からむこらむ
〜その111:乱用と依存〜


まず最初に......

 こんにちは。いよいよ関東では桜の開花となりましたが........今年は早いですね。
 ま、花見の季節も間近、と言うことでしょうか。ついでに酔っ払いも急増しますけどね(^^;;

 さて、今回ですが。
 ま、向精神薬などの話の前提を前回はしましたが、今回もう一回ほどやってみたいと思います。一応、ここら辺は触れておかないと意味がないですしね。言葉の定義等となりますか。
 .......まぁ難しく考えなくて結構ですので(^^;;
 それでは「その111:乱用と依存」の始まり始まり...........



 さて、冒頭から歴史ですが。
 1840年という年。日本ではいわゆる「天保の改革」が始まる直前なのですが、この年には歴史上有名な事件が起きます。何でしょうか.......なんていっても埒が明きませんので、答えを示しますと.......「アヘン戦争」があった年、となっています。
 この戦争は重要な意義がいくつかありまして.......ま、経緯を簡単に説明しますと、イギリス-インド-中国(清)間で行われたいわゆる「三角貿易」で、イギリスは中国より大量の茶を買ったために莫大な赤字を抱えます。これに対処するため、イギリスは植民地であったインドよりアヘンを中国に輸出。これが大量に中国に輸入され、結果的にはイギリスは大きな黒字を得、そして中国はアヘンによる乱用問題に発展します。この結果、中国は繰り返し禁令を出し、ついには押収したアヘンを焼いて捨てます。
 これを発端として(このほか様々な要因から)、最終的にイギリスと中国間で戦争が勃発。これがアヘン戦争となります。結果、1842年に中国にとっては屈辱的な南京条約を締結。これにより、イギリスに香港が割譲されますが.........まぁ、これ以上は歴史関係の本をひも解いて頂きたいですが。

 さて、このアヘン戦争の原因となったアヘン。この話題を扱う際に、必ずと言っていいほど出てくるのに「阿片窟」の絵があります。これは、アヘンの禁令にも関わらず、隠れてアヘンを楽しみ、中には廃人と化しているものがいる、と言う絵です。まぁ、見たことのある方もいらっしゃるかと思いますが。さて、この絵の様な風景は禁令が出された後も見ることが出来たと言われています。つまり、実際には禁令を出してもなかなか効力を発揮できませんでした。
 何故か?
 理由は簡単.......役人すら阿片窟や自宅などでアヘンに溺れていた為に、と言われています。取り締まる側がすでに、と言うことでは流石に効力は期待できませんが。
 この点を良く考えると、様々なメディア......特にドラマや映画、漫画小説等で出てくる「ジャンキー」ってのがありますが、これらも様々な薬物  コカインや覚せい剤といったもの  などを用いて「溺れて」います。そして、こういうキャラクターに対して薬物を断たせると、よく「依存性」やら「禁断症状」と言われるものが問題となって出てくることがあります。

 今回は、この点の話をしてみようかと思います。


 さて、様々な、一般に「ヤク」だの「麻薬」だのと言われる様な薬物はその乱用が問題になります。
 では、お聞きしましょう。

何故その様な薬物が乱用されるのでしょうか?

 いや、ある意味簡単かつ単純な質問だと思いますけどね。しかし、「原因」を考えないとこういうものは分からないでしょう。
 答えは色々な方面があるでしょうが........もっとも本質的で、単純で、そして的を射た解答を考えると、これは「薬物を得ることで快楽を味わえるから」という一言に尽きるでしょう。
 ........わざわざ「苦痛だけ」が欲しい、なんてことは基本的にはまずありえませんから。
 動物というのは基本的に「快楽」があればそれを求めるものでして、ある種の動物実験でそういったことは分かっています。例えば、ラットを用いた実験がありまして、このケースではある箱にラットをいれまして、脳に電極を刺しておきます。この電極は脳の「快楽」を感じる快楽中枢に刺されてあります。そして、箱の中にスイッチを用意し、これを押すことで電極に電気を流すようにしておきます。ラットがこのスイッチを押すと電気が流れまして、脳に刺した電極を通じて快楽中枢を刺激し、ラットは快感を得るわけですが.......
 この装置での実験結果だと、寝食を忘れて際限なくスイッチを押し続けた、という結果になっています。
 これはラットの例ですが、人間もその例外では無かったりします。
#もっとも、嫌悪を感じさせる部分も存在していますが。

 では、このことを頭に入れて頂きまして話を進めましょうか。
 まず......よくこう言った薬物を使用すると話に出てくるものに「依存性」という物があります。何となくでも聞いたことはあると思いますが........この言葉は実は大体30年ぐらい前に使われるような言葉でして、もともとは「習慣性」「耽溺性」という言葉が使われていました。しかし、1969年にWHO(世界保健機関)のこのような薬物を用いる委員会(耽溺性を生ずる薬物の専門委員会)でこの言葉をやめることになり、「依存性」という言葉を一括して用いることになり、同時に委員会も改称(薬物依存に関する専門委員会)になります。現在ではこの「依存性」という言葉が用いられています。
 ところで、こう言った薬物と言うのは先ほど書いたように「快楽を得る」為に使われますが.......これを使った場合、一回目はまだ良くても、「再度快楽を得たい」為に再度これを使おう、と考えるようになります。そして、実際にまた使うと、今度は三度「快楽を得たい」とい感じるようになります。これがいわゆる「乱用」の始まりでして、このパターンを繰り返して「深みにはまる」様になり、そして最終的には「その薬物が無いと.......」という状況になります。
 この段階になると「依存性」という言葉が登場してきます。

