からむこらむ
〜その123:ソーセージの悪夢と腰痛への救い?〜


まず最初に......

 こんにちは。本格的な梅雨に入っていますが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 何というか、ひたすら蒸し暑かったりと「季節」を感じる日々です。そういえば、そろそろ夏至ですね.........

 さて、今回ですが。
 前回触れた通り、家人が仕事のシフトの問題で、今月いっぱい火曜日がお休みでして、隠れて運営している人間にとってはまだピンチな状況だったりします(^^;; ですので、いくつかやりたいネタが時間がかけられないので出来ない状況が続いていますが.........
 ま、取りあえず今回は時節柄もありますので、そういう話もしてみたいと思います。これから増えるものですからね........
 それでは「ソーセージの悪夢と腰痛への救い?」の始まり始まり...........



 さて、この記事を書いている今は6月です。そろそろ雪印による大量の食中毒事件から一年経とうとしています。ま、この原因菌などはその76で触れていますが。それはともかく、気付けばそろそろ食中毒が増えてくる季節でもあります。
 今回は久しぶりにそういう方面の話をしてみようかと思います。

 まず、皆さんはソーセージってお好きでしょうか?
 ま、今更説明は無用でしょうけど.......ソーセージと言うのは色々とありますが、基本は「肉の腸詰め」と言うところでしょうか。一応、辞書を引いてみると「細切にした肉類に香辛料などを加えて練り合わせ、腸管や合成樹脂、セルロースなどで出来たケーシングに詰めた食肉製品の総称」となっています。どこを見ても似たようなものだと思いますが.........
 ソーセージは基本的には「塩漬」から始まったものだそうでして、英語の「ソーセージ(sausage)」はラテン語で「塩漬」を意味する「salsus」に由来しているそうです。豚肉の塩漬はヨーロッパ各地で古くから見られまして、ギリシアやローマの時代からすでに食用に供されていたと言われています。これを基本として各地に広まっていき、現在では地方独特のたくさんの種類のソーセージが見られる様です。ま、日本だと「ウィンナーソーセージ」「フランクフルトソーセージ」が有名でしょうかね? 両者とも地名から取られていまして、前者はオーストリアの首都であるウィーン。後者はドイツの都市であるフランクフルトから取られたものです。
#そういえば、ドイツの「ザウワークラフト」と言うものを食べてみたいですが.......
 こう言ったソーセージは実際にはその製法などから分類でき、そこから更に分類ができるようです。それぞれ特徴的なソーセージが存在しています(「サラミ」もソーセージの一つです。一応)。
 尚、日本では1877年(明治10年)から内国勤業博覧会という、明治政府が殖産興業政策の一環として行われた博覧会で、1903年まで5回開催された博覧会がありました。この博覧会は天然・人工と業あらゆる産業(芸術なども含む)の物が出展された物でしたが........ソーセージはこの第一回の出展解説において「腸詰」と言う名で見られたと記録があります。ここから「ソーセージ」は日本語訳で「腸詰」となったと思われます。それ以降、日本でも「腸詰」は知られていくようになったようです。

 さて、ヨーロッパで始まり、そして発展したソーセージ。これは一般的な食品として使われていたようですが、同時にこの食品は頻繁に食中毒の原因となっていたことが知られています。それは極めて致死性の高いものでして、ヨーロッパの日常生活では最も恐れられた中毒であったと言っても過言ではないと思われます。特にこのソーセージの加熱が十分でないときに食べるとこの中毒になることが知られていました。
 その中毒は「ソーセージ」のラテン語から「ボツリヌス中毒」と呼ばれていました。その原因はボツリヌス菌によるものなのですが、それが判明したのは現代になってから、でした。


 では、まずボツリヌス菌とはどういう菌であるか?
 この菌は学名を"Clostridium botulinum"(クロストリジウム・ボツリヌム)と言いまして、ソーセージ中毒の原因菌として分離されます。上述の通りラテン語の「ソーセージ」を意味する「botulus」が由来となっていまして、日本語では「腸詰菌」とも呼ばれるようです.......って、聞いたことはないですが。土壌細菌でして、土壌中や河川に分布しています。菌の大きな分類に使われる「グラム染色」と言う染色法では陽性を示し、芽胞(胞子みたいなもの)を持ちます。嫌気性菌でして、酸素の存在を嫌います。形状は桿菌(大腸菌と一緒)でして鞭毛を持ち、運動能力を持っています(形状などはその74その75参照)。
 さて、この菌は食品衛生に関して触れると「必ず出てくる」菌でして、かつ極めて重要視される菌です。何故かというと、まずこの菌は(今回のテーマでもある通り)食中毒の原因菌であることがあります。そして、このボツリヌス菌の生みだす毒素が極めて強力であることが知られているから、となっています。

