からむこらむ
〜その147:輝く赤い光〜


まず最初に......

 こんにちは。強い寒波が来ていますが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 何やら寒波とともに風邪ひきさんが多いようですね。皆様もお気をつけを..........

 さて、今回ですが。
 え〜、本当は来年初頭の話にしようと思ったのですが、いくつかネタの回数の問題などもありまして急きょ今回に持ってくることにした話です。まぁ、今年の最初の方のネタの「対比」としても良いかなぁ、と言う気がしないわけでも無いのですが。
 ま、身近と言うか身近でないというか.......皆さんが非常に良く知っている元素の話をしてみようかと思います。
 それでは「輝く赤い光」の始まり始まり...........



 さて、ギリシア神話に残る寓話の中に、神話の中では珍しくとある人間が二つほど主人公になる話があります。
 その人間とは「ミダス王」と言いまして、伝説によれば小アジアのフリュギア王となっています。この人物にまつわる話の一つは非常に有名な話でして........彼が音楽の守護神でもあるアポロンと、同じく音楽が得意な牧神パンの竪琴の優越の判定を下すことになり、その演奏の結果彼はパンに勝利の宣告をします。しかし、アポロンはこれが非常に不満でして、「私の音楽が理解できない貴様の様なヤツに、人の耳などいらん! 貴様の耳はロバになってしまえ!」と言うことで、王の耳はロバの耳に。王はどうにかして隠していましたが、床屋は王の髪を切ることから必然的にばれてしまいます。ですので、きつく口止めをして...........
 と言う、いわゆる「王様の耳はロバの耳」と言う話。
 そしてもう一つは上の話の前のこと。ある日、酒神ディオニソスの養い親シレノスが酒に酔って村人に捕まって王宮に連れてこられた時、ミダスは彼を盛大に歓待した後に酒神の元へつれていくと、酒神は喜んで「礼に願い事を叶えてやろう」と言います。強欲でもあった王はこれに対し、「では手に触れるもの黄金に変えるようにしてください」と言う願いを申し出、これが叶えられる事となります。
 さて、この後王はどうなったか?
 この願いの後の食事時、彼は自分の愚かさを知ることとなります。と言うのは、彼が食べ物を手に取ると黄金に。飲み物を飲もうとして器に触ると中身まで黄金に.........と言うことで、飲食が不可能に。と言うことで、早速ディオニソスの下へ言って「先程の願いを取り消してください」と申し出ると、酒神はパクトロス川で身を清める様指示します。これに従って身を清めると、元の身体に戻って一安心しました.......


 さて、人類に古代から今に至るまで特別に注目され続けている金属と言うものがあります。
 その金属は一説によると「人類が最初に遭遇した」金属であると言われています。その金属はその後にその性質からずっと、現在に至るまで好まれてきました。それは富の象徴であり、権力の象徴であり、そして「永遠」の象徴でもありました。
 その金属とは?
 実は、皆さんもご存知の金属でして、上の話にも出てくる「金」となります。

 金と言うものに関しては色々と知られているものがありますが。
 金は上述の通り古代から知られている金属の一つでして、最も付き合いの古い金属の一つとなっています。そして古くからと並んで価値が認められ、そして最も珍重される金属でした。
 金は銀と並んで遺跡から発掘されていまして、すでに古代文明の遺跡で様々な装飾品などが発掘されています。最も古いのは紀元前4000年頃、オリエントにあった青銅文明が興った時代にはあったようです。しかし、古代文明での有名な例と言えばツタンカーメンの黄金の仮面、棺と言う様な物があるでしょうか。そのほかその61でも触れたように、アルキメデスの話にすでに金の王冠があり、更には聖書には比喩的表現のほか、貨幣として用いたりと金は何度も出てきていることが知られています。
 その後も貨幣や装飾品などを中心として、あるいはそれそのものを「財産」として使われ、保管されることがあるのは皆さん御存じの通りでしょう。

