からむこらむ
〜その159:躁鬱と光陰〜


まず最初に......

 こんにちは。3月が始まりましたが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 管理人は見事に季節の変動にやられ気味ですが。皆様もくれぐれもお気をつけを。ましてや宴会シーズンですのでね........

 さて、今回はいよいよ 精神分裂病から始まった精神病に関する科学的研究と、そこから関連していった躁鬱病の話のラストになります。
 今回は、今まで触れた話などからその現状やまとめをしようかと思います。更に最近注目されている「SSRI」や「SNRI」などについてもある程度触れておこうかと思います。当然、今までやった話の上で理解が出来るものですので、特に前回の話を忘れているならば再度見返して欲しいものですが。
 ま、長くはなりましたが、これで二つの精神病についての話は最後となります。
 それでは「躁鬱と光陰」の始まり始まり...........



管理人注
 2002年1月19日に日本精神神経学会は精神分裂病の名称を「統合失調症」に変更することを承認しました(8月に正式決定予定)。が、今シリーズでは統一性を持たせる為に名称の表記変更はしないこととします。
 ご了承下さい。

 さて、今まで数回にわたって躁鬱病の話をしましたが。
 ま、おおまかな躁鬱病と薬剤、そしてそこから始まる機構解明への道となる話はこの前回までの話で終わりです。ということで、今回は現状やまとめ、他の薬剤の動向や機序について触れることとしましょう。


 躁鬱病の現状ですが、残念ながら精神分裂病と同じく機構解明までは到達していません。症状の複雑さや多様性は分裂病よりは少ないものの、いかんせん脳内での話になりますし、また遺伝的要因や環境的要因が指摘されているために未だ不明な点が多くあります。とは言っても、やはり今までに書いた事は重要でして、精神分裂病と同じく神経での機構解明などに非常に大きく役立っています。
 現在の分かっていることや現状について簡単に書いておきます。
#精神分裂病と類似している点が結構多いのに注目してみるのも良いでしょう。
 ま、以上が簡単ながら現状なのですが。
 これらを見れば分かる通り不明な点は多くありまして、今後の脳の機構解明が待たれています。色々と詰まっているところもありますが、分かっている部分も多くありますから、いずれこう言ったものは解明していくのではないかと思われます。もっとも、昨今は鬱病やその傾向を持つ人が多く出ていますので、機構解明が急がれていますが。
 ただ、一時期ほど特に鬱病に関する理解が得られないわけではありませんので、環境の整備とともに色々と治療に関しての研究は進むものと思われます。

#遅延期間に関するやや専門的注と補足
 再取り込み阻害薬によって伝達が増強されようとすると、これに対応してニューロンの機能を持続的に変化させるために時間がかかるらしい、ということが言われています。ホメオスタシスの為に高濃度になった伝達物質の影響を緩和するための方法として受容体の数が減っていく事が観察されていまして、興味深いことにこの受容体の減少と薬剤の遅延期間、そして効果の相関性の一致が見られるようです。
 この受容体数の低下は神経伝達における調整因子として機能するのではないかと考えられまして、気分の変動やストレスと言った環境の変化などに対応する方法として機能するのではないかと考えられています。もっとも詳細はまだ不明ですが。
 尚、この受容体の減少は新規薬剤のスクリーニングに用いられるようで、新規薬剤を投与して受容体の減少が見られれば有力な薬剤としてより深く試験される、という効率的な手法となるようです。