 食中毒の観点から見ますと.......ボツリヌス菌はその74での分類に当てはめると、まず行政による食中毒の分類では「細菌」になります。まぁ、これは当然なのですが。そして、その中の「毒素型」と言うタイプに分類される食中毒菌です。これはその76で雪印の事件の原因菌として黄色ブドウ球菌に触れましたが、それと同じタイプの菌でして菌の生み出す毒素によって身体のバランスを崩して中毒状態にします。ただ、ボツリヌス菌の生みだす毒素は「凶悪」の部類でして、「最強の毒性」を持つ毒素として知られています。また、ボツリヌス菌自体が「珍しい菌」ではないために、必然として食品衛生上では極めて警戒される菌となります。

 ボツリヌス菌はその毒素の抗原性によって分類され、現在A〜G型の7種類が知られています。ちょっと昔の本を見ると、F型までとなっていまして、G型は比較的最近の発見となっています。このため、まだG型は不明な点が多いです。
 この7種類の分布は特色がありまして、A型はアメリカ太平洋岸。B型はアメリカ中部、大西洋岸、ヨーロッパ。C型はアメリカ、南アフリカ、オーストラリア、日本。D型は南アフリカ。E型は北洋、北太平洋地域(日本含む)に広く分布しています。G型はアルゼンチンやスイスで確認されています。それぞれ罹患する動物や原因食品などがありまして、全部が全部「人に罹患する」と言うことはありません。菌毎の罹患動物はA型はヒト。B型はヒトと馬でして、C型は鳥類に牛、羊、ミンクなど。D型は牛。E型はヒトと魚。F型はヒトとなっています。G型は良く分かっていません。
 これらの生みだす毒素は高分子のタンパク質であることが知られていまして、基本的にはボツリヌス菌が分裂する際にこの放出されます(違うものもある)。分子量は約15〜90万までと様々です。が、色々な研究によって各毒素の「活性部分(毒性部分)」の分子量はほぼ共通しており、その中の分子量約15万の物が毒素の活性部分とされています。他の部分は基本的に無毒な部分となっています。
 この毒素はある程度研究が進んでいまして、その活性化のメカニズムは一部判明しています。模式的なメカニズム挙げると......



 となっています(あくまでも代表例)。一番上の(a)ボツリヌス毒素の構造でして、無毒部分(白抜き)と毒性部分(黒抜き:分子量約15万)をもつ複合体です。これがまず酵素によって無毒部分が分離されて(b)になります。が、この状態では毒性部分は活性化しません。実際には赤い波線の部分が酵素によって分離しまして、(c)の様な重鎖(鎖の長いほう)と軽鎖(鎖の短い方)に分離し、お互いが硫黄(S)同士で結合している構造になります。この時点でボツリヌス毒素の毒性が発揮されることとなります。ただ、この硫黄間の結合を切ると毒性は失われることとなります(ただし、可逆的)。
 毒素産生の至適温度は20〜37℃となっていますが、各菌で特徴は異なっていましてA、B型は10℃、E型は3〜4℃程度でも毒素の産生をします(同時に繁殖も出来る)。いずれもヒトに罹患するタイプですので、実際的に厄介な菌です。ただし、ボツリヌス菌の毒素そのものは(タンパク質でもあるため)加熱に弱く、80℃で30分間の加熱、または数分間の煮沸で破壊が可能です。
 裏を返すと、昔のヨーロッパではこれを疎かにしたためにボツリヌス中毒が発生したと言えます。

