からむこらむ
〜その26:愚者の毒薬〜


まず最初に......

 こんにちは。最近めっきり梅雨らしくなりましたね........皆様は如何お過ごしでしょうか。 管理人は、大嫌いな季節なので、言わずもがなであります(爆)

 さて、今回は前回の主役「ヒ素」に焦点を当ててみようかと思うのですが............調べるうちに、有名な元素であるために色々と話が出てきました。 よって、おそらくは2回にわけての話となるかと思います(←まだ入力前(^^;;)。
 まぁ、今回はエピソードが多いんですけどね..........
 それでは「愚者の毒薬」の始まり始まり...........



 まず、冒頭に有名なエピソードを一つ...........

 時は16世紀のヨーロッパ。南欧、イタリアの南部にて...........
 南イタリアの東海岸にある港町バリに、一人の老女が住んでいました。名前を「トファーニア(トファーナ)」と呼ぶこの老女、バリの守護聖人(がちがちのキリスト教地域である)ニコラウスの「御利益」のある水として、「アクア・トファナ」...........「トファナ水」という物を配付しましていました。 曰く「肌が白くなりますよ」...........そう、美顔用化粧水として渡していました。 この「化粧水」、またの名を「聖ニコラウスのマナ」とも呼ばれ、ガラスの小瓶に詰められて貴婦人達に販売し、これがまた流行となるぐらいよく売れたというのですが..............

 さて、当時は「神様絶対」の御時世。カトリックがヨーロッパにおいては絶大な権力を握り、そして信仰されていたころです。 結婚すれば神に誓い、そして「生涯伴侶は汝一人」...........と、「絶対の」神に誓っていたころです。 そして、ここは「法皇のおひざ元」........ 数日歩けばヨーロッパカトリックの総本山があるところです。 よって.........そう、離婚なんてものは簡単にできるものではなく、よほどの事が無いかぎりは不可能でありました(つまり、「神様がお許しにならないと」離婚は出来ないわけです)。

 では視点を変えて、これを購入する上流階級の貴婦人方。 事情は結構あるようですが基本は一緒で、結婚はしたもののやれ戦だ、やれ政治だで旦那はいない。いても思ったよりも「つまらない」人物で嫌だ。 で、そこで「恋人(=愛人)」が出てくるわけですが......... この「恋人」は話し相手になってくれたりして、自分の寂しさを紛らわしてくれる。と言うわけで「何で今の夫と結婚してしまったのだろう」となっていく........... で、離婚はしたいが、上記の理由でとてもとても出来るものでは無い。 しかし、旦那が邪魔である...............
 ......と、以上の様な貴婦人方がこの「化粧水」を購入していきました。 では何故この「化粧水」なのか?
 この「トファナ水」。実は中には「亜ヒ酸」という毒が入っており、これら「邪魔な」旦那方を「天国に送りだす」為に使用する(!!)という目的で使われました(注:立派な犯罪です)。
 こうして「邪魔者」を消した貴婦人方は........... まぁ、いいでしょうこれ以上は(^^;;

 さて、この「トファナ水」。結構長期間ヨーロッパに出回ったとされています。 その期間から最初はこの老女が「長命の魔女だったのでは」という様な事がいわれたそうですが、最近になって実は3代に渡って「トファーニア」がおり、需要に応えたといわれています。
 で、やたら(浮気女による殺害で)未亡人が大量に出るに及んで法皇庁や王国がこの(何代目かは不明)トファーニアを捕縛、処刑したのですが、流通量はちっとも減らなかったといわれています。



 最近はカレーに入っていたり、また歴史的にも比較的知られているせいか、「ヒ素」という物は一般に「毒」として認識されている様です。
 古来より「ヒ素」という物質はよく知られているようで、古代ギリシアの頃から使用されて、潰瘍や皮膚病の薬として使用されたとされています。 東洋では西暦一世紀の頃から中国で、薬物書の中にその記述があったともいわれています。 一般的にはイオウとの化合物として火山帯によく産出されることが知られています(よって、ギリシアや日本、イタリア等でもとれる)。
 しかし、「毒」として本格的に使用される(毒殺目的のもの)のは結構後であったらしく、だいたい16世紀以降のようで、比較的「手軽に」入手できたことから「愚者の毒薬」といわれるまで使われる程有名になりました。 特にヨーロッパでかなり毒殺に使われたためか、いろいろな劇中にもこのヒ素が使用されているといわれています。

 では、ここでヒ素という元素について軽く触れてみましょう。
 ヒ素(「砒素」:As)は原子番号33、原子量74.92の元素で、灰色、黄色、黒色の3種類の同素体を持っています。 英語による名称は「arsenic」ですが、この由来は色々とあり、「猛毒」を意味するギリシア語とか、ヒ素化合物で「雄黄(ゆうおう)」という硫化ヒ素(AsS)の事を意味する「Arsenikon(この言葉自体には「激しい作用を持つ」という意味がある)」とか......... 性質はリンに似ていますが、空気中では安定。 現代では有機化合物の合成に用いられたり、半導体原料や、合金原料として使用されています。

