からむこらむ
〜その155:冬の供〜


まず最初に......

 こんにちは。2月が始まりましたが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 ま、立春も過ぎましたけど........天候の変化がめちゃくちゃなのはこれからです。身体には気をつけたいものですが。

 さて、今回のお話ですが。
 今回は前回に続いてまた精神病と薬・物質の話、をしようとも思ったんですが。ただ、連チャンは結構嫌われると言うことで全然関係ない話をしてみようと思います。
 一応タイトル通りなんですけどね。ある種の与太的な話となりますが、まぁ悪くはないでしょう。
 それでは「冬の供」の始まり始まり...........



 皆さんにとって「冬の供」って何でしょうか?

 1月〜2月にかけてと言うのは冬の中でももっとも寒さが厳しい時期、と言われているのをご存知の方はいらっしゃるかもしれませんが......寒いと家の中では暖房が活躍しますし、外では厚着で云々、と言う人も増えるものです。ま、当然といえば当然ですけどね。

 さて、こういった冬場の暖房と言うと今はガスやら灯油、そして電気を利用したヒーターというものがあると思います。一応家庭によって異なると思いますけど、概ねここら辺で固定となると思います。もちろん、こたつというのもありますし、韓国にはオンドルなんてのもありますが.......まぁ、取りあえずこだわるとキリがないものとなりますけど。
 人間の歴史から見てみると「暖を取る」と言う行為は生命の維持に絶対必須であった訳でして、それゆえに昔から最も身近な存在であった「火」を使って暖を取っていた、と言うのは納得できるかと思います。もちろん、火だけでは駄目ですから厚着する、そして防寒のために家を、更にはエネルギーを得るためにも食を、と色々と工夫をするわけですが........ま、いずれも火が多かれ少なかれ関連していますがね。そうして徐々に衣食住が発達していくと、家の中に日本であれば囲炉裏というような場所が出来てくる、というのも納得できると思います。これはいわゆる竪穴式の住居においても見られる構造でもありまして、こういった「火」を扱うところを中心に家があった、とも言えますが。
 さて、基本的な家の機能としての囲炉裏が出来ると、今度はそこから更に別の場所でも暖をとれる様に、と言うことで火鉢と言うような物も登場します。これはすでに奈良時代には原型があり、平安時代には絵巻物や物語に見られる様に貴族などの家にはよく見られたようです。そして、しばらく後の室町時代になると今度はいわゆる「こたつ(炬燵)」が登場してくることとなります。これは江戸時代に畳が一般に普及してくると庶民にも普及するようになり、一般化していきます。ま、もちろん当時は電気ではなく、中に火鉢をいれたものでしたが、これは大坂などでは商品として市販されていたようでして、一般へ普及(もちろん貧富などで違ったでしょうけど)していたようです。
 そして、江戸時代の末期になると今度はストーブが日本に登場することとなります。この経緯を調べてみると、蝦夷に派遣されたものの、この地の寒さに耐えられなかった本州の人間が続出したため、(当時の)箱館奉行が滞在していたイギリス船にアイデアを求めた結果、「クワヒル(ストーブのオランダ語)」のスケッチを得、これを元に職人達に作らせたと言われています。明治以降は輸入ストーブが入り、徐々に国産化も始められてこれが一般化することとなります(初期はいわゆる「だるま」でした)。そして、色々と技術的な変遷はありますが、これは今現在も一般的な暖房器具となっています。
 現在では.......ま、電気やらガスやら灯油やら、色々とありますので改めて説明する必要はないといえるでしょう。

