からむこらむ
〜その122:一夜の悪夢〜


まず最初に......

 こんにちは。入梅を迎え、ついに北陸まで梅雨に突入ましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
 でも、早速「梅雨の中休み」なんて天気予報を聞くのもどうかと思うんですがね(^^;;

 さて、今回ですが。
 実は、家人が仕事のシフトの問題で、今月いっぱい火曜日がお休みとかで........隠れて運営している人間にとってはややピンチな状況だったりします(笑) まぁ、それでも続けていますからどうにかこうにかするつもりではありますが........
 で、今回はこれが急遽決まったために手軽なのに早変わり、となってしまいました(^^;; まぁ、取りあえず気楽に読んで行って下さいませ。
 それでは「一夜の悪夢」の始まり始まり...........



 さて、入梅を迎えて梅雨となった地域が多くなりました。この梅雨を抜ければ夏が本格化しますが..........
 ところで、夏場と言うものは食品に絡んで色々と見ていくと、いくつかの際だった点を見ることが出来ます。例えば、食中毒と言ったものが急増して秋まで高い水準で発生します。特に秋口からはキノコによる食中毒の報告が増えるのが特徴となっています。また、この時期にはビールなどと言った種類などの消費が際立って大きくなり、「東京ドーム○○杯分のビールが」などと言ったテレビの報道も見かけることになるでしょう。
 ま、夏から秋にかけては、色々と酔いどれさんやら見かける機会も増えますしね.......

 ところで、皆さんはアルコール.......もちろん、酒に含まれる「エタノール」ですが(化学的にはアルコールは何万、何千万と存在しますので)、この飲料を飲んだとき、体内でどういう反応が起こるかは御存じでしょうか?
 この点は色々と語られるところでもあり、ある程度は御存じの方も多いとは思いますが.........ま、実際に生化学やら医学絡みの本を読むと、この点だけで結構色々と関与していく(大小問わない心身への影響やら、中毒やら痛風やら脂肪肝やら、糖尿病やら色々と関与します)ので、今回は代謝に限り「簡単に」話してみましょう(語るには物事が多過ぎますので)。
 代表的な説明によりますと、体内に入ったエタノールは二段階の代謝を受けて無毒化されることが知られています。まず、第一段階としてはエタノールは「アルコール脱水素酵素(アルコールデヒドロゲナーゼ)」と呼ばれる酵素、または細胞のミクロソームと言う部位にある酸化酵素系という酵素系によって「アセトアルデヒド」と呼ばれる物質になります。この反応の80〜90%は肝臓内のアルコール脱水素酵素によって行われ、残りはミクロソームの酸化酵素系で代謝が行われていると言われています。



 上段がアルコール脱水素酵素、下段がミクロソームの酵素系での反応です。前者は脱水素反応を、後者は酸化反応でして具体的なプロセスは異るのですが、結果は一緒となっています(どっちにしても「酸化反応」なんですけどね)。ま、生化学をやらないかぎりは詳しいことは気にされなくて大丈夫ですが。ただ、アルコール脱水素酵素は人によって余り大差なく存在しているのですが、いわゆる「酒飲み」で「酒に強い」人はミクロソームの酵素系が強化されていると言うことは知られています(ミクロソームは異物の解毒代謝などに関与する点を考えると面白いかも知れませんが)。
 さて、こうして出来たアセトアルデヒドは更に代謝を受けることとなります。これもいくつかあるのですが、有力なものとしては「アルデヒド脱水素酵素(アルデヒドデヒドロゲナーゼ)」と言う酵素によって。そして、別の酸化酵素によって代謝を受け、酢酸へと変化します。



 こうして酢酸は後は体内で利用されるか、更に反応を受けて二酸化炭素と水となり、呼気または尿中より排泄される、と言うことになります。
 まぁ、酢を作るために酒飲んでいる、と思うとやや悲しいですけどね........
#尚、これは単純な第一級アルコールの酸化反応であり、高校の有機化学でやった通りの反応だったりします。


 さて、取りあえず話を変えて、酒の話はちょっとお休みしましょう。
 ところで、皆さん御存じの通り植物と言うものは時として物すごい「力」を発揮することがあります。例えば街路樹。歩道の道路脇に植えられていますが、成長してくると舗装を盛り上げると言う力を持っているのは皆さん御存じだと思います。ま、これにつまずく子供などを時々見かけますが.......
 こういう強い「力」。中にはキノコ類でも持つものがありまして、中には道路の舗装を押し上げて成長するキノコがあることも知られています。とは言っても、管理人は直接そういうシーンを見たことが無いのですが........そういうキノコので有名なものに「ヒトヨタケ」と言うキノコがあります。