 しかし.........これは一般に勘違いされていますが..........ヒ素その物(単体)の毒性はさほど高いものではありません。 その他3価、5価の価数(「原子の手」です)のものがありますが、5価の物も比較的毒性は高くありません。 実は、一番高い毒性を持つのは3価の「ヒ素化合物」であったりします(つまり、「単独のヒ素」ではなく、他の元素とくっついた形という事です)。 そして、その3価のヒ素化合物の代表として、比較的入手のしやすい「亜ヒ酸(As2O3 厳密にはAs4O6か)」があります。
 つまり........上記の「トファナ水」は、この「毒」を結構な量含んでいたわけです。 そして、最も暗殺などの殺害用に使用されたのがこの化合物であったりします。
 しかし、亜ヒ酸は殺害用のみならず使用されていました。 一番有名なのは「いたづらもの」.........つまりネズミの駆除用に使われた、いわゆる「石見銀山」があります。 これは江戸時代を通じて使われ、後に黄リンを用いた「ネコイラズ」が出るまでは殺鼠剤の主力でした(ただし、日本でもこれを用いて人間を殺害した例があるようです)。

 この亜ヒ酸の製法ですが、通常、硫砒鉄鉱(りゅうひてっこう」:FeAsS)という鉱物を砕いて粉状にし、水でこねて団鉱を作って焼きます。 すると、無水亜ヒ酸が白煙状になって出てくるため、これを冷却すると、白い粉末状の亜ヒ酸を得ることが出来ます。以上の工程から亜ヒ酸を得ることが出来ます。 この製法は「亜砒焼き」と呼び、日本でよく使われた方法です。 
 さて、この「亜砒焼き」。 上記のように「日本でよく使われた」方法なのですが........... これにまつわる話がまた存在します。

 宮崎県土呂久(とろく)に鉱山があります。 昔は銀山として栄えたのですが、後にヒ素鉱山として発達。1918年から1971年まで約50年間操業が行われました。
 さて、ここで行われていたのは上記「亜砒焼き」です。硫砒鉄鉱を砕いて水を加えて団鉱を作るためにこねる。で、こぶし大の団鉱を釜で焼くと出てくる気体の亜ヒ酸を煙室に導いて冷却すると結晶状の粗製亜ヒ酸ができて来ます。 では、これに関わった人たちはどうなっているのか?
 こねるのは人の足。婦人達が団子を作る。釜焼きは男の仕事でしたが、おしろいを塗ったり、手ぬぐいをしたりするぐらいの対策........... そう、実質「無防備」の世界で、働いて行った人たちは次々と砒素中毒で倒れていきます。
 そして、煙突から出てくる煙の中にも多量の亜ヒ酸が混入しており、風下にあった登呂久部落全体は亜ヒ酸によって「雪が降ったような」状態になります。 しかし、そこは戦前日本。 「お国のために」鉱山の操業は関係なく継続し、亜ヒ酸は医薬品、化学兵器として大量に使用され、ついに日本はその輸出国となります。
 結果、この地域で死んだ(戦争、事故は除く)92人の平均寿命は39歳といわれています。
 さて、この被害者の一人が詠んだ歌があります。
 上記にある喜衛門一家は、7人の家族でありましたが、鉱山で働いて家族が次々と倒れ、最後は血を吐いて果ててしまい、ついには一家全滅になったとわれています。
 そう、戦前に......いや、高度経済成長期の間まで見られたこの手の話。 この登呂久にもあったのです。

 さて、ヒ素による毒殺ですが、上記トファナ水の他にも色々とあり、イタリアルネッサンス期にはイタリアの名門家系ボルジア(ボルジャ)家出身の法皇アレクサンドル(アレクサンデル)6世と、その息子チェザーレ(チェザレ)・ボルジアによるヒ素化合物入りの「カンタレラ」と呼ばれる毒を用いて行った政敵暗殺事件(しかも、1件ではすまない)という有名な話があったり(これにより、ヒ素は「ボルジア親子の毒」といわれる事も)します。
 またフランスでは、美人として名高かったブランヴェリ侯爵夫人が恋人サント・クロワ(騎兵将校)と共謀して父、兄弟を毒殺して財産を得るという事件も起きたりしました。 この事件はクロワが調合に失敗して死亡してしまい、残された数々の婦人の手紙や毒薬が発見されるに及んで事件が発覚、とらえられて火刑に処される(要は「魔女」扱いになる)という事も起きています。
#この事件で、当時の有名な薬剤師(クリストフ・グラーゼル)がクロワにヒ素を売ったために容疑がかかったりと、色々と大変だったようです。(^^;;


 さて、もう少しヒ素に関して話をしたいのですが..........長くなりますので、次にしましょう。




 さて.......何とか書けたかな.........

 さて、今回の「からこら」は如何だったでしょうか?
 前回書けなかったヒ素について今回は触れてみましたが........... 色々と資料を漁っていたら出てくるわ出てくるわ.......... さまざまなエピソード(^^;; と言うことで、今回は「毒殺」中心になってしまいましたが、そういう方面について触れてみました。
 次回はもうちょっと別の観点から.........薬や症状、原因など........について触れてみたいと思っています。
 まぁ、今回は読み物として楽しんでもらえれば嬉しいです。 ご感想をお待ちしていますm(__)m
#ゲストブックが復活したら...........書き込んでいってくださいm(__)m

 それでは今回はこれまでです。いやらしい天気が続いていますが、皆様お気を付けてお過ごしください。

(1999/06/29記述)


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