からむこらむ
〜その154:狂気は何か?〜


まず最初に......

 こんにちは。1月も今週で終わりとなりますが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 まぁ暖かいと思ったら雪が降りそうだとか変化が激しいですね。身体にはくれぐれもお気をつけを。

 さて、今回のお話ですが。
 今回は取りあえず一連のキャンペーンの話、つまり精神分裂病から始まったいくつかの話の決着と、その現状などについて簡単に触れておこうかと思います。取りあえず、締めくくりの話となりますね.........もっとも、更にこれは別の病気の話へと続く種となるのですが。
 ま、取りあえずは心の病気と物質、そして薬などの関係について興味持ってもらえれば、と思っています。もっとも、まだ管理人としては「一端」でしかない、と考えているんですけどね。まぁ、それは徐々に触れることとなるでしょう。
 それでは「狂気は何か?」の始まり始まり...........



管理人注
 2002年1月19日に日本精神神経学会は精神分裂病の名称を「統合失調症」に変更することを承認しました(8月に正式決定予定)。が、今シリーズでは統一性を持たせる為に名称の表記変更はしないこととします。
 ご了承下さい。

 では前回の続きと行きましょう。
#薬剤とドーパミン仮説の話は大丈夫ですね?

 さて、いよいよ脳内でのドーパミン受容体の探索とカールソンの仮説とグリーンガードの指摘への検証が始まるのですが..........
 ドーパミン受容体の直接の同定は1975年、二つの方法で測定されます。一つは脳内の中でドーパミンを豊富に含む領域から膜(受容体が含まれるはずなので)を分離し、これにオピエート受容体の同定にならって放射性元素で標識したドーパミンを結合させる方法でした。この方法でクロルプロマジンのようなドーパミン受容体をブロックして遮断するような薬物を入れて観測すると、その遮断の効力と薬効の相関性は似たものであることが分かります。しかし、一方でハロペリドールはその遮断の効力は弱いものでして、結果的には、グリーンガードが行った実験と同じような物となりました。
 これは、つまりは前回のグリーンガードの実験結果を支持するものでした。
 一方、もう一つの手法は放射性のハロペリドールと脳の膜の受容体を測定しました。これはこの薬剤がドーパミン受容体に本当に結合するのかが不明だったので、その検証  もし結合しなかったらカールソンの仮説に疑問が生じると同時に、ハロペリドールはドーパミンに関連しない部位で精神分裂病に有効な何か、と言うことになる  の意味があります。これは実験と様々な検証の結果からハロペリドールはドーパミン受容体に結合する事が確かであることが判明します。
 しかし、この実験結果は不思議なことを示します。
 ハロペリドールが非常に高い親和性で結合したドーパミン受容体は、非常に奇妙なことにクロルプロマジンも非常に高い親和性を持つことが分かります。更に調べてみると、クロルプロマジンもハロペリドールも、そして他の分裂病用の薬物もその(ハロペリドールが結合した)受容体に対するドーパミン遮断の効力とその薬効がほぼ完全に相関する結果を示しました。
 この特異な結果はグリーンガードが観測した物とは全く異り、カールソンの仮説を支持する結果を示すこととなります。

ドーパミン受容体のと薬物の結合
クロルプロマジン等ハロペリドール
脳内の膜から
取った受容体
結合
(ドーパミンを遮断)
結合せず
(ドーパミンを遮断せず)
→グリーンガードの結果と類似
ハロペリドールが
結合した受容体
結合結合→カールソンの仮説と一致

 これらの研究は更に進み、抗精神分裂病の効果のある薬物の抗ヒスタミン活性(クロルプロマジンは最初抗ヒスタミン薬として開発された経緯があります)と分裂病の症状緩和には相関性が無いこと。そして、多くのこれらの薬剤はドーパミンのみならずノルアドレナリンやセロトニンの受容体も遮断する事が判明するのですが、これらの部位と抗分裂病の効果には相関性が無いことが認められます。つまり、精神分裂病はドーパミンと関係してることがこれらの実験によって示されることとなります。

抗精神分裂病薬の特色と分裂病への相関性
受容体遮断効果薬効と分裂病との相関性
ドーパミン遮断する相関性あり
ノルアドレナリン遮断する相関性無し
セロトニン遮断する相関性無し

 さて、ここまで研究が進むと、今度は当然のことながらこういう疑問が出ます。
 それは、グリーンガードの実験に絡むものでして........何故ドーパミンかハロペリドールのどちらかを使ったかで、ドーパミン受容体における精神分裂病の薬物活性がここまで変わってくるのか? つまり、グリーンガードの実験結果とカールソンの仮説で相いれない様な結果が出てくるのか?
 研究者はかなり混乱することとなるのですが、これはやがてあっさり解決することになります。これは生体では実は非常に一般的なことでして、「同じ神経伝達物質への受容体でも複数ある」と言うのがその答えとなりました。つまり、この件に関して言えば「ドーパミン受容体でも複数の種類がある」と言う意味です。これはどういうことかといいますと、今までの実験結果からドーパミンとクロルプロマジンが結合し、ハロペリドールが結合しない受容体がある一方で、ドーパミンもクロルプロマジンもハロペリドールも結合する受容体がある、と言う事です。前者はグリーンガードの観測した受容体でして、後者は最初に書いた実験の物となります。

