からむこらむ
〜その165:奮い立たせるために〜
まず最初に......
こんにちは。4月も半ばですが、皆様如何お過ごしでしょうか?
まぁなんだか初夏を通り越した気温になったりしていますが。本当、大丈夫ですかね、この気候は。暑いのが嫌いなんでかなり不安です。
さて、今回のお話ですが。
今回は媚薬の話を以前しましたが、この話の続きというか。まぁ、ある意味関連のある話でもしてみようかと思います。
まぁ、そう下世話な物にはならないと思いますけど........とりあえず、男性諸氏に関連する話、と言っておきましょうか。人によっては結構深刻になる話ですかね。とは言っても、こっちは結構まじめにやりますので、あまり変な想像はされないように。後、単語的に職場などでは見ないほうが良いかもしれませんが。
それでは「奮い立たせるために」の始まり始まり...........
最近、テレビなどを見ると、いわゆる「ED」と呼ばれる物に関するCMを見かけることがあると思います。これは大分多くなっている様に見えます。
ところで、皆さんの大半はご存知かと思いますが、「ED」とは何か? と言いますといわゆる「インポテンツ」と呼ばれた物でして、"Erectile Dysfunction"、つまり「勃起障害」あるいは「男性機能障害」と呼ばれる物です。その名の通り男性機能の衰退などが原因でペニスが勃起しない、つまりセックスが出来ない。
ま、性生活も生物の営みの一つですので、そういう物の必要性と言うものがあるわけです。ですから、男性機能の後退と言うものは色々と「自信がなくなる」とかパートナーとの問題で云々、と言う事で問題となるようですが.......
このED。色々と原因はあるようですが、肉体的な物と心因的な物があるようです。ま、どちらか「分からない」と言うケースも結構ある様ですが心因的な物が多いと言われています。一応、「簡単な判別法」の一つとしては、寝る前に紙の輪をつくってペニスに巻いておくと言う方法があるそうですが。これは、寝ているとき肉体的に正常であれば無意識下で何度も勃起状態を繰り返すからでして、もし朝起きて紙の輪が切れていれば肉体的には大丈夫、と言うことだそうですが(ただ、この紙の輪の大きさなどは工夫する必要があるでしょう)。
もっとも、寝ている状態などもあるでしょうから確実な手法ではないのですがね。一応、悩む場合は医者へどうぞと言うことになります。
#ただ、身体的問題でもエアロビなどの運動で血管拡張の上に性的能力が回復する話などもありますが。
ま、ともかくも男性機能に障害があるわけですが、古今東西これに悩まされる人は結構いたようです。
ところで、このEDと言う物を延々と書いても良いのですが、それがメインではありませんので省略するとしまして。
こういった男性機能の障害というものに悩むと言うことで、昔ではその160で触れたような強壮薬や精力剤などといった薬などに手を出す事がありました。まぁ心因的な物なら大分意味はあったかもしれませんけど、肉体的な問題の場合はそういった効果は精力剤程度で、確実性と言う点ではあまり高いものではなかったと思われます。
さて、こういった状況は実はつい最近まで続いていたようです。と言うのは、科学的に有効である、と言う物が分離されて薬になってそれが一般に出回る、という物でありませんでしたので。しかし、この状況はここ数年で一気に変化したように見えます。その理由は皆さんご存知、ファイザー製薬より出された一般名「クエン酸シルデナフィル」。製品名ではいわゆる「バイアグラ」と呼ばれる薬の登場でして、このデビューによって勃起障害に対して初めて「有効な薬」が一般に入手しやすくなる事となります。
ま、この反響は相当なものでして、色々とメモなどを振り返ると「アメリカでは出たというのに、何故日本では早く認可しないんだ!」と言う声が結構聞かれたことから、相当に期待されていたと言えますが。もっとも、この薬の効果はその本来の目的のみならず、同時に世間に対して「ED」という物に対する理解もまた進められていくきっかけを作ったと言う点では大きな貢献をしたと言えるかと思います。実際、EDに対しては一時期よりも見方が大分変わってきたように思われますが........
この薬、どういう効果があるのかといいますと........勃起のメカニズムを知らないと意味がないでしょう。簡単に説明しますと.......
ペニスに限らずクリトリスもそうなのですが(本来的には同じ物です)、刺激などによって性的に興奮するとペニスの海綿体に血液が流入することで勃起します。ちなみに、勃起すると血液の脱出口である静脈が圧迫されるので、血液がペニスに残ることになって勃起状態が持続します。
#良くできている物です。
尚、余談ですけど勃起状態がずっと続くと海綿体が繊維化して破壊されまして、逆に不能となります。言うまでも無く危険ですので、その場合は医者に行くことをお勧めしますが。
さて、特にセックスの場合以外は勃起されては困りますし、逆にセックス時に勃起しないと困るわけですが、これは正常な状態ではちゃんとコントロールされています。つまり、通常時には血液の量を抑え、必要なときにその量を増やす、と。これは陰茎海綿体にある平滑筋細胞と言う細胞がその制御をしていまして、この平滑筋が緊張状態にあると血液量を抑え、逆に弛緩すると血液量が増えるようになっています(「門」の役目をしていると考えて下さい)。これは、刺激などによって必要を感じた脳がcGMP(サイクリックGMP)と言う物質を分泌することでコントロールされまして、この物質が分泌されることで平滑筋が弛緩(=血液が入る)されます。
一方、勃起障害の場合は肉体的または精神的問題からこのcGMPが増大せず、これによって平滑筋が弛緩されないので結果として勃起しなくなります。
では、バイアグラはどういう効果を出すのか、と言いますと......
