からむこらむ
〜その145:肌と色とパン〜


まず最初に......

 こんにちは。気温変化が無茶苦茶ですが、如何お過ごしでしょうか?
 今月も今週で終わってしまいますね.......あっという間で早いものですが。

 さて、今回ですけど........
 え〜.......まぁ、数回ほど理論物が続いていますが。ま、後は薬剤代謝とか軽く触れてみたいなぁ、とか色々と思ったんですが、経験的に理論物が続くと評判が悪いので(^^;; ま、そう言うわけでちょっくら方向性を変えてみようかと思います。とは言っても、色々とここのところ忙しいので、結構手抜きになってしまいますが........(^^;;
 ま、今の時期よりは夏にどっちかというと話題にされるものですが.......ま、「良く名前を聞くけど」と言う物質について話してみようかと思います。ま、深くやると色々と深すぎるんで、ちょっと簡単に幅広く。
 それでは「肌と色とパン」の始まり始まり...........



 さて、いつの時代にも世の中には「美人」と呼ばれる人がいますが.........まぁ、個人の趣味もあるでしょうけど、取りあえずは「その時代を反映する美人像」と言う物がいつの時代にも存在しています。例えば、その64なんかでも触れましたが、「色白」と言うのがその条件の一つになることもありました。
 しかし、絶対に色白であるのが「その時代を反映した美人」か、と言うとそうでもありません。例えば、20世紀のある時代などは「適度に日焼けした、健康的な女性」と言うものが好まれることもありました。と、言うまでもないでしょうが、少なくともここ数年で出てあっという間に消えた「山姥」とは当然違うタイプの「日焼け」ですがね。
 ところで、最近は余り見かけなくなりましたが、夏になると日焼けした子供が多く見られました(管理人も良く焼いていましたが)。ま、近年の環境問題に絡んでいるのもあるでしょうし、更に一般的な傾向(外で遊ばないなど)からか子供に限らず最近は「日焼けをした」人達と言うものを以前ほど見なくなった感じがしますが.......また、化粧品のトレンドからすると、余り「日焼け」と言うのは好まれないような感じがします。特に、女性陣に取っては「シミやそばかすのもとに」云々、と言うことで嫌われているように思えますが。
 どんなものでしょうかね?

 と、日焼けの話をしているわけですけど.......
 あの日焼けの原因となる物質と言うのを皆さんは御存じでしょうか? ま、名前ぐらいは聞いたことはあるとは思いますけどね........いわゆる「メラニン(色素)」と呼ばれるのがそれになります。
 今回は、ここら辺について軽く触れてみることにしてみましょう。


 さて、では「メラニン(melanin)」とは何か?
 比較的ポピュラーな名前だと思いますがどうでしょうか。しかし、定義的にはなかなか「?」と言うものが多く、結構難しいものがあると思いますが....... ま、動植物に広く分布する褐色ないし黒色といった色素の総称となっています。化学的に言えばこれに「フェノール類が酸化されて生成する色素」と言う様な条件が付いたりしますが。名称は「mela-」はギリシア語で「黒」の意味があるようですから、多分そこから来ているのでしょう。
#南太平洋の「メラネシア」は「黒い島々」と言う意味ですし。

 では、その物質の正体は? と聞けばおそらく「知らない」と言う人が多いと思います。もっとも、構造を一発で示せるような化合物でもないのですが.........
 ところで、生体の必須成分にアミノ酸があるのですが、その中の一つに「チロシン」と言うものがあります。これは、非常に重要なアミノ酸でして、タンパク質の構成の他にも神経伝達物質、カテコールアミンモルヒネと言った物質の出発物質となり、自然界ではポピュラーかつ重要な物質となっています。
 実は、このチロシンと言うのはメラニンの重要な原料、となっています。