 こういった受容体の差違は生体では普通のことでして、同じ伝達物質への受容体でもその構造は異なり、そしてそれぞれの存在位置やそれに伴う役割が異なっている例は多くあります。例えば一般的な神経伝達物質であるアセチルコリンは(過去に何度も触れた通り)末梢神経での働き(運動に関連)があるので受容体が至る所にありますが、一方で中枢神経でも記憶に関係していますので脳にも受容体がありますし、また抑制に関する神経系にも関与しています。それぞれの働きが異なる以上、当然これに絡む病気、薬物等も変わってきていまして、例えばサリンなどは末梢神経での伝達阻害(その73参照)が問題となりますが、アルツハイマーでは記憶に関連して中枢神経のアセチルコリン作動性の受容体での話が問題となります。
 このように、同じ伝達物質の受容体でも違う種類のタイプを一般に「サブタイプ(亜型)」と呼んでいます。

 話を戻しまして、ではドーパミン受容体ではこのサブタイプはどうか?
 研究を進めた結果、最初に書いた研究でのドーパミン受容体は2種類が関与していることが分かりました。それぞれのサブタイプはD1、D2と名付けられまして、色々と調べられた結果、次表の様な事が分かります。

ドーパミン受容体のサブタイプ
D1D2
クロルプロマジン結合結合
ハロペリドール結合せず結合
抗精神分裂病効果相関性無し相関性あり
パーキンソン病様副作用関係無し関係あり
cAMP濃度増大減少
※:言うまでもなくドーパミン受容体ですのでドーパミンは両者に結合

 ま、実際には更に様々な薬剤との関連もあるのですが、本題よりずれるので省略しましょう。
 このように調べられた結果、最終的にドーパミン受容体でもD2とつけられた受容体が精神分裂病やパーキンソン病に関連していく事が分かります。
 そして、こういった事を足がかりに、徐々に研究が進むこととなりますが.........


 さて、この後も色々とあるのですが重要な部分はこれで終わりになります。ま、他にも触れようと思えばいくらでもあるのですが、スペースもありませんし、本意ではありません。ただ、この後も研究は進んでいますので、精神分裂病に関連する研究の現在について触れてその代わりとしましょう。

 精神分裂病は冒頭に触れたようなその多様性、そして脳の複雑さがあり、それ故に実はその機構の解明はまだされていません。ただ、カールソンの提唱した仮説は「精神分裂病のドーパミン仮説」として様々に手を入れられつつ、現在も支持されています。つまり、ドーパミンが関連していることは多数の証拠から強く支持されています。例えば、実際にシナプス間のドーパミン濃度が上昇すると精神分裂病様の症状が見られますし、また覚せい剤などはドーパミンと構造が似ており、これらの投与によってやはり精神分裂病様の症状が見られる事などが知られています(覚せい剤の件はまた別の機会に触れます)。
 現在の分かっていることや予想などを簡単にまとめておきますと、次のようになっています。

 この通り、結局のところ神経一つで説明できる様な物ではなく、複数に及ぶ箇所での指摘、関連性などもあって実際にはその機構解明は非常に複雑なものとなっています。これらは分裂病の多様性と同時に、その原因の複雑さなどを指摘するものとなります。
#その多様性は、精神分裂病が「ある傾向の精神病の総称」である、と言う感じにも見えます。
 ただ、ある程度の機構解明は進められており、将来的には(分裂病のタイプにもよるでしょうけど)かなりの原因の追及はされるのではないかと思いますし、期待していますが........
 尚、薬剤の投与および指導・援助によって現在は大体7〜8割は社会的な復帰が可能と言われていますので、もし発病してもそれほど絶望的になる必要はない、と言うのはコメントしておきます。もちろん、差別はもっての外です。
 ただし、注意しなければならないのは薬剤は症状の抑制にのみ働く、と言うことでして、原因にもよりますがケースによっては薬だけで「完治する」と言う事はありません(脳の器質的問題など考えれば分かるでしょう)。ですので、その場合は薬は後にも必要となります。もっとも、そのおかげで「まともな生活」を送れる分のメリットは言うまでもありませんが。
 基本的に、治療が早期であればあるほど回復は良いと言われています。

