からむこらむ
〜その152:もう一つの薬と手がかり〜


まず最初に......

 こんにちは。暖かくなったり冷えたりと変動が激しいですが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 ま、風邪などには気をつけたいものですが。

 さて、今回ですが........
 今回は前回の続きといこうかと思います。ま、精神分裂病と存在しないと思われた薬があった、という様な話をしました。が、実はまだこれには色々とありまして........もう一つの薬の存在が欠かせないものとなっています。
 今回はそこら辺も含めて、また先に進めていこうかと思います。
 それでは「もう一つの薬と手がかり」の始まり始まり...........



2002/01/20付け管理人注
 2002年1月19日に日本精神神経学会は精神分裂病の名称を「統合失調症」に変更することを承認しました(8月に正式決定予定)。が、今シリーズでは統一性を持たせる為、名称の表記変更はしないこととします。
 ご了承下さい。

 さて、前回は精神分裂病の話をし、その最後に「ない」と思われていた薬があったこと。それがレセルピンであるということを話しました。
 ところで、レセルピンは1950年代の話でしたが、実は同時期にもう一つ、非常に重要な薬剤が存在しています。そして、それはレセルピンよりも重要性を帯びているものでした。
 まず、その話から始めましょうか。

 その薬剤は、レセルピンのような植物ではなく、全く別の経緯から生まれたものでした。
 19世紀にドイツで合成されていた物質にフェノチアジンという化合物があります。この化合物はメチレンブルーと呼ばれる色素の合成に使われ、そして化学療法の創始者エールリッヒ(その27参照)によって殺菌作用が認められた為に、類縁化合物が実際に殺菌作用を期待して使われていました。



 こういったこともあり、フェノチアジン系の化合物は化学療法に使う薬剤として研究が行われることとなります。この研究はアメリカやフランスで行われ、様々な効果への試験が行われました。例えば、抗菌や駆虫、抗マラリアなどを期待していたのですが........
 さて、そんな研究を行っていた中の一つに、フランスの製薬会社ローヌ・プーラン社がありました。
 この会社ではフェノチアジン系化合物を合成して色々と検査を行っていたのですが、その中でいくつか興味深いものを見つけます。それは3015RPとナンバーを付けられた化合物でして、これには強力な抗ヒスタミン作用があることが判明しました。フェネタジンと名付けられたこの化合物は研究が進められ、最終的には3277RPという化合物を開発。これをプロメタジンと命名し、抗ヒスタミン薬として販売がされます。
#薬剤の開発ナンバーは大体英数字です。RPはおそらく「ローヌ・プーラン」の略。



 しかし、プロメタジンは副作用がありました。それは眠気をもたらし、そして乗り物酔いを防ぐという作用でした。
 これは何を示すか?
 実はこれは鎮静作用でして、中枢神経の抑制作用を示すこととなります。ピンと来なければ......例えば眠気という部分。これは一般に中枢神経に作用する結果眠気をもたらすこととなります。モルヒネの作用はこれですし、その他一般的な「睡眠薬」として知られるものも中枢神経への作用の結果となっています。
 つまり?
 これを確認した研究者達は、ある種の精神の病気。例えば躁病などといった患者への治療に使えるのではないかと考えました。
 しかし、様々な挑戦の後、この試みは失敗に終わりました。

 一方、1950年のこと。
 フランスの神経外科医であるアンリ・ラボリはある薬剤を研究していました。これは、麻酔を開始する際に患者に用いて鎮静させ、恐怖感を緩和する事が目的の薬剤でして、そのためにいくつかの薬物の「カクテル」の調合をしていました。これは更に目的もあり、例えば麻酔というものが心臓などの臓器に与える影響をこのカクテルで抑えることが出来るのではないか、ということもありました。これには彼の持論もありまして、当時は麻酔中に突然死するケースがしばしばあったのですが、その原因として彼はヒスタミンが麻酔中に遊離され、これによって突然死するのではないかと考えていました。
#過剰なヒスタミンはアレルギーなどの原因となりますので、その関係ということになります。
 そういうことで、彼はその目的に叶いそうな薬......特に抗ヒスタミン薬を求め、ローヌ・プーラン社にそのような薬があるか求めました。ローヌ・プーラン社はこれに応じてプロメタジンを送ります。これを用いたラボリはプロメタジンの鎮静作用に満足し、更なる結果を求めて同社に対して手持ちの薬物を全部送ってくれるよう頼みます。ローヌ・プーラン社はこれに応じて効果の如何に関わらず、様々な薬剤をラボリに送ります。
 その中に、抗ヒスタミン薬として開発したものの、鎮静作用が強すぎるうえに抗ヒスタミン作用が少ないと評価された薬剤、番号「4560RP」  のちに「クロルプロマジン」と呼ばれる薬剤がありました。



