からむこらむ
〜その102:ソーマの杯〜


まず最初に......

 こんにちは。関東は雪が多いですねぇ.........なにやら1/7日までに雪が降るとそのシーズンは雪が多いとか。
 いやぁ......普段降らない地域だと結構楽しみであったりしますけどね.........食べ物が美味しくもありますねぇ(^^;;

 さて........今回は大ネタ、の予定だったのですが管理人の体調不良でして..........全く考えていませんでした。えぇ、これを入力する直前まで(^^;;
 で、まぁ.........そう言うわけでして、ちょっとお茶でも濁させてもらおうかと思います(^^;; ただし、ある程度は面白いものだとは思いますが.........
 それでは「ソーマの杯」の始まり始まり...........



 今まで「からむこらむ」のシリーズの中で何回か歴史や民俗の習慣と化学の関係などに触れてきています。例えば、過去には鉛の話でローマ時代の話をしてみましたし、神判を下す豆の話と言ったものもしてきました。おそらくは歴史や殺人・呪術的な物、またはどこかの部族の宗教儀式に関与するものなどには、これからも触れることとなるでしょう。
 ま、何故こう言うものを取り扱うのか、と言えば一つは管理人の興味、という物もあるのですけど.........実際的にはこう言ったものは過去、そして現在(おそらくは未来になっても)においてちゃんと化学のメスが入っており、そう言ったものが実際に薬剤の開発、場合によっては歴史を変えてしまうぐらいの影響を与えたりしています。最近では、一般に「未開拓」と我々が勝手に称している地域においての民間伝承・宗教儀式に関与する植物などが実際に薬剤開発に関与したりしていますし、またある種の古代の文献の保存運動に科学者が関与しているのですが、これはこういう背景があります。
 こう考えれば、少なくとも色々とそう言う民俗と科学は決して無縁なものとは言えないのですが..........
#視野は広く、と言うことでしょうね........

 さて、そう言った民俗と科学の関係。中には色々と研究した結果、紀元前以前の文献の警告にがく然とする、なんて事やそう言った文献から新たに知見を見出したりする物もあるわけですけど、中には「何度も名前が出てくる」にも関わらず今もって正体の特定が出来ない「謎」の物もあります。
 今回はそう言ったものの中から一つ、紹介してみようかと思います..........


 ところで、古代のお話。
 おそらく中学の社会でやった記憶があるかと思いますが、いわゆる「四大文明」の一つにインドのインダス川流域に栄えた「インダス文明」という物があります。これは、紀元前2000年〜1500年頃に突如として消滅し、アーリア人達がこれに代わりました。アーリア人達は紀元前1500年頃に中央アジア(おそらくアフガニスタンの辺り)から西北インドを通ってパンジャブに侵入してガンジス川の流域に定着。そして、その勢力範囲を広げていった、とされています。
 さて、彼らアーリア人達はやがて熟成した文化を生みだすこととなります。その文化遺産として有名なものにヴェーダ(veda)と呼ばれる文献があります。これはインドに現存する最古の文献であると同時に、極めて重要な史料となっています。

 ヴェーダには色々と種類があるのですが、最も古く基本的なものが4種類知られていまして、「リグ・ヴェーダ」「サーマ・ヴェーダ」「ヤジュール・ヴェーダ」「アタルヴァ・ヴェーダ」があります。「ヴェーダ(梵)」は知識を意味し、これら4種類を通常「本集」という意味で「サンヒター」と呼び、続編とも言える副次的作品を「ウバ・ヴェーダ」と呼びます。ウバ・ヴェーダとして(科学関係に)有名なものにアタルヴァ・ヴェーダに属する「アユル・ヴェーダ」という物があります。「アユル」は生命、生命力、寿命を意味するとの事で、ある種の「医学書」となります。この本は、薬や治療などの記録として実際に役立ったりしました。今世紀のある薬の開発にも関与していますが..........
 ま、実際にはヴェーダの歴史や背景も色々とあって複雑みたいなので、余り詳しいところまでには突っ込めないのですけどね。

 さて、こう言ったヴェーダの中でも最古のものがリグ・ヴェーダでして、大体紀元前15〜10世紀頃に成立したものとされています。内容は「神々への賛歌集」でして、全10巻。1000以上もの歌が収められています。そして、この第9巻114編の歌の中で150回以上も名前が挙げられて賛美され、そしてそれ自体が信仰の対象になったものに「ソーマ」(Soma)という物があります。
 では、この「ソーマ」とは何か?
 これはこの時代の宗教の中心をなす祭式において用いられた神酒を指します。これは、祭火により諸神に捧げられて、その残余を祭官やその他の人々に飲まれた興奮性の飲料でした。ま、これをもって祭式を「ソーマ祭」とも呼ぶそうですが..........そんなに影響が大きいものなのか、と思われるかも知れませんが、リグ・ヴェーダの第9巻の全体が「自信を浄化するソーマ」の賛歌となっているそうですので、確かにそれそのものが信仰の対象となっていたと言えます。
 尚、ソーマそのものは「神格」としての擬人法は発達しませんでしたが、リグ・ヴェーダ末期以後は神話上、天に存するとされるソーマの容器に見立てる考えから月(=月神)とされるようになります。実際に、インドの神話を調べると「月の神」としてソーマという神がいるそうですが.........
 余談ですが、この月とソーマの関係。中国に入って漢訳として「蘇摩」という物になったそうで、これは月を指す言葉として使われることがあるそうです。

