からむこらむ
〜その156:メランコリア〜


まず最初に......

 こんにちは。2月の連休も明けましたが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 大分季節が春めいてきましたけど.......まぁ、油断するとまた「冬」。体を崩す人が多い時期ですので気をつけたいものですが。

 さて、今回のお話ですが。
 今回は管理人の長期的な時間の都合上から、早速分裂病に続く次のキャンペーンの話について触れてみようと思います。テーマは最近非常に多いとされる心の病から始まる話、です。
 一応、基本的な取り扱いは前キャンペーンでも触れた通り、「心」と「物質」についてが中心となりますが。薬剤のメカニズムや現状等にも触れていきたいと思います。もっとも、キャンペーン物ですのでその151で触れた分裂病関連の知識も使っていきますので、その点は押さえていただきたいですが.........
 それでは「メランコリア」の始まり始まり...........



 まず、今回は最初にギリシア時代の医学の思想について触れることとしましょうか。

 ギリシアの著名な医者にヒポクラテスという人物がいます。当時の「人体」は神格化されていた為か、生理学や解剖学などという物が発達しませんでした。そういう背景の下、彼は人間の身体を支配するものとして「四体液説」という物を唱えます。これは人体が「血液、黒胆汁、黄胆汁、粘液」の4種によって人体を支配されている、という思想です。それぞれの体液は人の気質などと関連すると考え、順に「多血質」「憂鬱質」「胆汁質」「粘液質」という気質を起こし、その体液の組み合わせ/バランスで人に異常が起こる、と考えまして。ま、「古典的な疾病論」なのですが.......例えば脳の悪化に関しては「粘液と胆汁」が関連するとし、更に粘液の異常は静的・鬱的で忘れっぽく、胆汁は興奮、騒々しさ、いたずらっぽさの原因になる、と考えました。

 ところで、この思想に基づく病気に、「黒胆汁」が優位になることで発生すると考えられた病気があります。この病気はギリシア語の「黒い(melan)胆汁(chole)」より「メランコリア(melancholia)」と呼ばれました。
#余談ですが、胆汁よりステロイド骨格を持つ化合物がある、と言うことで「コレステロール(cholesterol)」と言う言葉ができます。
 この「メランコリア」/「メランコリー(melancholy)」と言うもの。これは何か、と言いますと.......日本語で言えば「憂鬱」や「悲哀」を意味する物、つまり今で言う「鬱病」と呼ばれる病気に該当するものでした。

 古くから知られていたこの病気ですが、脚光を浴びるようになったのは中世のルネサンス期でした。
 ドイツの画家であるデューラー(Albrecht Durer)は1514年、「メレンコリア I(メランコリア I/"MELENCOLIA I")」という絵を描いています。同じくクラーナハも「メランコリア」という絵を残しています。他にも各種詩や絵画などにメランコリーを扱ったものも多くあり、中には17世紀の牧師バートンによる『メランコリーの解剖学(THE ANATOMY OF MELANCHOLY)』という当時のベストセラーもあります。
 当時のメランコリーは哲学・芸術と結びつけられていまして、特に「メレンコリア I("MELENCOLIA I")」はメランコリーの寓意表現として最も有名となり、研究者達によって様々に研究されました。その絵は検索エンジンに「MELENCOLIA I」と入れれば出てくるので是非見ていただきたいですが........(海外のサイトに多くあるようです) ま、謎も多いのですが。それはともかく、他のメランコリーを扱った絵などに共通する要素がありまして、翼を持つ女性があり、球やコンパス、測量器具や建築道具、気怠そうな犬や子供の存在などが共通していることが知られています。これらの解釈はキリがないので書きませんが、女性の鋭いまなざしは「創造的思索」を。球やコンパスなどは「幾何学」を。犬は「狂気の発作を秘めた有能さ」などといった解釈がされているようです。まぁ、多分に当時普通にあった錬金術や占星術とか色々と絡む事が知られていますが.......
 それはともかく、何があるかと言いますと.......メランコリーはこの時代は「芸術家や思想家などがかかるもの」と考えられました。つまり、それらの道にあって傑出した人物は全てメランコリアである、という「公理」が存在していたと言われています。つまり、それだけ芸術家や思想家がこの病にかかっていたか、その傾向があった、という事を示すことかも知れませんが.........