 この毒素による症状ですが、神経の伝達阻害であることが知られています。
 毒素は腸管から吸収されまして、血流を介して運ばれ、筋肉、神経接合部に作用することが知られています。この部分はその73で扱ったアセチルコリンで作動している部分でして、神経伝達物質であるアセチルコリンの放出を阻害します。研究によると活性成分の重鎖がシナプス前膜に結合し、軽鎖が毒性の発現に関与すると言われています。ただ、片方だけでは「有効」に動けないので上図の(d)の状態では活性がありません。
 この様な作用の結果、症状としては筋肉の麻痺を引き起こすこととなり、最終的には呼吸困難を引き起こして死に至らしめます。ただし、知覚神経には作用しませんので、患者の感覚は終始正常であり、意識・精神の異常は起こしません。もっとも、筋肉に障害を起こしますので、それを訴えることは出来ない、あるいは困難となりますが........尚、潜伏期間は12〜24時間と毒素型としては比較的長いタイプとなっています。
 この毒素は前述の通り極めて強い毒素でして、極微量で容易に生物を殺すことが可能です。その量はマウスの実験でみると、1μg(1gの100万分の1)程度で20万匹のマウスを殺すことが可能と言われています。人に対しては具体的な数字はないのですが(毒素の型で違いますし)、大体数十μg程度で死ぬものと思われます。この毒性は、現在「最強の毒性」として一般に認識されています。この毒性ゆえ、わずかな量のボツリヌス菌でも容易に人を殺すことが可能となりますので、食品衛生上、保存料などはほぼ全てこの菌を中心にして基準が作られています。
#同時に、生物兵器として研究もされましたが.......


 さて、では実際の事例などはどうか?
 原因食品としては野菜や漬物、肉類の缶詰め、瓶詰めなど。そしてソーセージによる食中毒が世界的に見て多いようです。大体は加熱による消毒が不十分なケースが多いとされています。こう考えますと、この菌は嫌気性菌ですので酸素が無いほうが都合の良い菌ですから、食品の中心部など酸素が余り無いところでは逆に繁殖には持ってこい、と言うことになります。その上、保存の前処理段階などで中心部までの加熱が不十分なら? 当然この菌が繁殖しまして......となります。また、ボツリヌス菌その物は加熱で殺せても、芽胞が厄介な存在となっています。この芽胞はボツリヌス菌の「胞子」というか「種」でして、A型やB型などは熱に耐性があり、なかなか死滅できません。こう言うのが食品内部に残ると、ボツリヌス菌や毒素を食品内部から一掃しても、保存中の食品内で芽胞から新たにボツリヌス菌が生まれることとなり、増殖したものを半端な調理で食べて.......と言う事態も多くあります。ただ、全ての芽胞が熱に強いわけではなく、例えばE型は熱に弱いことが知られています。

 ボツリヌス中毒は、世界的に見るとA型、B型が多いのですが、日本ではE型が多いことが知られています。日本における最初のボツリヌス菌の報告は1951年の北海道です。有名なのは北海道、東北地方の冬に作られる郷土保存食である「いずし」による中毒でして、寒い地域ながら低温でも毒素を産出できるE型によるものとなっています。また、琵琶湖産の「はすずし」でもE型による中毒が報告されています。ただ、日本でE型が多いとは言えど輸入食品からA、B型の中毒も報告がありますので、最近は他のタイプも油断できないものとなっています。
 日本におけるボツリヌス中毒の報告は1951年から44年間のデータでは106件発生し、患者数が501人となっています。比較的報告は少ないと言っても良いですが、これはそれだけボツリヌス菌の警戒がなされていることなどが大きく、油断できるものではありません。事実死亡率は非常に高いものでして、この患者数の内、死者は113名。致命率はじつに22.6%と非常に高い死亡率となっています。
#仮に雪印の事件の原因菌がこれならば、2000人以上が死んでいたことになる、と言うとピンとくるでしょうか?
 比較的最近の大きな事例ですと、1984年に真空パックした芥子レンコンによる中毒があります。これはA型菌によるものでして、1都12県で発生し、患者数36名。死者11名(30%以上の致死率)を出した事例です。
 この様に、一度発生すると致死率が高いため、非常に油断ならない菌となっています。

 尚、最近は乳児にもボツリヌス菌による中毒が報告されていますので、そちらも触れておきましょう。
 これは乳児ボツリヌス症と呼ばれるものでして、新しいタイプの中毒となっています。これは1976年にアメリカで解明されたタイプの物でして、生後2週間〜8ヶ月までの乳児の腸管内でボツリヌス菌が発芽・増殖してボツリヌス中毒になる、というものです。基本的にはA、B型が中心ですが、まれにE、F型のものもあります。日本でも報告がありますが、患者が輸入蜂蜜を飲用していたことから生後1年未満の乳児に蜂蜜を与えないよう指導がでたりもしました。
 「親」となられる方はくれぐれもお気を付けを。