 皮膚の細胞の奥にある色素細胞(メラノサイト:メラニン細胞)の膜に結合したメラノソームと言うところで合成が行われます。ここではチロシンを出発物質として「チロシナーゼ」と言う酵素によってDOPA(ドーパ)を経てドーパキノンになり、ここから様々な経路(色々と分岐します)を経て最終的にメラニン分子を作ります。この分子は「これ!」と言う構造を持っておらず、ドーパキノンより出来る物質が重合して出来た化合物となっています。上に示した構造は「構造の一部」でして、実際にはこの分子が色々と連なって大きな分子となっています。
#この経路に関してはかなり研究が行われており、専門書などで見ることが出来ます。
 こうして出来たメラニンはメラニン顆粒となって御馴染みの色となります。通常はタンパク質と極めて強固に結合して存在しています。その性質は水や全ての有機溶媒に不溶となっていまして、化学的には「扱いにくい」物質となっています。よって、美容関係でも当然のことながら厄介な部分があると言えます。

 では、どうしてメラニン色素は出来るのでしょうか?
 その55その90で少し触れていますが、自然界には太陽より降り注ぐ光がありますが、その中の一部     特に紫外線の一部は有害であることが知られています。詳しいのは過去に触れているので省略しますが、紫外線は波長が短く、そしてエネルギーが高いために、一部はビタミンDの活性化に必要ですが、度を過ぎれば(特に皮膚)細胞に有害です。これを防ぐために「紫外線を吸収して細胞への害を防ぐ」物質が必要でして.......それがメラニン、となります。
 この物質は、肌の奥まで到達する紫外線の刺激によって色素細胞が活性化することにより、活発に合成されることとなります。
 尚、やや専門的ですが.......紫外線と言った「光」を物質が吸収するには、構造中に二重結合が多くあると有利に働きます(専門的には「共役二重結合」と呼ばれるものになりますが)。メラニンはこの二重結合が豊富にあり、この役割を全うするには持ってこいとなっています。
#尚、一部の化粧品は色素細胞を刺激する波長のUVを防ぐのが目的です。
#一方、美容関係での「出来てしまったメラニンをレーザーで消す」と言うのは結合の破壊にあるようです。

 そうそう、その90その91で触れたビタミンAなどのカロチノイドも実はこの役割には持って来いです。実際、光や電波を吸収しやすいので過去に触れたようにステルス技術などに応用されるわけですが。また、紅葉の色の原因となる物質(カロチノイドやフラボノイドなど)にも二重結合が多くあり、これの関与無しには花の色や紅葉を語ることは出来ません。
 そして、カロチノイドは実際に植物を紫外線から守る役割も持っていまして、ある種の除草剤はカロチノイドの合成を阻害することで紫外線からの保護を無くし、葉緑素などを破壊すると言うタイプのものもあります。この結果、葉緑素を失った植物は「白化」と呼ばれる、白くなる現象が見られます。
 ま、それだけ紫外線からの防護の重要性と言えるかと思いますが。

 ところで、世界には皮膚の色で人間を分けることがありますが。
 人間の皮膚の色が各地で違うのは、その地における人間の適応の結果でして、太陽の光が強く降り注ぐ=紫外線が強い地域に行くほど当然これから身を守る必要からメラニン色素が多く産生されることとなります。その割合は、黒人種>黄色人種>白人種となっています。黒人種は主に太陽の強いアフリカで、コーカソイドを始めとする白人種は太陽の強くない地域で、そしてアジアなどに見られるの黄色人種は太陽がそう強くもなく弱くもない地域に住んでいましたから、それぞれその地に適応した結果「肌の色」が出来たと言えます。
 もちろん、言うまでもなくどこかの独裁者などがやっていた、荒唐無稽かつ悪意の塊である「人種の優生学」に悪用されるいわれは全くありません。ただ「長い時間をかけた土地への適応」から生まれた結果となっています。
 ただ、色素細胞そのものの数は各人種ごとに差は大して無いと言われています。では、何故違いが生まれるかというと、細胞の「活性」が違うと言うことが知られています。つまり、「多く作る」か「少なくしか作れない」かと言う違いです。このことは興味深い例がありまして、太陽の強い地域に白人種が行くと、メラニン色素が多く作れないために皮膚ガンの発生率が高い、と言うことが知られています(オーストラリアの白人の死亡原因に皮膚ガンが多いのは有名です)。逆に黒人種では皮膚ガンの発生率が非常に低いことが知られています。
 まさに「適応」の結果とも言えますが........
 もっとも、欧州では晴れる日が少ない為に紫外線量が少なく、このためビタミンDの合成が余り出来ないのでビタミンD不足によるくる病などが多く発生することとなります。このため、彼の地では「日なたぼっこは重要である」と言うことになるようですが.......
 ま、ここら辺は「バランス」と言えるでしょう。

