からむこらむ
〜その153:仮説と矛盾の謎〜


まず最初に......

 こんにちは。暖かったり寒かったり変化が大きめですが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 何やらインフルエンザが流行の兆しだそうですが.........皆様もくれぐれもお気をつけを。

 さて、今回ですが。
 前回はクロルプロマジンのデビューと、この薬剤とレセルピンの投与で分裂病の狂気が軽減されるかわりにパーキンソン病が起こる、というような話をしましたが......その続きと行きましょう。
 今回はその機構解明と、そこから発展していく話となります。
 それでは「仮説と矛盾の謎」の始まり始まり...........



管理人注
 2002年1月19日に日本精神神経学会は精神分裂病の名称を「統合失調症」に変更することを承認しました(8月に正式決定予定)。が、今シリーズでは統一性を持たせる為に名称の表記変更はしないこととします。
 ご了承下さい。

 では前回の続きと行きましょう。
#神経伝達物質や薬剤の話は大丈夫ですね?

 さて、では何故レセルピンやクロルプロマジンがパーキンソン病様の症状を引き起こすのか?
 アメリカ国立衛生研究所(NIH)と言う非常に有名な国立機関がアメリカにあるのですが、1955年の事。ここで行われた実験によって非常に興味深いことが起こります。それは、前回の最後の方で触れた通り、脳内の神経伝達物質のアミンの濃度を計測していたのですが、ラットにレセルピンを投与した後にラットの脳のセロトニン濃度を計測すると、これがほとんど消失している事に実験者は気付きました。驚いた彼らが確認をすると、レセルピンがラット脳の中のセロトニンをほぼ枯渇させてしまいました。
 しかし、これだけでは済みません。
 他の研究者が調べると、レセルピンは脳内のノルアドレナリンもほぼ枯渇させてしまうことを確認します。更にこれらの後の1958年、脳内においてドーパミンが初めて確認されるのですが、レセルピンはこれも枯渇させてしまうことが確認されます。つまり、脳内にあるセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンがレセルピンによってことごとく枯渇されてしまう事がわかりました。
 そして、これは非常に重要な知見を研究者に示すことになりました。
 何が重要なのか?
 実はパーキンソン病の研究はこれよりずっと前に行われていまして、その中でも脳の(脳梁の内側にある)線条体に定型的なパーキンソン病患者は異常が見られることが知られていました。そして、ここの働きは「運動の調節」となっています。
 さて、1958年に最初にドーパミンが知られてからは科学者は脳の中でも線条体には特にドーパミン濃度が高い、ということを知ります。しかし、興味深いことに線条体の中のノルアドレナリンやセロトニンの濃度はドーパミンのそれに比してずっと低い........
 ということは?
 科学者はこれらの結果を得ていくつかの推論を出します。線条体は運動の調整を行い、そしてドーパミン濃度は高い。しかし、レセルピンは脳内のドーパミンを枯渇させ、更にレセルピンの投与でパーキンソン病様の症状を出す。しかも、パーキンソン病は運動の障害を引き起こす病気である。つまり、線条体のドーパミンが減るからパーキンソン病になるという仮説を出します。
 1960年、ウィーンの薬理学者オレー・ホルニキビッツは、この仮説の検討のためにパーキンソン病患者の死体の脳を検証します。このドーパミン濃度を測定すると、多数のパーキンソン病患者の脳の線条体において、ドーパミン濃度は正常なそれの約2割程度しかない、という事が分かります。ただし、他の神経伝達物質の濃度は正常なものと変わりませんでした。更に観察すると、パーキンソン病患者の脳はレセルピンで処理されたラットの脳に類似していることも分かります。もっとも、パーキンソン病患者の脳はレセルピンを処理したようにノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミンがことごとく枯渇しているのではなく、ドーパミンの量だけが極めて少ない、という違いはありましたが。
 この結果は、ドーパミンとパーキンソン病には強い関係があることを示すこととなります。つまり、運動を司る部位でのドーパミンが欠乏することによってパーキンソン病が引き起こされる、ということが分かるようになります。