 ところで、上に挙げた話は基本的には「家(建物)の中」で、しかも比較的多人数を相手とした話です。
 こういうものに対し、今で言う「ポータブル」な暖房器具と言うものも昔から存在していました。例えば「行火(あんか)」と言うこたつの一人用版の様なものや、今でも使われる「湯たんぽ」と言うような物もあります。そして、いわゆる「懐炉」と言う物もありました。
 この懐炉の発端は古く、その原点とも言えるものに「温石(おんじゃく)」と呼ばれる物がありました。これは文字通り石を暖めた(というよりは「焼いた」に近いか)ものでして、これを布にくるんで(火傷しますから)暖を取るために利用していました。これは江戸時代まで普通にありまして、冬場には「温石売り」がいたようです。
 一方、懐炉の本格的なものは元禄の頃、保温力の強いイヌダケやナスの茎などの灰(懐炉灰)に点火し、金属容器に密閉させて燃焼させる方式の物が発明され、これが利用されていきます。この灰は後になって使用されるものも変わり、近代になると桐灰、麻殻灰、ゴマ殻灰、わら灰、ヨモギ灰などに助燃剤を加えて紙袋に詰めたものに改良されます。更にはこれを糊料で練り固めた固形のものも利用されていました。
 この懐炉は暖まる目的の他にも医療にも用いられており、例えば患部を暖めるなどして主に神経痛や腰痛といった物に対して使用されていました。
 そして、この懐炉はやがて発展するのですが........


 と、この話をする前に。ところで皆さんは「触媒(catalyst)」と言う物をご存知でしょうか?
 まぁ、名前ぐらいは聞いた事があると思いますけど.......その内容も知る人もある程度はいるかと思います。が、「じゃぁ説明してください」と言われるとこれがまた一般では困る物の様に思えますが.........もちろん、「大学で化学やっています」と言う人はある程度は答えられないとかなり問題になるものではあるのですがね。
 さて、この触媒とはどういうものか、と言いますと.........簡単には「極少量存在するだけで化学反応の時に必要なエネルギーを下げる物」と説明できます。つまり、本来なら100のエネルギーが必要な化学反応に際し、少量の触媒が存在することで20程度のエネルギーで化学反応を起こすことが出来る様になります。しかも、触媒自体は化学反応の変化を受けないものとなっています。
 .......なんて書いても分かりにくいかとも思いますので、もうちょっと具体的な例を挙げてみましょうか。
 水素(H2)と酸素(O2)の気体が独立して存在していたとします。これを一つの瓶の中に入れたとしましょう。もし、この二つが化学反応を起こせば、一般に次のような式で表される事が起こります。

2H2 + O2 → 2H2O

 この場合は化合反応で、水素と酸素から水(H2O)が出来ることとなります。が、実際には水素と酸素を一つの瓶に入れただけでは、常温常圧の普通の環境下では化学反応は起こりません。つまり、瓶の中には依然として水素と酸素が存在するだけでして、水を生じることはありません。もし、この化学反応を起こしたければエネルギーが必要となりまして、高温高圧の状況、あるいは手っ取り早くやりたければ火を入れるとこの化学反応は進むこととなります。もっとも、現実には火を使うと爆発的な反応となるので危険きわまりないですが.........
 ところが、非常に面白いことに........この二つの気体の入った瓶の中に白金(Pt)を入れてやりますと、壁面に水蒸気がくっつくのが観測できます。つまり、それだけでは起こるはずの無い化学反応が、白金を入れることで進むこととなります。
#この際のエネルギー源は、気温となります。
 さて、実際にはたくさんのエネルギーを必要とする化学反応が、単純に白金を入れるだけで簡単に反応が進むようになりました。しかし、白金はこの化学反応を進めるものの、水素とも酸素とも、そして出来た水と結合することもありません。
 この白金の様な存在を「触媒」と呼んでいます。
 ただし、触媒も多様でして、別に反応を進める一方でなく「遅らせる」働きの物も触媒となります(専門的に言えば、反応を進める物を「正触媒」と言うのに対し「負触媒」と言います)。これは化学反応の制御などにも関与しますので、進める一方が能ではない、と言うことは頭に入れておいても良いかもしれませんが。