 「ヒトヨタケ」とは担子菌類ハラタケ目のキノコでして、ヒトヨタケ属に属するものとして10種類以上が知られています。春から秋にかけて比較的良く見られるキノコとされていまして、傘は初め卵形でのちに鐘形、茎は太く中空です。世界的分布していまして、日本でも見ることができます。通常は朽木に生えますが、舗装の中から発生するのは、地下に埋められた古材より発生したものが成長した物です。ある時期のものは食用になりまして、美味と言われています。
 このキノコの和名は「ヒトヨタケ」なのですが、漢字で書くと「一夜茸」と書きます。学名だとCoprinus atramentarius Fr.と書きまして、欧米では"inky cap"と呼ばれます。「一夜」「ink」などと妙に特徴的な名前が冠されていますが、これはちゃんと理由がありまして........面白いことに、このキノコは生長して最後には一晩で傘を開くのですが、その後傘の縁の方から溶け始め(自己消化)、黒インキ状に液化して溶けてしまい、最後には茎だけを残すと言う風変わりなキノコです。ですので、寿命が短いから和名は「一夜茸」、と。欧米ではこの「黒インキ」より"inky cap"と......もっとも、アラビアゴムとフェノールを加えて実際にインクとして使う所もあるそうです。
 余談ですが、昔の日本人なら「一夜」を「人世」などと引っかけた表現を、文学やらで出しているかも、などと思ったりしますが........
#見たことはないですが、ありそうな気はします。

 さて、最初にアルコールの代謝。そしてヒトヨタケの話をしましたけど.........「何か絡みがあるの?」と思われるかも知れません。
 あるんです、これが。しかも、「面白い関係」なんですがね........

 ところで、梅雨が終わればアウトドア、秋に入ればキノコ鍋、なんてケースがあるかと思います。当然こういうケースでは、食べる+飲むと言うのがセットというのが大学生以上では「お約束」に近いものがあるかと思います.......もちろん、20歳以上でないと飲んではいけませんが。
 では、「美味しい」と言う話のヒトヨタケを食しつつ、酒を飲む.........まぁ、通常だと「いや、満足満足」となるのでしょう。しかし、このセットだけは「うわ、最悪!」となること間違いなし、だったりします。と言うのは、実はヒトヨタケを食べた後に酒を飲むと、たった一杯で鼓動が早くなりまして、吐き気やめまい、呼吸困難、金属的な味覚(シャリシャリという感覚らしい)に襲われて苦しむこととなります。ま、ある種の中毒症状を出すことになるのですが。
 何故か?
 それは、このヒトヨタケの成分に由来します。

 ヒトヨタケの成分の前にアセトアルデヒドの話をしましょう。
 今回の最初の方でエタノールが代謝を受けるとアセトアルデヒドになる、と言うの話しました。このアセトアルデヒドという化合物は実は毒性がありまして、余り身体に良いものではありません。付け加えるにいわゆる「悪酔い」「二日酔い」の原因物質であることが知られています。とは言っても、「悪酔い」「二日酔い」は様々な複合要因によるものですので、アセトアルデヒドが「全部悪い」と言うわけではありませんが.......ま、結局はこう言うのは「飲み過ぎが悪い」と言う結論にはなるのですがね。
 まぁ、どっちにしてもアセトアルデヒドは身体に良くありませんので、代謝〜無毒化されるべく上述のアルデヒド脱水素酵素などによって対処されます。ただ、良く言われるので御存じかと思いますが、日本人などはこの代謝酵素の遺伝的な欠陥や量が少ない、と言われており、このことがアルコールに弱い一因ともなっていると言われていますが.......
#ただし、先のミクロソームの酸化酵素系などの強化によって補うことは可能ですが。この場合、異物代謝能力の発達から薬物が効きにくくなると言う事も起きます。
#まぁ、詳しくやると長いので(^^;;

