からむこらむ
〜その151:狂気と月と薬〜


まず最初に......

 こんにちは。新年が始まって1週間が過ぎましたが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 ま、結構緩んでいて引き締めるのが大変、と言う人も結構いそうですけどね.........大丈夫でしょうかね?

 さて、今回ですけど........
 今回はとあるキャンペーンの最初、を行おうと思います。その対象はいわゆる「心の病気」について。ある種の物に関しては、ある程度の物質の関連性が言われており、そしてそれに対する薬が存在しています。もちろん、色々と複雑で不明な点は多くあるのですが、分かっていることもあります。ま、そういうものについて、色々とやっていこうかと思いますが.......もちろん、全部一気には出来ませんので区切りを設けて、そして要点を押さえて行おうと思いますが。
 まぁ、少し長くなるかも知れませんが、おつきあい下さい。「精神」と「物質」の話に興味がある方には多分損はさせませんので。
 ま、こういうことで「心」と言う物と「物質」の関係と言うものに興味を持ってもらえれば、と思いますが.......尚、管理人は医者ではありませんので、「もしかしたら」云々、と言う場合は専門の方へ行ってください。念のため。
 それでは「狂気と月と薬」の始まり始まり...........



2002/01/20付け管理人注
 2002年1月19日に日本精神神経学会は精神分裂病の名称を「統合失調症」に変更することを承認しました(8月に正式決定予定)。が、今シリーズでは統一性を持たせる為、名称の表記変更はしないこととします。
 ご了承下さい。

 昨今、注目されている「病気」の一つに「心の病気」と言われているものがあります。実際には「心の病気」と言う言葉、かなりソフトな表現な上、かなり多くの物を内包  心身症やヒステリー、他諸々も  した言葉となっていますが。
 さて、これらの「心の病気」と言うものは古来よりいくつか知られ、そして問題になってきました。そしてその対処としてどこかへ、例えば座敷牢と言う様なものへ一生涯押し込める、と言う様な事がよく行われ、そしてまた差別の対象となっていました。
 ここら辺の一端は一部で語られている通りですが.......
 ところで、これらは「心の問題」と言う物であるので、古くは「薬など効くはずもない」と言う考えが強くありましたし、そして実際に現在でもその傾向はあります。確かに「心」と言う物は非常に複雑怪奇であり、どこか「科学の届かないもの」と言う部分はあります。しかし、この考えは20世紀半ばに崩されました。そして、現在はある種の心の病気に関して、薬を使った薬物療法が一般的となっています。実際、治癒まではいかなくとも社会への復帰というものが出来るようになりました。
 今回は、こういった「病気」の一つに絡む話をしてみようと思います。


 さて、「心の病気」と呼ばれる物の中に含まれるものとして、いわゆる「精神病」と呼ばれるものがあります。そしてこれには特に「二大精神病」と呼ばれることもある二つの代表的な精神病があります。
 これは何か.......御存じでしょうか?
 聞いたことがあるかもしれませんが........一つは「躁鬱病」。そしてもう一つはいわゆる「精神分裂病」と呼ばれるものです。このうち、前者に比して、後者はその複雑さ、発現の頻度の高さなどから問題となる病気となっています。もっとも、一般では何かの誤解が多く理解が少ない病気となっていますが.......

 では「精神分裂病」とはどういう病気か?
 説明してください、と言ってある程度の説明が出来る人は実は少ない病気です。と言うのは、名前だけが有名と言う傾向がありまして、その重大な部分が理解されていない傾向にあります。事実、いわゆる「多重人格」と思っている人もいます。実際はどういうものかといいますと、「精神の連合の分裂」でして「複数の人格が生じている」とは異なるものです。
 この「分裂」の意味ですが、通常「情報」は脳内において様々な部位で処理が行われ、そして統合・連合されて一つの認識を生み出していきます。ですが、この「統合・連合」が緩くなり、結果として思考などが「分裂」しているという意味です。この結果、思考と情緒の障害が生じることとなります。
 この病気はギリシアの時代から類似の症状が記録されています。が、余り見向きされなかったようでして、概ね19世紀頃になって初めてまともに扱われるようになります。主として比較的若いうち(青年期に多い)に発し、ある種の「痴呆」的症状と言うことで「早発痴呆症」と言う様な呼び方をされましたが、いわゆる「痴呆」とは違うことから徐々に名称が変わり、現在では「精神分裂病」と呼ばれています(「症」は症状を指す)。もっとも、この名称も「誤解を受ける」と言う指摘もあり、2001年後半から日本では改称の動きが具体化していまして、原語"schizophrenia"を重視した「スキゾフレニア」、概念と診断の確立に功績のあった人物より「クレペリン・ブロイラー症候群」、原語を翻訳し直した「統合失調症(統合失調反応)」などが挙げられています。
 現状(2002年初頭)では最後のものが有力のようです。

