からむこらむ
〜その162:肝食う馬鹿〜


まず最初に......

 こんにちは。桜が満開かと思ったら気温が下がったりしていますけど、皆さまいかがお過ごしでしょうか?
 まぁ、こういう変動が多いと体調を崩しやすいですがね。くれぐれもお気をつけを。

 さて、今回のお話ですが。
 前回はフグの話をしましたが、今回はその流れからその毒の話をしてみようかと思います。ま、色々とあるんですけど、フグを中心とした毒の話、と言う方向にしようかと思います。もっとも、ここから色々とあるのですが.........
 それでは「肝食う馬鹿」の始まり始まり...........



 さて、前回の最後に触れたテトロドトキシン(TTX)の毒性はいかなるものか?

 まず、フグ中毒の症状について触れておきましょう。
 フグの中毒は食後ほぼ30分で現れれるとされ、初期症状は皮膚、口唇、舌、顔面、指先、聴覚のマヒをおこし、症状の進行に伴ってマヒの度合いが強くなります。症状が進むと言語、歩行、呼吸障害を起こして血圧低下、虚脱に陥り、最終的に呼吸麻痺によって死亡します。致死時間は8〜9時間といわれ、それを経過すれば死は免れると言われています。
 つまり、神経に関連した毒となっています。
 そのフグの毒であるTTXの毒の強さはどういうものか?
 一般にTTXの毒力と毒量に関してはMU(Mouse Unit)という単位を用いています。これは条件がありまして、「抽出した毒素液を4周齢、体重20gのddy系♀マウスの腹腔内に1ml注射し、30分で死亡する毒力を1MUとし、検査材料1g辺りの毒力を算出する」とあります。ま、毒液を特定条件のマウスに注射して、30分以内で死んだら1MU、ということです。マウスの致死量は220ng/g(1g=1000mg 、1mg=1000μg、1μg=1000ng)と言われていますので、MUから毒量を示す際には「MU×0.22μg/g」で表すこととなっています。
 これは既存の毒の中でもかなり強力なものでして、人の最小致死量は10,000MU(=2.2mg)と言われています。つまり、フグを食べるときに、その部位1gの毒力が200MUを越えた場合、50gで人の最小致死量に到達することとなります。
 このTTXのメカニズムは研究されていまして、神経の伝達阻害をすると考えられています。
 どういうタイプの阻害かといいますと、その73でも触れた軸索のナトリウムイオン(Na+)チャンネルに「蓋」をしてしまうことが知られています(アコニチンと逆)。この結果、軸索で電気信号が発生することができなくなり、これによって正常な神経伝達をかく乱してしまいます。
 この神経伝達の阻害はフグの中毒症状を説明することとなります。つまり、電気信号が発せられないためにマヒが起こる、と言うことです。

 ちなみに、このTTXと言うもの。
 ま、一般ではまずお目にかかることも無いでしょうけど........一応、研究者にとっては純粋なものが必要になることがあります。と言うことで、その純品が売られています。もちろん研究者向けでして、一般では買うことは出来ませんが........実はこの純粋なTTX、非常に高価でして1mgにつき約2万円となっているそうです。
 つまり、単純計算すれば1gで2000万円。これは前回触れたように「少量しかとれない」ですし、合成も有機化学をやっていればわかる通り面倒。どっちにしても「手間だらけ」なのが原因となっています。


 ところで、フグ中毒というのがあるわけですが、これの治療の話も色々とあります。
 フグ中毒の治療は古来より色々といわれてきていまして........その大半は荒唐無稽です。ま、ナスがフグ毒を消すとか言われたりもしましたし、有名なところではところでは「土に埋める」。後は『大同類聚方』という本には治療薬として樺(樹皮は消腫解毒の作用があるとされる)と樟ヤニ(成分はショウノウ:カンフル剤として)が紹介されています。
 これらを検討しますと、現実的にはナスは効果無しです。土に埋めるのは動けなくなる、ということで動物実験では「毒を注射した後、動き回るヤツはすぐ死んだが、じっとしているヤツは死ににくかった」という話があることから、かなり消極的ながら根拠はあるといえます。もちろん、土が毒を吸ってくれるわけではありませんが....... そして最後のものは薬物療法ですが、これの効果は実際にはどれほどのものだったかはよくわかりません。ま、ある程度はあった可能性はありますけど.........
 現在の治療を紹介しておきますと、胃洗浄が有効とされていますが、TTXの吸収は早いために手遅れになりがちです。対処療法としてはフグ毒と生理的に拮抗するということで硝酸ストリキニーネ(猛毒:運動障害の改善)やアドレナリン(血行障害の改善)といった薬物療法がありますが、さほど有効的ではないとされています。
 ま、結局のところ「これをすれば確実に直る」という様なものは無いです。
 それゆえに中毒するというのは恐ろしいことでもありますが.......尚、中毒者の致死率は大体5人に1人となっています。これは非常に高い数字といえます。