#余談ですが、好きな方だけ。
#"MELENCOLIA I"のコウモリは夜の意味で孤独を、測量関係の道具と砂時計は土星の支配神(占星術で鬱病と土星には関係があると考えられた)。壁の魔方陣の数字の区画は16、総和は34で作者の母親の命日(1514/5/16:15+14+5=34)。表題の「I」は他の3気質(4体液説に基づく)の連作の準備か、数字ではなく「i」でラテン語の「行け」を意味し、メランコリーを払う呪文という説があります。


 さて、一般に「躁鬱病(躁うつ病)」と呼ばれる代表的な情動障害があります。
 これはその151からしばらく扱った精神分裂病(統合失調症)と同じく、過去には「二大精神病」と呼ばれた病気の一つでして、昔から良く知られる精神病の一つでした。この病気の、特に「鬱病」に関しては上記の通りギリシアの時代には既に良く知られており、そして詳細な観察の記録が残っています。もちろん、人間の感情として一時的な「抑うつ状態」というのは良く知られています。例えば、身内を失ったり、何かに失敗したりして激しく落ち込む、つまり「憂鬱」という状況は誰でも持っていますが、これらはあくまでも一時的なものです。そうではなく、特に何もないのに常に「憂鬱」でいる状態、つまりある種異常(病気)な憂鬱状況が続く  「うつ病」は古くから知られていました。

 では「うつ病(鬱病)」とは何か?
 大体の概念というものは「何となく」でも知られていると思いますが.......症状的には抑うつ気分が続き、一日の時間帯で気分の変化が見られ(朝方はすぐれず、夕方当たりになるとやや良くなる)、理由もない悲哀、絶望感、不安、焦燥などを感じます。更に精神活動が抑制され、場合によっては自殺観念を持ち、心気妄想(重病にかかったと思い込む)や罪業妄想(重い罪を犯したと信じ込む)を持つこともあります。こう言った精神症状は分裂病とは異り人格の崩壊を伴わないのが特徴です。他にも倦怠感や便秘、食欲不振に睡眠障害、不調感、インポテンツ、月経不順といった自律神経や内分泌系の障害を伴う身体症状を見せることもあります。
 まぁ、個人によって細かいところは色々と変わってくる様で、色々とある程度の分類が可能となっていますが........ただ、「特に何かの理由もなく」こういった精神的・身体的苦痛に嘖まされることとなります。
 もう少し具体的な物を挙げてみますと..........トルストイやヴァージニア・ウルフ、ジョシュア・ローガンなどの多数の著名人が鬱病にかかっており、彼らによる多数の手記からその症状が説明されています。これらは共通して「理由もない」不安感を感じ、気分が常に滅入り、そして絶望感や罪悪感、虚脱感という物を感じるようです。その様子や心情をまとめた物として二つほど挙げてみますと........一つはギリシアの伝記作家プルタルコスによる観察記録で、鬱病にかかった人間の様子を次のように描写しています。「彼は戸外に座り込み、だぶだぶの服か汚れたぼろを身にまとっている。すぐに裸になっては、あれやこれやの罪を告白しながら、泥の中を転げ回る。何にか悪いものを食べたか、飲んだらしい。神が許さないような、あちらこちらの場所をうろついていた」。もう一つはイギリスの作家ジョン・カスタンスの自身の経験でして、「ある説明不可能な理由、つまり許されない罪を犯したためか、あるいはこの世に生存した人間のうち最も邪悪な人間であるほどの極悪非道の罪人であるからなのか、おそらくそういう理由によって、私は、生きながら地獄の門を通って苦しむよう選ばれたのである」。
 実際、このような絶望感から自殺する人は多く、重病の鬱病患者はかなりの割合で自殺を企図し、そして実際に自殺しています。大体、鬱病患者の5〜10%は自殺をする様でして、分裂病患者の2%前後を大きく上回ります。日本での1990年代末期の自殺者の総数は3万人強(総人口の0.02%強程度)ですので、そう言った数字と比較するとかなり高率である事は理解できるでしょう。