 さて、ではこれとヒトヨタケの成分の関係はどういうことか?
 中毒症状を調べると、この症状は面白いことにアルコール中毒治療用の「ジスルフィラム」という薬を飲んだのと同じだったりします。この薬、面白いことにアルコール中毒患者に飲ませた上でアルコールを飲ませると先の中毒症状を出して苦しみ、「懲りて酒を飲まなくなる」と言う目的に使われるものです。
 このジスルフィラムの作用はどういうものかと言いますと、先のアルコール代謝の中でもアセトアルデヒドから酢酸へと代謝する、アルデヒド脱水素酵素の働きを阻害します。つまり、アルコールからアセトアルデヒドになるまでは阻害しませんが、これの無毒化の段階を阻害することとなり、結果としてアセトアルデヒドの血中濃度が高くなりまして、「悪酔い」「二日酔い」の苦しみを味あわせる事となります。ま、これでアルコール中毒患者は「懲りる」と言うことになりますが........実は、ヒトヨタケの中にもそういう成分が入っているんです。
 最初に分離されたこの物質(まぁ、「毒性分」になるのでしょうけど)は「コプリン」と呼ばれていまして、1970年にアメリカのハットフィールド、スウェーデンのリンドバーグらによって分離されました。方法としては、マウスに抽出物を食べさせた後にアルコールを与えると、顔が膨らんだり涙を流すと言う症状を出すのを確認し、またマウスの血中アセトアルデヒド濃度を測定するなどと言った方法で検査・分離を行ったのですが........しかし、面白いことに試験管内での実験で、このコプリンはアルデヒド脱水素酵素を阻害しませんでした。しかし、マウスにコプリンを与えて酒を飲ませると血中のアセトアルデヒド濃度は上昇し、アセトアルデヒドの毒性によって苦しむ.........つまりアルデヒド脱水素酵素を阻害している、と言う一見奇妙な結果を出します。
 さて、これはどういうことか?
 答えは.......彼らはコプリンを注意深く加水分解(生体では一般的な反応)を行います。すると、コプリンから「1-アミノシクロプロパノール」とアミノ酸(その32参照)の一つである「グルタミン酸」に分かれることが分かりました。そして、この分解物を使って反応させるとアルデヒド脱水素酵素を阻害することが分かります。グルタミン酸は単なるアミノ酸ですので、通常は酵素の阻害はしません。ですので、結果として1-アミノシクロプロパノールがアルデヒド脱水素酵素を阻害することが分かりました。
 以上よりまとめてみますと、ヒトヨタケのコプリンが体内に入り、そこで代謝を受けて1-アミノシクロプロパノールを生成し、これがアルデヒド脱水素酵素を阻害する、と言う機構があることが分かります(その4で触れたようなメカニズムになるでしょうか)。ま、具体的には分かってない部分も多いらしいですが。



 以上が構造ですが........まぁ、コプリンはグルタミン酸ベースで他のアミノ酸とかが関与して天然では合成されそうですが。
#専門的ですが、ジスルフィラムのエチル基と硫黄部分、1-アミノシクロプロパノールの環状構造と水酸基で共通性があるのかなぁ、とか思うのですが。
 面白いことに、こう言った中毒を起こさせるキノコは他にもホテイシメジ、キシメジなどと言った物でもありましてこちらの方が中毒のケースとしては多いと言われています。が、これらの成分研究は余り進んでいないようでして、具体的なものはまだ何とも言えないようです。
#つまり、1-アミノシクロプロパノールが原因かも知れませんし、全く別の化合物かも知れませんし。
#構造の類似性とか面白そうなんですがね。

 尚、このキノコは食後にコーヒーでも具合が悪くなることがあるそうですので、コーヒー党の方は気を付けたほうが良いかも知れません。他の茶などは分かりませんが.......(カフェイン由来ではないと言うことか?) また、一部の話では、実験動物のオスにコプリンを投与したところ、生殖細胞に直接的な影響を与えるようでして、精原細胞や精巣の重量を減らす(つまり、精子数の減少)という話があるそうです。
 ま、男性諸氏は食べないほうが良いかも知れませんね........

 ま、チャレンジされる方がいらっしゃいましたら、ご注意を、と言うことで。


 では、取りあえず今回は以上、と言うことにしましょう。




 手軽だなぁ......(^^;

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 ま、事情が事情ですので軽めのにさせてもらいましたけど........えぇ、大丈夫。家人にはばれていません(笑) って、そういう話ではなく........ま、今回はそういうわけで食中毒と酒が増え始める時期、と言うことでこういう話をしてみました。まぁ、どんなものでしょうかね?
 一応、酒の代謝に関しては簡単に済ませていますが、実際には非常に多くの関与がありますので不満といえば不満ですが........まぁ、お酒の話はいつかしたいとは思うのですが、難しいテーマでもありますので(^^; いや、触れるところが物すごく多いんですよ。まぁ、そういうことで簡単にさせてもらいましたけどね。ま、「合わせ技」と言うことで楽しんで貰えれば、と思います。
 尚、もし試される方がいらっしゃいましたら、お酒は「少量」で試して下さいね.......二度とやりたくないと思うと思いますが。ついでに、報告して下さると嬉しいです(^^;;

 さて、と。次回はどうしますかね.........
 まぁ、今月一杯は家人が火曜日にいる、と言うのでまた考えることとしましょう。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/06/12記述)


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