 そうそう、TTXは実際には類縁化合物がありまして、実際にはフグ毒はそういった類縁化合物と一緒になったものになっています。これらは構造の一部が若干変化(基本骨格は変化せず)したものですので、ここでの紹介は省きますが、そういうものがあるというのは知っておいてもよいでしょう。
 ただ、TTXが代表格であることは間違いありません。


 ところで、フグというのはその種類によって毒を持つ場所が異なっていることが知られています。
 日本産(限定しているのは意味があります)のフグの毒力を部位(卵巣、精巣、肝臓、皮、腸、肉、血液)ごとに調べたところ、肉などには大体毒は無いか、あっても弱くてほぼ問題はありません。血液もあまり問題なし(とはいっても血液はあまり研究されていませんが)。しかし、種類によっては卵巣や肝臓に集中的に、場合によってはかなり多くの毒が含まれることがわかっており、ほかにも皮や腸にフグ毒を比較的もつ種類が多いこともわかっています。また、卵にも毒が含まれることもわかっています。
 ま、無毒なものはとことん無毒に近いのですが........特に食用にされる代表のトラフグは卵巣、肝臓、腸にフグ毒を持ちますので、やはり知識の無い人はうかつに調理を行うべきではないと言えますが。尚、血液は除いてほぼすべての部位に毒力があるものもありますので、油断は大敵です。

 尚、忘れてはなりませんがフグと食中毒という関係は日本では非常に注目される事項です。
 注目されるのはもちろん特異的にフグに中毒するケースが多いからでして、厚生労働省の発表する食中毒に関する統計ではフグは単独で項目が作られるぐらいです。フグの調理に免許が必要であるというのもその証明といえるでしょうか? そして毎年食中毒でフグ項目には数字が書き込まれているわけでして、無くなる気配はありません。困ったことに、それらのケースの大半は家庭内での事故となっているのが特徴となっています。
 素人は調理しない、ということでしょうが........
 しかし、こういった中でも困ったことにそういう「毒のあるところがうまい」と言う傾向があるそうでして........
 フグの肝臓は「西施肝」と呼ばれる事があります。これは古代中国の呉王の妃の西施の名を冠したものでして、王がその妃の美しさにおぼれるあまりに傾国の憂き目に遭ったと言うことから生まれた例えでして、それほどフグの肝は美味である、と言われています。ところが上述の通り肝臓はフグ毒を結構持つ事があります。
 と言うことでかなり危険性が高く、その結果川柳に
 などと言われる始末だったようですが.........
#食通ってやつは.......

 ちなみに、余談なのですが。
 外国人が日本人がフグを食べることは結構有名だそうですが、日本人がフグを好む理由「日本人はフグ毒による軽度のマヒ感を楽しむ」とか、「日本人がフグを好むのは、微量のテトロドトキシンが風味を与え、これによって手足に広がるぞくぞくする美味さを引き起こすから」と言うような事が書かれているそうですが。
 .......これ、ちょっとどうかと思います、えぇ。


 ところで、このフグには「当たり外れ」が大きいと前回に書きました。本当にかなりあいまいでして、実際にこれは良く知られています。例えば、ある研究では市場に行ってフグをいくつか買ってきて、そのフグに含まれる毒の量を量ってみたら個体で毒量が全然違い、あるものは致死量に十分で、あるものはTTXを含んでもまず致死量に至らないなどかなりの差があります。また同じ種類のフグでも、獲れた地域によって大きく毒性が異なることもわかっていまして、日本近海では「毒が少ない」とされるフグが、別の地域より輸入した同種のフグで食中毒を起こし、これを調べたところ十分な毒量を持つ事がわかった、などという事例もあります。
 このことは非常に興味深いものでして、ある一つの疑問と結びついて科学者を悩ましたテーマでもあります。
 その疑問とは?
 つまり、「フグの毒はどこから来るのだろうか?」というものでした

