からむこらむ
〜その86:鍋、原爆、人工心臓〜


まず最初に......

 こんにちは。いよいよ10月ですね..........皆様以下がお過ごしでしょうか?
 全体的に大分涼しくなってきましたが、体調を崩す方が多いようです。皆様、お気を付けを...........

 さて、今回は........ちょっと、最近私的に忙しいので、余り大きな話ができません。ので.......ちょっとお手軽に「発見話」でも、と思います。もっとも、それは「お手軽な話」ですが身の回りに多くある物質なのですが..........
 少なくとも、今現在皆さんの周辺にあるもの、です。
 それでは「鍋、原爆、人工心臓」の始まり始まり...........



 最初に.........
 今回のタイトルをご覧になるとちょっと不思議に思いませんか? 「鍋」と「原爆」。「人工心臓」なんてのもあります。一応、タイトルとして並べているからにはこれらには「共通点」と言うものが存在しているのですが.........
 ピン、と来る方はいらっしゃいますかね?
 いらっしゃったら........凄いと思います。純粋に(^^;;


 さて、上記のタイトル「鍋、原爆、人工心臓」。実際には更にたくさんあるのですが........これらにはある共通点があります。
 それは何か?
 これは、使われている物質、という点で共通点があります........っと、この時点でピンと来た方はいらっしゃいますかね..........? 人工心臓や原爆と言うものはさすがに普通の方には縁がないと思いますので、鍋......実際にはフライパンなどもそうですが。これにちょっと注目してみましょうか?

 皆さんが特にコンビニに依存した生活をしていないかぎり、そして台所がある場合には大抵鍋かフライパンがあるかと思います。
 さて、「物によって」という限定はありますが、ある種の鍋やフライパンと言うものは「焦げが付きにくい」というのを謳っている商品があるのを御存じかと思います。最近の「テレビショッピング」とか、そう言うのなんかでも必ずと言っていいほどそういうことを言っていませんか? まぁ、実際には「焦げ付きにくい」の他にもよく滑り、水を良くはじく、とかあるとは思いますけど。
 それらは一般には........「フッ素樹脂加工」なんて表示があると思いますが...........そう、これが今回の主役になります。そして、それが人工心臓や原爆に関わるのですが...........
 今回は、この「フッ素樹脂加工」の元になった話をしてみようかと思います。


 上記の「フッ素樹脂加工」という物。フッ素樹脂、と言うのは一般には単純にそのまま「フッ素が構造中に入った樹脂」の事を指します。プラスチックの一種でもありますが。
 さて、皆さんはこの「フッ素樹脂」の代表的化合物を御存じでしょうか? いや、「化合物」と言うより「商品名」なのですが......... 世間では極めて有名な商品があります。それは、現在世界最大の化学薬品の会社であるデュポン社の「超有名ヒット商品」でして........
 いわゆる「テフロン」と言うものがこれになります。


 1938年4月。デュポン社の若き化学者ロイ・J・プランケットはある研究を行っていました。それは、テトラフルオロエチレン(tetrafuoloethylene)という(エチレンの水素を全てフッ素(F)に置換した)炭化フッ素化合物から「人体に無害な冷媒を作る」という研究でした(これは、後にフロンガスが担うことになりますが)。さて、このテトラフルオロエチレンという化合物。これは通常の環境下では気体なのでガスボンベに入っているのですが..........
 さて、この月の6日の事。プランケットがボンベのバルブを開けたところ...........一切ガスが出てきませんでした。「ひょっとして、中身が無いのか?」と疑問に思い重量を計測してみるものの.........重さはガスが入っている時の重量と等しいものでした。当然のことながら、助手と二人でこの事に驚きます。「いったい何が起きたのか?」
 プランケットはこの事態に興味を抱き、新たにガスボンベを求めることなくこの一見「空っぽ」(しかし、重さは入っている時と同じ)のボンベについて探求することにします。
 どうしたか?
 彼はバルブの損傷の有無を確認してから........のこぎりでこのボンベを輪切りにすることにしました。そして、その輪切りの中からは.........ワックス状の白い粉末を発見します。化学者である彼はこれを見て、直ちに「何が起きたか」を理解しました。
 何が起きたか? それはガス.....つまり気体であるテトラフルオロエチレン、という化合物が連続して結合、つまり化学反応で言う「重合反応」を起こして出来た化合物、つまりテトラフルオロエチレンの「ポリマー(重合体)」が出来ます。彼はこれが起きたと理解しました。
 これは化学式で示すと以下のように表すことが出来ます。