 精神分裂病の薬剤ですが、現在では多種(フェノチアジン系、ブチロフェノン系、ベンザマイド系など)の薬剤があります。これらの薬剤はそれぞれドーパミンなどの神経伝達物質に関与しているのは確かの様ですが、それらの説明をみると「解明はなされていない」と言う表記になっていると思います。実際には、ドーパミンの他にもノルアドレナリン、アドレナリンやアセチルコリンと言った他の伝達物質に絡むような物もあったりしますし、また上記の通り複雑な物があるので、相当に体内では「関係する場所」が多いと思われますが.........
#さすがにそう言った点まではフォローできませんので触れていませんが。
 一応、今シリーズで触れたクロルプロマジン(フェノチアジン系)やハロペリドール(ブチロフェノン系)、クロザピンは現役で使用されている薬剤です。ただし研究の契機となったレセルピンは副作用や機構から使い勝手が悪いなどありまして、抗精神分裂病の目的で現在はあまり使用されません。むしろ最初に書いたように血圧降下作用(これはその104に絡み、ノルアドレナリンを枯渇させる事によります)がありますので、この目的で使われている事があるようです。が、さほど頻度は高くないようですが。




 一方、パーキンソン病は現在でも重要な病気として知られています。メカニズムは前回触れた通り、運動をつかさどっている線条体におけるドーパミンの低濃度化が原因となっている他、「動」の役割を持つドーパミンに対して「抑制」の働きを持つアセチルコリンのバランスの悪化(相対的にドーパミンが減るなど)で発生することが分かっています。こう言ったドーパミンの減少の原因はまだ不明ですが、たんぱく質の異常が指摘され、患者の脳にこのたんぱく質が蓄積している事が分かっており、更に最近このたんぱく質にリン酸が結合して異常を起こしていることが発見されました。
#たんぱく質のリン酸化で繊維状となり、これが蓄積するらしい。
#ある意味アルツハイマー病に通じる話だったりします。
 現在は一般的に薬物投与による治療が行われており、場合によっては手術なども行われています。前者はドーパミン受容体に対するアゴニスト(その73参照:つまり、クロルプロマジンのような遮断薬とは逆)が使用されたり、ドーパミンの放出を多くするもの、アセチルコリンのブロックする物など。後はドーパミンの前駆体であるL-ドーパと言う物質を投与する方法があります(その104参照)。
 手術は色々とあるようですが、最近ではアメリカで患者の脳に電極を埋め込んで刺激を与える、と言う方法が認可されたりしているようです。

 尚、余談ですが薬物投与でL-ドーパを投与してドーパミンを投与しない理由は簡単でして、ドーパミンだと血中に入ってもいわゆる「脳関門」を通過することが出来ず、L-ドーパは通過できる為、となっています。
 ここら辺、なかなか難しい物があったりしますが........


 と、長くなりましたが。
 取りあえずは以上が簡潔ながら(しかし長いですが)精神分裂病についてとその薬剤の開発、そしてそれに絡むものと現状の話となっています。ま、その核は「物質と脳と精神」の絡みが重要なのですが。
 とにかくも、「絶対に薬は無い」と考えられていた心の病、特に精神分裂病は、その薬の誕生によって社会復帰が可能となり、更にそこからパーキンソン病を引き起こし、そこから更に謎だらけであった脳内の世界に切り込んでいく.......こういう点でみるとこの病気に関連した研究は多岐にわたって非常に大きな意義があり、そして現在にまで大きな影響を残しています。実際、これらの関係から今度は「では躁鬱病はどうであるか?」、麻薬などの話から「脳でどういうことが起きているのか」と言うような物にまで進展し、脳と物質、そして精神の働きに関してメスが入れられることとなります。更に分析機器の発達から、様々な病の原因の追及が可能となって行くわけですが.......

 ところで時代は戻るのですが。
 「二大精神病」と呼ばれた病気の一つである精神分裂病に薬剤が有効である、と言う革新的な出来事は、次にもう一つの「二大精神病」である躁鬱病への「薬の効果」に興味が向くこととなります。
 しかし、非常に興味深いことに、精神分裂病で用いられた薬剤を躁鬱病へ利用してみると、一部の躁病に対しては有効性があったのですが鬱病に関しては良い結果を残さず、特にレセルピンなどはより症状を悪化させることとなり、自殺する患者まで出てしまいます。

 これは何が理由であるのか?
 と言うことで、次にこのキャンペーンをやる際にはそちらの話へと移ろうと思います。


 と言うことで長くなりました。
 今回は以上ということにしましょう。




 ふぅ...........

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 ま、取りあえずこれで精神分裂病から始まった一連の話は終わりとなりますが.........なかなか興味深いものではなかったか、と思います。まぁ、一応現状の部分とかも入れておきましたので、メインの部分の古いところはそう言った情報で補えると思いますが。ただ、メインの部分はこの病気に関する研究の基礎的なものであり、そしてこれらで触れた部分がまた次のキャンペーン  躁鬱病への話に繋がることとなりますので、覚えておいてもらえると嬉しいですが。
 まぁ、おそらく一般の方が思っている以上には色々と研究はされていると思いますので........興味持ってもらえれば何よりです。

 さて、そういうことで一つ終わりですが。次回はどうしますかね.........
 まぁ、いきなり躁鬱病の話でも良いのですが、取りあえずワンクッションぐらい置こうと思います。何か適当な話でも考えることとしましょう。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2002/01/29記述)


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