ま、簡単に言えばこの薬はこのcGMPの分解を阻害します。つまり血液の流入を増やすcGMPの分解を阻害することでcGMPの濃度を増やし、その結果として勃起を促進させると言う物です。この効果は大分あるようですが....... ただ、色々と副作用も知られていますし、他の薬剤との併用による副作用も結構あったりなどしますから、慎重に使うよう言われています。まぁ、他の薬もこの点は一緒ですけどね。
もう少し詳しく書きますと、バイアグラは一酸化窒素(「ちっそ」であって炭素ではないので要注意)などが関連してきます。この一酸化窒素は性的刺激を受けると神経細胞から放出されまして、同じくcGMPの分解を阻害して増大させ、そして血管を拡張させる作用を持ちます。バイアグラはこういった一連の動きを補助している物となります。これにちなみますけど、一部の心臓疾患用の薬は一酸化窒素を増やして血圧を下げる(=血管が広がる為)効果があります。よってバイアグラとの併用は血圧を過度に下げるなど危険な効果を引き起こす可能性があることから、両者の併用は禁忌となっています。実際に併用して死亡するケース(腹上死?)がありますので、使用者は気をつけないといけません。
余談ですが、一酸化窒素の血管拡張作用と心肺能力の見地で調べてみると、高地にいる人たちは一酸化窒素の量が平地の人よりも高いことが知られています。これに絡み、高地にいない人でもバイアグラを用いて体内の一酸化窒素を増大させて高地での呼吸を楽にする、と言う面白い「副作用」も報告されています。これはペニスの平滑筋細胞で関連する酵素と、肺動脈(呼吸困難に関連)を締めつける酵素で共通している部分があり、これを一酸化窒素が阻害する為といわれます。
#ただし、過剰な一酸化窒素は有害物質を体内で作り出すとも考えられているので、バランスが重要ですが。
#ついでにもう一個余談ながら一酸化窒素は蛍の発光にも関連しています。
そうそう、結構誤解がもたれているようですが、バイアグラを飲むと無関係に勃起するのかというとそうではないようです。これは刺激がないとcGMPが増大しないからでして、刺激がない以上はcGMPが増えませんから分解の阻害も何も、と言うことになります。まぁ、他にも色々とありますが、ここら辺はEDを扱うサイトで見られると思いますので、省略しましょう。ついでに、バイアグラは催淫剤などではありませんので、勘違いしないように!
#あ、間違っても、管理人に性生活の相談なぞ送らぬように!
.......と、まぁ現代の話で始まっていますが。
さて、バイアグラは現代の話ですが、ずっと昔にはこういった、作用的にに見て直接的に勃起を促すような物は無かったのか、と言いますと........ま、その160で触れたような物もありますので無いとはいえません。が、確実な物はそう多くは無かったと思われます。ただ、確実に存在はしていました。
アフリカのガボン、コンゴ、旧ザイールなどを中心に西アフリカで自生する木があります。キョウチクトウ科のこの木は、学名をTabernanthe ibogaと言い「イボガ」と呼ばれます。この植物の根は彼の地の人たちに重宝されました。それはこの木が空腹や疲労を忘れる作用を持つ為でして、彼らは食料が無い時などにこの樹皮を噛むことで飢えに耐えるなどしていました(この利用法はコカの葉と似ています:この話はその内)。
さて、この様な使用の他、植物の乾燥樹皮を300〜800gほどがシャーマンなど、部族における宗教儀式に用いられていたことが知られています。これはこの植物の持つ幻覚作用などの効果によりまして、視覚的な幻覚と空中の浮揚感をもたらしました。ま、この結果「お告げ」なり儀式など「神に近づく」為に用いられていたようですが。
#ソーマなどを見ても分かる通り、宗教において幻覚剤などはこういう場で重要な役割を持ちます。
さて、このイボガの成分は調べられていまして、この中の20世紀初めに分離され、1970年代に絶対構造が判明したイボガインがこういった作用を引き起こすことが知られています。
このイボガインの作用は三環系抗鬱薬の機構と類似していると言われていまして、ノルアドレナリンやセロトニンの再吸収阻害によるものとされていますが.......ま、ここら辺の詳しいことは躁鬱病の話でやっていますから全て省略しましょう。とにかく、この結果として幻覚剤としての作用を持つこととなります(過剰なセロトニンは幻覚を見ることがありますので:この辺もその内やります)。
#専門的注:天然ではイボガインはトリプトファン由来のトリプタミンと、テルペノイドであるセコロガニンより合成されます。
さて、このイボガは幻覚剤としての作用がある、と言うことですが一方で実は催淫剤として用いられました。
ところが、イボガインではあまり催淫剤としての役割はありません。では、何故イボガが催淫剤として用いられたのか、と言いますと......実は、イボガの抽出物に通常添加されていた物質が原因であると言われています。
それは何か?
