からむこらむ
〜その63:ローマは鉛に滅ぶ?〜


まず最初に......

 こんにちは。週末の関東は非常に良い日よりと桜でありました。 楽しまれた方も多かったようですね(^^) 皆様は如何でしたか?
 さて、管理人は最近また体調不良が顕著です。何故かは良く分からないのですが..........う〜む......... 皆様もお気を付けを。

 さて、前回は人工甘味料の話が出てきましたけど.........今回もちょっと甘いものやってみましょう。それでいて元素と歴史の話です。
 ま、タイトル見ると多少はピンとくるのでしょうけど............しかし、ちょっと違うかも知れませんね。
 それでは「ローマは鉛に滅ぶ?」の始まり始まり...........



 人類が得られた元素は現在約120個あります。 もちろん、その中でも同位体とか色々とあるのですが............
 さて、そんな元素の中である特定の元素に対しては次のように言われることがあります。そう、「毒性元素」と.............

 「毒性元素」という言葉はその名の通り、「毒性」を持つ元素のことを示します。もちろん、ここではしょっちゅう.......その1その2で触れているように、「毒」という物は「リスク」の問題になるわけでして、いずれも「毒」となりえますが。 ただ、一般常識に照らし合わせてみた場合の「毒」として見た場合で取りあえずここは触れておきましょう。
 さて、では質問。

「毒性元素」の種類を挙げてみて下さい。


 ま、それほど難しいものじゃないです。一般のイメージがそのまま反映されているようなものですから。
 一般に挙げられる「毒性元素」と言えばまず「カドミウム」があるでしょうか。元素記号Cdです。「毒性元素」として代表的な出来事は「イタイイタイ病」。神通川(「じんずうがわ」が正しい発音だそうです)の流域で起きた有名な「公害」ですね。そして「水銀」なんてのもあるでしょうか?元素記号「Hg」のこの元素の化合物である有機水銀が引き起こした「水俣病」は、水銀中毒症として有名になりました。
 ま、他にも色々とあるんですけど........その中の一つに「鉛」という物があります。
 今回はそれと、歴史の話を交えて注目してみましょう。
#あ、ちなみにフォローとして入れておきますが、「毒性元素」は一般の生活に極めて密接に関与しているものばかりですので、何でもかんでも「悪人」扱いは止めましょうね(^^;;
#意外なところで意外なものが密接に関与しているものですから............

 さて、「鉛」というと様々なイメージがあるかと思いますが............
 取りあえず元素の性質から触れてみましょうか。
 原子番号は82。元素記号は「Pb」で英語では「lead」、もともとはラテン語で「鉛」を意味する「plumbum」と言われています。 一般には硫黄との化合物.......硫化物である硫化鉛「PbS」や炭酸塩である白鉛鉱「PbCO3」で産出すると言われています。
 非常に重い元素でして、天然に存在する元素で一番重いウランよりもわずか10少ない程度の原子番号で、原子量は207.2。同位体が多く存在する元素でして、204,206,207,208が存在します。一番比率が多いのが208の物でして、208Pbの存在比が52.4%となっています。
 一般に、これ以上の元素(元素番号83のビスマス「Bi」はちょっと例外的なのですが)になると安定な同位体が存在せず、「不安定な」物.......つまり放射性の物となっていきます。そして、重い放射性元素........ウランやトリウム等の元素に見られる放射性壊裂の終着点がこの鉛、となっています。 これらの特徴から........「安定な」元素の中では最も重い、という事などから、それゆえに放射線の遮断の為に使用されます。
#過去に触れたかも知れませんが、重い元素になるとγ線の様な透過力の高い放射線の透過を防ぐことが可能となります。

 さて、物性ですが、非常に柔らかく加工がしやすい事が挙げられるでしょうか。それ故、昔から非常に良く使われていた金属の一つと言われています。
 白い色をした元素でして、沸点が1740度。融点は327.5度 通常では鉛単体では存在せず、何らかの元素との化合物となって存在しています(ナトリウム等と一緒です)。
 そして、生体内では「細胞毒」として働くことが知られています...............


