からむこらむ
〜その146:児ノ飴ヲクヒタル事〜


まず最初に......

 こんにちは。大分冬の雰囲気も出てきましたが如何お過ごしでしょうか?
 いよいよ今年も最後の月となりましたが........これから年末進行などで大変な方が多そうですが、気をつけて過ごしたいものです。

 さて、今回ですが。
 ま、相変わらずちょっと色々とありまして。どうもじっくりと「練る」時間が得られませんのでやや即興となりますが、とある有名な植物の話をしてみようかと思います。
 毒でもあり薬でもある植物ですが.......意外と知られているようで知られていない側面が多くありますので、色々と興味深いものがあると思います。もっとも、分かってないことも多いのですが(^^; ま、全ては無理ですので、ある程度のことを話してみようかと思います。突っ込むと文化的な側面も含めて非常に多くの事がありますので。
 それでは「児ノ飴ヲクヒタル事」の始まり始まり...........



 さて、過去にその66などで話した通り、一般に「高貴な色」として好まれたものに「紫」と言う色があります。詳しくは振り返ってもらえれば分かると思いますが。
 ところで、当サイトの正式名称を皆さんは一応頭に入れていらっしゃると思いますが........いや、「からむこらむ」じゃありませんよ? 万が一ご存知ない方はインデックスに行って確認してもらいたいものですが。ま、それはともかくタイトルも関係している東洋の思想の中にある「五行」と言うものには、それぞれ色を季節・方角などに当てはめています。
 さて、この色に絡むのですが........孔子、孟子を代表とする儒学と老子、荘子を代表とする道学ではそれぞれ「最高とする色」が異なることが知られています。曰く「朱の孔孟、老荘の紫」と。これは、儒学者は朱を最高の色として紫は卑しむべき色と考え、逆に道学者は天宮の最高の色が紫であると考えました。
 この思想は日本にも届きまして、例えば冠位十二階を見ると、冠位の色には青朱白玄(「玄」=黒)に黄色、そして最高色に紫を配しています(そして各色に上下を設けて「十二階」)ので、聖徳太子はこういった思想を配慮したことは間違いは無いでしょう。
 ところで、その中国は歴史が深いですが、春秋戦国時代の世にすでに「紫色の花を咲かせる植物」と言う物が良く知られていました。その植物は当地で「菫(きん)」と呼ばれていまして.......みなさんはこれが何だかご存知でしょうか?
 実はこれ、今で言う「トリカブト」を指しています。
 今回は、この植物の話をしてみようかと思います。


 トリカブトとはどういう植物か?
 ま、少なくとも名前は聞いたことのある植物だと思います。比較的最近ではもう十年以上も前になりますが、保険金目的の殺人事件で使われたと言うことで、一時期やたらと有毒な植物として「ブーム」になったのを記憶している方も多くいると思います。
 トリカブトと言うのは中国を原産とする植物でして、キンボウゲ科の多年草として知られている植物です。北半球を中心に非常に広く生息しており、東は日本、中国〜中央アジアに。更にロシアのシベリア〜ウラルにもあり、北アメリカにもシベリアを含めて分布しています。日本では北海道・東北地方など寒冷地を中心に全国に分布しています。ま、比較的「涼しい」ところにありまして、高緯度地域に多く見られる植物です。
 属名は「アコニツム」でして"Aconitium"と書きます。亜種を含めかなりの種類が存在し、知られています。日本では三十余種が知られています。

 この植物は上述の通り毒を持つことでも知られており、そして有名です。もっとも種によって、そして生育地域・栽培法によってその毒性の有無・強さが異ることが知られています。毒を持つ場合、知られているかぎり植物の持つ毒の中では最強と言われています。その毒の分布はほぼ全草に渡りまして、特に根の部分に多く含まれています。
 そのトリカブトの根は毒であると同時に、漢方薬として用いられており、漢方では烏頭(うず)・附子として知られています。母根を乾燥すると「烏の頭の如く」と言うことで烏頭と。そして、毎年母根の横に新しい子根を生じて「母につく子の如し」と言うことで附子と言われる様になったと言われています。附子は「ぶし」「ぶす」とも呼ばれますが、「ぶす」は東北訛りから「シ」が「ス」に転じた物と考えられています。尚、『出雲風土記』には烏頭は「意宇(おう)」と記されています。
 尚、トリカブトの花の紫色に絡んで、内出血の色を「ブス色」と言う地域がある(東北地方です)のはトリカブトの影響と言われています。また、附子が毒である事から転じて「毒島」姓を「ぶすじま」と呼ぶと考えられています。

