からむこらむ
〜その166:神の酒と幻覚のアリス〜


まず最初に......

 こんにちは。気候の変動が妙なことになっていますが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 ま、新年度始まってそろそろゴールデンウィークですが。へろへろの人も多いと思いますが、それまで頑張りましょうね(^^;

 さて、今回のお話ですが。
 今回は時間もないので、「ネタ帳開いてみたらちょうどそのページだった」と言うような選び方です(爆) まぁ、今回は名前と姿が非常に有名なキノコとそれにまつわる話をしてみようかと思います。まぁ、おとぎ話で有名な物でもありますがね。結構色々と話がありますので、興味を持ってもらえれば、と思います。
 それでは「神の酒と幻覚のアリス」の始まり始まり...........



 でも、おしまいにとうとう両腕をせいいっぱい大きくひろげて、キノコのふちにめぐらし、両手でちょっぴりずつキノコのはじを欠きとった。
 「さて、どっちがどっちかな?」アリスはつぶやき、右手の分をちょっぴりかじってみた。とたんに、あごの下にがんとつきあたったものがある。足があごにぶつかったんだ。
 あんまり急な変わりように、アリスはいいかげんぞっとしちゃってね。でも背はどんどんちぢんでゆくし、もう一ときもぐずぐずしてはいられない。すぐさま、もうかたっぽの分をたべることにした。あごはぴったり足におしつけられていて、口をひらくのさえやっとだったけれど、そこをむりやりにこじあけ、左手にもった分をどうにかのみこむことができた。


 「あぁ、やっと首がうごかせるようになった!」アリスはうれしそうにそういったけれど、次の瞬間には自分の肩が見えないのに気がついて、どきっとしちゃってね。下をむいても目にうつるのは、恐ろしく長いくびばかり。それが何かの茎みたいに、はるか足もとにひろがる青葉の海からひょっきり生え出ているんだ。
(『不思議の国のアリス』/ルイス・キャロル著 矢川澄子訳/新潮社)



 さて、その102で『リグ・ヴェーダ』に残された神酒「ソーマ」の話をしたのを覚えている方はいらっしゃるでしょうか?
 この中で色々とそのソーマの正体についての話をしましたけど、その中でR.G.ワッソンという人物が著した本である『聖なるキノコ - ソーマ』という物に触れました。その本によれば、ワッソンはソーマの正体はキノコである、と断じています。そのキノコはいわゆるベニテングタケと呼ばれるキノコでして、彼はアジアやスカンジナビアの探検家の記述を参照し、その外見や『リグ・ヴェーダ』に残された記述よりベニテングタケとソーマの効果が似ている為、両者は同じもの  つまり、ソーマ=ベニテングタケである、と信じました。
 彼の調査の元に書かれたこの本は、それまで行われていた議論に挙がることの無かったキノコという斬新なアイデアということもあってその方面には大きな反響を呼びます。ま、信じる/信じないはともかくも議論の対象になったのですが.........ただ、ワッソンは堅く信じたものの、現在では否定的な見方がされています。

 ところで、このベニテングタケ。実は色々と残る話が多い物ですが、今もって触れていません。
 今回はこのキノコについて触れることとしましょう。


 ベニテングタケとはどういう物か?
 まぁ、名前は有名だと思います。そして、写真をご覧になったことがあるという人も多いでしょう。中には実物を見たこともあると言う人もいるかもしれませんが........ 学名は"Amanita muscaria"でして、英名では"fly agaric"と言います。和名がベニテングタケで、漢字では「紅天狗茸」と書きます。その名の通り「テングタケ」の仲間です。
 ちなみに、テングタケの仲間は北半球の温帯以北に広く分布していまして、日本でも普通に見られます。日本では50種ほどが知られていまして、共通の傘、ツバ、ツボ(根元の卵の様な部分)を持つのが特徴となっています。
 ところで、このベニテングタケは傘が赤く、この表面に白いイボがぼつぼつとついている、と言うのが特徴でして、非常に目立つキノコです。ただ、幼菌の頃は全体はツボに包まれていて白く、赤くはありません。ちなみに、傘につく白いイボは結構知られていないようですので書いておきますと、このキノコのみならずテングタケの仲間に当てはまるのですが、キノコが生長したとき袋状のツボがもろい為に細く裂けまして、一部は茎の根元に残り、一部は傘の表面に残ることとなります。つまり、傘にある白いイボはツボの「名残」と言うことになります(ただ、全ての種類でこうなる訳ではないのですが)。
 ベニテングタケはシラカバやトウヒ林などに夏から秋頃によく生えまして、各地で見ることが可能です。北半球ではかなりポピュラーなキノコの一つとなっています。

