からむこらむ
〜その90:目と夜とウナギ〜


まず最初に......

 こんにちは。10月もついに終わりになりますね。皆様、如何お過ごしでしょうか?
 大分気温が下ってくるようになりましたね。鍋物が美味しそうですが.......ただ、飲みすぎ食べ過ぎにはお気を付けをm(_ _)m

 さて、今回は久しぶりに生体の話。
 今回は、「目」の話となります。とは言っても、それで終わるわけではないのですが。これに関わるビタミンがまた奥深いものですので..........
 それでは「目と夜とウナギ」の始まり始まり...........



 皆さん御存じの通り、人間は「五感」という物を持っています。「五感」と言うのは、人間の持つ「知覚」でして、「触覚」「嗅覚」「聴覚」「触覚」......そして「視覚」という物があります。これらは人間への「情報」ということで処理されています。
#まぁ、中には「六個ある」「七個ある」と主張する方もいるかも知れませんが。
 さて、この「五感」はいずれもが欠けても生活に支障をきたしますが........中でも非常に重要なものに「視覚」があります。と言うのは、人間の得る情報の7割が「視覚」から得られている、と言われているからです。これは非常に説得力を持っていまして........想像していただければ簡単ですかね? 「もし、視覚を奪われたら?」........見ることが出来ない、と言うことはそれだけで「情報」が大きく制限されている、と言うことに気付かれるかと思います。
 つまり、それだけ重要なものである、と言うことです。

 では、今回はこの「視覚」について触れてみましょう。


 それでは......まず、我々が「ものが見える」というのはどういうことでしょうか? .......意外とこう言った事を考えたことがある方は、そうはいない様な気がしますが.........
 我々にとって「ものが見える」ということは、どういうことか、と言うと.......極めて単純に言えば「光を感じる」ということになります。非常に堅く言えば「自然界に放射されている様々な波長の光の中で、可視光線の領域を目で感受すること」ということになります。「可視光線」と言うのは、自然界にある様々な波長の光の中でも、ある特定の、「人間が感知できる領域の光」でして、物理的には大体400nm〜800nmの領域の波長を持つ光を人間は感じることが出来ます。そして、人間はこの可視光線の波長以外を「知覚」することは出来ません。
 波長に関しては図示すると以下のようになります。



 波長が短いほど「青み」がかり、波長が長いほど「赤く」なっていきます。そしてご覧の通り、実はいわゆる「虹の七色」の並びとなります。
 尚、紫外線はその55で触れた通り「UV」とも言われ、3種類が。それより波長が短く(100nm以下)なるとX線となります(そして、γ線にもなります)。

 ちなみに、「空が青く見える」と言うのは、可視光線の中の青色の部分が大気中の粒子によって散乱し、その光が我々の目に入るから「空は青い」ということになります。間違っても、「宇宙が青い」ということではありません(笑) 同様に、朝日や夕日が赤いのは大気中の粒子の散乱によって、太陽光の中の波長の短いほう(青色の部分)が散乱されて、残った赤色の波長の光が目に入るから「赤い」と認知することとなります。そして、可視光線の領域の波長を全て「吸収する」物があればこれは「黒」として認識し、全て「反射」させてしまうものがあれば「白」として認識することとなります。
#裏を返せば、黒は「光を吸収する」=「エネルギーの吸収」を行うので、日に当たれば温度が高くなりやすくなります。

 さて、ではこう言った光を感じるものは何か? と言われると.......人間において「視覚」を司るのは御存じ「目」となります。
 目の構造は簡単に言えば......まず「角膜」がありまして、ここを通った光は「水晶体」と呼ばれる「レンズ」へ(水晶体は英語で「lens」ですが)。ここで焦点を合わされて(焦点が上手くあわなければ「近視」「遠視」などになる)「網膜(retina)」と呼ばれる部分に達します。
 この「網膜」と言う部分は更に細かく出来まして.......網膜と言うものは「桿状体(「桿体」とも)」「錐状体」と呼ばれる細胞が集合しています。これらは一般にまとめて「視細胞」と呼ばれています。ここで光の刺激を受けると、様々な反応の結果として視細胞の奥にある双極細胞〜神経細胞層〜神経繊維層を通って視神経を通じ、電気信号として脳へと送られ、ここで「感覚」=「知覚」として認識されます。

