からむこらむ
〜その22:連なる亀の手足〜


まず最初に......

 こんにちは。なにやら疲労蓄積の管理人です。 皆様は如何お過ごしでしょうか? 季節変動..........予想通り負担が大きいようです(-_-;;

 さて、今回は前回の続きの話。
 実は、身近にある物質は前回お話した「ベンゼン」を「骨格」として持つものが多いです。 今回はそういった辺りをお話してみたいと思います。 もっとも、「身近」でないものも一杯あるんですけど...........(^^;
 それでは、「連なる亀の手足」の始まり始まり..........



 さて。前回までは..........ベンゼンの構造についての話とおもむろにやった「お絵描き講座」をしました。しかし、肝腎の話が出来ていませんので(「オチ」つけていませんし(^^;)、今回はそのことについてお話したいと思います。

 それでは最初にもう一度ベンゼンの構造をあげておきましょう。


 これがケクレのベンゼンです。 思い出して頂けましたでしょうか? で、水素と炭素の記号を省略したものが


 の様な表記になる.........といったことをやりました。 OKでしょうか? 前回を見ていただければより分かりやすいとは思いますけど..........


 さて、それでは先に進みましょうか。
 このベンゼンは前回の最後に「いろいろな物質の母体」になる。と、書きました。ではどのようなものがあるか、具体的なものを上げてみる........前に、ベンゼンの「基」について一つ触れておきましょう。
 他のアルカン等と同じく、ベンゼンも「基」になります(忘れた方は、その20を参考に)。ではどうなるか? アルカン等と同じくベンゼンから水素を抜くと下の図のようになります。



 で、図にあるようにベンゼンから一つ水素を抜いて出来た「基」を「フェニル(phenyl)基」と呼びます。
 さて、ではその20の様に「性格を決めるパーツ」である官能基をつけてみると以下の図のようになります。


 代表的な物を三つほど上げてみました。 一番左は名前を聞いたことはあるでしょう、「トルエン」。溶剤や、実験室での溶媒によく使われます(ちなみに、1ガロンで\4000しません(笑))。 そして真ん中は「安息香酸」といいます。食品添加物にある「安息香酸Na」の母体になります(-COOHのHがナトリウムにかわったものです)。 そして、一番右は「フェノール」。弱酸性の物質で、殺菌などに良く使われます。
 いずれもさまざまな化合物への合成する時に重要な物質であったりします。

 では、このベンゼンは水素一個分しか置換(置き換え)出来ないのでしょうか? いいえ、もちろん違います。 2個の水素を別の官能基にすることも可能です。


 左は殺菌・消毒剤として有名な「クレゾール」。 右は頭痛薬「アスピリン」の元になる「サリチル酸」という物質です。 もちろんまだたくさんありますが、取りあえず「聞いたことがある物」ですね.........
 そして、もちろん3個以上の水素を別の官能基に置換することは可能です。だんだん複雑になりますので1個だけ有名な化合物を紹介しましょう。


 ハイ、爆薬です。「2,4,6-」というのは、「トルエン」を母体として考えると(-CH3を「1」として)、ニトロ基(-NO2)が2,4,6に当たる位置にあるからです(で、「3個」の「ニトロ基」なので「トリニトロ」)。 尚、トルエンを母体にせず、フェノール(-CH3の代わりに-OH)を母体にすると、「ピクリン酸(2,4,6-トリニトロフェノール)」という高性能爆薬になります。フランスで見つかったこの爆薬は日本人(下瀬という人物)の手により「下瀬火薬」として日露戦争で使用されました(2000度もの高温を出すそうです)。
 ま、余談ですが.........

 さて、ちょっとここで考えてみてください。
 「2個の水素を置換した」例でクレゾールを挙げました。 でも、クレゾールってこれだけでしょうか? 答えは違います。下の図を見てください。

 そう、実はクレゾールは3種類あるのです。それぞれベンゼン環に「-CH3」と「-OH」がついていますが構造が異なっています........そう、同じ数の元素で構成されているのに、その構造が違う...........そう、その19でやった「異性体」って奴です。 2個以上水素が置き変わると、この異性体が関与してくるのです。
 さて、上記のクレゾールですが、この異性体は図にあるように3種類あります。 一つは「o-クレゾール」と呼ばれる官能基が「隣あった」構造のもの。 一つは「m-クレゾール」と呼ばれる官能基が炭素を「一個おいた」構造のもの。 そして「p-クレゾール」と呼ばれる「反対側」に官能基があるものです。
 これらはいずれもその物性は異なり、沸点(沸騰する温度)などがことごとく違ってきます。 また、このての異性体を持つ物質は構造によってまた、薬剤などの効果も異なり、時として非常に重要なポイントとなることがあります(これと官能基の組み合わせで、例えば殺虫剤ならば殺虫力が著しく異なってきたりします)。
 ちなみに、一般的に殺菌・消毒用に用いるのは「p-クレゾール」と呼ばれるものが使われるようです。(尚、このクレゾールは微生物を扱う人は良くお世話になることも多いでしょう。その他公衆衛生にも関与します。)