 これらの送られてきた薬剤を試したラボリですが、中でもローヌ・プーラン社では評価が決して高くなかった「4560RP」、つまりクロルプロマジンの効果に注目します。その理由はこの薬剤の強い鎮静作用でして、これに注目した彼は次の様に考えます。それは、例えば手術前に興奮している患者などに用いれば手術の前に手間をかける必要がなくなる、というのは大きなメリットであろう、と。このことから、例えばこれを興奮した患者、特に精神錯乱などが見られる患者に用いればどうか? そう思ったラボリは精神科の同僚にこの薬物の使用を奨める様になります。
 では、精神科医はどう思ったか?
 実は、少量のクロルプロマジンを使用した精神科医の多くは効果を認めませんでした。しかし、そのような中でもパリの二人の精神科医ジーン・デレーとピエール・ドニケールはこう言った結果を気にしませんでした。ラボリの話に興味を持った二人は自分たちの患者に注意深くクロルプロマジンを投与し、徐々にこの量を増やして様子を調べていきます。最終的に他の医師が行っていた処方を遥かに上回る用量にまでなったものの、興味深いことに彼らはこの薬剤が精神病患者に対して確実な改善効果を見られることを確認します。特に興奮や不安、更に活動過剰状態の躁病患者、そして精神分裂病患者にクロルプロマジンが大きな効果を発揮し、彼らに落ち着きを与えて鎮静させ、治療しやすく、管理しやすい状態に変えました。丁度前回触れたレセルピンと同じように。
 彼らの結果は大きな衝撃を与え、レセルピンと同じく、クロルプロマジンは精神医療の現場に用いられるようになります。これは、面白いことにレセルピンのデビューと同時期の出来事でした。


 さて、奇しくも全く同時期に片方は天然物からレセルピン、そうしてもう片方は抗ヒスタミン薬の研究から生まれたクロルプロマジンというこの二つの薬剤が、それまでの常識  つまり「精神に効く薬なんてあるものか」という考えを覆すこととなります。
 そして、この二つの薬剤で精神医療の領域に大きな革命を引き起こすこととなりました。
 もっとも、それだけでは終わらないのですが........


 ところで、話を戻しまして、クロルプロマジンを扱ったデレーとドニケールはこの薬剤の持つ効果に非常に興味を持ちます。特に様々な投与の結果から、彼らはクロルプロマジンを「精神病患者に対する鎮静薬」という見方ではなく、「抗精神分裂薬」として考えてよい、つまりは薬によって精神分裂病の持つ狂気を減じているのであろうと考えます。
 では何故狂気が軽減されるのか?
 彼らが考えたのは、まず分裂病の根本的な部分でした。それは前回触れた通り、家系調査からもたらされる「遺伝的要因」が示す可能性でした。「遺伝が関与する」というのは昨今の言葉で言えばいわゆる「遺伝子が関与する」のであり、同時にこれは遺伝子が何らかの病気の要因を持っているのならば、ここから生みだされる生体情報が正常ではない、つまり生体を構成する何かに障害がある可能性がある、ということを意味します。もし、これが正しければ、精神分裂病の原因となる障害部分はどこにあるのか?
 言うまでもなく、この回答は「精神のあるところ」。つまり「脳」ということになります。
 このことから、彼らはこの薬物が脳のある異常な部位(つまり精神分裂病を引き起こしている原因)に対して作用し、その結果として狂気が軽減されるのではないか、と考えます。もっとも当時はまだ確信できる証拠もなく、あくまでも推測でした。実際、薬剤が分裂病患者の思考に直接働き掛けるのか、それとも薬剤が異常な部位に作用して興奮を鎮め、その結果思考障害が自然に消えるのか、などと色々と可能性が考えられました。
 答えを求めるべく、この後も薬剤の研究は続き、クロルプロマジンの成功から各製薬会社ではクロルプロマジンの誘導体を作り、研究し、そして効果を測定しました。これはある程度成功/失敗をします。そして、これらの研究はこれら薬剤が様々な症状を出す精神分裂病でも、活動が過剰なタイプの患者には「鎮静」を、そして引きこもる患者には「賦活作用」を引きだすことを示し、確認されていきます。
 この一見矛盾する結果は、薬剤が「鎮静効果をもたらす」ということだけでは説明できないものでした。つまり、「鎮静」だけならば引きこもる患者が「賦活」する事はありません。これは、デレー達の推測である「抗精神分裂薬」である可能性を高めていきます。
 また、一方で精神分裂症の心理学的分野からの研究も進んでいきます。「分裂病は何が原因か」を探るべく、患者の「思考」と「感情」のそれぞれが別々に検討され、そして様々な薬剤、例えば睡眠薬とクロルプロマジンといった物などの効果測定が行われていきます。これらの結果、クロルプロマジンなどの精神薬は明らかに思考障害を軽減した一方、睡眠薬などは思考障害を軽減させることはありませんでした。
 こう言った様々な結果から、少なくともクロルプロマジンといった薬剤は「何かの要因で彼らの精神分裂病を軽減させる」ということを確信させるようになります。
 そして、今度は精神分裂病とこの薬剤との具体的な関係の究明がなされることとなりますが........そのためには、まず「何故精神分裂病が起こるのか」、という点の解明が行われる必要がありました。