 金の民俗的な側面というのは非常に多く知られていますが.......
 金の持つ魅力(あるいは「魔力」)と言うものについて触れてみますと、何と言っても「希少性」。そして「光沢」があることと言われています。前者はそれ自体で「価値」を持ち、そして権力を持つものしか持てないことを意味します。後者はその美しさでして、人を引きつける何かがある、と言うことです。そして「何物にも冒されない」と言う不活性さ、つまり「安定していて、錆びたりすることなくその魅力を保ち続ける」と言うことは何よりの魅力となっていました。つまり「永遠」と言うものを象徴していたとも言えます。それゆえに宗教的な物のほか、自らの栄華とその永遠(あるいは永遠の命)を求めて権力者達は金を求めていった、と言えます。
 こういった金の魅力は洋の東西を問わなかったようでして、いつの時代のどの場所でもこの金は求められ、そして珍重されました。それらの話は世界各地に数多の伝承、神話、記録などに残っていることがその証明でしょう。例えば冒頭のミダス王の寓話もその一つとなります。また、いくつかの神話で比喩的・象徴的に神(特に主神)の身体が黄金であるとなっているケースがあり、他にも宗教道具が金でできたり金箔を貼ると言うように、宗教的にも密接に関わっていました。他にも北欧神話に女神イドゥンの「黄金の林檎」と言うものがあり、この林檎のおかげで神々が若さを保てると言う設定があります(そしてこれが盗られて騒ぎになる話があります)。「黄金の林檎」繋がりでは、ギリシア神話のアタランテの話には三つの黄金の林檎が出てきまして、徒競走による勝負(彼女が負ければ妻となり、勝てば挑戦者の首を刎ねる)でこれに魅せられたアタランテが敗れると言う話があります。
 日本でもここら辺の事情は変わらず、例えば先日壁画が撮影されたキトラ古墳では天井に星座が配されており、その星の部分に金箔が張ってあったことがわかりました。また、以前にも触れた奈良の大仏にも金が使われましたし、仏像を作るのに金を使う話が『今昔物語集』などに残っています。また『竹取物語』でも翁が竹から金を得る話があったりと「貴重な存在」として見ていたのは確かです。
 他にも色々と「力」というか「魔力」の様な物があったようでして、秀吉の築いた大坂城の井戸は最初水が飲めなかったものの、底に金を敷き詰めたら飲めるようになった、と言う様な話(もっとも、これは後に調査したところ確認できなかったのですが)など、様々な話があります。

 こういった象徴・イメージはその100で触れた通り、銀と対比的になっている部分があり、これに絡んだ話もまた多くあります。銀の話でも触れましたので、ここら辺は余り書きませんが........ただ、興味深いのはいわゆる「魔除け」の役割が銀にはあったのに、金にはそう言う話は余り聞かれません。宗教的には重要視されたことを考えると、何となく不思議なものではあります。

 さて、この様に人を引きつける物があった金ですが、こう言った性質故か「金のために」人が動き、そして歴史が動くことが多くありました。
 これらの例は枚挙にいとまが無いですが.......例えば、アレキサンダー大王のペルシア遠征の目的の一つは金であったと言われています。ローマも金を求めて侵略戦争を行いましたし、他の国家も行っています。大航海時代に入るとスペインは南米で国を滅ぼして住民を奴隷にして金を採らせ(インカの悲劇が良い例でしょう)、ヨーロッパに送っていました。もっとも、ヨーロッパではそれらの金(アフリカからも入っていたようですが)では足りず、更にいわゆる「錬金術」などが発達することとなり、その112で触れたような、かなり「いかがわしい」物も出てくることとなりましたが......もちろん、「哲学者の卵」「霊薬(elixer)」は今に至るまで「本物」は知られていませんし、出来るとも思われていませんが。ただ、この「錬金術」は科学に影響を与えています。
 更に後になりますと、フロンティア時代のアメリカでは西へと開拓(と迫害)が進むうちに金が見つかり、ゴールドラッシュを迎えて歴史の転換点となります。更にはオーストラリア他各地でも金がとれる様になり、オーストラリアの金を求めて移動することとなります(そしてシャーロック・ホームズに出てくる「オーストラリア帰り」の人物などに反映されたりします)。
#余談ですが、ゴールドラッシュのおかげで西部劇のスタイル確立と、ジーンズの発明されたりしますね。
 現代になっても金への「憧れ」や欲求というものは多くありますが、現代になっての金への大きな影響といえばいわゆる「ニクソンショック」でしょうか。これは第二次大戦後に大量の金を持つこととなったアメリカが、経済が傾いて金の流出が激しくなり、1971年8月に時の大統領ニクソンが金・ドル交換停止を始めとする経済政策を打ち出し、これによって世界的に経済の打撃を与えた事件があります。
 ま、もちろんこれらは極一部でして、それぞれに付随する話も含めて非常にたくさんの話が存在していますが........ちょっと書ききれませんね。

 尚、「金の魅力」はこう言った話よりももっと「俗的な部分」でも見られます。
 何か? 現在にも伝わるものとしてはいわゆる「埋蔵金伝説」などと言ったものは御馴染みでしょう。これは世界各地にあるようでして、古今東西様々な形であるようです。日本が絡むものではいわゆる「徳川埋蔵金」が有名でしょうか? また旧日本軍占領地域における山下大将が撤退の際に隠したとされる「山下財宝」などありますか。見つかっていませんけどね。この他にも「某が戦争に敗れて逃げる際、再興のために隠した」云々と言う話はたくさんあります。
 そういえば、カリブ海で沈没船の探索を行っているグループもありますか。こう言った「お宝探し」には必須と言えるかも知れません。
 また、あるいは詐欺などに利用されたり、と言うこともあります。
 この様に金を追いかけていった/いる人がおり、犯罪を犯したり名声を得ことがあるのは皆さん御存じの通りです。
#本当に様々な話がありますが。


