーから5つのゾンビパウダーの入手に成功します。そして、この成分を調べて行きますと、地域によって中身はまちまちでしたが、大体二十種以上の材料が使われていたと言われています。
 この中に、興味深いことにフグ毒のTTXも含まれていることが判明します。つまり、ゾンビにはフグ毒が絡んでくる、と言うことになる。
 このことを知った科学者は、ゾンビパウダーの成分とその風習、そして症状(すり込むことで前後不覚となる)から「ゾンビパウダーをすり込むことで意識不明になるのは、ひょっとしてTTXのためではないか?」と言う推測をするようになります。ま、確かに神経毒でマヒを起こす以上そういった可能性はあります。と言うことで、「ゾンビパウダーの正体はフグ毒である!」という主張がされることとなりました。
 ところが........
 ゾンビパウダー中のTTXの含有量を調べると1μg/g程度の物でして、実はこれは実際の使用量などを考慮するとあまり「お話にならない」レベル。と言うことで、「ゾンビパウダー=フグ毒」説は他の学者によって否定されることとなります。ま、最終的には成分から動植物性の幻覚作用や強心作用、マヒ作用を起こす物(専門的に言えば、例えばダツラなどがあるので、トロパンアルカロイドの影響が大きいのでしょう)があるので、TTXの影響は0ではなくても、それ以外の物の影響が大きいのではないかと言われていますが。

 まぁ、なかなか面白い研究ではあるのですがね。
 ちなみに、この話は1980年代の話でしてそう昔の話では無かったりします。ただ、フグ毒の由来などが色々といわれていた時期ではあったので、結構注目は浴びた話だったりしますが。


 さて、長くなりました。
 ま、以上がフグ毒とそれにまつわる話、そしてその類縁の話となります。とにかくも少なからず日本人と縁のある物質でして、色々と話がありますが........ ただ、天然物化学や食品衛生に関連して非常に影響があった話なのは確かでして、この研究から多くの物が知られることになった、と言うのは頭に入れておいて欲しいと思います。
 もし、興味があればその経緯から日本語の文献や資料も多いことですし、そういった物を見てみても、と思います。

 では、今回は以上で終わりとしましょう。




 ふぅ...........

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 ま、今回は「フグ」以外でのフグ毒、と言う話とフグで触れ忘れたこと、そしてゾンビパウダーの話と大分「残った話」と言う感じではありますが(^^; ただ、幅広くフグ毒があり、それらの研究から色々とわかったことがある、と言うのは理解して欲しいです。特に、前回の部分を補完している部分ですので。
 本当、色々とある物ではありますが........
 ところで、3回に渡ってフグ毒の話をしてみましたけど.........ま、文化的にも歴史的にも、そして科学的にも色々と面白い話が残っている話ではあります。そして、日本と密接に関連した話ですので結構分かりやすい話などがだいぶ残っていたりしますが......... ま、興味を持ってもらえれば嬉しい限りです。

 さて、そういうことで一つ終わりですが。次回はどうしますかね.........
 とりあえず、まだ忙しいので色々と考えようとは思いますが.......なんか軽いのでもあれば、と思います。まぁ、ゾンビパウダーの話でもいいか?
 ま、何か考えましょう(^^;

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2002/04/02記述)


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