 さて、では「光」を知覚する為に、網膜では何が起きているのか?
 網膜には桿状体と呼ばれる、「桿状」.....つまり棒状の細胞があるのですが、ここにはある「ロドプシン(rhodopsin)」というたんぱく質(分子量約4万)があります。ここが「光を感じる」という点において重要な働きをしています。
 「ロドプシン」と言うのは「オプシン(opsin)」というたんぱく質に、「11-シス-レチナール(11-cis-retinal)」という化合物がくっついたものになります。オプシンと11-シス-レチナールと言うのは、その69で触れたような「鍵と鍵穴」の様な関係にあり、11-シス-レチナールを「覆う様な」形でオプシンが存在しています。そして、両者をあわせて「ロドプシン」として存在しています。

 さて、では網膜の桿状細胞にあるロドプシンに(レンズを通して焦点のあった)光が当たるとどうなるか? と言うと........光によって化学反応(光化学反応)がここで起こります。この結果、オプシン上にある11-シス-レチナールの構造が変化しまして、「全トランス-レチナール(all-trans-retinal)」、または「11-トランス-レチナール(11-trans-retinal)」と呼ばれる物質に構造が変化します.......なんて書いてもピンと来ませんので、どういう構造かを以下に示しておきます。



 両者はいわゆる「幾何異性体」と呼ばれる関係の化合物になります。
 さて、レチナールの構造が変わったロドプシンですが.......オプシン上のレチナールは「曲がった」形から「まっすぐ」の形になります。ここで面白いことに、ある意味「たったこれだけ」のことでオプシンの立体構造が変化をしてしまいます。そして、その結果としてこれが「刺激」となって視神経へと伝わり、そして脳へと「光を感じた」ということを知らせます。
 この一連の反応を「明反応」と呼んでいます。

 さて、オプシン上で構造が変わった全トランス-レチナールですが、これによりオプシンの構造も変わった結果、「鍵と鍵穴の関係」が保てなくなり、そのために全トランス-レチナールはオプシンから分離してしまいます。これにより、「ロドプシン」は「オプシン」と「全トランス-レチナール」にわかれます。
 分離した全トランス-レチナールは、末端の「-CHO」が酵素により化学反応(還元反応)を受けて、全トランス-レチノールと言う、科学的に言えばアルコールの化合物に変化します。この「レチノール(retinol)」という化合物......実は一般には「ビタミンA(Vitamin A)」として認知されている化合物です。



 さて、でき上がったレチノール=ビタミンAは、網膜上の「色素上皮」と呼ばれる部分で酵素(異性化酵素と呼ばれる酵素)の働きを受けて、11位の部分で構造が変化し、「11-シス-レチノール(11-cis-retinol)」となります。構造としては、基本的には上の「11-cis-retinal」の末端の「-CHO」が「-CH2OH」となっただけのものです(難しく言えば、「還元反応」となります)。
 この、全トランス-レチナールがビタミンAになって、11-シス-レチノールになる反応を一般に「暗反応」と呼んでいます。

 さて、11-シス-レチノールはどうなるか、と言いますと酵素の働きを受けて11-シス-レチナールに再度変化します。そして、再度オプシンに結合してロドプシンを形成することとなり、最初の段階へと戻ることとなります。

 ......などと色々と書いていると混乱してきそうですので、図にしてまとめてみましょうか。大分大きくなってしまいますが(^^;;



 文章での説明は左上より始まり、時計回りにぐるりと回った形になります。
 そして.......ご覧の通り、生体では上手いことレチナールの「リサイクル」が出来ている、と言うことになります。もっとも「永遠に使い回し」というのは出来ず、どうやってもやがては壊れていくので「ビタミンA」としてレチノールを補充してやる必要があります。
#とは言っても、ビタミンAの役割はこれのほかにもあるのですが。

