からむこらむ
〜その104:喘息とストレスと感情〜
まず最初に......
こんにちは。何となく妙な天候が続いていますが、皆さま如何お過ごしでしょうか?
ま、最近は風邪引きさんがまた増加中のようですので........お気を付けを。特に受験生は(^^;;
さて。前回は世界で最初に結晶化されたホルモンの話をしましたが、今回はその話を軽く。そして、更に関連する物質の話をしようかと思います。ちょっと駆け足でやりますけどね。
ま、色々とリクエストのある「薬物関係」に絡むものでもありますが.......意外なところでの「接点」を感じて貰えれば幸いです。
それでは「喘息とストレスと感情」の始まり始まり...........
さて、前回では最初の結晶化されたホルモンとして、アドレナリンが命名されるまでの話をしました。
このアドレナリン。「ホルモン」として見つかった、と書きましたけど........このホルモン。発見・分離・結晶化されたのをきっかけとしまして、その他のホルモンについての発見と研究が急速に進みます。もちろん、この研究にはアドレナリン自身も含まれていました。
さて、こう言った研究からアドレナリンの特性が分かったのですが........同時にあることが分かります。
それは.......「アドレナリンはホルモンとしては”変わり者”」である、と言うことでした。どういう点で変わっているのか、と言いますと..........ホルモンというものはその69やその70で書いた通り、「血中に放出されて、標的器官にたどり着き、そこで作用を起こす」と言うものでした。しかし、アドレナリンの作用は.......瞳孔を広げてみたり、気管支を拡張させてみたり、血圧を上げてみたり........手っ取り早く言えば、「どうもこれは交感神経に働いているらしい」と言うことで「ホルモンというよりも神経伝達物質に近いのでは?」という状況でした。
では、これは神経伝達物質なのか?
1932年W.B.キャノンは交感神経を刺激すると、神経の末端より放出される物質がアドレナリンによく似た作用を持つことを発表します。こう言ったことより、「神経にはアドレナリンを伝達物質として作動する神経がある」と推測されたことより、「アドレナリン作動性神経」(その72参照)という言葉が生まれます。
これにより、アドレナリンはホルモンではなく神経伝達物質として認知される.........ことにはなりませんでした。実は、1946年のこと。フォン・オイラーの研究によって、次のことが明らかになります。それは、副腎髄質から分泌される物はアドレナリンが主なものである、ということ。そして、交感神経の支配を受ける多くの臓器の抽出物の中には、アドレナリンによく似た化合物であるノルアドレナリンがある........つまり、簡単に言うと「交感神経で伝達物質として働くのはアドレナリンではなく、ノルアドレナリンだった」ということでした。
ま、実際には神経の伝達にはアドレナリンも若干入っているのですが.......基本的にはノルアドレナリンがアドレナリン作動性の神経の伝達物質となっています。
さて、アドレナリンとノルアドレナリンの存在位置作用について触れておきましょう。
アドレナリンは副腎の中の副腎髄質に特に多く存在していまして、その80%を占めています。これ以外の組織では作られていません。しかし、ノルアドレナリンは神経伝達物質ですので、交感神経に支配されている臓器でよく見られています。また、脳の中にも存在していまして、脳幹の青斑核と呼ばれる場所にノルアドレナリン作動性の神経があることが知られています。
アドレナリンはホルモンであり、神経伝達物質の役割もしますので当然の事ながら受容体=レセプターの存在があります。アドレナリンの作用する受容体はおおまかに分けて2種類ありまして、それぞれα、βと分けられています。これらは更にα1、α2、β1、β2のレセプターに細分されます。特にβの方は研究がされていまして、細かい所まで色々と知られています。
ま、あんまり詳しくやると医者か生化学の難しい世界ですので簡単に書きますと.........αレセプターでは血管や平滑筋などの収縮を行っています。他にも、グリコーゲン(その93参照)の分解を進めたり、血糖を調整するインスリン分泌の阻害や、脂肪分解の阻害などをします。βレセプターの働きは色々とありまして.......こちらは循環器への作用や平滑筋への作用が多くあり、一般には心筋に働きかけたり、その他血管に働きかけて血圧を上げる効果があります。また、αとは逆に平滑筋を弛緩さたり、脂肪の分解を促進したり、インスリンの分泌を促進したりします。
尚、いわゆる「鳥肌」はこう言った作用が関与しています。
ただし、ノルアドレナリンはアドレナリンほど多様な働きはなく、心臓の拍動を増加させ、各所の血管を収縮させるために血圧を上げる働きが中心となっています。ただし、血圧を上げる効果はアドレナリンよりも強く、1.6倍ぐらい強いものとなっています。
などと書きましたが、ピンと来ないと思いますので........比較的分かりやすい例を挙げるとしましょう。
その例として......アドレナリンやノルアドレナリンというものは、薬としてはどういう働きをするのか?