 では、神酒であるソーマはどうやって作られたのか?
 これは記録が残っていまして、同名の植物を板上で両手に持った石器または臼で砕き、圧搾した液を羊毛の濾布でこし、木腕に入れ、水、牛乳などを混ぜて作られた様です。ヴェーダ時代に信じられるところでは、神々はこれを好み、これにより敵に打ち勝つ力を増大させた、とされています。また、人間が飲めば詩的霊感を得た、とされています。つまり、非常に「神聖な酒」として考えられていました。
 ま、こうなっていれば「なんだ、良く分かっているんじゃないか」と思われるかも知れませんけど...........実はそうは問屋が卸してくれないんです。

 ソーマの作り方のところに「同名の植物」と書きました。つまり「ソーマ」と呼ばれた植物がある、と言うことです。
 じゃぁ、この「ソーマ」と呼ばれた植物は何か?
 この疑問に科学者は........「実は良く分からない」という回答を出しています。そう、真実は今のところ闇の中でして.........まぁ、この「ソーマ酒」の方はどうか、と言うと実在については一応確かなようです。でも植物については良く分からない..........理由は色々とありまして、一つはリグ・ヴェーダが非常に古い、と言うのもあります。また、「ソーマ」という植物の代用品が非常にたくさん出回ってしまったために、「何が何だか分からない」という有り様になってしまったそうでして、これも不明にしている有力な説の一つとなっています。
 では、推測がつかないくらい「全く分からない」のか?
 実際にたくさんの科学者がこのソーマについて議論をしています。そして、この正体の解へのヒントとしては、文献や伝承などからそのソーマ酒の「効用」があります。語られるところによると..........例えば、「飲めば鳥のように空高く飛び上がった気分になる」「詩人の歌が聞こえてきたりする」などと言われており、また興奮性の物であり、力と勇気を感じさせる物。病気を癒し、寿命を延ばす。催淫性もある、と言われています。そう言った「効能」から化学的な有効成分についての推測を行うことが出来ますので、科学者達は色々と推測しているのですが........... ま、少なくとも精神に作用する効果があるわけですので、中枢神経系への作用が考えられています。もっとも、実際にはそう言う化合物はたくさんありますから、大きな「絞り込み」は出来ても、一、二個にまで候補を「限定」するまでは難しいようですが。

 では、どういう植物が「ソーマ」の候補であるのか?
 諸説ありますが、例えばガガイモ科で乳液を出す植物であり、強心配糖体を持つザルコステンマ(Sarcostemma acidumまたはS.brevistigma)と呼ばれる植物ではないか、と言われています。これは現在でも抽出エキスが実際に供給されており、ソーマとして知られています。もちろん、これがリグ・ヴェーダの言う「ソーマ」である証拠はありませんが.........
 別の説もありまして、麦角(その96その97)の類縁化合物よりLSDを合成したホフマンと、彼とともに『Plants of the Gods』という、各地に伝わる幻覚作用のある植物を民俗学的・化学的に調べた本を書いたシュルテスはハーマラ(Harmala)子がこのソーマではないか、と推測しています。これは西部アジアや北インド、モンゴルなどの砂漠地帯に自生する小低木で、ハマビシ科(Zygophyllaceae)に属する植物にPeganum harmalaという物があります(和名はちょっと分かりません)。「Syrian Rue」とも呼ばれるこの植物の種子は、ちょうどアサガオの種子を小型にしたような形をしています。そして、この種子から取れるアルカロイドに「ハルミン」とその誘導体がありまして、これらが幻覚作用を持つことが知られています(実際には、MAO阻害、と呼ばれる働きなどもあるのですが)。このハルミンとその誘導体は別の植物からも単離されていまして、実際に南米アマゾン川西部流域や、オリノコ川流域の一部で幻覚剤として使用されることがあります。

 まだまだ別の説もあります。
 もう少し紹介するとしますと.........ハシシュやマリファナの原料となるインド大麻(Cannabis sativa)もこのソーマの候補として言われています。ま、大麻.......いわゆる「麻薬」ですのである程度どういう状態になるかは推測がつかれるかと思いますが...........確かにインドで取れるインド大麻。マルコ・ポーロが過去に暗殺教団の記録を残しているのですが、この教団の「戦士」達がインド大麻を服用して「天国」を見、「もう一度見たければ○○の某を殺せ!」という言葉を受けて暗殺しに行った、などという話もありますのであながち間違いでは無いかも知れません。
#大麻の話そのものは別の機会に予定していますが.......

