からむこらむ
〜その119:脳とモルヒネ〜
まず最初に......
こんにちは。いよいよ初夏と言った気候になり始めましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
管理人は結局へろへろです(^^;; 気候変動の時期はキツイですね..........
と言うわけで、今回は体調不良で遅れて申し訳ないですm(_ _)m
さて、前回はアヘンアルカロイドに絡みいくつかの物質の話をしてみました。ま、ヘロインとかそういうものにも触れてみたのですが.......
今回は、ここら辺の物質と脳での機能解明の話について、「簡単に」触れてみようかと思います。ま、深く触れると「何のことだかさっぱり」の領域に入ってしまいますので、あくまでも「軽く」触れる程度に止めてみようかと思いますが。それほど深く考えない方が良いかも知れません(^^;; ただ、「受容体」の役割はしっかり認識しておかないと分からない話にはなります。お気を付けを。
それでは「脳とモルヒネ」の始まり始まり...........
前回からの続き、と行きますが。
最初に書いておきますが、今回触れる部分は「軽く」とさせてもらいます。と言うのは、深くやるには専門過ぎて複雑怪奇で長い、となりますので......その点は御了承下さい。もっとも、それでも結構大変なのですが.......
前回にはアヘンより取れた化合物と、それをヒントに人工合成された化合物についてを扱いましたが........さて、こう言った化合物の構造の解明と合成が出来るようになってきたころになると、科学者達はある種の疑問を持ち始めます。それは、何故こう言ったアヘンより取れたモルヒネ様の化合物......「オピエート」が人体に有効であるのか? という疑問でした。
科学者達はこの疑問に対して、次のような推測を行います。それは、「脳の中にオピエートと結合する特定の受容体(その69参照)があるからではないか」と言うものでした。この推測に至るには状況証拠が当然ありまして.......例えば、オピエート薬物はその作用・効果から明らかに何らかの形で神経に作用すること。また、極少量(ミリグラム単位以下)でも作用を及ぼすこと(これは特異的にオピエートと結合する受容体が無いと説明できない)。そして、前回触れた「ナロキソン」の様に、モルヒネやヘロインと言った物質に拮抗する薬物(アンタゴニスト)が存在することでした。このナロキソンの様なアンタゴニストの存在は重要でして、これによって前回話したように、ヘロインの急性中毒で呼吸中枢をやられて昏睡状態に陥った患者に対して、ナロキソンを使用することでこの状態を回復させる、と言うものは受容体の存在によってナロキソンの役割(つまり、受容体に結合しているヘロインをナロキソンが追い出して自身が結合して「蓋」をする)を説明できるものとなりました。
こう言った「状況証拠」を持って科学者達はオピエート受容体の存在を強く確信し、そして証明するための実験にかかりました。
オピエート受容体の証明は1950年頃から始まります。その方法は.......まず、脳内に受容体があるならば、まず受容体だけ抜き出してみよう.........と言うことで実験動物から脳を取りだし、それをすりつぶして遠心分離を行って抽出にかかります。そして、その受容体のある(と思われる)層を取りだして、これに放射性元素を構造中に組み込んで「標識(ラベル)」したモルヒネを混ぜて存在していると思われる受容体とモルヒネを「結合させる」という実験を行いました。が.......これがなかなかうまくいきませんでした。
しかし、この方法には手が入れられて改良されることとなります。
1970年代にある研究グループは次のような考えの下で実験を行いました。それは、今までの実験では受容体に結合する薬剤の結合が弱いからうまくいっていないのではないか、と。そういうことで受容体により強く結合する(と思われる)薬物.....仮に「A」を用意し、これを放射性元素で標識します。そして、これを脳より取りだした受容体が存在されていると思われる層に混ぜて、「存在すると思われる受容体」と結合させます。そして、要らない分(余剰のAなど)を洗い流して、「A−受容体」(両者が結合した状態、と思って下さい)の複合体を用意します。そして、ここでこの「A−受容体」の複合体に対し、オピエート薬物である「B」(非放射性)を入れます。
さて、ここは「実験」の世界なので難しいのですが........まず、「A」は放射性元素が入っていますので、当然「A」と受容体が結合しているものをしかるべき機械で調べれば放射線を探知します。この強さを仮に「100」としておきましょう。しかし、オピエート薬物「B」が入ってきて、これが「A」を追い出して受容体に結合して「B−受容体」を作ったらどうなるか? そうなると当然追い出された「A」はそこら辺を浮遊することとなります。ですので、洗浄することで「B」に追い出された「A」と、結合しなかった余剰な「B」を除いてやれば、「A−受容体」の複合体と「B−受容体」の複合体が残ることとなります。
さて、この状態を考えると......当然「A」は「B」によって追い出され、洗浄されてしまいましたので、「B」を入れて洗浄処理までした後の物の放射線の強さは弱くなり、機械にかけると最初の時よりも放射線の強さは最初の「100」に対して50、60と言ったように弱まります(置換の割合で異りますが)。もしこうなれば、後は実験結果と実際の薬物投与による薬理効果を比較し、それが一致すれば「受容体の特性」からその存在を証明できる、と言うことになります。一致しなければ、受容体の理論(結合することで作用を発揮するなど.......その69参照)とは違ってくるので、これは当てはまらない、と言うことになります。
#ここら辺はけっこう難しいんで、余り難しく考えなくていいです。
#この道をやろうという学生さんは考えなきゃダメですが.........