 トリカブトの毒は洋の東西を問わず古くから知られていました。
 まず西洋を見ますとギリシア時代に既に記録が残っています。ギリシア神話によると、地獄の番犬であるケルベロスがヘラクレスによって地上に連れ出され、太陽の光を浴びて恐怖のあまり嘔吐し、そこからアコノトスと呼ばれる植物  つまりトリカブトが生えたと言われています。この植物は魔法の神コルキスの島にキルケと共に住むヘカテによって記録され、そして二人は神話中で多くの毒の使用法を広め、そして駆使して殺人を繰り返したとなっています。また、三大悲劇にも出てくる魔女メディアもこれを用いた話(ミノタウロスの迷宮で有名なテセウスを殺そうとする)が残っています。
 ただ、神話ではなく実際の記録にもありまして、当時の『薬物誌』にトリカブトの記述が残っており、更に『植物誌』にはクレタ島の「アコナイ」と言う場所でトリカブトが生えていたとされ、同時にこの植物の名の由来となっています。また、当時は栽培するだけで死刑の対象だったと言われています......が、ギリシャのキオス島においては老人や虚弱な人への安楽死の為に使用が許可されていたようです。

 西洋ではこの植物には数多くの「別名」があり、狼を殺すために使われた(根と生肉を使用したと『薬物誌』にあります)ので「オオカミ殺し」、「豹殺し」「女殺し」。更には継母が継子を殺すのに使われたので「継母の毒」と言う名称もあるようです。また花が似ているので「僧侶の頭巾」、「嵐の帽子」(嵐の時にかぶる帽子。ドイツより)、「青色の鉄かぶと」(ドイツ)、「青い靴」「青いスリッパ」等あります。
 おそらく、相当に事故、そして物騒な出来事に使われたのではないかと思われますが........

 一方、東洋でも上述の通り古くからこの毒は知られていました。
 日本でも古くから知られていたのですが、その有名なものは話のテーマとなりまして、室町時代に発展したいわゆる「狂言」の題材に『附子』と言うものがあります。この『附子』という狂言は、鎌倉時代の説話集『沙石集』にある「児ノ飴ヲクヒタル事」が原作でして、『天正狂言本』にも「ぶすさとう」の名であるそうです。両方とも元は寺の住持と稚児(あるいは小僧)の話ですが、狂言では主人と太郎冠者、次郎冠者に置き換えられています。
 ま、『附子』の概要を書きますと、主人とその従者の太郎冠者、次郎冠者がいまして、ある日主人が出かける旨をこの二人に告げます。そして出かける際に主人は二人に桶を示し、「やいやい、ここに附子があるほどにそう心得よ」と言い、その毒性を
 つまり「(附子の入った)桶から風が吹いてそれに当たっても死ぬほどの猛毒である」と説明します。そしてそのまま出かけてしまうのですが........留守を預かった二人はこの「大毒」と言われた附子を「見てみたい」と言うことで、「あの方(附子の桶)から、ふく風に当たらねばよいによって、この方から精を出してあおいで、そのひまに見よう」と言い出し、扇いで桶に近づいてついに開けてしまいます。そして、見つけたのは主人が大事にしていた当時「超々高級品」である黒砂糖。二人はこれを全部食べてしまいます。しかし当然主人が帰ってくれば怒られる........と、太郎冠者はその言い訳を考えつきます。まず、主人秘蔵の牧谿(もっけい)和尚のすみ絵の観音を破り、台天目を打ち割ります。そして主人が帰ってくると同時に次郎冠者と一緒にうそ泣きを初めまして.........
 と、オチは良く知られているので書くのはやめておきましょう。興味のある方は実際に見てみると良いかもしれません。
 ........面白いですよ?

 こう言ったほかにも様々に事例は知られていますが........
 そうそう、お隣ロシアでもこの毒に関する話で有名なものがありまして、特に政治犯や重犯罪を冒した犯罪者が連行されたシベリアでの話があります。
 御存じの通りシベリアは冬になると厳寒の土地でして非常に辛い。だから苦しみから逃れたい、と言うことで.......囚人達が目をつけたのはシベリアにも生えるトリカブト。毒性は高いので、少量で.........と言う事例が結構あったようです。
 これは、いわゆるシベリア抑留者達にも同じ話が残っています。


