からむこらむ
〜その72:生体の電気信号〜
まず最初に......
こんにちは。 いよいよ入梅しましたね。皆様如何お過ごしでしょうか?
なんというか.........30度行ったらこんどは梅雨寒だと.......... 嫌なものです。
さて、今回はまた生体応答に関する話。
前はホルモンと受容体に関する事をやりましたが、今回は生体で「電気信号」を送る、「神経」についての話です。 ま、一般に色々と言われていますけど........もうちょっと深くやりましょう。 とは言っても、今回は概要だけですけどね。
それでは「生体の電気信号」の始まり始まり...........
最初に。
生体応答の話は事前に読んであると想定して話が進みます。念の為。
さて、生体における色々な情報を伝達する手段として「ホルモン」と「神経」による物がある、と話をしました。「ホルモン」は取りあえずおおまかな概念は終わりましたので今度は「神経」の方の話をしてみたいと思います。
生体応答についての話の中で触れた通り、ほとんどの多細胞生物において外界の出来事に対して素早く適応する為には「神経系」というシステムを備えています。 これは、電気信号の伝達による感覚と応答を繋ぐシステムで、高速な伝達(100m/sec.)が可能である、というメリットを持っています。 これにより、ホルモンの様な低速な伝達と共にホメオスタシスの維持を行っています。
では、人類の歴史の中では神経はどう扱われていたのでしょうか?
時代を古くさかのぼること2000年以上前のギリシア・ローマ時代。ギリシアではアリストテレスやヒポクラテス、そしてローマではガレノスといった哲学者達がいたころ。生命活動の源について彼らは「動物精気」なるものを考えていました。これはどういう考えかというと、肺から取り入れられた精気は、脳から神経の中を通って体の各部を流れていき、筋肉に到着するとその部分........例えば、手足などが動く、と考えていたようです(大気に精気がある、という考え?)。 つまり、神経と言うのは「管」であり、その中に生理活性物質を流して、その管の末端で分泌する事で動きを制御する、という「腺器官」と考えられていました(どちらかというと「ホルモン」に近い概念か)。 この考えは17世紀のデカルトの頃にまで受け継がれていた様です。
しかし、この考えを一変させたのは18世紀。電気を扱う方なら出てくるかもしれない人物、ガリバーニ(Galivani:ガルバノメーターで名を残す)、ボルタ(Volta:ボルタ電池、単位「ボルト」で名を残す)ら、イタリア人二人の成果により「電気」が発見され、そしてそれを計測できるようになってから人体においても電気が発生していることがわかり、そして神経においても電気が重要な役割を果たしていることがわかります。
そして19世紀。この世紀になると神経の染色法が確立されるに及んで、それまで「一本の線で電気的に繋がっている」と考えられていた神経が「複数の神経細胞が接触して構成されている」ということが判明し、これがやがて「ニューロン説」として広まります。この事が判明してからやがて神経の繋ぎ目でどうやって信号が伝達されるか、という研究が今世紀に研究が進み、これがやがて化学物質による伝達、「化学伝達」と呼ばれる学説に発展して現在に至っています。
結構、神経に関しては古くから考えられている割に、実際には詳しく分かったのはそう昔ではなかったりします。 また、現在この領域は諸々の病気(アルツハイマー、パーキンソン病、筋無力症など)や脳の研究と密接に絡んでおり、「記憶」や「こころ」といった研究(精神分裂病などの病も含む)と相まって現在活発に発達している領域である、ということは頭に入れておいても損はないかと思います。
#ついでに、遺伝子工学とも密接に繋がっている領域でもあります。
では、神経系についての説明をしてみましょう。
「神経系(nervous system)」とは文字通り「系(その68参照)」であり、生体を成す重要な部分です。
神経系も系統だっており結構複雑です。まず、脳と脊髄にある「中枢神経系(central nervous system:CNS)」が全てを統括しており、生体のコントロールの他、感情・情緒・判断などのコントロールを行っています。ま、完全に「脳」の世界の領域です。 中枢神経は完全に「中央」の部分ですが、しかし「中央」だけでは人間は何も出来ません。「地方」に該当する物に全身に分布している「末梢神経系(peropheral nervous system)」という物があります。 中枢神経系と末梢神経系で様々な、密接なやり取りが行われ、実際に人間の体内では様々なコントロールが行われています。
末梢神経系は更に分割されます。一つは心臓・血管・臓器などをコントロールする「自律神経(autonomic nervous system)」、運動や感覚などをコントロールする「体性神経(somatic nervous system)」に別れます。 自律神経は「交感神経(sympatheticnerve)」と「副交感神経(parasympathetic nerve)」による二重支配(促進と抑制という、お互いで制御しあう)システムが取られています。 体性神経は更に「運動神経」「脊髄神経」、「知覚神経」「脳神経」といった物があります。体を動かす、という行為や熱さや寒さを感じる、匂いを感じる、など五感の部分に密接に関与しています。 基本的に末梢神経系の役割は「自律」「運動」「知覚」の三つに分かれている、ということが分かれば大丈夫でしょう。
図示するとこんな感じになるでしょうか?
