からむこらむ
〜その27:美人・塗料・梅毒〜
まず最初に......
こんにちは。集中豪雨が続いたりと全国的に嫌な気候ですが..........皆さんは如何お過ごしでしょうか。 管理人は、4日と5日の気温差の激しさにダメージを受けています(~_~;;
まぁ、生きているだけ良しとしましょう(泣)
さて、今回は前回の続き、元素・化合物としての「ヒ素」の「毒性」を前回は強調しましたが、今回はもうちょっと発展させて見たいと思います。実はこの元素は生物にとっては............?
それでは「美人・塗料・梅毒」の始まり始まり...........
さて、前回の続きから。
ヒ素という元素は、人体にどのような影響を与えるのでしょうか?
ヒ素というのは、周期表で見るとちょうど「リン(P)」の下に位置します。 高校の化学でやった様に、元素というのは遷移元素(=金属元素と思って下さい)で無いかぎりは、周期表の上下の元素にその性質が似ています。 事実、リンというのは3価、5価のものがしっかり存在し、そしてその性質はかなりヒ素との共通点が多い傾向にあります。
...........つまりこれはどういうことか? それは体内で重要な役割を果たす「リン」が「ヒ素」に置き変わり、そしてその働きを阻害してしまうという事が起きます。 これによって、生体内での代謝の混乱を引き起こし、催奇性の誘発や、発がん作用を引き起こす事がとされています。 そして、厄介なことに、「どのような細胞でも」それを引き起こす事ができます。
#リンはこちらにもあるように、生体内のDNAの塩基や、「エネルギー通貨」であるATPの役割を担っています。
そして前回、一般に3価のヒ素の毒性が高いという事は触れました。これは何を引き起こすかというと、体内に入った3価のヒ素は生体内のタンパク質の特定の官能基(こちらにある「性格のパーツ」の一つ)と特異的に結合し(「チオール」(-SH)と呼ばれる基と結合します)て安定した結合体を形成します。 これは何を意味するかというと、生体内では代謝を受け持つ「酵素」(例えば、アルコールを分解したり、消化を助けたり、解毒をしたり...........血中のヘモグロビンもそうですし、インシュリンも走ですし.............)と言うものが極めて重要な働きをしていますが、この酵素はたんぱく質で出来ています。 つまり..........ヒ素は酵素を構成するたんぱく質と結合してしまいます。
さて、こうしてヒ素と結合したたんぱく質=酵素はどうなるかと言いますと、(たったこれだけのことで)本来の働き(代謝)が出来なくなり、細胞中に浮かぶただの邪魔者と化してしまいます。しかも、結合体は安定........... こうして、生体内の活動を阻害することが考えられます。
これらのことから、飲んだ場合の症状はどうなるかというと、胃に激痛を感じ、圧迫感に襲われ、そして緑色の塊ないし血を吐き出し、コレラ様の症状になるといわれています。そしてのどが渇き、胸が苦しくなり、心臓の鼓動が速くなり、動脈圧が低下します(意識混濁する?)。 そして多量に飲んだ場合は、各神経(中枢・運動・呼吸など)がやられて麻痺し、そして意識不明→死亡となります。
おそらく、暗殺にやられた人達はこのようなプロセスを経て、死んだものと思われます。
#ちなみに、亜ヒ酸は無味無臭であるため、簡単にはばれないという............
ちなみに、一概に毒性を強調しても、「どのような形」のヒ素..........どんな種類のヒ素化合物を、どのような形で摂取するかによってまた大きく変わってきますので、その点は留意をして下さい。
#無毒な形のものも存在しますので、一概に量で判断するのは間違えという事です。
では、ヒ素に対する耐性というのは出来るのでしょうか?