 さて、この触媒というものは実際には化学の一分野を確立するぐらい広く、実際には「本一冊は余裕」の内容となる世界ですので、これは極めて簡略化した説明となります。まぁ、もっともこれくらいで充分といえばある意味充分なのですが。
 触媒の重要性は色々とあるのですが、間違いなく現在の化学産業では必須の物です。実際、莫大なエネルギー  例えば300℃で10気圧と言う条件での化学反応が必要な物があった場合、これはその装置のコストや安全性(圧力はかなり危険を伴います)が問題になるのですが、これが触媒一つで200℃、1気圧で化学反応が進む、と言うことになれば一気に安全かつ低コストで化学物質の生産が出来ることとなります。
 こういったこと故、化学工業はじめ触媒の探索は極めて重要な課題となっているのですが.........
 尚、触媒は多数の種類がありますが、白金と言った高価な物は余り使われることなく、実際には鉄や亜鉛などといった低コストの物が化学工業では利用される機会が多いです。もちろん、「低コストで代替となる触媒」を探した結果、というのもありますが。ただ、別に金属である必要はなく、触媒の用を足すのであれば有機化合物でも良いですし、光も触媒となりえます(「光触媒で物質を分解」などという宣伝文句をご存知な方も多いでしょう?)。また、単体ではなく物質の組み合わせの結果、触媒作用を持つものもあります。

 そうそう、生体でも触媒はあります。
 ピンと来ない方もいらっしゃるかもしれませんが、いわゆる「酵素」と呼ばれる生体成分が触媒の役割を担っています。これはアミノ酸が連なる(その33参照)事で出来るたんぱく質が一般的でして、たんぱく質の重要な働きの一つとなっています。
 こういった酵素の働きは極めて重要でして、その73で触れたようなアセチルコリンの分解に関与するアセチルコリンエステラーゼは、低エネルギーであっさりアセチルコリンを短時間のうちに加水分解してしまいます。こういった酵素反応は高い効率をもち、また生体の維持に極めて重要なものとなっています。


 さて、ここで話を懐炉に戻しましょう。
 懐炉のデビューは語った通りですが、この懐炉はやがて植物灰を使用したものからいわゆる「白金懐炉」と呼ばれるものに主流が移ります。この白金懐炉とは何か、と言いますと大正の末期頃に登場した懐炉でして、昭和50年代に「使い捨て懐炉」が登場するまで一般に使用されていました。実際、「懐炉」と言えば昔の人は白金懐炉を指すのが一般的だったのですが........
 この白金懐炉の原理は何か、と言いますと揮発油を中に入れてあるのが特徴です。この油が揮発して白金と接触すると、これが触媒となって油を酸化  つまり燃焼させ(ただし「緩やかに」)、その時に発生する熱を利用して懐炉として利用する、と言うのがメカニズムとなっています。

 さて、一方で現在の主力となる、いわゆる「使い捨て懐炉」ですが、これはどういうメカニズムか?
 使い捨て懐炉の中を見たことがある人はご存じかと思いますが、このカイロの中には鉄粉が入っています。基本的な原理としては、この懐炉は鉄(Fe)の酸化反応の際に生じる熱を利用しています........ま、言ってしまえば「鉄が錆びるときに生じる熱」を利用するものなのですが。

