からむこらむ
〜その126:サポーの丘から琵琶湖まで〜
まず最初に......
こんにちは。そろそろ梅雨明けかも? と思わせる天気ですが、皆様如何お過ごしでしょうか?
いやぁ、取りあえず暴力的な暑さも一段落、ですけどね.......これからどうなりますか。
さて、今回ですが。
今回も前回の続き、と言うことで界面活性剤の話です。ま、取りあえず実験とかやるものもやりましたので、洗剤と言うものを焦点に、簡単に歴史や概要みたいな物を話してみたいと思います。とは言っても、深くやるとキリがないので、軽く、ですけどね。
その最初は「伝説」から始まり、そして現代では環境問題へと発展した、と言う複雑な経緯を持っています。
それでは「サポーの丘から琵琶湖まで」の始まり始まり...........
さて、今まで二回にわたって界面活性剤と洗剤の話を軽くやってみましたが。
今回は、ちょっと歴史的なものなどについて触れてみたいと思います。
歴史家達によると、人間というものは古来より「洗濯」と言うものを行っていた、と言われています。これはある意味当然でして、「衣食住」の中で「衣」の汚れを落としておく、と言うのはある意味基本的なことだったと思われます。この当時の「洗濯」と言うものは、基本的には「川や泉で洗う」と言うものだったと考えられていまして、流し洗いだったり、こすったり、踏んでみたり、と言う「物理的な力で直接的な」ものだったと言われています。
さて、では洗濯に「洗剤」と呼べるようなものが使われたのはいつか?
これに関してはある伝説が一つ残っています。それは、古代ローマ時代、サポー(Sapo)の丘の神殿の出来事でして、祭壇に供えられていた焼いた羊肉の脂がたき火の上に滴り落ち、それが雨水とともに丘の下の川岸に流れ着きました。すると、この脂はここで不思議なことに洗浄力を示した、と言われています。ま、当時の人達はそれをどう思ったか、と言うのは不明ですが........
このサポーの丘の伝説の根拠は不明ですが、ある意味彼らが脂から洗剤を作ることを知っていた、と言うことにはなるでしょうか? と言うのは、脂は脂肪です。そして、仮にこのサポーの丘がアルカリ性を示すような土壌であれば? これは前回話しました、脂肪酸のケン化による石鹸の作成と一致する可能性があります。
ま、本当なのかは不明ですがね。
ただ、石鹸を意味する英語"soap"、フランス語"savon"はこの"Sapo"が由来とされています。
さて、伝説はともかく実際はどうであったのか?
基本的に地方などで違うようですが、古代の人々は植物灰を洗剤として使っていました。これは、灰はアルカリ性を示すのですが、これが洗浄力をある程度持つから、とされています。そして、ガリア地方では1世紀頃には石鹸を作っていた、と言われています。彼らは獣脂と灰から石鹸を作ったようです。もっとも、この頃に石鹸を使えるのは特権階級の人達だけでして、洗濯のほかに洗顔など言ったものに使っていたと言われています。ローマ時代でもこう言った石鹸の製作が行われていたと思われますが、石鹸だけではなく別の方法も用いていたと言われています。それは「おしっこ」を使用したものでして、これを集めて腐らせ、洗濯物の入った桶にいれて奴隷達に長時間踏ませた、と言う物でした。まぁ、尿によっては鉛中毒によって変なものが入っていたんじゃないだろうか、などと思ってしまうのですが。
尚、こういう石鹸を使えなかった人達は川で地道に洗濯をしていたと思われます。特に汚れが強ければ、物理的に石や木などに叩きつけて汚れを落としたと言われていますが........これをある地方では「ポンコツ」と呼んだそうですけどね(笑)
ただ、ヨーロッパでは8世紀になると石鹸を製造する職人が現れ、13〜15世紀には地中海のオリーブを資源として石鹸を作っていたと言われています。この頃には特権階級のものだけではなくなったでしょう。そして、16世紀以降の繊維工業の発達から石鹸の需要は急増し、やがてN.ルブランの「ルブラン法」による「ソーダ工業」の発達(その83参照)にともない、石鹸の工業生産が本格的に行われるようになります。
では、日本での「洗濯」はどうであったか?