 ところで、薬剤に関しては触れる機会が比較的あると思いますし、また色々と発展していますのでここに現在使用される薬剤などについて書いておきましょう。
 MAO阻害薬、三環系抗うつ薬から始まった鬱病の薬は、イミプラミン以降も発展しています。三環系抗うつ薬はバリエーションを増やし、更に四環系の物も登場して使用されました。基本的な作用はいずれもノルアドレナリンあるいはセロトニンの(もしくは両方の)再取り込み阻害となっています(その強さや副作用などは違いますが)。
 この後、更に発展しまして注目されたのがいわゆる「SSRI」と呼ばれる薬剤です。これは「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」の略称でして、"Selective Serotonin Reuptake Inhibitors"の頭文字から取られた薬剤です。有名なのはイーライリリー社より出された「PROZAC」と呼ばれる薬剤でして、以降このタイプの薬剤は結構使われています。一応、三環系の物もSSRIとして扱われる事もあるようです。
 SSRIは文字通りセロトニンの再取り込みを阻害するものです。その基本的なものはイミプラミンで説明した機構と全く同じですが、この薬剤はセロトニンの再取り込みだけを選択的に阻害する(ノルアドレナリンは全くあるいはほとんど阻害しない)薬剤となっています(よって、シナプス間隙でのセロトニン濃度が上がる)。これはセロトニン以外の神経系への影響を防ぎ、その結果として副作用をより少なくする作用があります(これは薬剤には重要な考えです)。現在、フルボキサミン、フルオキセチン、シタロプラムと呼ばれるような薬剤が代表的な薬剤となっています(製品名は別です)。
 一方、更に最近市場に出てきた(研究は80年代ですけど)新しい抗うつ薬として、いわゆる「SNRI」と呼ばれるものもあります。これは「選択的セロトニン及びノルアドレナリン再取り込み阻害薬」の略称でして、"Selective Serotonin & Noradrenaline Reuptake Inhibitors"の略称となっています。この薬剤はSSRIよりも一歩踏み込んで、ノルアドレナリンとセロトニンの両方の再取り込み阻害薬となっています。アミン仮説からすれば確かにこの両者に作用するのは重要といえますが........結構作用が強いのではないかと思われます(使い方難しくないかな?)。この薬剤はミルナシプランやデュロキセチンといったものがあります。
 一部の物だけですが、構造をを出しておきます。




#余談ですが、塩素(Cl)の違いだけにも関わらずイミプラミンはノルアドレナリンを、クロミプラミンはセロトニンを多く阻害します。

 MAO阻害薬も研究は発展していまして、研究の結果MAOにはA型とB型があることが分かり、ここからA型のみを選択的に阻害する「RIMA(Reversible Inhibitors of Monoamine Oxidase type-A)」と言う薬剤が出来ています(もっとも、普通のMAO阻害薬との併用は禁忌ですが)。このMAO阻害薬は抗パーキンソン病薬にも発展し、その中の一つはMAO-Bを阻害するタイプとなっています(ドーパミンの濃度上昇を考えると分かるでしょう)。

 尚、余談ですがSSRIなどの薬剤は、MAO阻害薬や他の薬剤との併用は禁忌になっているのが一般的かと思われます。理由は機構の話から推測すれば分かる通り、必要以上にシナプス間での物質の濃度が上がるからでして、飲まれる方はくれぐれも気をつけるようにしましょう(中枢神経に作用する薬剤、と言うのを忘れないように! 麻薬よりも性質が悪く、死に至る可能性もあります)。

 ま、他にも色々と現在は薬剤がありまして、略称だけでもざっと調べればNARI、SARI、SSREなどありますが、これらは全てノルアドレナリンまたはセロトニン、あるいは両方に関連していまして、いずれもこれらの神経系での伝達の強化を狙ったものとなっています。が、まぁいちいち説明するのも面倒ですのでここでは省略することとしましょう。
#薬剤だけひたすら解説しているサイトもあるようですので、そう言うのを見てください。
#細かいメカニズムを説明しているところは無いようですが。

 さて、以上が薬剤ですが.......ここで、やや混乱している人もいるかも知れませんので、精神分裂病と躁鬱病の機構・薬剤などについて簡単にまとめた表を載せておきます。

精神分裂病(統合失調症)と躁鬱病
病名原因と思われる神経系と状態薬剤機構
精神分裂病
(統合失調症)
ドーパミン神経系の異常
(一般に過剰)
クロルプロマジン
ハロペリドール
クロザピンなど
ドーパミン受容体のブロック
(アンタゴニスト)
レセルピン神経伝達物質の枯渇
(症状改善)
鬱病ノルアドレナリン
セロトニン欠乏