中枢神経は文字通り脳と脊髄にあります。最も重要な部分で、体のコントロールや精神をつかさどったりするわけですが、当然のことながらこう言った部分に作用する薬剤などがあれば精神などに影響を与えます。 いわゆる麻薬などがそう言った薬剤になるでしょうか? アルコールもこう言った部分に作用するために「性格が変わった」、とか眠くなる、とかそういう作用を示します。 中枢神経系の部分を破壊してしまうと、それに伴った障害が発生することとなります。
「自律神経」は自分で意図的なコントロールは基本的に出来ない神経です。例を挙げれば心臓の鼓動を自分で止めたり動かしたりできない、ということがあるでしょう(ごく稀に出来る人もいるそうですが(^^;;) 更年期障害などで有名な「自律神経失調症」なんてのがありますが、このコントロールがうまくいかないと心臓・血管・臓器などをコントロールするわけでして当然のことながら色々と厄介なことが出てきます。 また、体性神経は運動、知覚に関わりますので、ここに障害が起きれば体が動かない、知覚を失う、という様な事態になります。
これを踏まえて、「薬剤が神経に作用する」、という物を考える場合、その作用が中枢神経系か末梢神経系に作用するかで全く意味が変わります。 例えば、いわゆる「ヤク」の一つであるモルヒネは人間の場合中枢神経系に抑制的に働くために鎮静作用(モルヒネの語源は夢の神「モルフェウス」から)を持ちます。逆に興奮に作用させる物ならば幻覚症状など「あっちの世界」に飛ぶ話になります。 一方、サリンなどの毒ガス(神経ガス)兵器は一般に末梢神経系に作用しますので、呼吸や運動などを阻害することで死に至らしめます。
ただし注意しなければならないのは、この手の薬剤などは中枢・末梢の両方に作用するものもありますし、片方に強く作用するものもあります。 例えば、モルヒネは末梢には余り作用しないのですが、覚せい剤の一種「ヒロポン」などは中枢・末梢共に作用する(末梢神経への作用は副作用だそうですが)事が知られています。
ま、この区別が時々出来ていないケースを見かけることがありますので、注目してみるとおもしろいかも知れません。
#もっとも、戦術兵器としての神経ガスにサリンなどの毒ガスとは違って、中枢神経系に作用させるLSDを使用する、なんていう「無力化」を狙った物もありますので厳密には「神経ガス」でひと括りするのは誤りかも知れませんが。
さて、このようにして成っている神経のネットワークは神経細胞(ニューロン:neuron)によって成立しています。 神経細胞と言っても基本的には普通の細胞と同じものを持っています。が、神経細胞はその役割柄独特の構造を持っています。
神経細胞の外見は通常の細胞(少なくとも顕微鏡で見られる様な写真を想起してもらえれば結構です)とは異り、細胞から「樹状突起」と呼ばれる「木の枝」の様な、触手の様な物が伸びています。 そして、更に特殊な物は「神経軸索」と呼ばれる樹状突起よりも長い(運動神経で1mぐらいと言われます)「枝」が伸びています。 この軸索の役割は何かと言うと、ここで(一般に良く聞くように)電気信号を流して他の神経細胞へと伝える、いわゆる「電線」の役割を果たします。 この軸索の末端(ターミナル:terminal)まで信号が届くと、この末端で(サリン事件で有名になった)「神経伝達物質」と呼ばれる化学物質を放出して、隣接するの神経の樹状突起や本体、および各臓器の筋繊維に存在する神経伝達物質の受容体でこれを受け止め、神経細胞なら信号を伝達し、臓器ならば刺激に応じて動くという事をします。この部分(神経接合部)を一般に「シナプス(syanapse)」と呼んでいます。