 フグ毒たるテトロドトキシンは、どうやって、どこで作られるのか?
 実はフグのもつ毒に差がある、ということからいくつかの可能性が考えられていました。つまり、「フグって本当はTTXとか不要なんじゃないのか?」ということです。理由は簡単でして、もし絶対必要ならばフグは皆すべて毒化しているはず。ところが、あったり無かったりする。しかも、地域によって毒の強さが違う。
 「ひょっとして、フグは毒が作れないんじゃないか?」
 やがて、いくつかの証拠がこの考えを支持することになります。
 1955年頃より、日本ではフグの養殖が試みられていました。そして、数年の後にフグの本格的な種苗生産が開始されます。1985年には稚魚49万匹が生まれ、その内36万匹が放流されまして、残りは養殖に用いられるという様にかなり大掛かりに行われました。ところが、この養殖に使われたトラフグを調べてみた結果、1981年にはこれらのフグに毒が無いということが指摘されます。ほかにも、日本全国の養殖場で大規模に調査した結果、極く一部を除いて養殖物に毒は見つかりませんでした。
 この問題は注目を浴びまして、今度は毒性の強い種類であるクサフグを養殖して様子を見ることとなります。つまり、卵からふ化して、そこから大きくなっていく間の毒力の変化を観察しました。これは結構大規模なのですが、詳しいのは省略しまして........結果を書きますと、3年間養殖の環境で育てたクサフグは、その肝臓に毒性を見つけることはできませんでした。一方、並行して天然のクサフグを調べると、こちらは日が経過するごとに肝臓の毒性が上がっていくことがわかってきました。
 つまり、養殖物は毒を作らず、天然物は毒を作る。もっとも、養殖物でも、山口県仙崎湾で行われていた養殖物だけは毒がありましたが..........
 何故養殖物は毒を作らないのか? 何故養殖物でも仙崎湾のものは毒を作るのか?
 実は、仙崎湾のものは他の養殖場とは少し事情が異なっていました。というのは、ほかのところでは網生けすで囲って飼っていましたが、仙崎湾では湾口を網でしきる(=湾全体が「生けす」になる)もので、他の養殖場に比べて自然環境に近いものとなっていました。

 では、これらの差は何であるのか?
 研究者はこれらの結果から「餌」に注目するようになります。上述の結果のほかにも、実はフグにフグ毒を混ぜた餌を食べさせると毒化することから、フグはフグ毒を蓄積する能力があるということがわかっていました。そういったことからフグは何を食べるのか、ということが注目されます。というのは、地域によって食べるものが異なり、そしてその内容によって毒力が変わっていることがわかっていました。つまり、餌が原因である可能性はかなりあるのではないか?
 こういったことなどから今度はフグの好物と、その生物の関係。そしてそれに連なる食物連鎖へと研究対象が広がっていきます。その結果、フグが餌としていた生物にはフグ毒を持つものがあり、そしてそこからそれらの生物に寄生・共生していた、あるいは餌となった微生物に焦点が当てられることとなりました。
 そして1980年代半ば、最終的にこれらの調査や微量分析の結果からそれら微生物がフグ毒、つまりテトロドトキシンを生産しているということがわかってきます。つまり、TTXは微生物が作るものである、という結論でした。
 つまり、これらはこういう結論になります。
 TTXを作る微生物がいて、これを食べる生物がいる。そして食物連鎖の流れからそれらをまた食べるものが現れ、その上位にフグがいる事となります。そして、その間に生物濃縮によってTTXの量が増し、そのTTXがフグ毒となってフグに取り込まれる、と言うことになります。
 これはフグ毒の起源を知り、そして地域によって毒量の違いが見られる事の証明となりました。
 では、どういう微生物がTTXを作るのか?
 ま、なじみが薄い上にいくつかの海洋細菌が産生するので全てを書いても仕様がないのですが........大体ビブリオ(腸炎を起こす細菌が仲間にいます)やバチルスという様な菌が知られています。学名まで出しますと、Vibrio alginolyticusV.damselaBacillus sp.Pseudomonas sp.といった菌が作っていることが確認されています。そして、その数は全体ではかなりの数に上ることがわかっています。
 尚、これらの研究は日本人が深く関わっています。