 尚、余談ですが少し。
 線条体は通常黒い色をしているため「黒質」と呼ばれています。パーキンソン病患者はここが黒くなく白っぽい色になる事が知られています。ここが黒色をしている理由はドーパミンが関与していまして、その145で触れたメラニンがドーパミンの代謝によって出来るのが由来となっています。よって、ここが黒くないということはドーパミンが作られていない、という意味にもなります。
 間接的ですが、パーキンソン病がドーパミン不足と関連しているという証拠の一つと言えるでしょう。


 さて、この様に精神分裂病の研究から脳内の神経伝達物質に繋がり、そこから更にパーキンソン病とドーパミンへと話が移るわけですが。
 ドーパミンとパーキンソン病の関係のきっかけではレセルピンが活躍していました。ということで、当然のことながら少なくとも臨床上では似た効果をもたらすクロルプロマジンではどうか、という研究が今度は行われます。これはスウェーデンの薬理学者アーヴィド・カールソンによって行われました。彼の実験方法はレセルピンのケースのそれと同じでして、ラットをクロルプロマジンで処理すれば、きっと脳内のノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンは枯渇するであろうと推測します。
 しかし、結果は彼の推測を全く裏切ります。
 それは、クロルプロマジンで処理したラットの脳内の三つの伝達物質は枯渇することなく、全くの正常な数字を示したのでした。

レセルピン・クロルプロマジンと脳の神経伝達物質
ドーパミンノルアドレナリンセロトニン
レセルピン減少減少減少
クロルプロマジン正常値正常値正常値

 これはレセルピンによって得られた、パーキンソン病にドーパミンが関与するという話とは正反対の結果となるわけですが........しかし彼はドーパミンの関与を否定することなく、更に様子を見ることを選びます。そのために、彼はクロルプロマジンだけではなく、様々な精神分裂病に効果のある薬剤(ただし、レセルピンは除く)を手許に集め、そして分裂病への効果とパーキンソン病様の症状との関係をつぶさに調べます。更に神経伝達物質その物の濃度だけではなく、その代謝産物などの量も全て計測することにしました。
 後者はどういう意味か?
 これは例えば神経のシナプス間での伝達が活発に行われていれば、その73に示したようなメカニズムゆえに活発になればなるほど神経伝達物質が放出される機会が増える  あくまでも「機会」であり、シナプス間の伝達物質の濃度は基本的に一定(そうでないと正常な伝達をかく乱してしまう)  ため、その代謝産物や分解物が増えていくことになります。ですので、もし代謝産物等が増えていれば、少なくとも神経伝達の動きが活発に行われている、と言うことになります。
 さて、カールソンの実験結果は興味深い結果を示します。
 ラットに薬剤を投与し、伝達物質を調べていくと、ノルアドレナリンあるいはドーパミンの濃度は変化しなかったものの、その代謝産物の量だけは増えていました。物によっては両方の代謝産物の上昇も確認します。そしてこれらの結果を検討した後、最終的にはこれら薬剤のドーパミン代謝産物(ホモバニリン酸という物質)の増加と薬剤の抗分裂病の効果には相関関係があることが確認されます。ただし、ノルアドレナリンに関しては相関関係は認められませんでした。

薬物処理後の観測
濃度代謝物薬効との相関性
ドーパミン正常上昇あり
ノルアドレナリン正常上昇無し

 つまりどういうことか?
 まず、薬物によってノルアドレナリンとドーパミンの代謝産物が増えた、と言うことは何らかの形でシナプス間にこれらが放出される機会が多かったと言うことになります。しかし、最終結果からノルアドレナリンは精神分裂病の薬効との相関性は無く、一方でドーパミンは薬効と代謝産物の増加に相関関係があることから、精神分裂病はドーパミンと何らかの関係がある可能性が高い、と言うことになります。
 この結果は精神分裂病とドーパミンの関係が強く示唆されることとなります。が、同時に非常に深い謎を作り出すことになります。
 何が謎なのか? まず、ドーパミンの代謝物が多く出ているのであれば、当然ドーパミンがシナプス間に出てくる機会が多かったと言うことになります。と言うことはドーパミンの活性が高くなったであろう、と。ところが先程のパーキンソン病の話を思い出してください。パーキンソン病は脳内のドーパミンが枯渇している  つまり活性が低くなると起こります。実際、抗精神分裂病薬であるクロルプロマジンはパーキンソン病様の症状を引き起こす事は述べた通りです。ところが、この薬剤も他の薬と同様にドーパミンの代謝物を増やしています.........つまり、抗精神分裂病薬を投与すると、ドーパミンの代謝産物が増える(=ドーパミンの活性が高まる)様に見えるのに、ドーパミンの量が少ないときに発生するパーキンソン病の症状を出す、と言うことになります。
 結果を見れば、これは非常に矛盾している物と言えました。