そして、この様な実験として1973年に「A」をナロキソンで、「B」を前回触れたレボルファノール(デキストルフィンも使っているのですが)を用いた実験結果が報告されます。そして、その結果は脳内にオピエート化合物と特異的に結合する受容体が存在する、と言うことを裏付けるものとなっていました。
この様な経過を経て、初めてその受容体の存在が証明されることとなります。
#その188にこの部分の説明と関連するものがあるので、参考にすると良いかも知れません。(2005/10/08追記)
この受容体の証明後、今度は脳内のオピエート受容体の位置が色々と調べられることとなります。
これらは様々な方法(例えば脳の切片と放射性のオピエート薬剤と接触してみる、など)で調べられます。そのような実験と様々な検証(例えばその110で述べたもの)の結果、脳内のオピエート受容体の位置やその種類、そしてそういったものとオピエートの及ぼす影響の関係などが分かってくるようになります。
簡単に述べると、まず受容体には数種類存在することが判明します。これらはその機構によって分類されますが、いずれも「抑制的」に働くことが分かります。
#専門的な注:例えば受容体が「cAMPの活性」「カルシウムイオンチャンネルの開閉」「カリウムイオンチャンネルの開閉」に関与し、オピエートによって「cAMP生産減少」「カルシウムイオンチャンネルを閉じる」「カリウムイオンチャンネルを開く」と細胞に抑制的に働く、と言った事が知られます。
これら受容体の位置は脊髄、脳幹、間脳、終脳と言った部分に分布し、そして概ね「痛覚」に関する情報を統合する領域などに集中していることが判明しました。それぞれに重要な意味はありますが.......例えば、脊髄では「痛覚」に関してその閾値を上げる......つまり、「痛覚を感じる様になるまでの信号入力のレベルを上げる」働きを持ちまして、モルヒネの「鎮痛効果」に絡んで重要な知見となります。他に挙げると、視床での受容体の密度が高いことも知られています。これは、視床が脳への情報の主要入力部位であり、知覚情報の「選択」を行って重要なものを大脳皮質に渡す、という役割をしていることを考えると極めて重要な意義があると言えます。また、ここでも「痛覚」に関するコントロールが行われており、痛覚の情報が持つ「速い痛み」と「遅い痛み」のうち、「遅い痛み」の方に関してオピエートが関与する、と言うことも分かってきます(つまり、「速い痛み」に鎮痛目的でモルヒネを与えても効果はない)。
#実際には、「遅い痛みは感じるが、それによって煩わされない」というものらしいですが。
また、オピエートの持つ「多幸感」は大脳皮質のすぐ下に位置し、脳幹を取り囲むようにして存在している「大脳辺縁系」と呼ばれる部分に受容体があることと関与すると言われています。ここは「情動行動」に関与する部位として知られており、ここに受容体がある、と言うことで「多幸感」への関係が指摘できることになります。
このほかにも、モルヒネなどによる縮瞳や呼吸抑制、鎮咳などの効果とそれに関連する部位について、ある程度の説明がされるようになります。また、ホルモンの分泌に関与するような部位に受容体があることから、身体へのホルモンの調整機構への影響も分かってくるようになります。
尚、脳だけでなく腸管にもオピエート受容体があることが分かっていまして、これはアヘン中毒者の典型的な症状の一つである「便秘」と言ったことの説明、となっています。
このように、色々とオピエートが脳の機能解明にも関与していくのですが..........
ただ、一つ注意しておかないといけないのは、これらは「現状では完全には分かっておらず、その一端のみが分かっている」程度である、と言うことは頭に入れておいて下さい。
実際、ここら辺は詳しくやると複雑で難しいものがあります。
#痛覚も、脊髄では「痛みを伝達する神経末端に受容体があって、そこに作用して神経の働きを抑制し、鎮痛効果を出す」とかややこしい状況にあったりしますので。
尚、これを書き忘れてはいけませんが........