 たくさんのテトラフルオロエチレンがボンベ内で重合反応を起こし、このポリマーであるポリテトラフルオロエチレンが出来た、という意味になります。この「ポリ-」という接頭語は「たくさんの」という意味でして、「たくさんのテトラフルオロエチレンが結合した物」、という意味になります。
 これが、ボンベの中から出てきた「ワックス状の白い粉末」の正体でした。

 さて、プランケットはこの化合物に興味を抱き、色々と調べることにします。
 まず、合成法の確立をします。そして、色々と実験をしてみると........まず驚くことに様々な強酸、強塩基(単純に言えば「強アルカリ」)、高熱に侵されず、更にあらゆる溶媒に溶けないという性質を持っていました。これは、当時の既存の化合物ではまず存在せず、せいぜいが「砂」程度でした。しかし、砂とは違い「つるつる」したワックスの特徴も持っている化合物という点で「面白い異常な化合物」でした。
 しかし、この化合物は難点がありました。それは........「高価すぎる」という事でした。

 さて、この「高価すぎる」化合物。このままではまず「日の目を見ない」ということになるはずでしたが...........しかし、歴史が皮肉なことにこの化合物の活躍の舞台を与えます。
 時代はこの化合物の発見からしばらく後の第二次世界大戦のまっただ中。ロスアラモスで行われていた通称「マンハッタン計画」、つまり原爆製造計画において、一発目の原爆.........後に広島に「リトルボーイ」として落とされるウラン型の原爆の製造においてこのポリテトラフルオロエチレンが活躍することとなります。
 その30などで触れたように、原爆にはウラン235(235U)が高濃度必要でした。が、ウラン235は天然では0.71%しか存在しません。ですので、天然のウランから99%以上を占めるウラン238を除いてウラン235だけを抽出する作業が必要となります。その方法として、六フッ化ウラン(UF6)という化合物を利用しました。
 この六フッ化ウラン。容易に揮発する物質でして、ウラン235と238での質量差から生じる「微妙な分子運動の差」を利用して235の物だけを選り分ける「ガス拡散法」という方法によるウラン濃縮に使用されました。しかし、難点もありまして.......これが腐食性の物質で更に猛毒。おまけに放射能の問題もあって取り扱いが極めて厄介、という物でした。
 さて、何とか原爆製造を成功させたいアメリカ軍は、ちょうどこの物質の厄介な特徴に頭を悩ませていたころ..........アメリカ陸軍の原爆計画担当の責任者であったレスリー・R・グローブス将軍はたまたまデュポン社にいた友人からポリテトラフルオロエチレンの話を聞きます。早速デュポン社に赴いた将軍は「高価である」というこの化合物に対して「そんなものは問題ではない」と答えて、ウラン濃縮の為に使用し始めます。六フッ化ウランの腐食性にも充分耐えうることが分かったこのポリマーは、ガスケットやバルブに成型されてウラン濃縮に一役買うことになりました。
 これが........テフロンが最初に活用されることになった事例となりました。
 尚、戦争中はデュポン社はこのポリマーを「全て原爆製造用」に使用したと言われます。
#ついでに、六フッ化ウランによる「ガス拡散法」という物は、世界で最初のフッ素の工業利用でもありました。