 ところで、フグ毒はいったいフグに対して何の役に立つのか?
 フグ毒はフグにおいては卵巣と肝臓に集中していることが知られています。もちろん捕食者の一つである人間が食べれば(量によって)死に至るわけですけど。ただ、卵巣に集中するのは意味があると考えられていまして、これは卵がフグ毒を持ち、これによって「卵が食べられて次世代が壊滅」という事態を防ぐことができると考えられます。
 ではこれだけか?
 皮に毒を持つ種類のフグというのがいます。面白いことにこれらは電気ショックを与えられると、皮膚よりフグ毒を出すことが知られています。実験では一匹当たり2,000〜50,000MUを出していまして、結構な量であることは推測できると思いますが......... ただ、これは皮に毒を持たない種では起こらず、皮に毒を持つ種のみができることが知られています。
 では、何故皮から毒を分泌するのか?
 もちろん相手には十分な威嚇になるかもしれません。が、フグの生息場所は海中です。毒をまいてもすぐに拡散してしまうのが関の山です。なら意味がない........かと思われますが、面白いことに極く少量であってもフグ毒は当たりの魚に接触忌避作用を引き起こす、ということが実験で判明します。これはかなり面白いものでして、かなりの魚はどうもフグ毒の「味」を判別することが可能であり、それを感じるとフグを避ける様になります。これを確認する実験もありまして、フグ毒を含む飼料を魚に与えると、口に含んですぐに吐き出して避けるようになることや、またフグ毒を感じると味覚神経に応答があることからこのような推測がされています。
 そういったことから、フグ毒はフグにとって「身を守る」役割を果たしている、と言う事が言えるかと思います。

 ちなみに、フグ自身はフグ毒に対してはどうか、と言いますと、実験によればフグは自身の毒に対しては「鈍感」である事がわかっています。つまり、フグにフグ毒は効かない、と言うことです。しかし、フグ自身は物によっては非常に大量の、全身からトータルで数万MUに相当する毒を持ちます。
 では、何故効かないのか?
 色々と考えられていますが、筋肉などではTTXは構造が異なっていて、毒性が弱い形で存在しているのではないかと言う事が考えられています。実際、筋肉などから抽出する毒はTTXその物とは異なっていると言う話があります。また、神経の構造が異なっているのではないかとも考えられます。つまり、自身のTTXによって神経の伝達を阻害されないような何らかの構造を持っている、と言うことです。
 まぁ、ここら辺は詳しくはわかっていないようですが.......ただ、フグ自身はフグ毒に耐性があると言うのは確かです。
 では、一方でTTX生産細菌にとってはTTXを生産することで何かメリットがあるのか?
 これは正直良くわかっていないようです。と言うのは、やはりTTXの値段が非常に高価ですので、たくさんの実験をするのがかなり困難であるのが理由としてあります(お金の問題は実験では重要なんです、本当に)。
 ま、いくつかの推測はあるようですが........例えば抗菌作用や、細胞の物質透過などに関連するのではないかなどと言われていますが、否定的な結果もあったり、決定的なものが無いなど不明な点が多いです。
 ここら辺は今後、と言うことになりそうですが..........


 さて、以上がフグの話となりますが........
 フグ毒の主役であるテトロドトキシンは、実はこれだけではすまない事が知られています。と言うのは、実はフグ以外の海洋生物のほかに、陸生生物もこのテトロドトキシンを持つことが知られています。つまり、テトロドトキシンはフグだけの専売特許ではない、と言うことです。
 そして、意外なこと「生ける屍」にもこれが関与するらしいという話があります。

 これはいったい何なのか?
 と言うことで、次回はこの話をしてみようかと思います。

 そういうわけで、今回は以上ということで.........




 ふぅ...........

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 前回はフグの食べ物としての話と、その毒TTXの分離までの話でしたが、今回はこのTTXについてとその起源を中心に話してみました。ま、ある意味有名な部分ではあるのですが........ まぁ、でもまだ最近がTTXを作る、と言うのは比較的新しい話ではあります。これはなかなか面白いもので、色々と別の分野でも注目されることとなった話となっていますね.........
 まぁ、とにかくも旬は過ぎましたが本当に食中毒の報告が多い魚ですので、食べる方はお気をつけを。
 特に無免許で、と言うのは本当にやめたほうが良いですからね、ハイ。


 と言うことで、また次回に続きますが。
 次回はフグ以外に見つかったTTXをもつ生物の話をしてみましょう。同時に、これらにはいくつか興味深い話もあります。そういうことについて触れてみたいと思います。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2002/03/26記述)


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