 他に面白いものとしては、抗喘息剤として有名なエフェドリンを作りだすマオウ科(Ephedracease)のマオウ(Ephedra)属の植物であるのではないか、という説があります。イランのゾロアスター教の儀式に使われる「ハオマ」という酒があるのですが、これは幻覚作用を持つものでして、かなりソーマと共通した使われ方があります。このハオマ酒の材料も色々と言われているのですが、この一つとして上記のインド大麻という説があります。しかし、他にもマオウ科の植物が使われたのではないか、という説があります。実はこの「ソーマ」と「ハオマ」。語形上では一致するものだそうですので、「ソーマ」=「ハオマ」という説も存在しています。
#ここら辺もその内.......

 他にもまだあるのですが、最後にもう一個だけ紹介しておきましょう。
 R. G. ワッソンという人物の本に『聖なるキノコ - ソーマ』という本があります。この人物はこの本の中でいわゆるベニテングタケ(Amantia muscaria)がソーマの正体である、と主張しています。ベニテングタケ、と言うと「赤い色した毒々しいキノコ」で有名でしょうか? まぁ、中世ヨーロッパの妖精が絡むような絵とか見ても良く出てきますけど........このキノコは一般に「毒」と言われていますがなかなか美味、という話でして地方によっては焼いたりして食することが知られています......とは言っても「当たる」と一日中トイレに篭るそうですけど。
 では、このキノコに効果はあるのか? 調べてみるとムスカリンやムシモールと言った成分が入っています。もっとも、ムスカリンは極少量なのですが........ま、それはともかくこれを摂取することで軽い幻覚を起こすことがあるそうです。でも、実際には「顔が紅潮しただけ」などという例もあるようで微妙なものはあります。ただし、このキノコによるあるパーティーで用いられて客を「ハイ」にしたりした記録(幻覚作用などの記録も確かにある)もあるようですし、またその形態がワッソンによれば「リグ・ヴェーダに一致する」との事からこれもまたソーマの候補の一つ、となっています。

 参考までに、上記に上げた成分の構造を少し挙げておきます。




 まぁ、どれが本物の「ソーマ」なのかは分かりませんけどね.........
 議論は結構活発に行われているようです。が、真相はおそらく分かることはない、とは思います。少なくとも、タイムマシンなどでも無ければ難しいでしょう。もちろん、上記の全部が「ソーマ」の正体である可能性はあるわけですが.........長いヴェーダの時代でも、それぞれの時代によってソーマの正体が違うかも知れませんしね。
 ........それでもいつか分かる日が来るのでしょうかね?


 っと.......そうそう。オチも実は無いんで、最後にちょっとした余談でも。
 「ソーマ」ですが、実は日本にもこの「ソーマ」があります。って言うと「???」と思われるかも知れません。でも、本当にあるんです.......「ソーマ銀」と言うものが。
 このソーマ銀。一体何かと言うと、17世紀初頭に日本からイギリス、オランダへ大量に輸出された上質の銀を指します。あ、「鎖国は?」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、イギリスが平戸の商館の閉鎖をしたのは1623年ですので、それまで、と言うことです。この銀は、前々回、前回とやった灰吹銀で、輸出用の銀として使用していました。
 うん? では何故「ソーマ」なのか?
 実はこの語源。当時の主力銀山であった、石見銀山地方の呼称は佐摩郷でした。ですので、この「佐摩」が語源になり「ソーマ」になったとか。
 ま、「ソーマ」に「蘇摩」に「佐摩」の銀に月.........前々回でも触れましたが、銀は月の代名詞でもありましたか。
 ........実はソーマは洒落で繋げることが出来るんですねぇ?


 そう言うことで、全く落ちていませんが、今回は以上、と言うことで...........




 あぁ、何書いているんだか(^^;;;

 さて、今回のからこらは如何だったでしょうか?
 今回は先週の体調不良の影響で「全くネタを考えていない」有り様でして.........急ごしらえで一個やってみました。まぁ、雑談ですよねぇ........(^^;; 最後は落ちていませんが、文案考えずにぶっつけ本番でしたので御勘弁のほどを(^^;;;
 ま、ただ.......民俗と科学の関係。色々とやろうとは思っていますので、こう言うので興味をもって貰えれば、と思いますが。

 さて、と。次回はどうしますかね.........風邪引かなきゃ良いのですが(爆)
 まぁ、今度はもうちょっと上手くやりたいと思います(^^;

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/01/23記述)


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