 一方、日本に絞って金の話をしてみますと.......
 日本での金に絡んだ初期のものは「漢奴委国王」の文字が刻まれた金印が有名です(卑弥呼も授かったと言われていますが、これはまだ見つかっていません)が.......産金の記録に関してはかなり後でして、749年の『続日本紀』における陸奥国からの貢金の記録が最初となっています。この話は実は奈良の大仏に絡んでいまして、丁度金が無くて困っていた聖武天皇はこれを聞いて大喜びし、元号を「天平感宝」に変えたと言うのは過去に触れた通りです。ただ、この様な記録以前にも原始時代から金を、主に砂金と言う形で少量ながらも得ていたと考えられています。キトラ古墳はおそらくその例でしょう。
 陸奥の金は日本では非常に重要でして、ここでとれた金は色々と使われることとなります。財源としてはもちろんのこと、遣唐使にはここの砂金を持たせたと言われています。また平安時代後期から鎌倉時代前期にここで栄華を誇った奥州藤原氏は、この金を利用して平氏に近づいて官位を得ていますし、また中尊寺金色堂に代表されるきらびやかな文化遺産を残しています。
 また、鎌倉時代にはマルコ・ポーロが『東方見聞録』で「黄金の国ジパング」を紹介しているのは有名ですが、これは中国が日本の(主に陸奥産)の金を貿易に絡んで手に入れていたのを見て紹介したとされています。そしてこれに触発された人々が日本を訪れ、後に南蛮文化を花開かせるなど大きな影響を残します。
 室町時代には足利義満が鹿苑寺の金閣を作るなど、権力の象徴として使われたりしますが、戦国時代になると資金面と言う問題から金山の開発が行われることとなり、特に武田信玄などはこれに積極的だったことが知られています。他の大名も重要視していまして、秀吉などもこれらを重要視していたと言われています。後の江戸幕府も金を重要視して開発を行い、佐渡や東北を始めとする重要な鉱山は全て直轄としていますのでその重視の度合いがみえると思いますが。
 明治以降も金の開発は進み、技術とともに増産されるようになりまして1940年には本土分だけ(植民地除く)で27tも取れたのですが、戦後は枯渇してきまして60年代半ば以降は減っており、現在では余り取れません。


 と、ざっと書いてみましたけど。
 とにかくも改めて言うまでもない「価値」のある金属として考えられていまして、いつの時代も、どの場所でも大事にされていました。そして様々に魅力と意味を持ち、時として歴史に関わった、と言うのは事実となっています。
 ただ、ぶっちゃけた話、銀に比べて非常に「欲」に絡んでいたと言う見方もできますけどね。


 さて、金という物は知られている通り元素です。
 この元素は原子番号79でして、元素記号は「Au」、原子量は196.9665となっています。ま、簡単に197で大丈夫ですが。この元素は自然には同位体が知られておらず、天然にあるものは全て同じ原子量となっています。融点は1064.4℃、沸点は2800℃でして、固体の比重は19.3(20℃)、液体で17(1063℃)となっています。地球の表層には0.004ppm存在していると見られ、存在度は75位と非常に希少な物となっています(自然にある元素は92種です)。
 金は英語でgoldと書きますが、この語源はインドのサンスクリット語の「輝く」と言う意味の語と言われています。元素記号はラテン語の「aurum」が由来でして、更にその語源はヘブライ語の「光」を意味する「or」、または「赤色」を意味する「aus」とされています。日本では陰陽五行の色「青」「朱」「黄」「白」「玄」の中の「黄」が取られており、「黄金(こがね/おうごん)」と言う字が当てられています(Auの語源と言われる「赤色」と違うのは面白いですが)。
 この元素は非常に延性と展性が大きく、元素の中では最大です。この特徴からわずか0.1μm厚の箔を作ることが出来、わずか1gの金で3000mの針金(直径は5Å)とすることが可能です。金箔は波長が約500nm以上の光を透過させます。
 色は御存じの通り「金色」ですが、状態によって外見が異なることが知られていまして、融解状態では緑色、蒸着膜は緑〜青となります。
 物理的に純金は柔らかい金属ですが、化学的には(イオン化傾向が小さい為)非常に安定な物質です。このため単体で存在することが出来ます。反応性は低く酸素とは高温でも反応しにくく、「王水」以外の酸には溶けません。が、シアン化カリウム水溶液には溶けます。
 こう言った特徴が全て上述の「魅力」へと繋がる事となります。