 さて........では、タイトルの話でも行きましょうか?
 結構知られている言葉かも知れませんが...........こんな言葉を聞いたことがありませんか?

「ローマは鉛で滅んだ。」


 この「ローマ」とは歴史ですけど、ローマ帝国のローマを意味します。そう、世界で最大級(最大なのはモンゴル帝国でしょう)の大帝国を築いた帝国です。紀元前509年に共和政を開始。紀元前264年には現在のイタリアの北部をのぞく地域がローマ領でしたが、徐々に拡大。カルタゴのハンニバルなどを破って(紀元前146年)徐々に勢力を拡大していき、紀元前66年には三頭政治(カエサル、ポンペイウス、クラッスス)を迎え、紀元前44年のシーザーの死去した頃には現在のイタリアを中心に地中海沿岸のかなりの地域と黒海沿岸の一部、そしてフランス、スペインをその支配下に収めていました。 そして、紀元前27年。アウグスツス(「オーガスタス」になるのか?)がローマ皇帝に即位して帝政が始まり、以降地中海沿岸のほぼ全てにブリテン、現在のトルコに黒海沿岸などを手中に収めていきます。 そして色々とありますが、ゲルマン民族がフン族に追われて大移動を始めてから紀元後395年、ついにローマ帝国は分裂。そして、西ローマ帝国はそうそうに滅びるも東ローマ帝国は生き延び、以後約千年間歴史に名を刻むこととなります。
 ま、以上が歴史で習うローマの話でしょうか? もっとも、ローマ時代というと、分裂以前をどうも指すようですが...........

 さて、ともかくも「ローマ時代」と呼ばれる様な一時代を築き上げたローマ帝国ですが...........そう、上記の通り「ローマは鉛で滅んだ」なんて話があります。
 確かにローマ人は様々な所に鉛を使用していました。ローマの行った政治では水道の整備という物が非常に進んで行われていたことは知られており、現在にも残る水道管は鉛製。石造りのアーチ状の水道橋に通じている水道管も鉛製です。大衆浴場も鉛で造りました。 ま、何故水道の整備が進んでいたかといえば、当然のことながら当時は水が豊富にある、という事は死活問題であり(日本でも治水は死活問題)、これが豊富にあるということは当時では「豊かさ」の証明の一つであったとも言えます(それを2000年前に行っていたわけで、これは非常に驚きますが)。 実に政治的な問題が含まれていたと考えられています。
 また、水道の他にも様々な器が鉛製であったことも知られており、非常に密接に鉛が彼らの生活に関与していたことが知られています。
 ちなみに、余談ですがラテン語で鉛を「plumbum」と書きましたけど、このローマの影響からか今現在英語で配管工や水道屋を「プラマー(plumber)」というのはその名残と言われています。

 では、何故彼らは鉛を使ったのでしょうか?
 と言われれば簡単でして.........一つは比較的多く取れる金属であったこと(少なくとも貴金属よりは多い)。産地も勢力下にあったのでしょう。 また、硫化物として産出する事が多いと書きましたけど、炭素と一緒に加熱すれば容易に還元できる事が知られており(硫化炭素が出る)、また上述の通り柔らかい金属で融解も簡単にできるので加工にも便利............
 少なくとも良いことずくめだったと言えます。

 さて、ではこの話の原点に戻しましょう。
 そう、「ローマ人は鉛で滅んだ」という話です。

 この通りローマ人はこの鉛をこよなく使用していました。が、鉛は現在では毒性元素として知られています.........ですので、この「ローマ人は鉛で滅んだ」という話。一般には「これら水道管などに使用された鉛が溶出して...........」などと考えられるわけですが...........
 さて、ここで考えてみましょう。
 実は、鉛の様な金属が水中に溶出(=溶けだす)量なんてのは実際にはたかが知れています。また、鉛はそのままでは不安定ですぐ何かに反応してしまう元素ですので......ま、例えば大気中の酸素何かとは容易に反応する可能性も高いでしょう。 また、そうでなくても例えば水道の水と鉛でしたら水中の二酸化炭素と反応して炭酸鉛が出来る、ということが知られています。 ですので、水道管の内部では新しい水道管でも内部の鉛と二酸化炭素が反応して水道管に炭酸鉛の被膜ができ上がる事となります。 この炭酸鉛の被膜は頑丈で科学的にも安定でして水には溶けるような代物ではないことが知られています。
 ですから..........上に書いた(そして最も良く言われる)「これら水道管などに使用された鉛が溶出して...........」という話。 .........これ、科学的にはどうも違う、と言わざるを得ないということになります。