 さて、戦争も終わって......デュポン社により「テフロン」という商品名を与えられたこの化合物はやがて民間に出てくることとなります。とは言っても「戦後間もなく」ではなく、しばらく後でしたが。実際に、現在も使用されているようなテフロン加工を施されたフライパンが市販されるようになったのは、戦後15年経過した1960年でした。しかし、この当時のテフロン製品.........「焦げ付かない調理器具」という点では「非常に優れた」性質を持っていた訳ですが、実際には金属製の器具の表面に接着することがかなり難しく、主婦がテフロン加工された調理器具を「ごしごし磨く」ことであっさりテフロンははがれていきます。と言うことで、「期待外れ」という商品でした。
 しかし、デュポン社はこれにめげず、研究を重ねて耐久性などを向上させて現在の様な、幅広い需要に応える商品を作り出すに至ります。
 調理器具においては、テフロン加工の物では鉄板焼きでも焦げ付かず、ご飯のジャーでも米がひっつかず。しかも、あらゆる固体の中で最も摩擦係数が小さいためによく滑り、水を良くはじく、という特徴があります。
#「油ひかずに卵焼きがOK」というのもこれです。

 さて、現在ではこのテフロン加工.......フッ素樹脂加工、というのが一般的ですか。この加工が施されているものは非常に幅広くあります。事実、デュポン社のテフロン加工は当初は調理器具などがある程度の数を占めていましたが、しばらく後に需要の方向性が変わり、現在では調理器具はそれほど重要なものとはなっていません。
 では、どういうものに使われているのか?
 これがまた非常に重要でして........テフロンは人体が拒絶反応を起こさない数少ない化合物である為に、人体に対して使うことが出来ます。例えば、人工角膜や人工骨、人工気管。腱や縫合糸、義歯、血管など。そして、今回のタイトルである人工心臓の弁やペースメーカーなど、人工臓器のインプラント材としても使用されています。
 また、人体に関することだけでなく、他にも電線やケーブルの絶縁体として使用されていますし、果ては宇宙でも活躍しています。これは、月面上での太陽からの強力な輻射に耐えることが出来るために、宇宙服の外側の布としても使われていました。また、宇宙船の船体の一部や耐熱シールド、燃料タンクも使用されています。

 あ、ここで再度注意ですが.......
 「フッ素樹脂」と言っても、ここでは、テフロンとして扱っていますけど、このテフロンが最も生産されていて「代表」である、というだけでして、実際にはフッ素が入った樹脂全般を指しますので......色々とあることは忘れずに頭に入れておいて下さい。
 テフロン以外のフッ素樹脂も色々な局面で活躍していますから.........
#そこら辺は別の機会に。


 さて、以上が「テフロン」の話、となります。
 非常に身近にある化合物でありながら、この化合物が偶然より生みだされ、そして........原爆にまで利用された、というのを御存じの方はそうはいないと思いますが.........
 ただ、幸いなことにこの化合物の最大の業績が「戦争での大量殺戮兵器の製造の関与」で終わった、ということだけでなく、その後に様々な局面で.........少なくとも平和利用などに使われ、そして現在でも使われている、と言うのが救いと言えば救いです。
 尚、デュポン社はこの化合物でかなりの利益をあげたのは確かでして、またテフロンが上記のように医療に関係する局面でも活躍することからかなりの「感謝の手紙」がデュポン社とプランケットに「さばききれないくらい」送られた、と言われています。
 時代が変われば、という物もあるのでしょうけど...........

 偶然とプランケットの洞察力が生みだした、戦争と平和に利用された化合物。
 そういうものが身近にある、と言うことを知っておいても.......と思います。

 長くなりました。
 今回は以上、と言うことで..........




 どうにか終了、と.........

 さて、今回の「からこら」は如何だったでしょうか?
 いやぁ、ちょっと最近私事がありまして......というか、色々とありまして、ちょっと「からこら」のネタ熟成に走れませんでした。ので、発見話、ということで比較的軽めにやらせてもらいましたけど..........
 「テフロン」ってのは結構色々な人が知っているとは思います。しかし、これが偶然から出来た事や、原爆に関与したということを知る人はそう多くありません。そして、今では医療や宇宙、工業でも使われている化合物です。
 実は幅広い.......そう知っておいても損はないと思います。

 さて、次回は何しますかねぇ........(^^;;
 ちょっと、私事がどこまで行くかが不明ですので..........まぁ、早めに済ませたいと思います(^^;; リクエストもありますしね。

 さて、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.............

(2000/10/03記述)


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