(ホルモン系の関与も示唆)
神経伝達物質の枯渇
(症状悪化)
MAO阻害薬
(RIMA)
モノアミンオキシダーゼ阻害
(RIMAは選択的な阻害薬)
三環系抗うつ薬
(イミプラミンなど)
ノルアドレナリンまたはセロトニン
再取り込み阻害
SSRI
(フルボキサミン、フルオキセチン、シタロプラムなど)
セロトニンの選択的な再取り込み阻害
SNRI
(ミルナシプラン、デュロキセチンなど)
選択的なノルアドレナリン及びセロトニン
再取り込み阻害

リチウム

不明
(ある種の躁状態とうつ状態を緩和・改善する)
躁病ノルアドレナリン
セロトニン過剰

気分安定薬

鎮静効果
※:原因となる神経系はアミン仮説によるもの。不明な点は多い。
※※:欠乏が原因の場合は、伝達物質の増加で改善。過剰が原因の場合は、伝達物質の減少によって改善。

 一個前のキャンペーンで触れた精神分裂病が出ていることに「?」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、まとめの意味もありますし、また決して「無関係」ではありません。理由はいずれもアミン作動性神経のドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンの三種が関連しています。神経の機構解明にいずれも関連したのみならず、いずれも情動に関連しています。
 つまり、いわゆる「精神病」として知られる情動障害の病気に三種の伝達物質が関連しており、その関連性は「精神と物質」の関係を考えるうえで重要性を帯びています。
 ま、文章は長いですが、結局のところこれら精神病と薬剤、情動に関してはこの三つの神経伝達物質しか関わっていないとも言えます(ホルモン系の関与も可能性高いですが、取りあえずアミン仮説で考えれば)。もちろん研究が進めばまた変わるかもしれませんが、それでもこの三種の神経伝達物質は精神病に関し今後も重要な地位を占めていくと思われます。

#薬剤に関する余談ですが。最近、狂牛病及びクロイツフェルト・ヤコブ病に対する治療薬の探索が行われていますが、これに有効な薬剤として、最初の人工合成による抗マラリア薬として出たキナクリンが実際に患者に投与されて改善を見せており、注目されています(異常プリオンの蓄積を防ぐらしい)。これに構造が似ていると言うことで、実はクロルプロマジンも注目されています。細胞実験では両者とも効果があるらしいことが確認されていますので、今後、もしかしたらクロルプロマジンはヤコブ病薬として使われるかもしれません。




 と、以上が長くなりましたが躁鬱病についての症状、そしてその薬剤とメカニズム、現状となっています。
 この話も読んでいけば分かる通り、精神分裂病の薬剤の発見から始まり、そしてそういった薬剤の追及から新たに知見を得ていっています。そして「精神」と「物質」の関係を追及してその一端を解明したものとなっています。もちろん、書いた通りまだ現状でまだ不明な点が多くありますし、その追究が待たれている部分があるのは確かです。ただ、精神分裂病でも触れましたが、物質と心には極めて密接な関係がある事が分かっていますし、これはまた極めて重要な事項ではあります。
 一方で社会的な問題からか潜在的な物や軽重の如何に問わず鬱病にかかる人が増えていますので、この病気に関する研究の解明が急務となっています。ただ、大分有効な薬も増えていますし(使い方が難しい部分はありますけど)、また昨今の関心の高さから社会的な理解も大分得られつつあるようですので、医者と患者、そしてその家族や周辺の協力と理解があることでかなり改善ができる物ではあります。もっとも、それぞれに寛容と忍耐が必要ではありますが。
 ま、もう少し理解と研究が進んでいけば、かかったとしても社会復帰がだんだん容易になっていくものとは思いますが........
#その土壌があるわけですし。