 金の天然での産出は山金か砂金の二種類です。
 産出する際は銀とは異なり比較的高純度でして、65〜99%の物が手に入ると言われています。これらは主に銀とのエレクトラムです。石英脈中に含まれることが多いのですが、この場合は山金が。岩石の風化により見つかるのは砂金でして、純度は砂金の方が一般に高いです。ただ、採算が取りにくいですが。山金でも大きな塊は「ナゲット」と呼ばれ、この最高記録は1872年にオーストラリアで見つかった「ホルターマン塊」という214kgの物があります。日本では明治に気仙沼の鹿折(ししおり)金山での2.2kgと言う記録があります。
 尚、精練法は銀と基本的に同じでして、アマルガム法、青化法、電気精練などがあります。

 金の含有率は一般の百分率では表さず、二十四分率で表されることがあります。いわゆる「24K」「24金」と言うのがそれです。「K」は宝石と同じ「カラット」なのですが、宝石類は「carat」で金の「karat」と区別されます(されてない国もありますが)。もっとも、全部がこれではなく造幣局では千分率で表したりするようですので、そう言うことを考えれば色々と表示法があると言えるかも知れませんが。
 二十四分率の原因は度量衡の記数法に原因がありまして、ローマ時代にヤード・ポンド法の紀元になった十二進法が関係しているようです。貴金属の重さは「トロイ・オンス」と言う単位が使われることがあるのですが、このトロイ・オンスはトロイ・ポンドの1/12でして、カラットはトロイ・オンスの1/24となっています。これらはヤード・ポンド法の単位の一つとなっています。
 もっとも、今これらは貴金属・宝石の類い以外に使われてはいませんが........

 世界での金の生産について見てみますと、1998年現在、金は2480tが生産されていまして、その19.1%を南アフリカ共和国が占めています。続いてアメリカ(14.8%)、オーストラリア(12.6%)、中国(7.2%)、カナダ(6.7%)が続きます。日本は0.3%程度です。その埋蔵量は現在77,000t(1999年)と推測されていまして、51.9%が南アに。続いてウズベキスタン、アメリカ、オーストラリアとなっています。
 ちなみに、銀の生産高/埋蔵量は1.64万t/42万tとなっています。鉄は6.3億t/1120億tとなっていますから、いかに金の量が少ないかわかると思います。
 金は日本でも一応とれますが、精鉱中の含有量を元にした金鉱の産出量では9405kg(1999年)でして実質は輸入に頼っています。ただ、精練所における生産高では147.7t(1999年)となっています(これは輸入した物などを精練したときの数字です)。
 尚、気になる金のお値段は大体1gあたり1200円程度で取引されています。ただし、プラチナはもっと高価で約2000円となっています。

 さて、金の利用法ですが長くなりましたので..........
 今回は、産地に絡み冒頭の話やいくつかの神話では面白いことがありますので、少し触れて最後としましょう。

 いわゆる伝承・伝説というものはその土地でおこる現象の「理由」付けがなされていることがあります。金でもそれが当てはまりまして、例えば、冒頭に出たパクトロス川では実際に砂金が取られており、この由来としてこのミダス王の話があったからと言う説明がなされていたりします。また、北欧神話の豊饒の女神フレイヤは彼女の元を去った夫を探すために世界中を巡ったものの見つからず、その時各地で流した彼女の涙は金だったので、世界各地に金がある、と言う説明がなされています。これをもってこの伝承のある地方では金を「フレイヤの涙」と言うそうですが........
 ま、こういうのも結構面白いものを感じたりしますが。


 と言うことで歴史・民俗等を中心に金の話をしてみました。が、他にも色々ありますが書ききれませんので、取りあえずこれで止めとしましょう。
 次回に金の利用などについて色々と触れてみたいと思います。

 そう言うわけで、今回は以上ということで.......




 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 ま、取りあえず金の話、と言うことですが。一応、書こうと思うと何回でも出来るほど話があるわけですので、取りあえずざっと歴史・民俗を中心に書いてみましたが.......非常に人間と密接に繋がっていると言えます。まぁ、これのおかげで色々と人生が変わった例があると言うのがあるわけで、たかが元素なれど侮れない物がありますが........
 もちろん、これのおかげで色々と興味深い話があるのも事実ですがね。

 で、次回ですが.......取りあえず今回触れていない金の利用法などについて色々と触れることとしましょう。現代の科学技術ではこれは無くてはならないものとなっていますので、色々と面白いものが多いと思います。。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/12/11記述)


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