からむこらむ
〜その91:Aとニンジンとステルス〜


まず最初に......

 こんにちは。いよいよ立冬ですね。皆様、如何お過ごしでしょうか?
 まぁ、いつまで経っても秋雨前線が下ってくれませんが........それでも秋は深まってきていますね。紅葉前線も下ってきていますし。ま、もうちょっと秋晴れが続いてくれると嬉しいんですけどね.........

 さて、今回は前回は視覚について触れましたが、そこの絡みで出てきたビタミンAの話。
 前回は「視覚」の中での「ビタミンA」の役割でしたが、ビタミン、と言うことですので生体に深く関わってきます。そして、ビタミンAはまた、色々と別の方面で関わってくるのですが..........
 それでは「Aとニンジンとステルス」の始まり始まり...........



 さて、ビタミンAという物の話を今回してみようと思いますが......その59その60は軽く目を通しておくと良いかも知れません。
 ビタミンの基本的な部分(微量で有効、脂溶性・水溶性など)は今回触れるつもりはありませんので。


 さて、今日はやること一杯ですので.......いきなり本題ですが、ビタミンAの発見について最初に触れておきましょうか。

 最初のビタミン、と言うのは「その59」で触れていますが.......「フンクのビタミン」。または「オリザニン」という........つまり、ビタミンB1が最初です。ま、歴史は上記記事を参照してもらうとしまして.......最初に発見されたのにも関わらず、何故これが「A」では無く、「B」なのか? これは理由がありまして........
 フンクのビタミンの発見の後。アメリカの農芸化学者オスボーンとメンデル、マッカラムとデービスらにより、牛乳中の成長促進因子を研究するうちに、バターに含まれる動物成長促進物質が発見されます。この物質は更に研究が進められ、バター脂の他にも卵黄の油脂や肝油中にも含まれることが確認され、更に植物脂中にはないことを確認しました。つまり、フンクのビタミンとは異なり、「油に溶けるビタミン」を発見した事になります。
 このビタミンをマッカラムらは「水に溶ける」フンクのビタミンとの混同を避けるため、バター脂中の成長因子を「脂溶性A」、フンクの水溶性の因子を「水溶性B」と名付けました。
 これが「ビタミンA」の最初の発見となり、そして二番目に確認されたのにも関わらず「A」と名付けられた理由となっています。

 ここで余談ですが、後にコーエンとメンデルという二人の人物により、「この二つの因子だけではモルモットが成長しない」ということがわかり、更に複数の人間によって研究が進められて十以上の因子が確認されます。そこでアルファベット順に名付けて行ったために、「ビタミンA」「B」「C」「D」.........などと名付けられることになります。とは言っても、後に「これは違う」とわかって一部は淘汰されていくのですが.........
#だから「欠番」がビタミンにはあります。
 ついでに補足ですが、「生命の(Vita-)アミン(amine)」で「Vitamine」と最初呼ばれたのですが、「アミン(窒素を含む化合物)」だけではない、と言うことで最後の「e」が抜けて「Vitamin」となった経緯があります。

 さて、ビタミンAとはどういうものか?
 ビタミンAとは前回にも出てきた、「レチノール(retinol)」という化合物です。が、実際にはいくつかの構造があり(誘導体)、それが体内には存在しています。
 まとめて図示しますと........



 実は3種類の誘導体がありまして、レチノールの他に「レチナール(retinal)」、「レチノイン酸(retinoic acid)」と呼ばれるものが存在しています。いずれも、末端部分が違うだけです(図中の縦線の右側のみが異る、と言うこと)。
 ま、高校の有機化学をやれば出ますが、覚えていらっしゃる方はレチノールはアルコールですので、酸化してアルデヒドであるレチナールに。レチナールが酸化して酸であるレチノイン酸になる、というのを想起していただければより理解が進むでしょうか?
 ちなみに、専門的な補足ですが(わからなければ無視して下さい(^^;)、レチノールとレチナールは酵素により体内で相互変換出来るのですが、レチノイン酸になると不可逆となり、レチナールに戻ることは出来ません。
 化学的には「脂溶性」であるために脂に溶けやすく、体内では肝臓に貯蔵されています(専門的に絡めると、糖タンパクと結合体で)。