 さて、上で説明した桿状体という細胞は網膜の周辺部に多くあることが知られており、そして「薄暗いところで」働くこと=高感度である、と言うことが知られています。その感度は100倍と言われています。
 以上の諸々を踏まえたうえで........まず「まぶしい」ということについて考えてみましょうか?
 フラッシュを浴びたりなど一度に大量の光が目に入ると、11-シス-レチナールが全て全トランス型に変わってしまいます。と言うことは? それ以上は光を感じる細胞に余裕がなくなりますので、それ以上光を感じません(=「まぶしくなる」)。しかし、しばらくすればトランス型のレチナールは11-シスの形に戻ってきますので、そうなれば「視力が回復していく」ということになります。
 では、反対のケースを考えてみましょう。明るいところから急に暗いところへ入るとしばらく物が見えなくなります。しかし、しばらくすれば「目がなれてくる」為に見えるようになります。これは、明るいところでは(感度の良い)ロドプシンは少量で済むのですが、急に暗いところ入ればロドプシンの数が少ないために、「見えない」状態になります。しかし、やがてロドプシンは生産されてくるので、暗闇でも見える。つまり、「目がなれてくる」という状態になります。

 さて、ではビタミンAが不足するとどうなるか?
 ビタミンAの欠乏症の中は視覚に関して言えば、その60でも触れた通り「夜盲症」という物があります。これはいわゆる「鳥目」でして、暗いところで物が見えなくなる、という症状です。
 さて、上述したように光が当たれば「11-シス-レチナール」は「全トランス-レチナール」に変化するわけですが、その元になるビタミンAが不足してしまえば当然ロドプシンの数が減る、と言うことで光を知覚することが難しくなります。明るいところ(昼間など)では少量のロドプシンで済むわけですのでそれほど問題になりませんが、上述の通り暗い所だとロドプシンを生産する必要があります。が、ビタミンAが不足すれば当然オプシンにつくレチナールが不足するので、ロドプシンが出来ません。そのため、結果として光を知覚できず、夜の様な暗い状況で「目が見えない」という状態になります。

 余談ですが........
 1944年から。つまり第二次世界大戦の終盤、サイパン島で日本軍守備隊が全滅し、ここを占領した米軍がB-29と護衛機(一般にはP-51)による「Tokyo Express」と呼ばれる、「サイパン〜東京間」の爆撃行を開始し始めます。
 さて、この「トーキョーエクスプレス」は基本的に夜間に行われました。ですので、地上では住民が「爆撃の対象となる」と言うことで「灯火管制」などという物が行われたりもしましたが........... 当然のことながら日本帝国陸海軍は指をくわえて見ているわけではなく、パイロットを集めて夜間の襲撃者に挑んでいきました。
 ま、もっとも結果は歴史で語られる通りですが。
 ところで、当時の日本軍のパイロット達の........特に夜間戦闘機のパイロット達は、その任務の特性上よくウナギを食べた、という話があります。これは、ウナギはビタミンAを多く含むために、パイロット達が夜盲症になる(=夜間迎撃では致命的)ことを防ぐのを目的としていたから、とされています。
 これは科学的に見た場合、実に理にかなっていたと言えます。

 ついでに余談ですが、日本軍パイロットの食卓に並んだものとして納豆があったと言われています。
 これは何故かというと、腸内ガス.....つまり「おなら」が問題となりました。と言うのも、高空では現在のように「与圧」がされているわけではない(とは言っても、米軍機はある程度すでにしていたのですが)ので、高度が上がるほどコックピット内は気圧が低くなります。この時、体内にある「おなら」などのガスは、気圧が低下したために(体内で)体積が膨張していく、と言う事態になります。その結果、腹はぱんぱんに膨れて意識不明に。そして......そのまま墜落、ということになったという事件がありました。原因は最初わからなかったのですが、やがて「おなら」が原因である、ということが判明。以降、そう言った事故を防ぐため、日本軍は納豆を食べることでをガスの発生を防ぐ、という方法をとったという話があります。
 まぁ、余談ついでですが(^^;


 さて、ここで話を戻しまして........
 今まで桿状体の話をしていましたが、実はこれだけでは「視覚」には問題があります。と言うのは.......実は桿状体では「色」を感じることは出来ません。あくまでも光を感じるだけです。では、どこで色を認識するか? と言うと......「視細胞」には「桿状体」の他にもう一個、「錐状体」がある、と書きました。こちらの説明をしてみましょうか。