 ん? では「ローマは鉛で滅んだ。」というのは嘘なのでしょうか?
 ところがどっこい、ローマ人の遺体を調べた学者は、その遺骨から高濃度の鉛を検出している、ということを発表しており、そしてそれは良く言われているところです。 そういうことから、ローマ人に鉛が与えた影響は大きい..........ということは言われています。 少なくとも、なんらかの障害があったと考えられています。
 では、水道では無いとしたら、何が原因となるのでしょうか?
 ここに面白い話があります。

 皆さん御存じの通り、ヨーロッパという地域は現在においても、そして過去においてもワインの生産地が多くあります。 日本では考えにくいことに、非常に多くの人口がワインをたしなみ、極端な話「水の代わり」とまで言う人もいるとかいないとか。
 ま、それはともかくローマ人もワインをたしなんでいたことは良く知られている事実でして、非常に大量のワインが消費されていたとされています。 そして、様々な器等が現在でも残っています。そう言った器は御多分に漏れず鉛製もありました。
#そう言えば、アメシスト製のグラスで酒を飲むと酔わない、なんて話がありますね........全然関係ない余談ですが(^^;;
 では、鉛製のグラスが原因? と思われるかも知れませんが、それはちょっと違いまして............
 
 さて、ちょっと話を変えますが、「その12」なんかで過去に酒の話を触れたのを覚えていらっしゃるでしょうか? でんぷんからカビによりブドウ糖へ変化し、これを酵母でもって発酵させてアルコールを作る...........なんて話をしました。詳しくはそちらを見ていただきまして.............. では、こうやって出来た酒。「酒精」たるエタノール(C2H5OH)というのがいわゆる「アルコール」となるわけですが、このアルコール。「酸化」反応をすれば「酢酸」と呼ばれる........いわゆる「酢」となることが知られています。まぁ、「折角買った酒が、家に持って帰ったら/しばらく放っておいたら酢になっていた!」なんて話がありますけど、これはエタノールが酸化反応を受けた為であったりします(酢酸菌などによる)。これを「酸敗」というのですが...........
#余談ですが、人間でもエタノールは肝臓で代謝(この場合は酸化反応)を受けて「酢」となり、最終的には更に色々と進んで二酸化炭素と水に分解されて排泄(呼気と尿中)から排泄されるのですが.......... この時の、中間生成体である「アセトアルデヒド」が悪酔いの原因と言われています。
 さて、この「酢」。「酢酸」と言われるように「酸」の性質を持っています。まぁ、弱酸の部類なのですが............あ、弱酸と言っても、濃度が高いと直接触れると結構痛いです(^^;; 通常の料理用はかなり薄い物を使っています。