 これらを受けてカールソンは考えまくる事となるのですが、最終的に一つの「仮説」を提唱します。
 これはどういうものかといいますと、クロルプロマジンのような抗精神分裂病薬(レセルピンは別)はドーパミンによる伝達を遮断する、と言うものでした。文で書いても分かりにくいので、図にして示しておきますが.........



 伝達の基本的なメカニズムはその73でアセチルコリンを例にしていますのでここでは触れません。
 さて、ではこの「仮説」はどういうことかというと、まず、信号の伝達により、シナプス前膜よりドーパミンがシナプスの間隙に放出されます(I)。そして、通常ならばシナプス後膜にあるドーパミンの受容体に結合することで信号の伝達が行われるのですが、クロルプロマジンのような薬はここの受容体に「蓋をして」しまい(その73で示した「アンタゴニスト」となる)、ドーパミンの受容体への結合を遮断してしまいます(II)。この結果、行き場を無くしたドーパミンはそのうちに酵素などに代謝されてしまい、代謝産物となってしまう(III)こととなります。
 一方、ドーパミンの代謝物が増える、つまり活性が高くなる理由はドーパミン受容体がブロックされた結果、信号が来ない事によってシナプス前膜に「ドーパミンの合成を促す」様になる(こういったメカニズムは「フィードバック機構」と呼んでいます)と考えられました。その結果、ドーパミンが合成されてはシナプス間に出るものの、薬剤によって受容体はブロックされているために結合できず、そのまま酵素による代謝を受け、これによって代謝産物が増えるのが観測されるのではないかと考えました。
 このカールソンの仮説は薬剤の投与でドーパミンの活性が高くなるにも関わらず、ドーパミン欠乏の症状(=パーキンソン病様の症状)を引き起こす、という現象を矛盾無く説明できるものでした。

 この仮説は非常に重要な事を示唆しています。
 つまりこの仮説の通りならば、ドーパミン受容体が遮断されることでクロルプロマジンが精神分裂病に対して臨床効果を発揮する、ということになります。そして、ドーパミンが不足すればパーキンソン病になる.........ということは精神分裂病の原因は何か? 仮説の通りドーパミン受容体が遮断されることで治療効果が発揮されるのならば、その量が正常値より多ければ精神分裂病になるのではないか、という推論がここから導き出されることになります。
 これが、精神分裂病の「ドーパミン仮説」として示されることとなりました。もっとも、そのあくまでも「状況から」の証拠でして、これは証明ではありませんが..........ただ、矛盾無く説明が出来るものではありました。

カールソンの仮説
ドーパミン量レセルピンによる発生/治療効果クロルプロマジンによる発生/治療効果
パーキンソン病少ないドーパミンがシナプス間で枯渇することによる。
(他ノルアドレナリン、セロトニンも枯渇)
ドーパミンが受容体をブロック
(アンタゴニスト)することによる。
精神分裂病多い
※薬剤の「発生」はパーキンソン病様の症状が起きる理由、「治療効果」は精神分裂病への治療効果の理由

 さて、ここまで来ると「ではドーパミンの受容体は実在し、更に精神分裂病の原因となる(と思われる)ドーパミンの受容体は脳のどこにあるのか」というのが今度は問題になります。これは当然でして、受容体を証明しなければ仮説以前の問題になりますし、また存在するならばその位置と脳の役割、そしてドーパミンと受容体の関係から、本当に薬剤が有効であるならその機構解明の手助けにもなります。
 しかし、カールソンの発表した60年代前半では技術的に受容体その物の検出が不可能でして、この議題はしばらく解決されませんでした。これは1970年代の前半まで続くこととなります。