アカネ科の植物にPausinystalia yohimba(corynanthe johimbe)と言う植物があります。これはアフリカ南部に自生する常緑高木でして、現地ではヨヒンベ(yohimbe)と呼ばれています。このヨヒンベの樹皮は古くから催淫剤として用いられていまして、上述のイボガの抽出物にも添加されるなどして用いられていました。
この植物の研究は大分前から行われていまして、1896年にスピーゲルによってその主成分が分離されています。それは樹木の名前よりヨヒンビン(yohimbine)と命名されます。
ところで、この成分は化学的には結構色々とありまして、キョウチクトウ科の植物から単離された化合物と同じであることが判明したり、その類似構造を持つ物が発見されます。ま、最終的に「ヨヒンビン」の名は複数の化合物に冠されることとなりますが........
これらの物質の構造の研究は色々と紛らわしい上に時間がかかりまして、色々と歴史をたどると構造の訂正とか色々と入ります。が、おおむね1970年代には絶対構造は確定されます。
尚、専門的な注ですが、この化合物もトリプトファンとセコロガニンより合成されます。また、構造的にはレセルピンと非常に良く似ています。とは言っても、別に抗分裂病の作用は無いですが。
では、このヨヒンビン。本当に催淫剤としての作用があるのか?
実はこの物質、交感神経に作用しましてここにある受容体(専門注:α2受容体)の遮断作用を持ちます。この結果、ノルアドレナリン(その104および159参照)の遊離を抑制します。ノルアドレナリンは血管の収縮を行うのですが、これの供給が抑制されるために血管の拡張が行われる上、更に勃起中枢(仙髄というところにあります)の興奮も亢進させます。
この結果、勃起が促進すると言う作用がありまして.......ま、結果だけ見るとバイアグラと同じ効果をもたらすということになります。
つまり、バイアグラよりも昔に同様の効果を持つ物があった、と言うことが言えますが.........
さて、こんなヨヒンベですが、では「何で成分も作用も分かっていて、バイアグラより先に薬として出てこなかったの?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。そう思った方、実際鋭いと思いますが。
実はヨヒンビンの作用機構から、これに中毒すればあまり体に良いことにはなりません。その症状は延髄のマヒを引き起こしまして、同時に呼吸停止や心臓停止を引き起こす事が知られています。そして、勃起作用を起こさせる効果と、中毒する量が似通っていると言われています。つまり、「危険性」と言う点でデメリットが存在していまして........これによってヨヒンビンが(現地はともかくとしても)薬として用いられる事は無かったようです。
まぁ、なかなかうまく行かない物があるといえますが。
#「勃起して天国直行(文字通り)」のメリットはあるとは思えませんし。
尚、他にも実は勃起を促進させる作用のある天然の薬剤も知られています。
それは実は前回触れたストリキニーネでして、強壮作用の他に直接的に勃起を促すという作用があることが知られています。
もっとも、ストリキニーネによって引き起こされる一時的な興奮が強すぎることと、前回触れた通りかなりの猛毒であることから相当なリスクを負うこととなります。まぁ、好き好んで使うには相当な危険性があるといえるでしょう。
そういうことで、ストリキニーネは勃起を促進する薬としては用いられていません。
さて、まぁいくつかの天然での勃起を促進させる物質を紹介しましたけど。
以上を考えると、結局は自然で直接的に勃起を促進する物で「穏やか」なものは見当たらない様です。また、地域的にも限定されていたため、こういったものが広まりにくかったのかもしれませんけどね。そして、同時に安全に使えるものは本当に最近まで存在しなかったともいえるでしょう。
ま、こう考えますと、そういう意味では確かにバイアグラの登場は重要であるといえるのかもしれませんがね。
さて、ちょうど区切りが良くなりました。
今回は以上ということにしましょう。
ふぅ...........
さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
ま、今回は予告通り特に男性諸氏に関連する物ではありますけど。とりあえず、EDと有名になったバイアグラの話。そして、昔存在した、科学的根拠のある勃起を促進させる薬の話をしてみました。まぁ、そう下世話にはなっていないとは思いますが......どうでしょう?(^^;
とりあえず、メカニズムを知らない人もいるとは思いますので、ある程度触れてみましたけど。そうそう、バイアグラも色々と気をつけて使う必要があるようですので、興味ある方は気をつけて欲しいですが。
まぁ、理解と興味を持っていただければ嬉しいです。
さて、そういうことで次回はどうしますかね.........
まぁ、とりあえず何か考えてみようと思います。何か適当なネタがあればその話をしてみましょう。
そう言うことで、今回は以上です。
御感想、お待ちしていますm(__)m
次回をお楽しみに.......
(2002/04/16記述)
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