○病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。僅かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。甚だしい時には極端の苦痛に苦しめられて、五分も一寸も体の動けない事がある。苦悶、煩悶、号泣、麻痺剤、僅かに一条の活路を死路の内に求めて少しの安楽を貪る果敢なさ、それでも生きて居ればいひたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限って居れど、それさへ読めないで苦しんで居る時も多いが、読めば腹の立つ事、癪にさはる事、たまには何となく嬉しくてために病苦を忘るるような事がないでもない。年が年中、しかも六年の間世間も知らずに寐て居った病人の感じは先ずこんなものですと前置きして
(『病牀六尺』より、第一回の一部抜粋/正岡子規著/岩波書店)
(2003/08/22公開)