 ところで、トリカブトの生息地域(北緯20度以北)では、世界各地で古くから矢毒としてトリカブトが使用されていました。
 例えば、中国漢代の記録にも矢毒が使われた記録があるのですが、この毒はトリカブトと考えられています。また、日本でも特にアイヌ圏内でトリカブトが矢毒に使われていたことはかなり有名でして、非常に多くの記録が残り、考察されています。記録としては平安時代に朝廷による蝦夷の征伐に絡んでアイヌが毒矢を使っているという様な記録が残っていまして、それ以降たびたび時代毎の記録に残っており、江戸時代のシャクシャインの蜂起でも幕府軍を悩ませた記録が残っています。もっとも、この時には鉄砲隊を配備した松前藩に敗れることとなりますが。
 アイヌの矢毒の記録はかなり詳細に残っており、狩猟はもちろんのこと、鯨を獲るのに用いていたことが知られています。その調製方法は幕末の記録によると、「烏頭根にタバコのやにと蜘蛛、水中につくクルンヘという虫を練って筒に入れ、腐らしたものを用いた。しかしそれで獲った肉は中毒することがあるので、今では烏頭だけを用いている」とあります。実際には部族などによって様々な調製法があったようですが........そして、そうして出来た毒を、窪みを設けた鏃を用意し、その窪みに毒を入れて使ったとされています。
 スペースの都合上これ以上は書けませんが、この様な矢毒としての文化史はかなり深いものが知られていまして、アイヌの矢毒使用だけでかなりの事が知られています。
 尚、アイヌでは烏頭を「スルク」と呼んでいまして、面白いことに駿河の国(今の静岡県東部)の「するが」の語源はこのスルクではないかと言われています。これは、富士山近辺の冷涼な気候からトリカブトが得られたこと。そして、大和朝廷の出来るはるか昔にその地を支配していたアイヌ系の先祖(多毛系民族)達の言葉が残ったからこの名前がついたのではないかと考えられています。


 では、このトリカブトの毒性分は何か?
 実は結構複雑でして、関連化合物だけで二十種以上はあるようです。これらはアルカロイドでして、それぞれその基本構造から数種類(アチシン系、アコニチン系、リコクトニン系など)に分類されます。ま、もっともおおまかな分類としては基本構造の骨格の炭素数から分ける事も出来ます。これらは植物によって含まれる成分は異っています。
 こう言った中で最も有名なのはアコニチンを代表とするアコニチン系と呼ばれる物でして、これは炭素数19の基本骨格を持つ化合物です。



 ま、結構複雑な構造に見えますがね。
 学生さん向けに少し書くと、実際には単なるテルペノイドであることに気付くでしょうか? ゲラニルゲラニオールピロリン酸よりアコニチン骨格が合成されると推定されています。少し、ステロイド的な骨格部分の印象もあったりするのですが........
 ただ、この骨格を持つもの全ての毒性が強いとは限らず、実際には猛毒性と低毒性に分かれ、それぞれで骨格が微妙に違います。



 ま、他にもあるのですが、スペースの問題もありますので、取りあえず紹介はこれくらいにしておきますが。
 トリカブトの毒性分の研究は19世紀に始まっていまして、19世紀中には大分分離がされていました。しかし、本格的な構造も含めた研究は20世紀に入ってからでして、これには日本人がかなり大きく関与していることが知られています。この研究はかなり大変なものでして、化学構造に関する知識がある方なら推測できるように、絶対構造の確定などでかなり手を焼いています。

 この植物の毒は即効性でして、食してから比較的短時間で死に至る事があることが知られています。また、有効な解毒剤は現在は存在していないようです。その毒性は相当に強く、アコニチンのLD50その1参照)がマウス経口で0.38mg/kg、ウサギで0.05mg/kg、イヌで0.07mg/kgとなっていまして、その毒性の程が窺えると思います。デルフィニンも1.5〜3.0mg/kg程度でして、他のトリカブト毒の成分も1mg以下と言うものがあります。もちろん、それぞれ植物やその部位によって含有量が異ります。ただ、これだけ毒性が高いと含有量がかなり少なくても誤って食べれば命を落とす可能性は高かったと思われます。ある意味、『附子』で主人の言うように「風が吹いただけで」と言う例えは理解できるものがあります。尚、低毒性のデルソリンはマウス経口で175mg/kg、イヌで25.0とアコニチンに比較すれば低毒性となっています。
 もっとも、既に書いた通りこういう成分を持たない無毒のものも多くあります。これらは食べても余り問題は起きません。
#余談ですが、とある自殺を考えた人がトリカブトを食べたものの、低毒の物だったので「何故私は死ねないのでしょう?」と尋ねたという笑えない話もあるようです。