 では、これらはどういう働きがあるのか?
 VitaminAは前回説明した「視覚作用」(こっちの場合はレチノールだけでなく、レチナールの方も関与しますけど)の他にもありまして、成長促進の作用を持ち、生殖機能の維持にも関与していることが知られています。また、皮膚や粘膜の構造を維持する働きがあります。ですので、裏を返すと、不足した場合には「欠乏症」としてこれらの機能に障害が出てくる、と言うことになります。
 不足した場合をもう少し詳しく書きますと........視覚では前回に「夜盲症」がある、と書きました。また、成長に関与するわけですので、不足すれば成長の遅滞を引き起こします。皮膚や粘膜の場合では、いわゆる「角質化」という症状が起こります。また、生殖機能(特に精子の形成)にも障害を起こすことになります。
 この中で特に女性にとって関与しそうなのは皮膚や粘膜のケースでしょうか? と言うのは、一部の化粧品などの成分をご覧になっていただければわかりますが.......ビタミンAが入っているケースがあるかと思います。これ、実は上記の理由が関与しているからです。また、粘膜の維持が上手く出来ない、と言うことは皮膚のみならず粘液の分泌がうまくいかないため、粘膜が多くある消化器系や泌尿器などにも影響を及ぼします。更に、眼にも影響を及ぼし、欠乏することで眼球乾燥症(下手すれば失明します)という症状も起こします。

 そうそう.....生理作用というと、レチノイン酸は遺伝子の発現に関与することが知られています。これは1980年代後半に報告されていまして、細胞核内にこれと結合するレセプター(実際には他のにも結合する)が発見されています。ま、これは専門的過ぎて難しいのでここでは省略しますが.........
 ただ、これが成長や生殖機能にも関与しているのではないかと考えられています。
#専門的注:RAR、RXRと呼ばれる様なレセプターが関与しています。

 ところで、このビタミンは「脂溶性」です。さて、ビタミンというものは足りなければ「欠乏症」が起こるのですが、脂溶性ビタミンの一部では過剰に摂取すると「過剰症」という症状が起こることが知られています。これは、油に溶ける為に人の体内に残りやすい(水溶性だと、不要なものは全部尿中へと排出される)のが原因となっています。もうちょっと詳しく書きますと、ビタミンAは体内でたんぱく質と結合して蓄えられているのですが、余りにも摂取しすぎると結合できるたんぱく質が無くなってしまい、これによって血中にビタミンAが「漏れ出して」過剰症が引き起こされます。
 ビタミンAの過剰症はいくつかありますが.......吐き気やむくみなどを引き起こしたりするのですが、代表的なものは肝機能に障害を出すことが知られています。この過剰症は面白いことに、最初の報告は北極探検隊によるものでした。これは、探検隊がホッキョクグマを食べたのがきっかけでして.......つまり、ビタミンAの食物連鎖の頂点にホッキョクグマがいた、と言うのが原因となっています。
 尚、他にも過剰症の報告はありまして、北極圏に住むイヌイット達がアザラシの肝臓を食した際にも同様の過剰症が起こる事が報告されています。
 ついでに、細胞核にも関与することから、過剰症でガンなどの異常が発生してもおかしくはないです。アメリカで過去の報告によれば妊婦によるビタミンAの過剰摂取で胎児に異常・奇形を引き起こすことが知られているのですが、これはこう言った事が原因ではないかと考えられます。

 まぁ、バランスよく摂取することが重要、という意味でもありますが..........
 では、どういった食品でビタミンAを補給できるか、と言いますと、ビタミンAは動物の肝臓に多くあるほか、卵やチーズ、バター牛乳などに多く含まれています。また、赤色野菜より多く補給することが出来ます。


 さて、ビタミンAにはその60で触れたように「プロビタミン」が存在しています。ま、解説はその60をご覧になってもらいまして.........
 プロビタミンAとして有名なものとしては「カロテン(carotene)」と言うものがあります。一般には「カロチン(carotin)」として知られているものです。まぁ、化学屋では「カロテン」が一般的なのですが.........他にもクリプトキサンチンと呼ばれる化合物などがプロビタミンAとして知られています。
 カロテンはα、β、γがあり、これらは植物が作りだすことが知られています。特にプロビタミンAとして有効なのはβでして、一般に「βカロチン(βカロテン)」として知られています。これは、以下のような構造を持っています。