 ところで、今までは主に皮膚の例で書いていますが、良く知られている通り毛髪などもメラニンが関わっています。
 日本だと黒髪が多いですが、これは毛髪の細胞が黒色のメラニン顆粒を多く含んでいる結果となっています。この黒色の卵形の顆粒はオイメラニンと呼ばれています。一方、金髪の場合も実はメラニンでして、金髪の場合はオイメラニンよりも小型で細長い、黄褐色のフェオメラニンと言うメラニン顆粒によるものです。赤毛の場合は、鉄を含む色素が更に関与しています。
 ちなみに、白髪になるとこのメラニンを持っていません。
 また、メラニンは目の虹彩で「暗い背景」を作る役割を担っています。これは「映像をはっきりと映しだす」と言う意味を持っていして、これが欠けると映像がはっきりとしなくなります。
 更に、興味深いことにメラニンは人体では脳や副腎髄質などでも存在しています。が、これらの役割は余り良く分かっていません。
 この様に、メラニンは人体において各所に存在し、そして(一部は不明なものの)役割を持っています。

 尚、動物でも人間でも、まれにいわゆる「アルビノ(albino)」と呼ばれる色素が欠落した子供が産まれるケースがあります。これは一般に「白子症」(アルビノを「白子」と呼んだことから)、ないしは「アルビニズム(albinism)」と呼ばれます。彼らはメラニンの生合成に障害(酵素が無いか少ない、活性が低いなど)がありまして、遺伝的な欠陥によるものと言われています。実際には種類は色々とあるようですが、彼らにとっては上記の理由から強い紫外線は非常な脅威となります。また、目に色素が無いために視力にも障害を抱えるケースがあります。
 これによる苦労が相当にあるようです。
#余談ですが、最近ミャンマーでは白い象がみつかって大騒ぎになったそうですが、これもアルビノの例です。
#ま、権威の象徴みたいなものだそうですが、政争の具に使われるのが哀れですね.........
 また、この様な欠落とは別に、逆に色素が沈着するケースもあります。これは特に大きな問題はないようですが(ガンなんかとの絡みとは別物です)、気にされるケースが多いようです。
#色々と美容関係を調べるとここら辺は出るようですが。


 ところで、人間のみでなく、自然界にもメラニンというのは一般に存在しています。
 メラニンは動植物問わず重要な物質でして、非常に幅広く存在しています。例えばカメレオンが色を変えるメカニズムがありますが、これに関わっています。これは、皮膚に当たる光の量に応じてメラニン色素が動き回りまして、拡散や集合を行い、この結果から色が変わる補助をしています(実際にはもう少し色々と複雑です)。更に、タコやその仲間もメラニンを持っていまして、自分を「黒く変色させる」タイプのタコはこのメラニンを集合・拡散させることでその色を変化させていきます。
 また、一方である種の果物などに衝撃を加えると、その部分を中心に変色することがあります。これも実はメラニンでして、衝撃で細胞壁が壊れた結果、中にあるフェノールオキシダーゼと言う酸化酵素が漏れ、この結果細胞内にあるフェノール様物質が酸化されてメラニンを形成(上に描いたものとは構造がまた違ってきますけど)し、この結果変色します。もっとも、この酵素を持つ物や持たないものもありますので、全ての果物がこうなるとは限りませんし、また変色の速度が違ってくるのですが。