 少し具体的に症状の説明をしてみましょう。
 この病気の基本症状としてはその思考障害をはじめ、情動の鈍麻、無関心、隔絶、遅滞、自閉行動、情動反復性がみられるようになります。また、二次症状としては幻覚や妄想がみられる様になります。二次症状は基本症状に対抗する  つまり、「彼ら自身がバランスを保とうとする結果」の機序として発現するものと現在考えられています。この基本症状と二次症状は分裂病症状に特有のものとなっています。また、分裂病特有でない症状ですが、不安・緊張・興奮や罪悪意識、抑うつ、心身症という様なことも起こります。
 ま、これではピンと来ないかもしれませんので、代表的な思考障害の例を挙げてみますと.......
 これはあくまでも一例となります。
 この様な感じですので、彼らにことわざや格言などを解釈させると、完全に元の意味を失います。他にも絵を描かせていくと、症状の進行に伴って(例えるならば)「前衛芸術」的要因がどんどん(そして極端に)強くなっていき、完全に「彼らが見ている世界」が違っている事が良く分かります。
 二次症状に注目してみますと、幻覚は幻聴・幻視他あらゆる感覚に現れます。また幻聴は大体は「自分を悪く言っている」様に聞こえることが多いようです。更に被害妄想が強くでるようで、一例として「あそこでしゃべっている二人は私の悪口を言っている」など思い込み、そのストレスがたまると相手に危害を加えたり、抑うつ的となって自殺してしまうこともあるようです。更に「他者の思っていることが分かる」「誰かが私に命令していて、私はそれに逆らえない」「自分の考えは誰かに吹き込まれたもので、これは自分の考えではない」と思い込む事もみられます。
 こういう症状のほか、空笑いを浮かべたり、「自分だけしか理解できない言語」を作り・しゃべる(造語症)という物もみられます。他にも、自分が「大天才」「神」であると言う様なことを信じ込むと言うこともあります。
 ま、色々と書くとキリがないのですが.......とにかくも症状が多岐に渡り、ある程度の類型が出来ているのですが、その類型が重複したり曖昧になったりすることも多く、非常に複雑な病気となっています。
#犯罪を犯した場合の責任能力でもめるのは、ここら辺の診断が難しいからです。
 尚、精神分裂病の診断基準はアメリカなどで作られています。

 さて、こう言った症状をみてみますと、この病気にかかった人は「自らの世界を築き上げる」様になります。ただしその「世界」は我々から見れば「特異」な上に時として「狂気」でして、実際に日本ではこの病気に対して「狂」と言う言葉を与えました。ですので「狂人」と呼ばれ、扱われた人の例にはこう言った病気にかかっていた例があるようです。
 こう言った点を見ると、躁鬱病より不幸なことに、この病気は「人格が崩壊していく」事になります。つまり「自分が(本来の)自分でなくなっていく」上、それも認識できません。意志疎通も困難ないしは不可能となります。そして正常な人間にとっては彼らが何を考えているのか分からないと言うことにもなり、結果として社会的に隔絶されることが多くなります。

 この精神分裂病は数多の有名人達が罹患したことで知られています。例えば、ロシアの舞踏家ニジンスキーや『叫び』で有名なムンク、日本の画家佐伯祐三はこの病気でした。更に「オルレアンの処女」ことジャンヌ・ダルクもこの病気であったのではないか、と言う説があります(「神の啓示」が分裂症によるもの、という見方などあるようです)。
 興味深いことに、芸術家達にこの病気にかかる人が多いようです。彼らの芸術を生みだす「世界観」と少なからず関係はあるのかもしれませんが........