オピエートの持つ「依存性」の問題については詳しいことは判明していません。が、上記の研究がその「ヒント」を与えています。つまり、オピエートによる「生化学的な変化」と受容体の数の変動(薬物の増加などで増減する)と複雑に関与していく、と言う点で推測されています。
さて、このように色々と脳内に受容体があって分布している、というのは分かっていただけたかと思いますが。
これによって、今度はある種の疑問が新たに提示されます。それは、「何故脳内にモルヒネと結合するような受容体が存在するのか?」という物でした。これに関する答えは受容体と物質の関係を理解すれば必然でして、「その受容体と結合するようなモルヒネ様物質が脳内に存在するから」ということになります。ま、一般に言う「脳内麻薬」の存在なのですが........
この研究は、受容体の存在が分かってから様々な研究者達によって本格的に始まることになります。
最初の「脳内モルヒネ様物質」の発見は1975年12月18日の『ネイチャー』にヒュージとコステルリッツによって報告されます。これは、豚の脳を「毎日のようにのこぎりで頭蓋骨を切って」取りだして回収した成果、でした。報告は、二種類のペプチド.......つまり「アミノ酸(その59、その60参照)がいくつか連なったもの」としており、二人はこれをギリシア語で「頭の中の」を意味する言葉を取って「エンケファリン(enkephalin)」と命名します。この二種のエンケファリンはいずれもアミノ酸5個よりなるペプチドでして、その構造はアミノ酸4個までは共通し、末端の一個だけが異る構造を示していました。
ま、ちょっとでかい構造ですが.....生体成分としては小さいほうですけどね。構造の青で書いた4つのアミノ酸は共通構造でして、右端のアミノ酸が違うだけです。よって、その違う部分のアミノ酸の名称を取ってそれぞれ「メチオニンエンケファリン」「ロイシンエンケファリン」と命名されました。これらは、それぞれいくつかの試験によって確認されます。
#専門的には抗原抗体反応とカラムクロマトグラフィーを用いて確認。
さて、ここで一つトラブルが生じます。
実は、このエンケファリンが分離・確認される前にオピエートの研究者達は、オピエート様活性を持った脳抽出物について議論をしていたのですが、この名称を決める委員会を設置しており、「内因性のモルヒネ様物質(endgenous morphinelike substances)」より「エンドルフィン類」という名称にすることにしていました。ですがヒュージとコステルリッツは「エンケファリン」を好み、そして命名の優先権があったのですが、彼らが分離するころには「エンドルフィン」の名称は広く使われてしまっており、ここに名称に関するトラブルが生じます。
結局、現在では両者とも使われており、ある種の「互換性」のある言葉となっていますが........ただ、「エンケファリン」と言うと特にこの二人の分離した二種のペプチドを指すのが一般のようです。
さて、エンケファリンの分離は大きな影響を与えることとなります。
どういう影響か、と言いますと........まず、脳内に実際にモルヒネ様の物質が存在する、と言うことが確認できたこと。そして、それはモルヒネのような構造ではなくペプチドであった、と言うことでした。これは、同じくペプチドが多い「ホルモン」の研究をしている科学者達にも影響し、やがて彼らの参入などにもよって、別のモルヒネ様作用を示すペプチドが色々と発見されていきます。
最終的に、モルヒネとは構造が違う物のモルヒネ様の作用を持つ化合物........一般には「オピオイド」と呼ばれるのですが、このオピオイドは多数(数十種)分離され、そしてこれらにはペプチドの物が多く見られる、と言うことが分かってきました。これらには一般に知られる「β-エンドルフィン」と呼ばれるものや、ロイシンエンケファリンの700倍ものモルヒネ活性を持つ「ダイノルフィン」、また「ネオエンドルフィン類」などと言ったものが知られるようになります。
そして、このエンドルフィン、エンケファリンといったオピオイドペプチドは必要に応じて脳内で合成されて分泌し、鎮痛・抗不安と言った効果を出していく、と言うことが徐々に理解されることになります。
#重大な負傷時の「痛覚の消失」や、死の間際の「安らぎ」とかはこれらによるものと言われていますか。
#尚、これらは全て「神経伝達物質」であることはお忘れなく。
さて、この様に発見されたオピオイドペプチドは構造的に面白い点を持つことが判明します。例えば、あるエンドルフィン類は共通したタンパク質を前駆物質とすることがわかります(このタンパク質からホルモンも出来ることが同時に分かりました)。また、最も特徴的なものとしては「アミノ酸の最初の配列の4個が共通」という点でして、上記エンケファリンの青で描かれた構造をエンドルフィンも持つことが分かりました。これにより、「オピオイドに必要な構造」と、これらの構造より「受容体の構造の特徴」も徐々に分かってくるようになります。