 ところで、このキノコ。外見が特徴的である事からか、非常に有名です。
 色々な話で出てくるのも特徴的でして、特にヨーロッパでは童話や民間伝承をモチーフにした絵にはかなり頻繁に出てきます。調べると面白いとは思いますが、ヨーロッパの妖精伝説とは縁があるようでして、ちょくちょくこのキノコはそういった話をモチーフにした絵などに出てくるようです(ヨーロッパではキノコと妖精は関係が深いのが背景にありますけどね)。
 一方、このキノコは傘の赤が非常に目立つわけでして、おまけに毒々しい。そして、実際に図鑑なども見るとよく「毒きのこ」として紹介されている物です。ところがこのキノコ、実際にはそんな「毒」している物ではなくて致命的ではないことが知られています。外見だけで言えば、どちらかというと同じテングタケの仲間で死者を出すほどの猛毒を持つタマゴテングタケの方が「地味」だったりしますので、「見た目によらない」と言うことかもしれませんけど。
 そういった特徴は意外と昔から人には知られていたようでして、ベニテングタケは人によってよく利用されていた記録も残っています。


 では、このキノコはどう利用されていたのか?
 記録は色々と残っているのですが、おおむね「酔う」為。そして、このキノコは幻覚作用もあるために宗教儀式に用いられていました。忘れてはなりませんが、両者ともソーマの話を理解するのには重要です........いえ、この両者の特徴はワッソンがソーマの正体をベニテングタケと断じた理由の一つですので。
 さて、それはともかく各地の利用を見てみますと........

 このキノコ、ロシアではよく利用された様です。
 どう使われたかといいますと、ウォッカの酔いを深める為に用いられた様でして、更にはウォッカに浸けることもあるようです。
 更にシベリア等にいる各部族(ロシアは多民族国家です、念のため)もこのキノコを大分使った様でして、このキノコの使用に関する記録がいくつか残っています。例えば12年間シベリア東北部にあるコリャーク人の部落に捕虜として抑留されていた、スウェーデンの軍人フィリップ・フォン・ストラーレンベルクが1730年に帰国の後に書いた報告書が残っています。そこには、このキノコが「裕福な人間が持つ」物であって、彼らは冬に備えてこのキノコを蓄えるということ。そして、宴会の際にキノコに水を注いで煮立てて飲み、これによって酔うと言うことを記録しています。
 更に同様に1774年にコリャーク人と数年間過ごしたゲオルク・ステラーと言う人物もストラーレンベルクの報告を裏付ける報告をしています。これにはコリャーク人がこのキノコを乾燥させて冷たい水で洗い、大きな切れ端を噛まずに飲み込むとということ。その後、1時間半ほど後には興奮作用が発現して異常な幻覚を見せると言うことを書いています。
 この両者の記述では面白い共通点もありまして、このキノコを得ることが出来ない貧しい人たちの記述も残っています。
 彼らは何をしたか、と言いますとこのキノコを食べた物の尿を飲んだと言われています。例えばストラーレンベルクの記述では、貧しい者は金持ち家の周囲で客が手洗いに出てくるのを待ち、その尿を木の鉢に受けて飲んだと記録し、ステラーも同様にキノコを食べた者の尿を飲んだと書いています。これには意味がありまして、その尿を飲むことでキノコを食べたのと同じような効果を発揮する、と言うことでそういった人たちも酔って騒いだといいます。
 特に興味深いのは、ステラーは尿がキノコそのものよりも効果が強力である様に見える、と書いています。

 他にも調査の記録はありまして、シベリアをはじめとする地域(カムチャツカ半島の方まで含む)の各部族の宗教儀式にも用いられたという記録が残っています。
 この方法は水やミルク、果汁などとこのキノコを混ぜ、酒のかわりに用いたと言う事でして、穏やかな多幸感が宗教的とも思われる幻影を伴って出てくると言われています。これによって、彼らの儀式を行っていたものと考えられます。

 北欧にもこのキノコを使用したらしいと言う記録が残っています。
 はるか以前、北欧からヨーロッパ全域の海を支配したヴァイキング達がいますが、彼らは戦の前にこのキノコを食べたと言われています。これは以上に興奮して幻覚を見せる作用があることから、これを利用して士気を高めていたから、と言われていますが........もっとも、バイキングに関してはベニテングタケではなく同種の違うキノコという話もありますがね。