 錐状体は網膜の中心部に多くある物でして、桿状体とは異り明るいところで働き、そして早い応答性を持つことが知られています。
 錐状体ではロドプシンとは違うたんぱく質が知覚に一役買うのですが、ここでもレチナールが大きく関与しています。そして、そのたんぱく質は3種類存在しており、それぞれ「赤」「緑」「青」の光を吸収する働きがあります(光の三原色ですね)。つまり、「色覚」についての働きを錐状体は受け持っています。
#つまり、人間の色彩の認知の基本は「RGB」だったりするわけですね(笑)
 さて、健常な人間であればこれらは問題ないのですが、牛や馬、犬などは錐状体がありません。と言うことは、光は感じるので「物が見える」わけですが「色」を感じる事は出来ません。ですので、一般にこれらの錐状体を持たない動物は色盲であると言われています。この事より、「色覚異常」の人は(おそらくは)こう言った錐状体の異常が原因ではないかと考えられますが..........
 以上を踏まえると、牛は色がわからない、と言うことで.........? そう、よく言われているかも知れませんが、闘牛のマントは別に何色でも良いわけですね(笑) この事から、「赤い」マントを振って興奮するのは人間だけだ、などと皮肉る人もいるんですけど........(^^;;
 ただし、カメレオンは目隠しをすると体色変化が出来ないと言うことですので、カメレオンには色覚がある、と言われています。

 尚、錐状体は上記の通り「明るいところ」で働くため、夜のように光が少ない場所ではその働きが出来なくなります。ですので、昼間にはどんなに「色彩の鮮やかな」場所・物でも、夜になるとその色は見えにくくなります。
 ま、いわゆる「夜の色」という感じになるのでしょうか?


 おっと、長くなりましたね........取りあえず次の話で締めましょうか。

 人間は最初に触れた通り、「可視光線」の領域で「物を見る」という事に触れました。そして、そのメカニズムについても触れましたが.........
 さて、では全ての生物が可視光線の領域でのみ「視覚」を持つのか、と言うとそうではありません。実はこの「可視光線」と言う領域は「人間が決めた」部分でして生物によって違っていることが知られています。
 どういう生物が「可視光線の領域から外れた視覚」を持つのか? と言うと.........
 例えば、一部の蝶。蝶というのは通常、花の蜜をすって生きている、と言うのは皆さん御存じの通りだと思いますが.........彼らはその蜜の存在の有無を確認することが出来ると言われています。これは、彼らは紫外線の領域までを視覚として得られることが出来るから、と言われていまして......... これは、花弁の蜜標識に紫外線を当てることで蜜の存在・分布を知ることが出来るのですが、蝶は自らの目でこれを知ることが出来ます。同時に、雌雄の区別もこの紫外線の領域の波長を探知できる「目」で区別することが出来ます。
#例えば、モンシロチョウの雄は長波長紫外線を吸収して黒く見えます。

 まぁ、生物と言うのは良く出来ているもので............
 もっとも、個人的には一番の「神秘」は、視覚という、莫大な量の情報を苦もなく「処理」して知覚させる「脳」の凄さなのか、などと思う部分もあるのですが。


 さて、長くなりました。
 今回は以上、と言うことにしましょう。




 さて、終わった.........

 さて、今回の「からこら」は如何だったでしょうか?
 今回は実はビタミンAの話をしようと思ったのですが、そのためには視覚の話がどうしても避けられない、と言うことで今回は視覚の話をしてみました。まぁ、最初の方がちょっとごちゃごちゃと「物理」と「化学」をしていましたが........大丈夫ですかね?(^^;
#そして、後半は「生物」ですけど(^^;;
 まぁ、ある程度の話はできたと思いますけど.........大丈夫でしょうか?

 さて、次回は本来の話であるビタミンAについて触れたいと思います。まぁ、実際には生体だけではなく、色や軍事技術の話にもなってしまうのですが..........
 お楽しみに。

 さて、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.............

(2000/10/31記述)


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