 一方、「躁病」として知られる情動障害もまたあります。
 この病気は鬱病とは「コインの裏表」の関係にありまさに正反対です。躁病の人はあらゆる面で活力にあふれ、楽観的です。軽度の場合は対人関係の処理は上手で、常に何かしらのアイデアなどがあふれてくるなどという特徴があります。が、一端過剰な興奮状態か、重度の躁病になりますと正確な判断は不可能となり、全ての面で度が外れます。かなりの衝動的な行動もみられ、絶え間なく行動し続けるなどします。躁病患者はほとんど眠らず、2,3時間程度の睡眠で足りますが、興奮状態で集中力が無く、何かを「成し遂げる」事は非常に困難となっています。

 そして、この躁病と鬱病、併せて一般に「躁鬱病」と呼ばれることとなります。これは両者が密接な関係にあるが故の理由となっています。
#「躁鬱病」と言うまとめた表現に対して異論を唱える人もいます。
 どう関係があるのか、と言いますと......例えば患者に躁状態とうつ状態が交互に表れることが多くあります。この様な障害は「両極性情動障害」または「極性情動障害」などと呼ばれ、躁と鬱の両極を往復するために非常に不安定な精神状態となります。この循環のパターンは様々ですが、一般には鬱の期間が長く、治療しなければ年単位で続くこともあります。が、躁の期間も場合によっては数時間〜年単位となるなど幅が広いです。ただ、全て一様ではなく、どちらの期間がどれだけ続き、そして長いか、というのは個人差が多い事が知られています。しかし、一方であるケースでは躁〜鬱の往復パターンが「時計のように正確に訪れる」事が知られており、これを見越して家族旅行のなどを1年以上も前から計画する、という事も可能となっています。この正確な周期性のあるケースでは、いわゆる「生物時計」が関与していると見られることから遺伝的な要因が関与すると考えられます。
 ところで、この様に双極性の物もある一方、躁状態を全く経験しない鬱病患者が存在しています。この場合は単極性情動障害の例となります。双極性と単極性には差がありまして、前者は比較的若年で発症します。うつ状態にも差があり、前者は無気力で環境への反応が鈍く、後者は不安や興奮状態が目立ちますが、環境には反応します。

 躁鬱病の有病率は人口のおよそ2〜3%程度と考えられており、分裂病の様に特に貧富や国家の形態によって変化は無く、概ねどこの国でも同じような有病率となっています。ただ、躁鬱病を「躁病」「鬱病」「双極性」に分けてみた場合、単極性の鬱病がその半数を占め、躁病は少ない、と言う事が知られています。
 躁病ないしは鬱病の発病の研究によりますと、発病の要因の一つに遺伝的要因が絡むことが(分裂病の時と同じく)家系調査から知られています。これは色々と研究されていまして、双極性の方が単極性よりも遺伝的要因を強く受ける事が一卵性双生児の研究結果から知られています。ただし、双子の片方が障害を持つ場合からといって、もう片方も確実にそうなる、という事ではありませんので、分裂病のケースと同じく環境の要因が発症に大きく関わると考えられています。
 その環境的な要因ですが、社会情勢の変化などで単極性の鬱病患者は増えることが知られており、最近の「ストレスの多い社会」などにおいて、単極性の鬱病患者が増えている、と言うのはよく言われている通りです。もちろん、その症状の軽重は色々とありますので潜在的なものを考えると結構な数になるのかもしれませんが。