 分裂病にかかる人は色々とあるようですが、説によると世界人口の1%は定型的な分裂病の患者と考えられています。軽度のものも含めると更にこの数字は増えるだろうと言われていまして、実は「珍しい病気」ではありません。この数字は、統計の取られている国ではその政治体系・社会情勢に関わらずどこの国でもほぼ一定していることが知られています。
 発病の有力な要因の一つとしては、遺伝的要因があると考えられています。実際、一卵性の双子などでは片方が分裂病になると、もう片方も50%以上の割合で分裂病にかかる(重篤度は違う)と言われています。また、とある分裂病患者の家系の7代にわたる調査でも遺伝的な要因も関与すると思われる結果が出ています(この結果は通常の発病率の18倍という結果が出ました)。また、更に環境要因も分裂病の因子として知られています。母体内の可能性も言われていますし、また心理的な要因も重要です。
 そのため、遺伝的要因の上に上記のような要因等が関与した結果発病する事が多いようです(とは言っても様々なケースがありますが)。
#つまり家系にいるからといって恐怖する必要はないです。念の為。

 さて、以上が精神分裂病のおおまかな説明となりますが........症例や「精神分裂病の一種」という様な病気とかも含めて色々とありますので、とても全てを書き切れるものではありません。しかし、比較的頻度の高い精神病ですので、調べれば容易により詳しい部分を知ることが出来ると思います。
 ですので、これ以上はそう言った物にお任せするとしますが........

 ところで、この病気はこのような症状を出す上に治療法も無く、古くから「治療不可能」と考えられていました。
 実際にこの病気にかかった人は、重篤な場合には古くは座敷牢の様なもの、現代になれば精神病院などに送られ、そしてそのまま一生をそこで過ごす事となり、それを免れても社会生活は難しいものでした。この「対処」は20世紀半ばまでは「当然の対処」となっており、その結果、例えばアメリカでは精神病院へ収容している患者が増える一方となり、医療負担が莫大な額になります。実際、1955年に米国の全ベッド数の二つに一つはこの病気のために割かれていたと言うデータもあるようです。
 では、どうにかならなかったのか?
 「全く無い」と言う事はありませんでした。例えば病院の環境で症状の軽減が見られるということは知られていました。これは監獄のような閉鎖的環境にするより、開放的にする方が症状の悪化を防ぎ、また改善することが知られています。また、物理的な手段としては、脳の手術をするという方法がありましたし、電気ショックを与える、インシュリンをショック症状寸前まで与えると言うようなショック療法、更に鎮静剤を打つ方法もありました。
 しかし、これらの方法はいずれも「根本的な改善」にはなりませんでした。環境の改善はあくまでも症状の軽減で治るわけではありません。精神衛生改善の活動は当時活発に行われ始め、その成果もあって病院から出る人もいましたが、やはり「自立」は難しいものがありました。また、脳の手術は「人間としてのレベル」を低下させてしまい、更に元の人格とは違うものとしてしまいます。ショック療法の様なものも一時的な改善が見られることがあっても、それ以上にはなりません。また、鎮静剤も「静かにさせるだけ」でした。

 この様な状況の中、科学者や医者はこの「不治の病」への根本的な、あるいは社会復帰が出来る様な治療法、あるいは薬を求めて研究をしてました。しかし根治する治療法もなく、また根本的に有効な薬も見つからず。実際、薬に関しては
 と考えられていました。そのため、精神療法のみがこの病気の主たる治療法となっていました。


 ところで、「狂」という字は「狂った」「狂気」などという言葉に用います。けものへんに王という字は、それなりに意味があったようですが......... 一方、この「狂」というものは月と深い関係にあると昔の人は考えました。例えば"Luna"はローマ神話の月の女神でして、ここから英語"lunar"は「月の」という意味になりますが、"lunatic"は「狂気の」「狂人」を意味します。また、西洋などに見られる「吸血鬼」「狼男」といった「常ならぬ存在」に月が関与している(「満月の夜に云々」というケース)のはここら辺と無関係ではないでしょう。
 そして、これはインドでも同じことでした。