 さて、「o-,m-,p-」などと挙げましたが、呼び方について解説しておきましょう。「o-」は「おー」ではなく「オルト」と、「m-」は「メタ」、「p-」は「パラ」と読んでいます。 よって、上記のクレゾールの例で言うなれば左から「オルトクレゾール」「メタクレゾール」「パラクレゾール」と読んでいます。


 さて、ベンゼンはベンゼン環一個のみならず、「環と環」が連なった形の結合もまたあります。


 環が2個でなる「ナフタレン」は防虫剤関係で有名ですね。 3個の環からなるアコーディオンの様な構造をもつ「フェナントレン」と「アントラセン」は異性体です。

 またこのベンゼンの環を持つものの中には毒性の高いものもまたあります。


 左は彼の有名な「PCB」の基本骨格です。左右のベンゼン環に塩素が入ることでその毒性を発揮します。 真ん中は「ダイオキシン」の中でも最強毒性を持つ「2,3,7,8-TCDD」。 右は有名な発ガン性物質の一つ「ベンゾ[α]ピレン」(単に「ベンゾピレン」でも通じます)と呼ばれる物質です。


 さて、一通り構造が羅列されたところで立体構造について少し触れておきましょう。
 ベンゼンの立体構造は基本的にアルケンと一緒で「平面」な構造になっています。 では、ここでちょっと面白い比較をしてみましょうか。
 C6H6のベンゼンと、C6H12のシクロヘキサンの構造を見てみましょう。どう言った構造になるでしょうか?


 左はベンゼン。右はシクロヘキサンの略記と具体的な構造。 そして、下には立体構造です。ごらんの通りベンゼンは「平面」な構造で、シクロヘキサンは「でこぼこ」な構造をしています(いす型と船型の両方の構造をとります。ただし、安定性はいす型が高いので、いす型の方が存在する割合が多いです)。 単純に描くと良く分かりませんが、こうして立体構造を描くと非常に面白い構造となっています。
 そして、この立体構造が薬物に関与したときに..........また、大きな差がでてくるのです(それはまた、別のお話)。

 さぁ、大分長くなってきました。もうちょっとで終りにしましょう。
 さて、環状の構造をもつ化合物はベンゼンやシクロアルカンのように炭化水素化合物だけでしょうか? もちろん違います。 中には炭素や水素以外にも元素が関与する環状化合物もあります。


 どこかで聞いたことがあるかも知れませんね......... 上記のような化合物を「複素環式化合物(heterocyclic compound)」と呼びます。これは炭素と水素以外の元素が入った環状の化合物の事です。これらはピリジンの様に溶媒にもなったり、さまざまな合成の原料にもなります。 そして、下段のピリミジンとプリンはいわゆるDNAに関係する化合物で、遺伝子関係で「塩基」と呼ばれるものの構造に関与します。 またプリンに関してですが、もちろん食べ物でデザートの「プリン」ではないので注意です。この物質は、「痛風」という病気に関係します(痛風にかかると、「プリンの多い食品を食べてはいけない」と言われますが、この物質の事です)。


 さて、長くなりました。本当は色々とまだあるのですが、次で最後にしましょう。

 前回の冒頭でのお話のように、インスピレーションを得たケクレですが、そのインスピレーションを元に論文にして提出。 そしてさまざまな検証の結果、現在ではその構造に異を挟むものはいません。この大化学者(科学者?)の考えたベンゼンは広く支持され、そしてさまざまな場所で色々な形で使われ、そしてつねに身近なところにこの様な構造をもった物質があります。

 さて、そのケクレですが、この様な言葉を残しています。それをもって締めとさせていただきましょう........

「紳士諸君、夢を見ることを学びましょう。そうすればたぶん真実を学べるでしょう。」(August Kekule,1890)

 .........われわれは「真実」を学べるのでしょうか?




 さて.........なぁんか忙しかった.......(^^;;

 さて、今回の「からこら」は如何だったでしょうか?
 今回は、前回のベンゼンに続いてそれに関係する、しかも「どこかで聞いたことのある」物質について挙げ、そして複素環や構造などを挙げてみました。 実はいろいろな物質の中でもこれに関係する物質は非常に重要な地位を占めており、どこかで何らかの形で.........例えば食品中や、薬、道具など............皆さんが使い、触れ、なじんでいるものであったりします。 その様な「環」の基本的なお話をしてみましたが............構造が多くなっちゃいましたね(^^; 「こんなものがあるんだぁ.......」という認識でOKです。

 ご意見、ご感想をお待ちしていますm(__)m

 さて、次回は.........パスツールに関わる話でもしてみましょうか。ちょっと考えてみます。

 それでは今回はこれまでで。 かなり風邪引きさんが多いようです。皆さん、くれぐれもお気を付けてお過ごしください............

(1999/06/01記述)


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