ちょっと調べてみると、どうやらこれはあるようです。 例えば、オーストリアのシュタイエルマルクという地方(オーストリア南部で、イタリアに近い)では、健康増進・肌の色つやをまして色白の美人をつくるために、そしてたくましい馬を作るためにと、ヒ素を服用したといわれています。 また、カエサル(シーザー)の時代に小アジアのポントス王ミトリダーテス六世が、当時流行した毒殺に対抗するために少量の毒物を飲んでその耐性を身に付けたとか(しかしながら、この王は後に戦争でとらえられ、毒を飲んで自殺を試みるも耐性のために死ねず、奴隷に命じて自分の刀で斬らせるという話が残っています)。 そして、昔の華中・華南では、女児が生まれると幼いころからヒ素化合物を投与して、成長した後で色白の美人になるようにしたという話もあります。しかもこれは当時の流行だったとか(王の好みならば、玉の輿に乗ることが可能となりますので)...........怖えぇぇ........(~_~;;;
ちなみに、これは立派なヒ素の慢性中毒ですが、下手に中断すると禁断症状がでるそうです。 つまり、死ぬまで服用し続けると............(^^;;
尚、上記の話では「色白」の話が出ていますが、これはヒ素がメラニン色素の合成を阻害するためとされています。 メラニン色素は日焼けしたりして色が黒くなったり、化粧品のCMでいわれる「シミ」の元になりますが..............
...........念のため言っておきますが、ヒ素による美白はやめときましょう。 まぁ、化粧品の「美白効果」物質にまかせておいた方が............(^^;;
さて、ここで一つエピソードでも。
ヨーロッパのある時期(ナポレオンの頃)。ヨーロッパの絵画の世界では活発に芸術活動を繰り広げていましたが、当時の画家はある色.......「緑」色の絵の具に不満がありました。当時の緑色の原料は、天然の銅化合物で、「マカライト(孔雀石)」や「アズライト(藍銅鉱)」といった、主に銅の炭酸塩鉱物が主体でした。が、この絵の具では「鮮やかさ」に欠ける...........と、画家は不満を持っていました。
さて、そんな中、スウェーデンのシェーレなる人物が初めて合成した酢酸銅と亜ヒ酸銅の複塩(混ざったものと思って下さい)。これがまた鮮やかな緑色を呈し、そしてこれを絵の具にしたことから上記の不満を持っていた画家達は早速取り入れ、そしてヨーロッパの画壇を席巻しました。 この緑色......「シェーレグリーン(フランス語ではvert veronese.......「ヴェールヴェロネーズ」)」はかなり受け入れられた様で、ドラクロワ、ミレーの傑作絵画にも使用されたと言われています。
こうして流行したシェーレグリーンは、全盛期には壁紙や家具にも使用されました(けばけばしいという話なんですけど.......(^^;;)。 そして、幸か不幸かこの成分のヒ素によって防虫作用があったために流行したといわれています。
...........さて、そしてこのシェーレグリーンを気に入った有名な人物がいます。 誰か? 実は........ナポレオンで、彼はセントヘレナ島に流されていても、私室の壁紙をこの色にさせたといわれています。
つまり、これは前々回に出てきた暗殺説に対する「異論」の根拠の一つにもなっています。
このほか、塗料としてのヒ素は結構あるようで、中国でも漆器などの塗料に使用されたり(上記のように防虫も兼ねて)、墨に使用されたり、字消しに使用されたりと、結構色々とあるようです。
#現代でも、ヒ酸コバルト(紫)といったようなものが使われているようです。
さて、ヒ素というのはもうちょっと「まし」な使い方はされなかったのでしょうか?