さて、この神経伝達物質。非常に様々な種類が存在していることが知られています。
代表的なものを挙げておきましょう。
- アセチルコリン
- ノルアドレナリン
- ドーパミン
- セロトニン
- グルタミン酸
- エンドルフィン
- GABA(γ-アミノ酪酸)
.............等があるでしょうか。一部説明しておきます。
アセチルコリンは副交感神経や運動神経の伝達物質で、神経の話では非常に良く出てきます。有機リン系の農薬やサリン、またニコチンなどはこの伝達物質の絡む部分に大きく関与します。また、アルツハイマー型老人性痴呆症や筋無力症もこれに絡むとされています。 ですので、当然の事ながらこの手の「毒」を服用した場合には副交感神経や運動神経が冒される事となります。 次回になりますが、この物質による神経伝達は神経関係では最も良く説明に用いられます。
ノルアドレナリンは自律神経で大きく関与します。
ドーパミンやセロトニンは運動や情緒に絡む伝達物質として有名です。特にドーパミンはパーキンソン病に関与しています。セロトニンは鬱病やLSDなどの研究と絡んだりします。
グルタミン酸は興奮を引き起こす伝達物質として有名です。単なるアミノ酸ですが、こう言った重要な役割も果たしています。 化学調味料の主成分ですが、過剰摂取で起こる興奮作用はこれに密接に関与しています。
エンドルフィンは鎮静作用を引き起こす物質として有名です。モルヒネの研究などにも絡み、これらから「麻薬様伝達物質(まやくようでんたつぶっしつ)」と呼ばれる、いわゆる「脳内麻薬」の研究が進みました。
さて、ここで伝達物質の話をしたので、先ほどの神経系の話にちょっと戻りましょう。
脊髄動物では感覚器で刺激を受けると、CNSへこれが伝わりその内容に応じて運動神経系・交感神経系・副交感神経系を通じて臓器・筋肉へと命令が伝わります。
この時に神経伝達物質はどういうものが関与するかと言いますと..........
まず、運動神経系は「コリン作動性」の神経であり、ここのシナプスではアセチルコリンが伝達物質として関与します。 臓器など自律神経系では書いた通り交感神経系と副交感神経系に別れますが、交感神経系では「アドレナリン作動性」の神経でアドレナリンが、副交感神経系では「コリン作動性」の神経でアセチルコリンが関与しています。 臓器などでは交感神経と副交感神経による二重支配によりコントロールされるため、それぞれアドレナリンとアセチルコリンによって興奮と抑制が行われて制御されています。
このようにして、ホルモンとあわせて体内ではホメオスタシスの維持が行われています。
と.........これ以上は長くなりそうですね。
取りあえず今回は以上、ということで。
次回に続きを、と思っています。
まだまだ説明が足りません(爆)
さて、今回の「からこら」は如何だったでしょうか?
そういうわけで生体応答での神経の話の最初をしてみましたが.........書き足りないというか大丈夫なのかというか.........ちょっと不安ですが。大丈夫でしょうか? ま、電気信号のシステムと伝達システムを除いて、おおまかな神経の話をしてみたんですけど...........
ま、おおまかな系と伝達の概要だけ何となく理解していただければ今回は大丈夫です。
さて、次回は........軸索での電気信号の伝達とシナプスでの伝達の話をしようと思っています。ま、専門分野ですし、農薬やら神経ガスに絡んでくる部分でもありますので、興味のある方は、と思います。
さて、今回は以上です。
御感想、お待ちしていますm(__)m
それでは、次回をお楽しみに.............
(2000/06/13記述)
前回分 次回分
からむこらむトップへ