 では、何が一体原因なのか?
 この手がかりは実は前回触れたレセルピンが一つの手がかりを示します。


 レセルピンとクロルプロマジンはほぼ同時期に登場した、ということは上に触れました。
 この二つの薬剤は非常に興味深い共通点があります。その一つは精神分裂病のもたらす思考障害を軽減し、患者を扱いやすく管理しやすい状況にすること。そして、もう一つは両者に共通する「副作用」でして、薬剤を投与するとある症状を引き起こすことでした。
 その症状とは、いわゆる「パーキンソン病」として知られる病気と似たような症状でした。

 パーキンソン病とは何か?
 名前だけは少なくとも有名だと思いますが、1817年にジ ェームズ・パーキンソンという医者によって報告された病気です。運動障害を引き起こす病気でして、(安静にも関わらず)手足の震えが起こったり、筋肉の硬直、動きが極めて鈍くなり動き出すまでに時間がかかる、姿勢の維持が困難という様な症状が代表的です。これは著名人もかかっており、例えばボクサーであったモハメド・アリやマイケル・J・フォックス(彼は社会復帰していますが)などが有名でしょうか。現在の法王ヨハネ・パウロ2世もこの病気にかかっていると言われています(法王庁が認めたか記憶に無いのですが)。ヒトラーや毛沢東も、という話もあるようですが.........
 人口10万人に対して80〜100人前後がかかり、50〜60代でかかるのが最も多いと言われています。もっとも早期に発症するケースもあり、20代でということもあるようですが。男女差は無いと考えられてます。
 尚、現状では有効な薬が開発されていますので、比較的重度でも改善出来るといわれています。

 と、簡単にパーキンソン病の説明をしましたが。
 レセルピンとクロルプロマジンは興味深いことに、このパーキンソン病様の症状  パーキンソン病由来で無い場合の症状は「パーキンソン病症候群」と呼ぶ  を発します。これに興味を持った研究者達は色々と調べた結果、二つの薬剤とも「分裂病の症状を緩和するのに必要な用量」の辺りからパーキンソン病様の症状を出すことが分かってきます。
 それはどういうことか、というと........クロルプロマジンやレセルピンが脳内で何らかの作用を行い、その結果として精神分裂病の狂気を軽減させ、一方でパーキンソン病様の症状を引き起こすということです。つまり、これらの間に「何らかの関係があるのではないか」と言うことになります。
 ということは?
 これらの関係を調べていけば脳での薬剤の挙動に精神分裂病の原因、そしてパーキンソン病の原因に対してある程度の説明がつけられるのではないか? ということになります。
 そして、これらの解明は脳の研究が行われることによって進められることとなります。


 ところで、その詳しい話をする前に少しやっておく点がありますので触れておきましょう。
 その72その73その110その111などで触れた通り、脳には中枢神経があり、そしてこれらは神経伝達物質によって神経管で電気信号のやり取りがあるということは説明しました。これら神経伝達物質は様々ですが、窒素を含んだアミン化合物が多くあります。その73で触れたアセチルコリンの様なものもその一つですし、その119で触れたオピオイドもそれらの仲間です。その104で触れたノルアドレナリンやドーパミンも極めて重要な神経伝達物質です。また、これに加えて今まで名前だけ出ているセロトニンという物もあります。他のものは過去の記事を参照にしていただきたいですが.......



 以上のうち、上段の三つのノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンは今後しばらく関係するので頭の片隅にいれておいて下さい。これらは脳の活動、肉体的運動から知情意に深く関係し、精神病や麻薬等に深く関与する物質となります。

 これらの脳内での神経伝達物質の計測は1950年代中ごろから本格的に始まりました。そして、ある程度のこれらの物質の測定技術が開発されることとなります。
 これらの経緯は詳しくは書きませんが、測定技術の発達を受けて、それまで全くの謎ばかりであった脳の仕組みに関して少しずつメスが入れられるようになっていきます。そして、丁度レセルピンやクロルプロマジンが出て様々な疑問を提示し始め、脳にその謎の解明の鍵があることが分かってきたころ、脳内の神経伝達物質の測定技術がこれに利用されることとなります。
 ま、偶然というか必然というか。非常にタイミングは良かったと言えるのですが..........


 と、それらの話をするには長くなりました。
 今回は以上ということにしましょう。




 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 ま、前回の続きでしたが.......取りあえず、レセルピンとクロルプロマジンは精神分裂病には欠かせない話ですので、今回はその点について触れてみました。とはいっても、ご覧の通り精神分裂病だけでなく、パーキンソン病も絡んでくることが分かるかと思いますが。これらはいずれも精神分裂病の機構解明に関係していきます。
 ま、もっとも精神分裂病の話だけをするつもりは毛頭ありませんけどね。前回書いた通り、「脳の話」がメインですから。

 さて、そういうことで次回から本格的にその脳の話になりますね。
 「何がどうやって」、という話をしていきたいと思います。大分、核心に近くなってきました。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2002/01/15記述 同20日補足追加)


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