日本に石鹸が伝わったのは南蛮貿易によってでして、当時のポルトガル人が紹介したと言われています。ポルトガル語の"sabao"(後ろの"a"は"~"が上につく)から、なまって「シャボン」として伝わります(このポルトガル語もSapo由来でしょう)。しかし、石鹸の製造はこのときには行われませんでした。ただし言葉は残ったようでして、「シャボン玉」はこの「シャボン」が由来とされ、江戸時代初期の1680年(延宝8年)の『洛陽集』の句に「空やみどりしゃぼん吹かれて夕雲雀」とシャボン玉を指すと思われる言葉が出てきます。
では、日本では洗濯用の「洗剤」に何を使っていたかと言いますと、これは(南蛮貿易以前も含め)灰を使っていました。実は日本は灰の利用に関しては世界でも進んだ国でして、肥料、染色、製紙、灰汁抜き、中和、殺菌、焼き物の釉薬、そして洗剤へと利用していました。他にも様々に使われていまして、「灰」の民俗・象徴的意味などを調べると面白いものが見えるのですが........それは今回は置いておきまして、その灰のアルカリ性による洗浄効果、そして植物灰に含まれる「サポニン」と総称される化合物の持つ洗浄効果を利用して洗濯を行っていたと言われています。
尚、余談ですがこの手の灰はシャボン玉に用いられていたようでして、1830年(天保1年)の『嬉遊笑覧』にはムクロジ、いもがら、タバコの茎などを焼いた灰をを水に溶かしてシャボン玉を作った、と言う話があります(この頃はシャボン玉遊びを「水圏戯(すいけんき)」と呼んだようですが)。
本格的に「石鹸」が使われるようになるのは明治時代からでして、1871年(明治4年)から日本での石鹸の製造が行われるようになります。
「合成洗剤」が使われるようになるのは、戦前でして、日本では昭和12年頃に始まったとされています。大体、欧米に5年ぐらい遅れたようです。ま、もっともその後は戦争で日本の工業は衰退し、同時にこういう洗剤も衰退するのですが........
さて、今現在に大々的に使われるようになる「洗剤」......ひいては界面活性剤は、戦中の欧米での研究によって開発されました。これは戦後に日本にも入ってくることとなり、そして石油化学工業の発展にともない本格的に使用されて現在に至ります。もちろん、用途としては洗剤だけではなく多様な使い方があります。もっとも、洗剤が中心とは言えども最近は色々と工夫されていますので、かなり多様化はされていますけどね。
ま、それはともかく.......その戦中の欧米で研究され、そして戦後に活躍することとなった界面活性剤の最も重要な「ベース」が、石油より合成された「アルキルベンゼンスルホン酸塩(Alkylbenzene sulfonate)」、略して「ABS」の合成でした。
Rは炭素鎖であるアルキル基、となっています。「亀の甲」であるベンゼン環を挟み、右側にスルホン酸塩である「SO3- Na+」がくっついています。だから「アルキルベンゼンスルホン酸塩」なんですがね。これは、前回、前々回と出てきた「界面活性剤」の構造と一緒でして、ベンゼン環より左側が「親油基(疎水基)」。スルホン酸塩の部分が「親水基」となっています。
#余談ですが、イオン部分が親水基としては重要になります。
この開発を契機に、石油を使った界面活性剤の合成と、それらの研究が盛んになります。
以上が簡単な歴史的概要ですが。
ところで、現在の界面活性剤にはその特徴から大きく4つの種類があります。まず、溶液中で、界面活性剤分子が陰イオン(アニオン)になる「陰イオン界面活性剤」。逆に陽イオン(カチオン)になる「陽イオン界面活性剤」。状況に応じて陽イオンにも陰イオンにもなる「両性界面活性剤」。イオンにはならない界面活性剤である「非イオン界面活性剤」です。
それぞれ、状況などによって用いられ方、特徴などが変わってきます。以下に、代表例を挙げつつ簡単に説明していきましょう。
では、まず陰イオン界面活性剤にはどういうものがあるか?