 打開の最初は1972年、グリーンガードによって行われた実験によりました。
 彼は線条体におけるドーパミンが第二次メッセンジャー(その69参照)であるcAMP(代表的な第二次メッセンジャーの一つ)の濃度を上げる事を見つけます(つまり細胞に変化を及ぼす、ということになります)。彼は線条体のホモジネート(homogenate:均一化。手っ取り早く言えば「すりつぶした溶液」)とドーパミンを使って確認したところ、cAMPの生産量が増加していることを見つけました。これは他の神経伝達物質では確認できませんでした。

 やや専門的で分かりにくい様に見えますが、これは何を意味するかと言いますと、要はドーパミンを入れてcAMP濃度が上昇した、ということはそのメカニズムから「受容体と結合した結果、cAMPが生産された」ということになります。そして、他の神経伝達物質ではこれが見られなかった、ということはそれらと結合する受容体が無かったわけでして(あればcAMPの生産が行われる)、「線条体にはドーパミンとだけ結合する受容体がある」と証拠を間接的に示すこととなります。
 さて、この結果を受けて、グリーンガードは今度はクロルプロマジンなどの薬剤をこれに混ぜてみることにします。つまり、線条体のホモジネートとドーパミンの他にクロルプロマジンといった薬剤を混ぜてみることにしました。もし、カールソンの仮説が正しければ、線条体にあるドーパミン受容体を薬剤がブロックしてしまい、その結果ドーパミンは結合できない。よって、cAMPの濃度は上昇しないであろう、と。

 この実験結果は、見事にその通りとなります。つまり、線条体にドーパミン受容体があり、そしてこれを薬剤はブロックする、と。これはカールソンの仮説を支持する物となる..........はずでしたが、例外が存在していました。
 その例外とは?
 精神分裂病の薬として開発され、そして非常に効果のあった薬剤にハロペリドールというものがあったのですが、これだけはcAMPの生成を抑える作用が強くありませんでした。つまり、クロルプロマジンとは異り、これはドーパミン受容体をブロックしていないということになります。

グリーンガードの実験
条件(ホモジネートと入れるもの)cAMP濃度つまりは?(推測)
ドーパミン上昇ドーパミンは線条体にある受容体と結合
他の伝達物質--物質と結合する受容体無し
ドーパミン+クロルプロマジン--ドーパミンは受容体と結合できず
(カールソンの仮説の支持)
ドーパミン+ハロペリドール上昇ドーパミンは受容体と結合
(カールソンの仮説の不支持)

 強力な精神病薬として使用されていた両者が、全く違う結果を出す......これはカールソンの仮説を覆してしまう物でした。つまり、ドーパミン受容体をブロックしていないのに有効な(しかも強力な)薬剤がある様に見える、ということは精神分裂病のドーパミン仮説は誤りではないか?
 この結果からカールソンの主張は誤りである、という説が出るようになります。もっとも、カールソンの説を支持するような結果も出ていましたので、完全に「分かれる」事となっていくのですが........ただ、ドーパミン受容体はまだ分離も同定もされず、両者とも「これが正しい」というには証拠が無く、いずれも決定打を欠いているものとなっていました。
 そして数年の間、この研究は行き詰まることとなります。

 しかし、これが打開される機会はやがて訪れることとなります。
 それはその119で少し触れた脳内のモルヒネ様物質の探索と、その受容体の研究で用いられた方法でして、ここで用いられた方法を使い、1975年に直接的にドーパミン受容体を同定することに成功します。
 そして、ついにカールソンの説の真偽への探索が行われることとなるのですが.........


 ........と、長くなりましたが。
 さて、ドーパミン受容体の同定まで進んだということは、いよいよカールソンの「ドーパミン仮説」についての真偽が問われる事となり、その結果から色々と分かることとなりますが.........今回は長くなりました。
 ここら辺と、そしてまとめと現状は次回にしましょう。

 そういうことで今回は以上ということで...........




 ふぅ........

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 取りあえず、薬剤とパーキンソン病から精神分裂病と神経伝達物質との関連性が言われ始め、そしてその仮説が立てられて検証され始める、というのが今回の主旨でしたが........ 大丈夫でしょうか? 一応、まとめるための表などは入れておきましたけどね。余り難しく考えなければ大丈夫とは思いますが..........
 ま、山場を迎えたということになります。

 さて、次回ですが........取りあえずは今回のシリーズの最後となります。
 取りあえず、矛盾を生じた仮説の検証など。そして、まとめと現状について触れることとしようかと思います。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2002/01/22記述)


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