からむこらむ
〜その87:ギヤマン、ビードロ〜


まず最初に......

 こんにちは。大分涼しくなってきましたが如何お過ごしでしょうか?
 そろそろ美味いものが増えてきそうですが.........何となく楽しみです(笑)

 さて、今回も........私的に忙しいので、大物を計画していません。よって、軽めの話をさせていただこうかと思います。
 今回も前回に引き続いて身近なものの話、です。古くから人類が使ってきたものについて、簡単に話してみようかと思います。ほぼ確実に皆さんが使用しているものでもあります。
 それでは「ギヤマン、ビードロ」の始まり始まり...........




液体だけど固体のもの。固体だけど液体のもの。

これは一体なぁに?


 .........冒頭からなぞなぞなぞを出してみましたが。実は、科学的に真面目に考えてみると、これには代表的なものがあります。
 以上を踏まえた上で........さて、「これはなぁに?」


 我々の生活の中には様々な物質がありますが.........よほど特殊な環境でないかぎり、皆さんはある物質を非常によく使っているはずです。そう、上記のなぞなぞの物質なのですが.........
 では、これは何になるか? と言うと........「ガラス」となります。

 ガラスの歴史は古く、諸説あるのですが紀元前5世紀頃にはメソポタミアにおいてすでにガラス(とは言っても釉薬のとしてですが)が存在していたことが判明しています。もっとはっきりした物だと、エジプトでは紀元前1370年頃(紀元前3世紀という話もありますが)にはすでにガラスが大量生産(とは言っても現代の「大量」とは比較になりませんが)されていたことが知られています。そして、文献に出てくるのは紀元後1世紀。G.プリニウスによる『博物誌』に、偶然によるガラスの発見の話出てくるのが最初とされています。
 プリニウスは学者でもあり、歴史家でもあったローマの人ですが、この人は西暦75年のベスピオ火山の噴火に際して危険地域の住民の救出の為にローマ艦隊を指揮し、ポンペイ近くの海岸へと向かったのですが、この時に火山灰に埋もれて亡くなったと言う人です。この人が生前に著した『博物誌』は科学史などにおいて非常に有名なのですが..........ただ、ガラスの記述に関しては「伝説的」とされていました。

 プリニウスの記したところによるガラスの製造法は、要約すれば「フェニキアの貿易商が砂浜でたき火をしているときに、(船荷の)天然ソーダ(おそらくはエジプトより持ってきた鉱石)で炉を作って炊事をし、そして暖をとるために一晩中燃やし続けたところ、翌朝にガラスが出来ていた」というのがその起源とされています。
 .........さて、では何が起きたのでしょうか?


 では、その説明をする前に「ガラス」について触れておきましょう。
 まず........「結晶」という状態があります(その57参照)。つまり簡単に言えば、「特定の構造が規則的に並んだ」というものです。
 さて、ガラスの主成分は二酸化ケイ素(SiO2)という物質です。取りあえずここで「ガラス」は一端忘れて頂きまして、この主成分である二酸化ケイ素に注目してみましょう。
 二酸化ケイ素の代表的な結晶物質は石英なのですが、この構造はこうなっています。



 石英の結晶では上図のように二酸化ケイ素が「規則正しく並んで」います。この石英の奇麗な結晶は通常「水晶」と呼ばれますが、この結晶は上図の構造を反映して六角形となっています。
 さて、石英は石英でも、これを融解して急速に冷やすと「石英ガラス」という物が出来ます。これは以下のような構造を持っています。



 最初の構造と比べると六角形の構造が「ゆがんで」いるのが判るかと思います。これはすでに「結晶」とは言えません。
 何故このような構造になるかというと、これは、規則正しく「結晶」が出来る前に冷やされてしまった(「急激に冷やす」と書いてある通り)為で、これにより構造が「ゆがんだ」形になります。こういう、「結晶にならずに固体になる」性質を一般に「無定形」、または「非結晶質(非晶質)」と呼んでいます。英語で言えば「amorphous(アモルファス)」がこれに当たります。
 実は、この「非結晶質」と言うものが「ガラス」という物です。実際に大辞林で「ガラス」を調べると、「高温で溶融状態にあったものが急速に冷却されて、結晶化せずに固化したもの。また、その状態。無定形状態の一つ」などと出てきます。実は、「液体がそのまま固まった」という状態でして、ちょっと難しく言えば、ガラスは「過冷却」という状態にあります。
 天然にもこのような物質は存在しており、その代表的なものとして黒曜石があげられます。