 さて、ソーマの話で触れたインドに古くから伝わる「ヴェーダ」の一つに、医学書である「アユル・ヴェーダ」があります。この中には「月」を意味する「チャンドラ」という名の薬が記載されていました。この「月」の名を冠した薬はいくつかの薬効があるとされ、例えばヘビにやられた際の解毒薬、あるいは(過去にやっていますが)マラリアの治療に、更には不眠症や高血圧。そして「月の病」  即ち精神錯乱に有効であるとされていました。
#実際にはマラリアの治療に効果は無いです。
 この薬はインドにある「インドジャボク(インド蛇木)」というキョウチクトウ科の木より作られるものでした。この木は学名をRauwolfia serpentina(ラウヴォルフィア・セルペンチナ)と言い、インドからインドネシアに生息する木です。ヘビ毒の解毒剤から「serpent」が冠されています。この命名は18世紀なのですが.......実はヨーロッパにおいては類縁の木の報告程度以上の注目はされませんでした。
 さて、この「チャンドラ」という薬。これは上記のような有り様ですので、(ヨーロッパの)化学において注目されることはほとんどありませんでした。一応、19世紀の末期に二人のオランダ人(エイクマンとグレショフ)によって小冊子になって出版・紹介がされるのですが、これも注目されませんでした。また、二人の報告から数十年後の1930年代〜40年代、今度はインド人医師チョプラ(R.N.Chopra)ら3名の博士がインドジャボクの価値を判断すべく、この植物の研究を開始します。そして、30年代前半にこの植物の根の抽出物が血圧降下作用を持つため、高血圧に有効であるとの報告を行います。その後もいくつかの報告をまとめるのですが.......ところが彼らの報告もなかなか注目されませんでした。
 しかし、やがて風向きが変わってきます。
 そのきっかけは1952年のこと、スイスのチバ社(当時)のミュラー、シュリッター、バインの3名はこの植物の血圧降下作用に注目し、根の中から有効成分のアルカロイドを分離したことを発表します。彼らはこの物質をレセルピン(reserpine)と命名し、高血圧の薬として販売しました。ところがこの発表の後、アメリカの精神科医クラインはインドでインドジャボクが精神錯乱への治療薬として用いられていることを知り、その研究を開始します。そして、1954年に精神病患者に対するレセルピンの効果を発表。その内容はレセルピンが不安・抑制・強迫などといった精神症状を改善する、というものでした。更に同時期、同じくアメリカの精神科医ノースもレセルピンが精神分裂病患者に非常に効果的であることを認め、報告しています。
 これらの発表は非常に注目を受けることとなりました。
 それは「薬が効くはずが無い」と思われていた精神病に対して、有効な薬が存在することを示したことにあります。そして精神療法だけに頼っていた精神医療の現場に、今まで否定していた薬物療法が導入される事となります。この衝撃は大きく、研究発表の後に精神医療の現場ではレセルピンが用いられるようになり、そして効果を挙げていきました。
 これは文字通り精神医療の「革命」となります。

 さて、ではどの様に効果があるのか?
 精神分裂病の症状は書いた通りですが、これら患者は攻撃性を持ったり自閉的になるために医者に非協力的、あるいは他人に無関心になっています。ですが、レセルピンの投与後はこれらの要因が無くなり、落ち着きを持ち、協力的になります。この結果、より効果的な治療と管理が行わることとなります。
 これは、ある意味において「奇蹟」的な出来事でした。同時に患者・医者共に非常に大きな恩恵を与えることとなります。


 インドジャボクの根にある、血圧降下作用と鎮静作用をもつ有効成分レセルピンの構造は以下の通りです。



 ま、結構でかい構造ですが、実はフィゾスチグミンと同じく、アミノ酸であるトリプトファンより天然では合成されると考えられています(インジゴも同様です)。化学構造の決定は1950年代半ばに行われていまして、1958年に人工合成はウッドワード(Woodward:後にノーベル賞受賞)らによって行われ、発表されています。

 さて、では何故この物質が血圧降下の作用を持ち、そして精神分裂病に対して有効なのか?
 それを説明する前に、もう一つする話があるのですが........長くなりました。

 今回は以上、ということにしましょう。




 終わり、と。

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 まぁ精神病の話から始まりましたが.......一応、これについての理解と、そして薬についての話、というものをしようと思いまして。それに関連するものが結構出てくるのですが、取りあえずその1話目となります。
 ま、実は単純に薬だけではなく、同時に脳の話も少ししようと思っていまして(^^;; 一応「物質によって支配されている」領域というのがあるわけですのでそう言うことにも触れようと思っています。
 ハイ、しっかりと作っていきたいです。

 ということで次回は今回の続きとなります。
 ま、精神分裂病とレセルピンの話を簡単ながらしましたが、もう一つ忘れてはいけない薬がありますので。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2002/01/08記述 同20日補足追加)


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