 これは、ビタミンAが二個くっついた構造になっていまして........諸説あるようですが、よく言われるのは青い点線の部分で酵素の働きによってビタミンAが二個生みだされると考えられています。
#酵素により端っこからぶった切られていって(専門注:β酸化による)、一個しか出来ない、と言う話もあるようですが。
#完全な専門向け注:ビタミンAを作りだすには、構造中にあるβイオノン環(β-ionone ring:構造中の環状部分)が必要となっています。開環していたり、二重結合の位置が違う(αカロテンなど)とビタミンAは出来ません。

 尚、上記のようなカロチンに似たような構造を持つ化合物を一般に「カロチノイド(carotinoid)」(または「カロテノイド(carotenoid)」)と呼んでいます。これは非常にたくさんの種類があり、600種類以上が知られています。もっとも、ビタミンAを作るのは一部ですが。
 一般にこのようなカロチノイドは動植物界に広く存在しています。
#余談ですが、工業的にはレチナールよりβカロチンを合成させており、一般に販売されています。
#↑学生諸氏向け注:Wittig反応を使うのですが........

 βカロチンは生体にとっては非常に有効でして、ビタミンAを作りだす他にも、抗酸化剤としての役割が知られています。これは、いわゆる発ガンなどに関する「活性酸素(その15参照)」を捕捉する働きがあることが知られています。βカロチンは比較的低濃度の酸素の存在下でも働くことが出来るため、高濃度で同様の働きをするビタミンEと共同で抗酸化作用、ひいては抗がん作用をすることが出来ると考えられています。
 また、βカロチンはビタミンAとは異り、過剰症が現在のところ確認がされていません。ですので、生体内ではβカロチンを貯蔵しておき、必要に応じてビタミンAを作る、という挙動をしているのではないかと考えられています。
 .......ビタミンAを一気に取るよりはこっちが健康的ということになりますねぇ.......

 ちなみに、βカロチンは植物でも非常に重要な役割をしています。
 特にどういうところで重要か、と言うと............植物の葉には葉緑素がありますが、実はこれは日光ですぐに壊れてしまうことが知られています。しかし、βカロチンの膜で日光の強い光から保護されているために壊れないようになっています。もし、この保護が無くなるとどうなるか、と言うと葉緑素が破壊されて白化(「クロロリシス」と呼びます)し、光合成が停止、死滅することとなります。
 これを利用した除草剤が実は存在していまして、ピラゾール系と呼ばれる除草剤は植物のカロチン生合成を阻害することで除草作用を発揮することが知られています。つまり、こういった阻害剤を植物に浸透させ(夜〜明け方のうちに使う)、直接日光に晒すことで葉緑素を死滅させ除草効果を発揮させる、という方法が使われます。


 さて、ここで話を変えまして........これらのカロチノイド。実は面白いことに色に大きく関わってきています。
 先ほどビタミンAの所では「赤色野菜に含まれる」と書きましたが、実際には赤色野菜.......ニンジンなどですが、これにはβカロチンが含まれています。これは、βカロチンが上記の反応によりビタミンAを供給する、という意味でもあるのですが、同時にβカロチンはニンジンの色を出してもいます。実は、某社の「ファイブミニプラス」は「ニンジン色」ですけど、あれは宣伝文句通り「βカロチン」が入っているためでして、その存在からああいった色を出している訳です。
 まぁ........実は、「カロチン」の語源。これは「ニンジン」の「carrot」にちなんで名付けられたものだったりするのですが..........
 カロチノイドは一般的に黄色から赤色の系統の色素です。前回分の可視光線の波長などを見れば、おおまかな範囲はわかるかと思われますが.........
 ニンジンなどの他にも、赤色野菜としてトマトなどの果実がありますが、これに含まれる「リコピン(レコピン、リコペンとも)」というカロチノイドは赤色をしています(専門向け注:カロチンの環状部分が開いた化合物。異性体)。
 植物だけでなく、動物でもカロチンが色素になっているケースはあり、代表的なものとしては海老や蟹があります。「?」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが........海老や蟹を茹でると赤い色になりますよね? これ、実は生体内で最初はカロチノイド色素はたんぱく質と結合しているのですが、これが熱が加えられることによって結合が切れ、これによりカロチノイドの色が出て赤くなる、という原理になっています。
 また、一部の食品を「非常に大量摂取」した際(みかんの食べ過ぎとか)、皮膚の色がその食品の色にまで変化することが稀にあるのですが、これはそう言った色素の影響によるものとなります。
#って、そこまで行けば本当に食べ過ぎですけど(^^;;