 さて、では我々の生活に出てくる、いわゆる「ガラス」と言うもの。例えば窓ガラスとかコップなどのガラスはどういうものか、と言うと..........実は石英ガラスの構造が所々切れていて、その間にナトリウムイオン(Na+)やカルシウムイオン(Ca2+)と言ったものが入り組んだ構造をしています。このようなガラスを一般に「ソーダガラス」と呼んでいます。これが我々の生活で一番お目にかかるガラスとなっています。このソーダガラスは一般に石英ガラスより融点が低いのが特徴で、製造や加工が容易です。
 上記のナトリウムなどの他に、別の金属などが入ったり、構造に別の元素が入ると、色々な特徴を持ったガラスが出来ることとなります。

 尚、この非結晶質であるガラス。見方によっては「極めて粘性の高い液体」とも捉えることが出来ます。
 「液体?」と思われるかも知れませんが、本当なんです。アモルファスと言うものが出てくるまでは「液体」「固体(結晶)」「気体」という三態が物質の状態として考えられていたのですが、アモルファスというのは特殊で「結晶でない固体」、つまり「物質の第四の状態」と言えるような、特殊な物であったりします。
 さて、ではどこら辺が特殊で「液体」であるかというと........中世のヨーロッパの教会に見る事の出来る美しいステンドグラス。これらは今現在見ると上が薄く、下が厚くなっています。これは製法上の問題ではなく、もともとは「均一」の厚さだったのですが、長い年月をかけて重力に負けて、徐々に「上から下」へと流動してしまった結果となっています。身近なものでは、長いまっすぐなガラス棒、ガラス管(厚くなくたわむ程度のもの)を壁に立て掛けておくと、数週間後には曲がってしまいます。
 こういう点がガラスが「液体」の特徴がある、と言えます。そして.......最初の「なぞなぞ」の意味でもあります。
#これを考えると、数百年、千年後に我々の文明の名残がどこかで「保管」されていたときに、ガラス物はどうなっているかが興味ありますが。


 さて、ではある程度説明できたところで話を戻しましょう。
 プリニウスの『博物誌』に出てきた製造法を検証してみると..........まず、「天然ソーダ」の正体は炭酸ナトリウム(Na2CO3)であるとされています。そして、場所は砂浜.......つまり砂があるわけですが、この中には二酸化ケイ素(SiO2)が大量にあります。そして、炭酸ナトリウムで作ったものは「炉」です。「炉」ですので当然「熱」が存在しています。そして、二酸化ケイ素が存在していますので..........熱により炭酸ナトリウムのナトリウム分と、砂の二酸化ケイ素が熱で反応して冷えていけば? 出来るのは「ソーダガラス」となります。
 一応、これを調べた人がいまして.........話によればちゃんと「ガラスが出来た」という話があり、「伝説的」とされていたプリニウスの著書に「正しかった(と思われる)」という裏付けを行いました。

 さて、こうして出来たガラス。エジプトでは杯や壺、瓶などが作られまして王侯貴族が所持していたようです。そして、ローマ時代にローマ人は鉄管の先にガラスを付けて吹く「吹きガラス」という技法を開発し、ガラス容器を作るようになります。この頃には板ガラス(大きなものは17世紀まで無理ですが)も作られるようになり、浴場の明かり窓に使用するようになります。4世紀には日用品にまで使用されるようになり、大分一般的となります.......とは言っても現代とは価値が違いますけど。

 余談ですが.......ガラス工業が徐々に盛んになると、イタリアではガラス作りの「秘密」を守るために13世紀の終わり頃、ガラス職人は全員ある島(ムラノ島)に連れていかれて一生を過ごす羽目になった、という受難の話があります。

 日本におけるガラスですが、これはすでに3〜6世紀にはガラスで出来た飾り玉などがあったことが知られています。ただし、器などは作られることなく、専らこれらは輸入品となっていました。その中で最たるものはシルクロードを通ってきたものであり、聖武天皇で有名な東大寺正倉院に何品かのガラス製の器や瑠璃杯が現存しています。
 日本へ本格的にガラスが輸入されるようになったのは戦国時代、いわゆる「南蛮貿易」が盛んになってからでして、ヨーロッパより大量に輸入されます。江戸時代になるとこれらガラス製品を「ギヤマン」「ビードロ」と呼んで重宝しました。ただし、「ギヤマン」は本来はダイヤモンドの意味でして、ガラスを切るのに用いたことが転じてガラス・ガラス製品を指し示すことになった、という話が伝わっています。また、ビードロは転じて息を吹き込むことで「ポピンポピン」と音のする、フラスコ状の玩具を示す言葉ともなっています。
#ビードロのおもちゃは「必殺!」の映画版か何かに出ていましたね........
#ギヤマンはオランダ語のダイヤモンド「diamant」より。ビードロはポルトガル語「vidro」より