 一方、少し特殊ながら「もしかして?」と言う話が一つあります。
 何かというと彼の有名なルイス・キャロルがアリス・リデルの為に書いた作品『不思議の国のアリス』のワンシーン。これは作品の前半で小さくなったアリスが水ぎせるを楽しんでいる芋虫と出会い、元の大きさに戻る為にキノコを食べると良いと入れ知恵をされるシーンです。ま、冒頭部分でその抜粋をしていますが、このシーンは「ベニテングタケなどの幻覚を引き起こすキノコを食べた時の幻覚を元にしたのでは?」と言われています。
 つまり、最初は小さくなって慌ててもう一つのかけらを食べたところ今度は巨大化して首が長くなる、と言うシーンが「幻覚によってそう感じる」と言う物ではないかという物です。
 これは一応根拠はあるようでして、実はキャロルがこういったキノコに通じていたのではないか、と言う話があります。これは当時イギリスで出ていたキノコに関する本を彼が読んでいた上に精通していたと言われること。そして、何より彼自身がこういったキノコを試していた様で、そういったキノコによって引き起こされる現象の記述が「自分で経験したように正確」だったと言われます。
 まぁ、そういった「経験」も作品に反映したのではないか、と言うことですが.........もしかしたら、ベニテングタケがこの「キノコ」に該当するのかもしれないとも言われています。
#真相は不明ですけどね。

 ところで、このキノコは日本でも知られていました。
 色々とあるようですが、塩漬けにしたり(毒抜き)、乾燥させて保存させているところがありますし、あるいは割いて火にあぶり、これを醤油で食べる事もあるようです。また、てんぷらにすることもあるそうですが。
 つまり、普通に食べている地域があるようです。
 まぁ、実際にテレビなどで「食べられるんですか!?」などと驚くレポーターが食べてみたりすることもあったりしますが。結構美味と言うことですが、さすがに「無害」と言う認識は無く、食べる本数によって、あるいは体調などもあるでしょうが「当たる」と「丸一日トイレで籠城」と言う事ですから、うかつに手は出さないほうが正解かもしれませんけどね。


 さて、このように世界中でこのキノコは利用されていたと言えますが。
 ま、でも1、2本程度ならまだしも、やはり量が過ぎれば問題が起きるわけでして........つまり、「毒がある」と言うのは認識されていまして、そう言った点を調べた過去の文献には「4本程度で目まいや吐き気、眠気を感じ、色彩をもった幻覚を見る。」と残しています。これの本数が5本〜10本になると酒乱の様になり、手足が引きつるようになって、幻覚を見、やがて昏睡状態からマヒに陥り、時に死ぬ事があると言うことですから、シベリアの例ではパーティーなどで騒ぎすぎた末に死んでしまう例もあったかもしれません。
 そういったことや外見の毒々しさから、おそらくは「毒きのこ」としての「地位」が出来たのかもしれませんけどね。


 尚、このキノコは食品衛生学では、上記のような特徴から食中毒の原因として挙げられるキノコとなっています。まぁ、知らない人なら「あんな色で何で食べるんだ?」と思われるのではいかと言う気がしますけど、幼菌(傘が広がる前)は食用のホコリタケ(埃茸)に似ていまして、これと間違えられるケースがあるようです。また、今まで挙げた例の通り「美味」と言うことで食べる人も結構いますから、そういう人たちが主に食中毒の対象となるわけですが。
 このキノコの中毒症状は、食後約30分ぐらいで発汗し、よだれや汗が止まらなくなります。更に血圧の低下や胃腸の痙攣、これに伴う下痢や嘔吐が起こります。更に視聴覚の障害を引き起こした上、異常な興奮を引き起こし、酔った感覚になり、あるいは幻覚を見ると言うことが知られています。
 つまり、神経系に作用する上、精神にも作用する、と言う効果があるということになりますが.........
 当然このような効果がある上、有名なキノコである以上、このキノコに関する毒成分の研究は比較的古くから行われていました。

 と言うことで、この毒の紹介をしたい所ですが.......ちょうど区切りが良いようですね。その毒は次回にお話するとしましょう。

 では今回は以上ということで.........




 終わり、と。

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 今回はご覧の通り、姿形が有名なキノコであるベニテングタケについて、ですが..........まぁ、姿などは知っていても、結構それに冠する話で色々とある、と言うのは知られていないようですので、そういうことに触れてみましたが。
 どうでしょうかね? まぁ、興味持ってもらえれば何よりです。

 さて、次回はですが......
 次回はそのベニテングタケの毒の成分と、それに関して派生して行く色々な話をしてみようかと思います。。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2002/04/23記述)


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