これは実は今までやって来たようなものでして、石鹸やABSと言う物がこれに当たります。大半の洗濯用石鹸や、シャンプー、歯みがき剤に台所用洗剤、身体に使うような石鹸、衣料用洗剤といった「洗剤」関係。ほか、乳化剤や起泡剤などとして使われます。ある意味最も広範、かつ「洗剤」的イメージのようなものでして、最も多くみられるものでしょう。以下に構造の例を挙げておきます(「M」はナトリウムなど金属です)。
では、陽イオン界面活性剤とは?
これは殺菌用に用いられたり、染色助剤、撥水剤、柔軟剤や静電防止剤、リンスなどに用いられています。内容的には重要なものではあるのですが、量的には決して多くはないものです。余り「洗浄力」と言うものはありません。
次に、「両性界面活性剤」とは?
主にアミノ酸ベースの界面活性剤などがこれなのですが、殺菌剤、静電防止剤、柔軟剤、リンスなどと言った物に使われます。が、一般的に高価と言われていまして、使用量はそう多くはないです。
そして、最後に「非イオン界面活性剤」ですが。
これは衣料用洗剤や台所洗剤、乳化剤、などと言った物に使われます。これは比較的利用される量が多く、陰イオン界面活性剤に次いで使用量が多いとされています。比較的、台所洗剤の一成分として入っています。
実際には上記のもののほかにもかなりたくさんの種類がありますので、その点はご注意を。
ただ、家庭用の洗剤としてみると、成分を眺めてみると陰イオン、非イオンの物が主流としてあります。陽イオンの物などは特に洗浄力としては期待されていませんので、別のほうの働きが期待されています(リンスなんてそうですね)。
尚、今現在の洗濯洗剤には色々と酵素などが入っていますが、これは当然界面活性剤ではありません。が、これが衣類などについた生体成分であるタンパク質や、食品などに含まれるでんぷんなどと言ったものをを分解する作用を持っていまして、これで衣類を奇麗にする、と言う事となります。
さて、戦後主流になったABS系の界面活性剤なのですが。
これは現在においても洗濯用洗剤として重要な位置を占めるのですが、これは過去に重要な問題を引き起こしていました。と言うのは.......ある種のABS系の洗剤は泡立ちなどが確かに良いのですが、「いくら経っても泡が壊れない」と言う現象を引き起こしました。これは、最近ではみられませんが、高度経済成長期頃から比較的最近まで見られた現象でして、これが川に流れるなどして「川が泡だらけ」と言う環境問題になったことがあります。ま、大体セットで不法投棄などもありまして、魚などが浮いた写真とともに「全国で汚い川」ランキングなどに載ることとなるわけですが。ここら辺、記憶にある方もいらっしゃるでしょう。
これは面白いものでして、ABSの構造に由来するものでした。と言うのは、ABSには触れた通りアルキル基が付いているわけですが、このアルキル基はその18で触れた通り炭素の鎖でして、様々な形を形成することが可能です。このアルキル基の形状が問題になりました。
上図に構造を示していますが、上と下との違いがわかるでしょうか? 過去には上のタイプを使っていたのですが、現在では下のソフト型(LAS型)が主流の物となっています。
上下の違いを見れば分かる通り、炭素鎖に違いがありまして、上は「枝分かれ」、下は「まっすぐ」となっています。実はこれがその環境問題のキーポイントとなりまして........つまり、洗剤などの生活排水は下水を通して環境中に流されるわけです。このとき、その成分は自然中では水に分解したり、光によって分解、そして微生物によって分解、と言う様にして分解されていきます(農薬などでも一緒)。この中でも特に微生物の働きは大きなものなのですが.......