尚、こう言った「構造」は重要な情報な物でして、特にオピオイドペプチドの最初の構造である「チロシン」はモルヒネの構造との類似性に関して重要な情報を持ちます。これは、モルヒネがチロシンより合成されることと、その構造の一部がモルヒネにも反映されていることから、「何故モルヒネがオピエート受容体にくっつくか」という事への理解が進むことになります。
上記モルヒネ構造の左上の部分の赤で示した環状構造は、エンケファリンやエンドルフィンのチロシンの構造と類似しています(立体構造だと分かりやすいんですけどね.......)。また、この事から逆にモルヒネの作用を持つ類似物質や拮抗薬への理解が(構造の類似、と言う点で)進むことにもなります。
さて、いくつかのオピオイドペプチドが分離されてくると、当然、製薬会社が「モルヒネに変わる鎮痛・鎮静剤、しかも耽溺性のない物」の開発に乗りだそうとします。そのベースとしては構造が小さいこともあってか、エンケファリンがその対象となりました。
これによって各種のエンケファリン誘導体が開発され、そして試験されることとなるのですが.......実際には、これらはなかなかうまくいかず、でした。と言うのは、例えば「脳関門が通れない」という障害があったり、効果が弱かったり。また、効果があっても結局はモルヒネと同じような耽溺性を持ってしまう、と言うものでした。通常、エンケファリンはオピエート受容体に働くと(神経伝達物質ですからその73でも触れたように)酵素によってすぐに分解されていまい、これによって「耽溺性」を生じることはありません(他のエンドルフィンも同様)。しかし、製薬会社の合成した誘導体は分解されにくい、という特徴があり、これによって耽溺性を持ってしまいました。「じゃぁ、分解されやすいのを作れば?」と思うかも知れませんが、分解されやすいものは服用してから脳に到達するまでに分解されてしまうという状態でして、結局「理想的なもの」は機構的に難しいものとなっています。
#これが、薬物の「難しい部分」だったりします。
ま、実際にはこう言った構造の研究は極めて(様々な面で)有用なものとなり、「ドラッグデザイン」という領域を発展させ、そしてこう言った研究からいくつかの薬剤は開発されています。例えば、数種のオピエート受容体のなかで特定の受容体に働き、そして別の受容体には働かない構造を持つ薬剤、と言う様なものが開発されています(各受容体に役割があるわけで、特定の受容体に結合する事は「特定の機能のみ働かせる」効果がある点で重要となる。つまり、「都合の良い効果」を得るのに必要)。
さて、長くしてしまいましたが。
以上で、4回にわたりアヘンと、そこから生まれたいくつかの物質・研究について触れてみました。ま、最後はかなり急いでいますけどね(^^;; この部分は専門書で一冊費やせる領域ですので、その点は勘弁を。
で、長くてちょっとピンと来ないかも知れませんが、軽くまとめてみるとケシ・アヘン・モルヒネなどに関連する研究は次のような意義を持っています。つまり、「古くから知られた万能薬」「最初に植物より有効成分を分離」「麻薬禍」「脳の研究へ寄与」などという、極めて大きな意義を持っていたと言えます。特に、それぞれの分野において「先べんをつけた」研究が多く、医学・薬学などという点では非常に重要な物となっています。そして、そういったものが身近に存在し、また存在していた、と言うのも重要なものです。単純に「麻薬」だけでは済まないという事は分かっていた貰えたかと思います。
ま、そういうことで数回にわたって触れてみました........とは言っても、まだまだ触れてみたかったものはあったのですが。これ以上は「???」が増えてくると思いますので、以上でひとまず終わりとしようかと思います。
ただ、今回触れたような部分では、今もって深い謎を残していたりします。これらの研究が将来進めば、特に医薬などにおいて(生物工学と相まって)かなり有効な何かを生みだす物になるとは思いますが。
将来、究極の「理想的な鎮痛剤」は出来るのか?
楽しみといえば楽しみですね........
それでは以上で。
あぁ、長くなっちまった........
さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
今回は体調的にちょっと厳しかったですが.......内容もちょっと難しいですけどね。まぁ、触れずに通るには意味がないので触れてみました。まぁ、最初に書いた通り「深く触れる」と洒落にならない領域なのと不明な点が多い領域でもあるのですが。これ以上は「専門書を読んで下さい」という部類になります。
ま、取りあえず「モルヒネ類が寄与したもの」という事で頭の隅に入れておいて貰えれば結構だと思います。単純に「麻薬」以上の役割がある事は分かって貰えたとは思いますが。
さて、取りあえずこれでアヘンより始まったモルヒネに関する話は終わりです。これで他の「ドラッグ」にも触れられますね........
ま、次回は.......決めていませんので、何か考えることとしましょう(^^;;
そう言うことで、今回は以上です。
御感想、お待ちしていますm(__)m
次回をお楽しみに.......
(2001/05/22記述)
前回分 次回分
からむこらむトップへ