 また、最近は大分「季節柄」となってきましたが.........紅葉にもカロチノイドは関与しています。
 紅葉.....のみならず花の色素にはフラボン類(黄色系)、アントシアニン類(橙、赤、紫、青など)、カロチン系(黄色〜赤色系)の三種類の色素が関与しています。いずれも構造には共通性があるのですが..........
 ま、それはともかく、紅葉の原理を簡単に説明してみますと.........
 落葉植物ではある時期が来ると葉への栄養供給が遮断されます。これにより、徐々に葉緑素は破壊されていき、同時に葉にあるでんぷんは分解してブドウ糖になり、これがアントシアニン類に変わっていきます。また、もともとあったカロチノイドも葉緑素が無くなることにより、カロチノイドの黄色が目立ってきます。
 こうなる事で葉は赤、または黄色となり、「紅葉」となります。


 さて、色々と書きましたけど.......最後に、ビタミンAの類縁化合物.........「レチノイド」と総称されるのですが、これらは最近あるところで活躍しました。それは........ペルシャ湾や東欧.........いわゆる、湾岸戦争やユーゴ紛争に関わってきています。
 これは米空軍が開発した戦闘攻撃機F-117「ナイトホーク」、爆撃機であるB-2「スピリット」と呼ばれる、「見えない戦闘機/爆撃機」、いわゆる「ステルス戦闘機」でひと括りされる軍事技術に関与しています。
 一応、次のような化合物やその類縁体がこれらに関与しています。



 ビタミンAの構造に左側が良く似ていると思いますが.........一応、「例」であって、実際にはもうちょっと違う化合物が使われているかも知れません。
 専門的な事を書きますが(わからない方は無視して下さい(^^;;)、レチノイドの共役構造と窒素の部分が電磁波の吸収に関わってきます(ついでに、カロチノイドの共役構造は活性酸素の捕捉にも関与します)。

 尚、レーダーと言うのは、レーダー波を出して、それが機体などに当たることで反射。これにより「探知」するわけですが、ステルスではこのレーダー波を「吸収」してしまうのでレーダーによる探知を防ぐことが出来ます。もちろん上記のような化合物で万全、ではなく、色々と機体構造などを工夫して更に探知しにくくする訳ですが........(だから、あぁ言う変わった形の航空機になるわけです)
 まぁ、これで思い起こすのが一つありまして..........どっかのゲームを元にした実写映画では、「ステルス船」と称して「カメラから見えず透明になる」という爆笑物のシーンがあったのですが、実際には単に「レーダー上では見えない」というだけです。ここは間違えないで下さいね(^^;;
#「ス○リー○ファイター」のアメリカ作成の映画版です(笑)

 余談ですが、もともとこの技術は日本の某有名電機メーカーが、都会での電波の乱反射を防ぐための工夫として開発したそうで...........それに目をつけて軍用転換された、という話があるようです。
 ........もうちょっと平和的な利用法をして欲しいものですが..........


 と、長くなりましたね。
 以上のように、ビタミンAやそのプロビタミンであるカロチン。こう言ったものは様々な部分で関与している、ということが言えます。
 紅葉や鍋の時期ですが.......ちょっとこんな話でも思い出して食べていただければ.........
 ........美味しくないですかね?(^^;;

 まぁ、興味を持ってもらえれば、と思います。

 駆け足になりましたが、大体の概要を書くことが出来ました。ま、専門的にやればまだあるといえばあるのですが、それは難しい本に任せるとしまして.......
 今回は以上、と言うことにしましょう。




 ふぅ.........

 さて、今回の「からこら」は如何だったでしょうか?
 ま、今回は書くことが大目でしたので、ちょっと駆け足でしたけどね(^^;; 深いところまで結構いけるのですが、かなり専門的になりすぎる、というのもあってこういう形になりました。
 まぁ、結構面白いものだとは思いますけど.........特にカロチノイドと色の話はちょっとした雑学となるかと思います。
 興味を持ってもらえれば、と思います。

 で、次回は.......済みません。ちょっと私事が立て込んでいまして、来週のネタはまだわかりません(^^;; まぁ、どうにかしたいとは思っていますけどね(^^;;

 さて、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.............

(2000/11/07記述)


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