 ところで、「躁鬱病」の中でも昔から常に鬱病がその数の多さや深刻さから大きな問題となりました。
 昔から知られていた事もあって、鬱病に対する治療の歴史は古くから有ります。が、その内容は例えば「アヘンを使う」という方法に「アルコールを使う」。そして分裂病と同じですが「睡眠薬を使う」という様な物でした。しかし、アヘンなどは以前説明した通り眠らせるものの、場合によっては依存を生みますし、そうなると余計に鬱病は悪化しました。睡眠薬も一時的に眠ることによって回避するだけであり、アルコールも一時的に症状は良くなるものの、根本的な解決にならないうえにアルコール中毒になるものが続出。特にアルコール中毒になると、鬱病とアルコール中毒の治療という余計な負担がかかることとなります。
 つまり、根本的な解決法は事実上ありませんでした。
 想像に難くはないと思いますが、この鬱病の治療は医者と患者、そして患者の家族に多いに負担をかけることとなりまして、いずれにとっても非常に辛い物でした。ましてや重症の鬱病患者になると上述した通り自殺してしまうケースもあり、その場合の家族と医者の悲嘆は深く、そして非常に大きな傷をつけてしまうものとなります。もちろん、鬱病患者本人にとっては上述の通りの心境ですから、色々と惨めになってしまいます。
 この様な背景から、かなり深刻に鬱病の治療法は求められてました。一応、近代以降になって電気ショックや持続睡眠療法という様な物はでていましたが、全ての鬱病患者に効果があるわけでもなかった事と、手軽なものも無かった為に「よりよい」療法が求められていました。

 この様な背景の中、1950年代半ばのレセルピンの成功は大きく脚光を浴びることとなります。理由は前に触れた通り「薬の効くはずの無い心の病」であった精神分裂病に有効であったためでして、これは当然のことながら同様に思われていた鬱病に有効な薬剤の登場が期待がされることとなります。
 ところで、レセルピンが登場した1950年代半ばは、この薬剤が「何故分裂病に効くのか」ということに関して非常に多くの研究が行われていました。これに伴う動物実験が非常に多く行われ、そして脳における神経伝達物資の関連も研究されていました。その成果はその153で示した通り、ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)とセロトニンを枯渇させてしまう、ということが判明します(そして、後にドーパミンも)。そして、同時にいくつかの研究からレセルピンを投与すると場合によっては抑うつ的な症状を示し、行動を抑制させてしまう事もまた判明します。また、あるいは重症な鬱病患者にレセルピンを与えるとより悪化し、そして自殺してしまうことがあることも知られていました。
 では、これらに繋がりは何かあるのか? もし繋がりがあるのであれば、病気の理由もわかるかもしれない。
 その様な探索の続く中、アルバート・ゼラーはノルアドレナリンやセロトニンなどの神経伝達物質  もう少し言えば、アミン(-NH2)を持つ神経伝達物質より、アミノ基を分離させる酵素を発見します。「モノアミンオキシダーゼ(monoamine oxidase)」、略して「MAO」と呼ばれるこの酵素はアミン性神経伝達物質を以下のように分解し、その伝達物質としての役割を失わせるものでした。




 この作用に注目した彼は、この酵素が神経伝達物質の分解酵素  つまり、今まで何度も登場してきたアセチルコリン作動性のシナプス間におけるアセチルコリンエステラーゼの様な役割をするのではないか、と推測します。この推測を確かめるためにアミン性神経伝達物質の脳内での濃度を高める薬剤、つまりMAOを阻害すると思われる薬剤を求め、多数の製薬会社から薬剤を取り寄せました。
 その中のMAOを阻害する薬剤として、「イプロニアジド」と言う薬剤を彼は発見します。




 さて、このイプロニアジドはどういう薬剤か? そして鬱病とどう関係するのか?
 という様な事を話す前に........長くなりました。

 今回は以上ということにしましょう。




 ふぅ...........

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 ま、取りあえず管理人の私的な長期的な時間の問題がありまして、文字通り「ワンクッション」置いて次のキャンペーンに入らせてもらいましたが。まぁ、代表的な情動障害の話ですので、色々と興味ある方もいらっしゃるとは思いますけどね。実際、増加傾向にあるような事は言われていますので。
 ま、取りあえず今回はここまでですが、ここから先、様々な紆余曲折を経て機構解明や薬剤開発、そして原因追及への話へと進むこととなります。

 ということは今回は以上です。
 次回は、この続きといきましょう。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2002/02/12記述)


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