 トリカブトの中毒に関しては事例から色々と症状が知られています。
 この毒は神経に作用することが知られており、アコニチン系の物であれば呼吸中枢の麻痺、心伝導障害、循環系の麻痺、知覚・運動神経の麻痺を引き起こします。
 では、トリカブト毒の作用機構と言うのはどういうものがあるのか?
 この作用機構は実はかなり複雑で、現在でも余り分かっていません。少なくとも、神経に作用することは知られています。ただ、アコニチンはその73で触れた部分に関与するようでして、Na+チャンネルに作用し、その選択性を低下させる......つまり、「ナトリウムだけ」選択的に選ぶはずのチャンネルの選択性を下げてしまう(開けっ放しにさせる)事で神経伝達のかく乱を行う物と考えられています。この結果、不整脈と呼吸低下を引き起こす事となります。

 ところで、上述の通り矢毒に用いられていましたが........
 さて、では毒などで仕留めた後、獲物を食べても大丈夫なのか、と言う疑問を持つ方もいるかも知れません。しかし、この毒は加水分解されやすく、食べるころには大体分解されてしまい、しかも火を通せば構造も破壊されて安全、と言うことになります。もちろん、仕留めた直後に生ですぐ食べるならばまだ違うのでしょうが。


 と、「毒」の話に固まっていますが.......
 この様な「毒」としての使われ方のほかにも既述の通り、漢方薬として烏頭・附子は重要な物として知られています。
 基本的には利尿、強心作用があるとされます。ま、基本的には上述の作用機構に基づいていますが........ 使用目的は代謝機能失調の回復、身体四肢関節の麻痺・疼痛などの回復、虚弱体質者の腹痛、下痢、失精など、内臓諸器官の弛緩による症状の回復に用いられるようです。
 もっとも、毒性が高い為に当然使い方が難しく、専門家の手でないと危険極まりないですが。また、実際に処方されるものは毒性を弱めるよう加工されたものが用いられるようです(よって、野生のものを「草烏頭」と呼んで区別します)。
 尚、こう言った「虚弱状態を活性化させる」目的で使用されますので、健常者に用いれば強心作用などから心臓などがやられて死に至ることとなりますので、絶対に素人が手を出すべきではないことは念の為触れておきます。もちろん、殺人もダメですが.......まぁ、分析などでばれますがね。実際、最初の方に書いた保険金殺人の事例でもばれていますし。不埒な目的で使用すれば確実に手が後ろに回ると思ったほうが良いです。

 そうそう、これも忘れてはいけません。
 麻酔薬、と言うのは外科手術において非常に重要なものですが........この麻酔薬を世界に先駆けて開発した華岡青洲は、その薬「通仙散」においてチョウセンアサガオを中心とする数々の薬草を使っているのですが、その中の一つにトリカブトを使っています。
 ちなみに、この薬は青洲のかなりの努力の末に作られたものでして、母の命と妻の目を代償として作りだしたものだったりします。
 まさに「命がけ」の成果だったのですが........ここら辺はその内、別の機会で触れてましょう。


 以上が有名なトリカブトのおおまかな話となりますが。
 ま、触れると矢毒の部分だけや、物騒な話で結構書けるのですが........ただ、名前は有名(例の保険金殺人に絡み)でもこういう側面があるのを知らない人は多いようです。実際にはかなり古くから知られていた上に使い方から一部地方では常に生活と密着していました。そして、それらはかなり興味を引くものが多く、文化的にも研究がなされています。また、実際にはこれだけ「植物界でも最強」の毒性を持ちながら、薬として用いられる、と言う使われ方もしています。
 かなり「興味深い」使われ方をしている植物であると言えますが........興味があれば、色々と調べてみるのも面白いと思います。

 と長くなりました。
 今回は以上で終わりとしましょう。




 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 なんつぅか、色々とありまして今週も「練る」時間がありませんでした(^^;; まぁ、それで取りあえず急ごしらえですが有名な植物の話にしてみましたけど......結構名前だけは知られているとは思いますけど、大体が「猛毒」程度の認識が多いでしょうし、他の部分が結構薄いものもありますので、そう言った部分を選んで話してみました。が、実際には本当に色々とありますので、機会があれば調べてみても面白いと思います。
 文化的側面では、本当に色々とありますので.......

 で、次回ですが.......これからまた忙しくなりそうです。取りあえず、何か話のネタを見つけておきたいと思いますが.........(^^;;
 .......ま、どうにか公開したいものです。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/12/04記述)


前回分      次回分

からむこらむトップへ