実はしっかりありました。 一つはすでに少しだけ話に出ている殺鼠剤や、殺虫剤として使われました。 衛生面への貢献という意味ではかなり大きいと言えます(ペストの駆逐にも使用されましたし)。 そして古代ギリシアでも増血剤などに使用されたりしました。 更に現代でも「亜ヒ酸パスタ」と呼ばれるものがあります(認可されているものです)。これは歯科医が使ったりするもので、抜歯の時に歯髄を破壊して痛覚を除くのに使用されています。いわゆる、「神経を抜きます」というやつです。
まぁ、その他色々とあるのですが、もう一つ忘れてはいけない物があります..........その話をしておきましょう。
大航海時代、男達が世界の海を航海し、「新航路」を見つけたりの大冒険をしていたころ(このころにポルトガルの「ファド」ができ上がるわけですが)、その大航海の探険者として名を残した人物としてコロンブスがいます。 彼は「新大陸」を発見し、そしてその他、膨大な「収穫」を上げてヨーロッパへ帰ってきました。しかし...........探検隊が持ち帰ったものの中には「性病」を持ち帰った者もいました。 フランスでは「ナポリ病」と呼ばれた病...........「梅毒」です。
ヒ素化合物は、パラケルスス(パラケラスス)や彼の「予言者(?)」ノストラダムス(そういや、7の月だ(笑))の頃には梅毒の薬としても知られていました。が、副作用がいかんせん大きいため、かなりの「名医」でないとこれの加減が難しく、あまり使用されなかった(できなかった)といわれています(比較的ヨーロッパ南部で使用されたようです。火山の問題からでしょう)。
梅毒ですが、江戸時代末期の日本でもかなり流行したそうで、草津温泉への湯治者にはかなりの数の梅毒患者がいたとされています。 余談ですが、「お医者様でも草津の湯でも恋の病は治りゃせぬ」と唄われた様な「恋煩い」って言葉がありますけど、当時のその様子(症状)は実は梅毒患者そっくりであったそうです(^^;; 「花魁(おいらん)の出養生といやぁ梅毒にきまったもんさね」という言葉もあったそうで、当時はかなりの流行だった様です。
さて、取りあえずもう少し時代を進めて、文明開化もすでに済んだころ。日本からドイツのベルリン大学のエールリッヒ(化学療法の創始者とされている人物)の元へ留学していった秦佐八郎博士はエールリッヒと共に梅毒の原因となる菌「スピロヘータ」類の研究を行っていました。このとき、留学当初だった博士は、練習実験を兼ねてスクリーニング(菌に対する、薬剤の効果を調べる操作です)を行っていたのですが........ 最初のスクリーニングでは何も効果のなかった、検体番号「606号」が練習中に目覚ましい効果を発揮することを発見。ここに偶然ながら当時有効な化学治療法がなかったスピロヘータ類による感染症に対する有機ヒ素化合物の有効性が発見されます。
これを受けてさまざまな研究をしたところ、有機ヒ素化合物が梅毒のほかにもスピロヘータ類の起こす感染症に非常に優れた治療効果を発揮することがわかりました。
こうして発見された化合物は「救い」を意味する「salva」と、ヒ素を意味する「arsenicum」から「サルヴァルサン」と名付けられ、戦後のペニシリンなどの抗生物質が入ってくるまで梅毒の治療薬として使用されました。
#もっとも、不安定な物質なので取り扱いが結構面倒であったとされています。
#分かる方向け注:普段は塩酸塩の形で安定化させて、使用の際に水酸化ナトリウムで遊離させて使用させるという、面倒な方法でした
さて、長くなってきました。本当は色々とまだ書ききれないぐらいあるのですが、スペースの問題もあります。次で最後にしましょう。
さて、こうしてみると生体そのものにはあまり「良くない」印象を与えるヒ素ですが、面白い報告が存在しています。
これは、山羊や羊などの草食動物における研究では、食物中のヒ素が欠乏すると発育障害が起きることが報告されています。つまり、生体に「必須の」元素であることを意味しています(注:ヒ素は多かれ少なかれ、いろいろな所に存在しています。植物にもありますし、海中での生物濃縮もあります)。 人間に関してはまだわからないのですが..........
まぁ、その内わかるかも知れませんが、案外生物には微量のヒ素が必要といわれる時期が来るのかも知れませんねぇ...........
さて.......無事書けたかな........?
さて、今回の「からこら」は如何だったでしょうか?
取りあえず、一連の「ヒ素」シリーズは今回で終了ですが........... 色々と面白かったかと思います。 事実、書いている側も結構面白く、楽しく書くことが出来ました。 きっと意外な事を発見できたのではないかと思いますが..........如何でしょうか?
今回も読み物として楽しんでもらえれば嬉しいです。 ご感想をお待ちしていますm(__)m
さて、それでは今回はこれまでです。次回は何にしましょうかねぇ............?(^^;; お楽しみに............
(1999/07/06記述)
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