ここで、環境中に放出されたABSはどうなるか? と言いますと......これも大体は微生物によって分解される運命を辿るのですが、昔使われていた分岐鎖型のものは微生物にとっては「分解しにくい」物でした。つまり? いつまでたっても川の中でこれが存在する......と言うことでいつまでたっても消えない泡が川で見られるようになります。はた目にはわずかな構造の差と言えば差なのですが、微生物にとってはこれは大きい差と言うことになるのですが........
#微生物に限ったことではないんですが。
#その差で「毒性」が大幅に変わるケースは大量に薬剤の世界では見られます。
結局、この一件は当時すでに公害などの環境問題と関連して問題になりまして、ABS系界面活性剤の改良が行われた結果、下の直鎖型ならば微生物は分解が出来る、と言うことでこちらに切り替わることとなります。
ついでに........環境問題と洗剤、と言う観点でみるとリンなどの話も忘れてはいけないでしょうか?
最近はほとんど聞きませんが、過去には有りん洗剤と言うものがありました。記憶にある方もいらっしゃるでしょう。これは、界面活性剤の補助剤として働くものでして、これが汚れ落としに活躍したものなのですが。
しかし、この有りん洗剤は今現在はほとんど使われていません。と言うのは、界面活性剤の補助剤として配合され、広く使われていたのですが、リンは環境中に放出されると微生物の栄養分として供給されることとなります。これによっていわゆる「富栄養化」が行われることとなり、これがひいては赤潮を引き起こすこととなって異臭が発生したり、河川などに住む魚が死ぬこととなりました。こう言った風景は各地で見られたために全国的に大きな環境問題になるのですが........
これが特に深刻になり、そして最初に対策に動いたのは琵琶湖の例でして、滋賀県は有りん洗剤の使用禁止条例を昭和50年代に日本で初めて可決します。これを契機に各地で有りん洗剤から無りん洗剤への移行が行われることとなり、現在ではみられることがほとんどなくなりました。
この様に、界面活性剤・石鹸と環境問題は少なからぬ縁を持っている、と言えます。
サポーの丘の神殿に供物が捧げられたころには、想像もつかなかったでしょうけどね.........
と、以上、かなり簡略化していますが界面活性剤と洗剤の歴史・種類、問題などの話をしてみました。
ま、「洗剤」に絡めると本当はまだまだ色々とあるのですが、それはそれでかなり長くなりますので、細部はまた別の機会にしてみることとしましょう。
最後に、一つ与太話をして今回は終わりにしましょう。
さて、皆さんは「サボテン」という植物は御存じだと思いますが.......
このサボテンは日本には江戸時代初期に入ってきたのですが、一説によると日本語「サボテン」はこの茎を用いて洗濯を行った、と言うことから上述の「石鹸」の語源に関し「サボテン」となった、という説があります。
あくまでも説でして真相は不明なのですが.......一応観賞用として入ってきているのですが、意外と「洗剤」的要因をもって日本に輸入されてきたのかなぁ、と思うものもあるんですがね。
ここら辺は面白いものです。
と、長くなりました。
今回は以上、と言うことにしましょう。
やっと終わり、と。
さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
ま、今回は界面活性剤と洗剤、と言う点に関して今までやっていなかった歴史的な部分その他を軽くやってみました。まぁ、深くやると凄いのですが.......取りあえずはどうでしょうか? 大丈夫ですかね?
基本的に人間の生活と密接なものですので、調べていくと色々と出てくる分野だったりします。
さて、取りあえず界面活性剤と石鹸やらの話は取りあえず以上としまして.......まぁ、シャンプーとリンスの話とか面白いのですが、ちょっとここら辺が続いていますから、そこら辺は別の機会としまして。次回からは別の話をしようかと思います。
ま、決まっていないんですが........どうしますかね.........
そう言うことで、今回は以上です。
御感想、お待ちしていますm(__)m
次回をお楽しみに.......
(2001/07/10記述)
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