4Fe + 3O2 → 2Fe2O3

 「え? 錆びるときに熱くなるの?」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、実際に発します。ただ、余りにも少量ずつなので熱を感じることが出来ないだけです。この化学反応が高速、つまり「あっという間に錆びる」のならばその熱を感じることが出来ます。ま、ピンと来なければ、100mlの灯油があったとしましょう。毎時1mlの速さで100時間かけて燃やすのと、100mlを一気に燃やすのとではどちらが熱を感じるか、というのを考えれば解ると思いますが。
 と、ここで考えてみましょう。
 鉄が錆びる、と言うのは日常でも見かけることが出来る比較的ポピュラーな化学反応です。が、鉄はそんなに速く錆びるのでしょうか? 大体、錆びていく鉄をリアルタイムで短時間に、しかも熱を発している様まで感じられる様な事は日常ではまず無いでしょう。もちろん、化学の世界ですので色々と環境の設定(言ってしまえば「実験の世界」)をしてしまえばそういうことが起こるわけですが........ しかし、使い捨て懐炉は袋を空けてよく揉むだけで熱を発生していきます。その熱は確かに上の化学式で記した反応が行われた結果です。つまり、酸化反応が錆びるよりも遥かに高速で行われています。
 では、何故その様に通常の環境下で速く酸化してしまうのか? と、これは懐炉の中身にポイントがあります。
 もし、興味があれば使い捨て懐炉の中身をみてみましょう。そこにあるのは鉄粉、そして食塩に活性炭、木粉です。会社によっては違うかもしれませんけど、大なり小なり似たようなものでしょう。もう少し詳しい成分のデータを調べると、次のような感じになります。
成分含有量(%)
鉄粉50〜55
活性炭14〜18
木粉3〜5
食塩3〜5
20〜25

 木粉は実は水を保持するための保水材です。一見「?」と思えるものが多いと思いますが、実はこれらが「ミソ」だったりしまして、それぞれに役割が持たされています。水や食塩は酸化の速度を増大させますし(沿岸では鉄が錆びるのが速いでしょう?)、活性炭は酸素を吸着して、より多くの酸素を保持して酸化の補助をします。
 つまり、これらは全て鉄の酸化を速める触媒作用を担っています。そして、その結果高速に「錆びていく」鉄より発せられる熱を懐炉として我々が利用する、ということになります。もちろん、鉄が全て反応を済ませてしまえば、それ以上は熱を発することが出来なくなりますので「捨てられる」ということになります。
 これゆえ、「使い捨て懐炉」ということになるのですが.........

#尚、実際の使い捨て懐炉における化学反応は、水の関与のために Fe + 3/4O2 + 3/2H2O → Fe(OH)3 となります。

 では、何故こんな理屈なのに「普通においてある状態では熱が出てこないか」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これは包装で酸素を遮断しているのが理由です。もし、これが半端であれば店頭においてある時点で勝手に酸化反応が、しかも促進された状態で引き起こされるため、消費者の手には酸化鉄と成り果てた懐炉  つまり「使用済み」の物が手に渡ることとなります。ですので、この遮断はきっちりされてあります。
 もちろん、これはそういう素材が出来たからこそ達成できたものなのですが........
 ちなみに、使い捨て懐炉を世に出した某社は、この問題に際して鉄粉と触媒(活性炭、木粉、食塩、水)を分離した形式をとろうとした、という話があります。が、包装フィルムの酸素の遮断作用の研究によって結局最初から両者とも混合した物にしたようです。追随した他社は最初は分離式だったものの、徐々に混合するようになり、最終的にはこれが主流になっています。

 ま、昭和50年代にデビューした使い捨て懐炉は、現在の懐炉の代名詞となるわけですが。
 読まれている方でも「冬の供」として使用されている方は多いと思いますが、そのメカニズムはそのようになっています。興味があれば中身でも見てこういう話を思い出して貰えれば嬉しいですがね。


 さて、長くなりました。
 そういうわけで、今回は以上ということにしましょう。




 ふぅ...........

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 え〜......まぁ、結構「何にしようか」ということで考えたのですが。一応時節柄......ま、立春を迎えはしましたがまだ寒い日も多いですし、利用されている方もいるだろうということでこの話をしてみました。
 結構御存じの方もいらっしゃるとは思いますけどね。ただ、詳細まではなかなか、ということもあるでしょうし、きっちり「化学」の話になりますので。
 興味を持っていただければ幸いです。

 さて、そういうことで次回はどうしますかね.........
 取りあえず、また一つ話を入れるか、躁鬱病の話に入ってしまおうかとも考えています。何か要望でもあれば、教えて下さればとも思いますがね。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2002/02/05記述)


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