 さて、この薬物による「依存性」には二種類存在しています。
 一つは「精神依存」という物。もう一つは「身体依存」というものです。これは上記の「乱用」と密接に関与しています。これは薬物の乱用をしていくとどうなるか、と言うことを考えると理解しやすいです。
 薬物の乱用.....つまり、繰り返して使うようになると、徐々に「同じ量では快感が得られなくなる」という現象が起きてきます。これは一般に「耐性(薬物耐性)」と言いまして、この耐性が形成されると薬物の量を増やさないかぎり「同じ快感」を得られなくなります。この結果、使用量に回数が増加していきます。
 この状態になったときに、もし薬が切れるとどうなるか?
 結果としては極めて落ち着かなくなり、狂ったように薬を求める様になります。これが「精神依存」でして、この為に犯罪に走る、というケースが多くあります。そして、薬物によっては実際に身体に影響、特に苦痛を与えるようになりまして、この苦しみから解放される為に薬物を求めるようになり、これを「身体依存」とよびます。
 この二種類、似ているように思われるかも知れませんが、精神依存では基本的に「精神的に欲する」ものです。身体依存の場合ですと、実際に「身体的に苦しみを与える」、つまり身体的異常が特徴となっています。
 このように、乱用と依存性はかなり密接な関係にあります.........もっとも、「同一」の物ではなく、実際には使用者の体質や精神力、周りの環境によって変わってくることが分かっています。また、様々な薬物によってこう言った依存性の強さは異っています。
 このような薬物への依存をまとめて「薬物依存」とよんでいます。
#ま、特に医療行為でもないのに使う時点で問題ですがね。

 さて、乱用を進めていくと生じてくる耐性(tolerance)、または薬物耐性という物。これにも少し触れておきましょうか。
 薬物耐性、と言うものは堅く言いますと「生物が様々な薬物に対して抵抗性を持つ」という意味になります。まぁ、言葉そのままなのですが.......例えば、ある種の薬物Aを用いたとしましょう。これは最初10mgの投与で効果を発揮したとします。しかし、連続して使用していくうちに10mgでは効果を発揮しなくなります。ですので、もう一度効果を発揮したければこの量を増やす......例えば20mgなどといった量を用いるようになります。これで効果を発揮する様になりますが、やがてまたこれが効かなくなります。ですので、今度は40mg........といった具合に増えていきます。ある種の麻薬などの例ですと、連用していくうちに数倍、数十倍もの量に達することもあります。そして、致死量以上の量を使用することもあります。とは言え、もちろん余りにも多過ぎればいくら耐性がついても死んでしまいますが。
 この様に、身体が薬物に対して抵抗性を持つのが「耐性」となります。これは麻薬等の薬物のみならず別の物でも適用される概念でして、人間だけでなく様々な生物がこの機構を持っています。
 余談ですが、古代でもある種の王は毒殺を恐れるために毒に対する耐性を付けていた、と言う話がありますが(例えば、その27で触れた、小アジアのポントス王ミトリダーテス六世の例)、これもこう言った例の一つになります。
 では、何故このように「効かなくなる」のか?
 例えばこう言った麻薬などの薬物ですと、当然心身に影響を及ぼすわけでして、身体のバランスを崩します。その4でも触れたように、薬だろうが何だろうが、こういうものは体内では「異物」として処理されてしまいます。そういった物が繰り返し入ってくるようになると、当然身体を守らなければなりませんから、この薬物の効果の発揮を抑えるようになります。
 この薬物の効果を抑えると言うシステムはまだ不明な点が多いのですが、大体二種類が考えられていまして........一つはこう言った薬物を「異物」として代謝する機構、端的に言えば「解毒機構」が発達して(担当する酵素などが増える)この薬物を片っ端から無力化していきます。薬物の量が増えれば、当然この機構がそれに応じて発達していきます。もう一つは、人間は細胞によって構成されており、こう言った細胞に薬物が作用することで(色々と内部であれこれやって)効果を発揮してきます。ですので、こういった細胞が薬物に作用されにくくなれば.......例えば、内部への浸透などをしにくくするようになれば作用は発揮しにくくなります。
 今現在は、この二種類が概ね有力だろうと考えられています。とはいっても、「片一方だけ」ではなく、両者相まっての効果である可能性もありますが。
#ここら辺の話はなかなか奥深くて面白いのですが........