 ところで、ガラスは先ほど書いたように二酸化ケイ素と炭酸ナトリウム、つまりアルカリが必要なのですが、古代のアルカリ源は草木や海藻の灰から得ていました。ただし、徐々に需要が増えてきたために炭酸ナトリウムを大量に必要にする時代がやって来ました。そして、これから出てきたのが.........実はその83で触れたものでして、ルブラン法やソルベー法と言った物になり、これがやがて、いわゆる「ソーダ工業」へと発展することとなります。
#実は、その83の話で重要なのは塩素だけじゃなかったんです(^^;;
 その83で触れた通り、現在でもこの炭酸ナトリウムはガラス製品に重要でして、ガラス関係だけで5割以上の消費がされています。

 さて、現在では様々なガラスが存在していますが.........
 まず、現在において一般に使用されるソーダガラス.......「普通ガラス」はケイ砂と呼ばれる二酸化ケイ素と炭酸ナトリウム、更に石灰岩(炭酸カルシウム:CaCO3)を7:2:1の割合で加え、1400度以上に加熱、融解して作られています。
 しかし、この普通ガラスは脆く、急冷・急な加熱に弱い(物理学的に言えば「熱膨張率が大きく、熱伝導率が悪い」)という欠点があります。これを補ったガラスがいわゆる「パイレックス」と呼ばれる硬質の耐熱ガラスでして、これはケイ砂にホウ砂(ホウ酸ナトリウム:Na2B4O7)を加えて融解して出来た物です。これはホウ素の熱膨張率が小さいことを利用したガラスでして、非常に硬質。化学実験に用いるような器具は通常パイレックスで出来ています。これを見ている方で化学をやった事のある方は確実にお世話になっているでしょう。
#ついで言うなれば、ガラスは様々な化学薬品に対して安定なために、フラスコなどの化学用の実験器具として使用することが出来ます。
 普通ガラスのケイ素の一部を酸化鉛(PbO)を使って鉛に置換した特殊なガラスは「鉛ガラス」と呼ばれ、これは比重が大きく屈折率が大きいことからカットガラスやレンズなどの光学ガラスとして使用されています。更に屈折率を大きくしたい場合はランタンの酸化物(La2O3)などが加えられます。
 板ガラスを柔らかくして「急冷強化法」という方法を使うと、普通ガラスよりも3〜5倍物強度を誇る「強化ガラス」を作りだすことが出来ます。この強化ガラスを二枚、間にプラスチックのフィルムを挟んで出来たものが一般に乗り物の窓に「安全ガラス」として使用されています。フィルムは、これよってガラスの破片が飛び散るのを防ぐ為に使用されています。
#安全ガラスは面白い話があるのですが、別の機会に........
 更に特殊なものとして防弾ガラスなどというものがありますが、これは「結晶化ガラス」というガラスの一つでして........ 「結晶化ガラス」と言うものはガラスとして成型した後に、加熱して結晶化させたものです。本来は不透明なのですが、最近は透明なものも出来ていまして、防弾のほかにも防火用のガラスとして使用されています。また、一部耐熱容器や実験器具にも使用されています。
#もっとも、最近は防弾物はポリカーボネートが比較的よく使われるようですが...........

 余談ですが、昔の戦闘機(レシプロ)のコックピットにはアクリルガラスが用いられており、これをこするとにおいがすることから「においガラス」と呼ばれていた、という話があります。

 さて、ガラスの色についても簡単に触れておきましょう。
 ガラスの色は内部に入り込んでいる金属イオンによって決まります(そういう意味では宝石に似ていますが)。赤色はカドミウムイオン(Cd2+)が、緑ではクロムイオン(Cr3+)。赤紫はマンガン(Mn2+)が関与し、緑色は銅イオン(Cu2+)が関与しています。通常のガラスの断面が青色を出すのは微量の鉄イオン(Fe2+)が関与しているためであり、ベネチアングラスの赤色はセレン化カドミウム(CdSe)の影響です。交通信号の赤もセレン化カドミウムによります。更にビール瓶などの褐色瓶は硫化鉄(FeS)が混じっています。