 さて、前回と今回のキャンペーンで精神分裂病と躁鬱病の二つの精神病と三つの神経伝達物質に絡む話を紹介しました。そして、それらの神経系でのメカニズムについてもある程度触れることが出来ました。
 この三つの伝達物質が、実際に自然/故意に関わらず伝達が正常より逸脱すると、情動に絡んだ問題が出てくることは分かって貰えたかと思います。ま、今までは精神病ですのでいずれも病気に関連している以上、基本的には故意な物とは言えませんが。
 しかし考えて下さい。
 精神分裂病はドーパミン神経系の異常と書きました。実際ドーパミンが過剰なら確実に分裂病の症状を出します。そして減ればパーキンソン病様の症状となりました。躁鬱病はノルアドレナリンとセロトニンの関与でした。これらの過不足によって症状が出、そして薬剤によってこれらがコントロールされて症状が改善(あるいは悪化)する、というのは今まで薬剤と神経の話で触れてきました。
 さて、もしこう言った三つの神経伝達物質のいずれか、あるいは複数が故意によって脳内で正常値より増えた、あるいは減ったら? 例えばドーパミンを薬剤などを使って故意に増やしていったら? またはノルアドレナリンやセロトニンを薬剤で故意に増やしたら? これらは多数の例が知られています。例えば、ドーパミンやノルアドレナリンの濃度を故意に増やす、あるいはそれ自体がアゴニストとなってこれらの受容体に結合する。またはこれらの再取り込み機構を阻害する。そうなれば人工的に分裂病様の症状を引き起こすこともありますし、幻覚を覚えることもあるでしょう。また躁病のごとく活力にあふれる可能性もある。
 実は、いわゆる「覚せい剤」や「幻覚剤」などと言った物がこう言った薬剤になっています。
 一般に、精神分裂病、躁鬱病というのはそれぞれ独立して考えられているようですが、その中では三つの神経伝達物質によるアミン仮説があって実はいずれも密接に関連しているものです(レセルピンなどはそれを証明する好例でしょう)。ですが、一般ではこの二つが繋がることはありませんし、またこれらがどこかで覚せい剤などと関連するなどとは思われません。でも、覚せい剤や幻覚剤は精神に働く薬です。そして、実際にこう言った薬物が関わった知識は、精神病のメカニズムの解明に極めて重要なものとなっています。

 そういった話の軸にこの三つの神経伝達物質が関与している、ということは是非とも頭に入れておいて欲しいのですが.......
 少なくとも、読者諸賢が「精神」と「物質」の関係に興味があるならば。


 さて、長くなりました。
 前回と今回のキャンペーンで精神分裂病と躁鬱病、そしてそれより派生する伝達物質と神経の機序、そして薬剤の話でしたが........このキャンペーンは上に書いた通りまだ続く余地があります。
 次のキャンペーンでは、この二つのキャンペーンで得た知識を生かして、いわゆる覚せい剤やコカインと呼ばれる薬物への話をすることとしましょう。

 そういうわけで、今回は以上ということで。




 終わりっと。

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 ま、取りあえずこれで躁鬱病から始まった一連の話は終わりとなりますが.........なかなか興味深いものではなかったか、と思います。現状の部分も入れられましたので、また一層の理解の手伝いにはなると思いますが........まぁ、基本的な部分をおさえればそう難しくはないはずです。
 一見複雑に見えるかもしれませんけどね。
 少なくとも精神分裂病と繋がりがあるということ、そして伝達物質と薬剤の機序などは頭に入れておいて欲しいですが。それぞれを「個別」に見るよりは、遥かに視野が広がることと思います。そして、色々と考えられるものも増えてくると思いますので。
 ま、疑問等があれば管理人までお知らせ下さい。
 それと、感想もあれば是非、と思います。やりがいになりますので........

 さて、そういうことで一つ終わりですが。次回はどうしますかね.........
 まぁ、取りあえず何か考えるとしましょう。えぇ、しばらくクッションを置きたい思いますので。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2002/03/05記述)


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