 この様に凶悪なボツリヌス中毒ですが、予防としては一般的な食中毒の対処とともに、「芽胞を完全に殺す」「芽胞が存在しても増殖できない環境にする」「毒素を完全破壊する」と言う様なことを行う必要があります。また、嫌気性菌ですので、最近多い真空包装や脱酸素剤の物でも油断しないこと。そして、低温での保存をすることですが、それも過信しないことも重要となります。
 ま、最近は「保存料はダメだ!」と唱える人もいますが、基本的には前述の通り保存料はこの菌を基準として考えられているものが多いです。「添加物は全てダメだ!」と言う方はくれぐれもこの菌にお気を付けを........いえ、最近この風潮から食中毒がぶり返す、と言う可能性も結構ありますので。
#悪い、とは言いません。念の為。
 そうそう。まれに傷口からボツリヌス菌が入り込んで中毒、と言う事例もあるようですので、そちらもお気を付けを(ボツリヌス菌は土壌中・河川に分布しているから)。

 さて、ではこの菌による中毒になったらどうなるか?
 基本的には対処療法しかありません。医療的には筋肉の麻痺で呼吸困難を起こすので、場合によっては人工呼吸や気管の切開などが行われます。ただし、ボツリヌス中毒であることが「確実に分かる」のならば、ボツリヌス毒素への抗体を注射することで回避できます。もっとも、A〜Gのうち、何型かが分かる必要がありますけど........実際には、数種の型の抗体を注射したりするようですが。ただ、面白いことにこの抗体は馬の血清から作られるそうですので、馬の血清に対してアレルギー反応がある人は使えません。
 尚、一応「ワクチン」もあるそうですが、中毒の件数自体は多くないので(多いと困りますが)、予防としては使われることはほとんどないそうです。


 と、この様に食品衛生上ではもっとも警戒される菌なのですが、その毒素は面白いことに医療に応用されています。
 この菌の毒素は前述の通り神経伝達の阻害を行い、これによって筋肉の麻痺を起こします。この作用を逆手にとりまして、医療の現場では筋肉の異常緊張(ジストニアと呼ばれる)による痙攣などの治療に用いられたりしています。もちろん、使用量は極めてわずかなものですが....... ただ、副作用はほとんどないそうでして、効果は大きいと言われています。もっとも、持続性ではないので定期的(数ヶ月ごと)に注射をする必要があるそうですが。また、ごく最近(今月知ったニュースです)では、米陸軍の医学センターの研究では腰痛に対しても有効である、と言う報告を出したとか。これは、毒素の注射によって腰痛が軽減された、と言うような話となっています。
#知覚には作用しないと言われていますから、モルヒネのように直接痛覚に作用するようなものではなく、筋肉のストレス(と言ってよいか不明ですが)が軽減されたりして、その結果として痛みが減るのでしょうけどね..........

 ま、使い方さえ間違えなければ、と言う好例なのでしょうけどね。
 最強の毒性を持つ食中毒菌が、痙攣や腰痛に有効、などというのはメカニズムとしては理に適っていても、外面的にはなかなか面白い物だと思います。
 最近は腰痛で悩まされる方も多いと聞きますが、もしかしたら将来は重症患者にはこの毒素が活躍、などということもあるのかもしれませんね。

 そういうわけで長くなりました。
 今回は以上、と言うことで..........


※:2002/05/26追記
 ボツリヌス菌の利用としては、最近は美容にも用いられていることが知られています。
 特に目の回りのシワ取りに使われるようでして(口や鼻はヒアルロン酸を用いる)、少量のボツリヌス菌を注射することで神経の伝達を遮断し、筋肉をマヒさせることで緊張を解かせてしわを取るようです。
 アメリカではボトックス(Botox)としてFDAから認可されており、大体3ヶ月に1度程度の注射が必要となりますが、用いられています。



 しまった、長くなった.........

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 なんか予想よりも大きくなってしまいましたけど.......(^^;; ま、ネタに困りましたが、冒頭のようにそろそろ雪印の食中毒事件から1年経とうとしています。ま、食中毒が増える時期でもありますし、この間は面白いニュース(腰痛の話)もありましたので、まだ触れていないこの菌について触れてみることにしてみました。
 ま、どんなものでしょうかね?
 取りあえず、コンビニ弁当などは本当にこの菌が警戒の対象となっています。また、これから日本は高温多湿ですのでボツリヌス以外でも細菌性の食中毒が急増する季節となります。
 皆さんもくれぐれもお気を付けを.......m(_ _)m
 さて、と。次回はどうしますかね.........
 やっぱり今月一杯は家人が火曜日にいる、と言うのでまた考えることとしましょう。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/06/19記述 2002/05/26追記)


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