 さて、取りあえずはいわゆる「ガラス」に触れていましたけど........現在においてはこのガラス。上記のような器や窓ガラスの他、別の用途でもよく使われています。
 スペースが無いので簡単に触れますが、ガラスを融解して急速に引っ張ることで繊維状にすることが出来ることから、いわゆる「ガラス繊維」を作ることが出来ます。物によっては直径数μメートルというおそろしいほどの細さを作ることが出来ますが.........これらは現在においては合成樹脂にガラス繊維を加え、ヘルメット、ボート、浴槽など、幅広く日用品に使用されているほか、建材などにも使用されています。
 また、このガラス繊維は最近どっかの国の首相がお好きな「IT」にも関与しています。
 何がこのITに関与しているか、と言うと........その代表的なものはいわゆる「光通信」に関与していまして、「光ファイバー」という物になるでしょうか。もっとも、情報関係だけでなく胃カメラにも使用されていますし、他の局面でも使われていますが。
 光ファイバーの魅力は、通常の銅線による情報よりも、同じ回線数で数千倍多い情報を送ることが出来るのが魅力とされており、また銅線よりも軽いことから大量の情報を安く送ることが魅力となっています。
 さて、この光ファイバーの電気信号は半導体レーザーでレーザー光線に変換されて光ファイバー内を伝送されます。この時、もし通常ではガラスであれば、1mの長さもあれば不透明になってしまい、とてもデータの伝送などは出来る白物ではありません。どれくらいか、と言うと、通常光はガラスの中を5mも通ればその光の強さは10万分の1にまで落ちてしまいます。しかし、光ファイバーはこのガラス中の不純物を徹底的に取り除いて透明にしたもの(一般に石英ガラス)を用いています。この不純物の割合は、1億分の1、という徹底された精度となっており、光の透過率は通常のガラスより5桁も多く、光の減衰を極力抑えるようにしています。これにより、遠くまで情報を伝達することが可能となっています。
#実際には、ガラス繊維だけでなく、樹脂を使ったものが大分あるようですが。


 さて、更にガラスウールなど、色々と触れたいのですが長くなりました。
 ある程度は触れましたので、最後に........江戸時代におけるガラスを用いたちょっとした与太でも触れて終わりにしましょう。

 江戸時代においてはガラスは非常に高価なものでありました。そうおいそれと入手できるものでは少なくとも無かったのですが...........しかし、中には飽きるほど金を持っているのもいまして.........江戸時代の有名な大阪の豪商「淀屋」という、もとは材木商でしたが、初代の才覚が優れていたのか、一代で大豪商となった店があります。この淀屋は商売によってばく大な財をなし、幕府の年間予算の十数倍以上の財産を持っていた、という話があります。その邸宅の障子にはビードロを用い、更に夏専用の座敷には天井にギヤマンを張り巡らせて水を溜め、そこに金魚を飼って涼を求めるという「贅沢の極み」をしていたことが知られています。当時の書物に名を残すような他の豪商であっても、これを見るに及んでただ、ただ、溜息だった、という話もありますのでその価値を伺い知ることが出来ますが..........
 尚、これ以上の贅沢をしても「屋台骨がびくともしない」程の安定基盤を持っていた淀屋ですが、最終的には五代目(四代目という説あり)辰五郎の時に奉行に呼びだされて「贅沢が目に余る」という理由からお取りつぶしを喰らっています。
 現在の大阪の「淀屋橋」はこの淀屋の名残であったりします。

 いやはや、大したものですが.........
 尚、2000/04/17の過去ログにもう少し詳しい話がありますので、お暇な方はどうぞ。


 では、取りあえず今回は以上、と言うことで.........




 どうにか終了、と.........

 さて、今回の「からこら」は如何だったでしょうか?
 ちょっとあれこれあって、余り熟成が出来ていなかったのですが........まぁ、「そういうもんか」という程度でお気楽に読んでいただければ幸いです。
 ま、実際には光ファイバーの他にも、ケイ素に関しては焼き物、いわゆる「セラミック」などにも関与したりと色々とあるのですが、今回は「いわゆる」ガラス、の話をさせてもらいました。
 楽しんで読んでいただければ幸いです。

 さて、次回は何しますかねぇ........(^^;;
 まだ、私事がどこまで行くかが不明ですので..........頑張ってはいるんですけどね(^^;; 取りあえずもうちょっとで終わりそうですので、そっちが終われば免疫などを考えているのですが。
 .......どうなるでしょうか?(^^;;;

 さて、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.............

(2000/10/10記述)


前回分      次回分

からむこらむトップへ