 そうそう、これもある意味メラニンに関係するのですが。
 皆さん、クッキーやパンはお好きですか? これらの色は褐色をしていますが.......実はこの褐色は炭水化物とタンパク質を構成するアミノ酸が反応(酸化反応)した結果出来る色です。この様な色を出す反応を「褐変反応」と呼んでいまして、この反応の結果、あの美味しそうな色や香ばしい香りなどを生みだすのですが........これは食品製造においては極めて重要な反応となっています。.
 こう言ったクッキーやパンなどは褐変反応の例としては有名なのですが、コーヒーやココア豆、ナッツなどを炒ると色が出てくるのも褐変反応です。
 実はこの褐変反応はメラニンに似た構造を持つ物質を生みだします。
 これら反応は非酵素的な物が多く、上述の例(アミノ酸と糖の反応)による非酵素的な褐変反応は「メイラード反応」と呼ばれています。この機構はかなり複雑のようでして、まだ不明な点が多くあります。更に非酵素的な褐変反応にはもう一つ「カラメル化反応」というのもありまして......これはいわゆる「カラメル」を作るときに褐色になるものでして、糖が加熱されて重合化する反応です(失敗すると重合化せず焦げますので要注意です)。

 一方で、(上の皮膚の話のように)酵素的な褐変反応もあります。
 例えば、ビールの醸造時でして、麦芽やホップに含まれるポリフェノール様の物質が酵素によって酸化されると、これらが重合してメラニン様の物質を作ることが知られています。この結果、ビールはあの褐色を持つこととなります。この様な酵素的な褐変反応も食品製造においては重要なものだったりします。
 そうそう、飲み物というと紅茶の色がありますが、あの色もメラニン様の重合したフェノール性の物質によります。
 こう言った褐変反応もメラニンと関係があると言えるでしょう。


 っと、最後に......実は微生物でも「メラニン」と言うものは存在しています。とは言っても、この「メラニン」は上で挙げたようなものとは違っているのですが........
 このメラニンは二酸化炭素と水から酢酸(実際にはアセチルCoAですが)が作られまして、これを出発物質としてフェノール様の構造を作りだし、更に重合させていくことで作られていきます。この物質は微生物の構造の強化に使われます。
 この過程は研究されていまして.......実は、殺菌剤に関与していたりします。特に日本人の主食たる米と縁があります。
 稲につく菌によって引き起こされる重要な病害に「いもち病」と言うものがあります。これは、菌の胞子が稲に付着し、その胞子が稲の内部に侵入することで感染し、稲の生長を阻害するものです。過去にこの病気によって非常に重大な被害を受けていますので、これの防除は非常に重要なものとなっていますが........
 さて、このいもち病菌の胞子なのですが、この胞子は発芽すると菌糸を延ばして稲の内部に侵入しようとします。その菌糸の先は細胞壁とこのメラニンによって「硬く」なっています。しかし、ある種の殺菌剤はこのメラニンの生合成を阻害しまして、その結果いもち病菌の菌糸の強度が落ちて、菌糸の伸びる方向が定まらなくなり、更に稲内部への侵入を防ぐこととなります。
 ま、メラニンついでということで.........


 さて、長くなりましたが。
 以上、簡単ながらメラニンの話を書いてみましたが.......通常では化粧などに絡みやすいせいか「肌」に関する話が多いですが、実際にはもっと幅広く(似たようなものも含めて)存在しています。
 ま、もう少し深くやるとそれはそれであるのですが(紫外線と化粧品とか)、取り敢えずは「幅広く存在している」と言うようなことを認識して貰えれば、また色々と面白いものがあるかと思います。
 少なくとも、パンと肌の関係など想像もつかないでしょうからね。

 と言うことで、今回は以上ということで........




 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 ま、相変わらず忙しくて色々と「練る」時間がありませんで。また、連続して理論物が続いていましたから、そろそろ何か別なのを、と言うことでしてみましたが........まぁ、「化粧品と云々」と言う方が良い、と言う方もいらっしゃるでしょうが、こういう話をしないと全然意味はありませんしね。おまけに、こっちもちょっと時間がありませんので、まぁそこら辺は御勘弁を。  ただ、通常思われているよりもかなり幅広く存在している物質です。そう言う部分を中心に触れてみましたが、色々と理解などをして貰えれば嬉しいですね.......

 で、次回ですが.......え〜、一段落ついたのかまだ良く分かりませんので(- -; 取りあえず時間があれば練ったものを、時間がなければやや即興的な物になるかと思います。
 .......ま、どうにか公開したいものです。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/11/27記述)


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