 ハイ、ここで話を戻してローマ時代に戻りましょう。
 ローマの時代には、当然のことながら現在のような冷蔵装置という物はありませんでした。もちろん一部では山から氷を持ってこさせて、地下で氷冷なんて例もありますけどそんなものはごく一部。 折角ワインを手に入れても、上記のように酢酸菌などの働きで、ワインはいつの間にか「酢」っぱくなっていき、更にほっとけば本当に「酢」になっていきます。 当然のことながら「酒」が飲みたいわけで「酢」が飲みたいわけでは無いでしょう。 彼らはこれに悩むこととなります。
 しかし、紀元前2世紀の頃。 ローマのある酒屋が酸敗したワインを、スズ(Sn)や鉛で内張した鍋で加熱してみると、たちまち酸味が取れて甘味がでることを発見しました。 当然の事ながら「ワインが酸っぱくなくなって甘くなる!」ということでたちまちに全土にこの事が知られる事となり、そしてその手法が広まっていったと言われています。
 では、何が起きたかと言いますと.........当然の事ながら熱で酢が蒸発したわけではありません。一応、沸点はエタノールは34.5度、酢酸が117.8度........どちらが蒸発しやすいかは分かるかと思います。 では、何が起きたかと言いますと..........上にかいた通り「酢」は「酢酸」であり、「酸」です。 「酸」という物はその特徴として一般的には金属と反応し、水素を発生させることが知られています。 例えば? そうですね.......学校なんかで亜鉛(Zn)に塩酸(HCl)を加えて水素(H2)を発生させる、なんて実験なんかがありませんでしたか?(Zn + 2HCl → ZnCl2 + H2↑)
 では、このことを踏まえて考えますと..........スズや鉛、という物は間違いなく金属です。金属と酸は反応しますので、この場合は酢酸とスズか鉛が反応して酢酸の金属塩である酢酸スズか酢酸鉛を生成します。 この反応が起きた場合を考えると、「酸っぱいワイン」の中に入っている酢酸はスズか鉛と反応していきますから徐々に「酢酸」としての濃度は減少していきます。 そうすれば.........ワインの中の酢が減っていくわけで、最終的には酸っぱくなくなります。
 以上が、酒屋の行った事を科学的に説明したケースになります。 ちなみに、エタノールは酸でもアルカリでも無い「中性」ですので、金属類とは反応しません。
 さて、では、何故「甘くなった」と言いますと........最初の方で触れた通り、ローマ人は鉛を非常に良く使いました。おそらく全土に広まったこの方法は鉛で内張をすることが多かったかと思われます。ですから、その場合にはワインを鍋に入れて加熱すれば、生じるのは酢酸鉛(Pb(CH3COO)2)、という化合物になります。 この金属塩は通称「鉛糖」とも呼ばれる物質でして、その名の通り「甘味」があります。 ですので、ワインに甘味を加えたのはこの物質であったことが分かります。 付け加えるに有毒である事が知られています。

 さて、ローマ人はよくワインを飲んでいました。そして、ある酒屋が発見したのは、味だけに限定すれば一石二鳥(酸っぱさが取れる/甘味が出る)という出来事だった訳ですが、その現実はかなりの有毒物質........鉛を摂取することとなった、と考えることが出来ます。
 そして.........ローマ人の遺骨から高濃度の鉛が検出されたのは、この「ワイン」が原因であった、と考えることが出来ます。 そう考えれば............確かに「ローマ人は鉛で滅んだ」のかも知れません。 鉛入りのワインを飲んで.............


 ちなみに、余談ですがこの鉛鍋による酸敗ワインの処理法はかなり広まっていたらしく、後代になると禁じられ、逆に石灰で中和(石灰はアルカリ性→酸とアルカリで中和)する方法が広まってきた様です。
 が、しかし.........伝えられるところによれば、十九世紀末のスイスや南ドイツでは相も変わらずこの処理法..........鉛やビスマス塩の添加によるワインの改質(内容は一緒)の禁令が出されていたそうですから、2000年経っても変わらずやっていたと言えます(^^;;

 さて、長くなりました。
 まだまだ鉛は触れたいのですが..........次回に持ち越しましょう。




 結構長くなりましたね(^^;;

 さて、今回の「からこら」は如何だったでしょうか?
 前回は人工甘味料でしたが、これつながりで「甘い」......そして、有名な話をくっつけて元素話に持ち込んでみましたが........結構個人的には面白く興味のある話だったりします。
 皆さんはどんなものでしょうか?
 いや、歴史と科学のつながりってのは本当に面白いものだと思っていますので..............楽しんで読んでいただければ嬉しいです。

 次回は、この続きと行きたいと思います。ま、もう一回ぐらい歴史の話となるでしょうけど............(^^;;
 お楽しみに。

 さて、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 それでは、次回をお楽しみに.............

(2000/04/11記述)


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