 さて、このようにして薬物の連用  乱用をしていき、やがてこれを中断すると薬物依存性の問題から、精神的・肉体的に異常・苦痛を感じるようになると先ほど書きました。これがいわゆる「禁断症状」と呼ばれるものになります。よくドラマなんかで出てくるような物になりますが........
 この「禁断症状(退薬症状)」と言うもの。これは、薬物が与える身体への影響・変化という物に対して、ホメオスタシス(恒常性:その68参照)の維持のために身体が薬物の及ぼす反応に対して逆の反応を行い(「打ち消そうとする」働きと考えると楽)、薬物が中断されることでこの「逆反応」が症状として出てくる、と説明されています。
 なんて書いても分かりにくいので例を挙げますと.......例えばアヘンの主成分であるモルヒネ。これは中枢神経へ抑制的に働く、つまりある種の「鎮静」の方向に働くのですが(最強の鎮痛剤でもある)、これの依存性が出来た後に中断すると、逆である「興奮」の作用が強く働くようになります。例えば、モルヒネは鎮静作用から来る「多幸感」を与えてるのですが、禁断症状になるとこれとは逆に「不安」を感じるようになったりします。その他、モルヒネの場合は身体的苦痛も極めて強く、苦痛などが激しいとされています。
 他の薬物でも同じようなことが言えます。
 また、こう言った連続投与によってその1その2などで触れた「慢性毒性(今回は「中毒」が妥当ですが)」的な要因のほかにも、「急性毒性」、単純に言えば「急性中毒」的な物も様々なこう言ったものに影響を出してきます。
#尚、「禁断症状」と「退薬症状」は厳密には違うようですが、一般には同じものとして扱われていますので、「禁断症状」で基本的には統一しようと思います。

 ところで、薬物を連続して使うと耐性が付くことは上述した通りですが、ある種の薬物においては投与を続けることで精神の興奮が徐々に強く現れる現象が起こることがあります。これを「逆耐性」と呼ぶのですが.........
 さて、覚せい剤などのある種の薬物ではこの逆耐性が関与して起る現象があります。これは、こういった薬物の乱用を繰り返すことで、ある時期から幻覚・妄想といった精神障害が起こります......ま、これが逆耐性の一つなのですが。そして、こう言った経験を持った人物が薬物を断っても、かなりの長期の後にでも再度使用すると、こう言った精神障害が短期間の使用で再現されることがあります。このような現象を「フラッシュバック現象」とよんでいまして、「履歴現象」「再燃現象」などともよばれています。
 これは、この種の薬物の長期使用経験者に特徴的とされています。が、このメカニズムは詳しいことは良く分かっていません。


 さて、では「乱用」に絡む話をしましたけど.......では、何故これらが問題になるのか?
 ある程度はテレビのニュースや色々なメディアなどを通じて、そういう問題については御存じかと思います。どっかの歌じゃありませんが「ほんの一杯のつもりで.......」が大抵は乱用への一歩となります。
 乱用が始まると、依存性の問題から「薬物無しでは」という考えになりますので、これを求めるためにどのようなことでもやるようになる、と言われており、事実様々な事例がそれを証明しているようにも見えます。また、幻覚や妄想などから「空が飛べる」などと思い込んでビルから飛び降りたり(本人は「飛んだ」つもり)、「殺さなきゃ殺される」などと他人を襲撃したりするようになります。
 こう言った精神的な問題だけでなく、臓器などへの負担から障害が発生することも多くあり、心臓疾患などといった疾病にやられるなどと、身体への悪影響の報告も枚挙に暇がありません。妊婦のコカイン使用で「コカインベビー」と言った障害を持った子供が産まれたりします。他にも、投与方法として注射器を使う薬物もあり、これの衛生問題から感染症.......特にこう言った経路からエイズになるケースも多く報告されています。
 尚、最近では薬物の連続使用から脳への障害、特に神経伝達系での障害(レセプターの異常など)も報告されるようになっていまして、こう言った障害の報告も着実に増えているようです。


 さて、以上が向精神薬などの話での重要な前提となる話の一つとなります。まぁ、色々と本当はもっと深く出来ますが.........ま、前回と今回である程度の「前提」はでき上がりました。今後そういう話をする際には、これらはある程度は頭の片隅に置いておいて欲しいのですが。「乱用」されるから問題になったり、興味を持たれるわけですので、こういう話は最低限は覚えておかないと、「何故そうなるのか」が分かりませんからね。
 まぁ、特定の薬物とこれらの関係は、その薬物の話の時に色々と書いていこうかと思います。

 では、そういうわけで長くなりました。
 今回は以上としましょう。




 終わり、と。

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 今回は前回の話に引き続き、「前提」の話となっています。まぁ、こういう話はしておかないと意味ないですからねぇ(^^;; 一応、この二回で前提の話は終わりとしておきます。ま、これでリクエストに応えられるようになるとは思いますけどね......... 一応、そういう話をする時に具体的な例を出していきたいと思います。
 結構、色々と書けるんですけどね(^^;;

 さて、と。次回はどうしますかね.........
 まぁ、全然決めていないんですけど(^^;; なんか適当なネタがあれば、と思います。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/03/27記述)


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