血管を収縮させる性質がありますので、これを利用して抜歯などによる局所的な出血を抑えたり、止血したりします。また、血圧を上げるので強心剤として使用することもあります。もちろん、これは使いすぎると逆に不整脈など起こしてしまいますが.........
また、代表的なものとしては、気管支筋を弛緩させるため、喘息の発作を和らげる為に用いられることもあります。喘息持ちの方にはなじみがあるかも知れませんが.......
ただし、これらは内服すると腸で分解されてしまいますので、直接注射か、喘息の場合ではエアゾルによる吸収、となっています。また、両物質とも一般的に持続性はなく、体内で速やかに分解されていくのが特徴です。
.......って、こう書いても「良く分からない」という部分があると思いますが.......もうちょっと分かりやすい例は後で書きましょう。
さて、ここからがある意味において今回の本題、となりますが.........
これらアドレナリンやノルアドレナリンというもの。これらは構造から「カテコールアミン」という種類に一般に分類されます。これは「カテコール」という化合物の構造を持っているから、なのですが........これらはどうやって体内で合成されるか、と言いますと、アミノ酸(その32)の一種である「チロシン」より合成されます。
チロシンは細胞に取り込まれて(「クロム親和性細胞」という細胞)酵素の反応を受けて変化していきます。チロシンは反応により「ドーパ」という物質に変化し、更に「ドーパミン」に。ドーパミンは更に酵素の反応を受けてノルアドレナリンになり、これが更に反応してアドレナリンになります。
ま、図示しますと...........
この、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンを一般に「カテコールアミン類」とよんでいます。
ノルアドレナリンの「元」となるドーパミンは重要な脳内における神経伝達物質でして、中脳の「黒質」と呼ばれる黒っぽい部分に大量に存在しています。つまり、極めて重要な物質となっています。ちなみに、黒くなる理由は、ドーパミンが代謝されて(御馴染みの)メラニンが溜まる為です。主な働きは「運動の制御」を行っています。つまり、これが欠乏すれば運動に対する支障が起きます.........これで有名な物としては「パーキンソン病」という物が有名でしょうか? また、分裂症といった病もこれが関与している一因と考えられています。
#ここら辺も色々とあるんですけど、長いので今回は省略します。
さて、これらカテコールアミン類。極めて生体に重要な働きがありまして.........
冒頭にノルアドレナリンとアドレナリンの作用を書きました。専門でやってないかぎりはピンと来ない、と思われますが.......非常になじみのある物にこれらは関与しています。
何か?
答は........「ストレス」となります。
カテコールアミン類はいずれもストレスに関与する物質です。まぁ、ストレスも深くやればかなり深い話になるのですが......生理学的には「外部の変化・刺激に対する生体の変化」がこの「ストレス」を意味します。一般で言う様な「ストレス」とは少し違いますが.......ま、詳しくは別の機会としまして。ちょっと簡単にストレスとカテコールアミン類の関係を書いておきましょう。
ストレスの原因となるもの(化学的・物理的・精神的他諸々)は一般に「ストレッサー」とよんでいます。このストレッサーを身体が感じると? 脳が反応しまして、視床下部へと命令を下します。ここから免疫系の活性化など色々と関与していくのですが、そういった関与の一つにこのカテコールアミン類が関わってきます。
つまりどういうことか?
例えば「緊張」のような「心臓に悪いこと」と言うのは十分なストレッサーになるのですが、想像してみて下さい.........「緊張」を経験すると、大抵は心拍数が上昇します。また、血圧も上昇しますし、人によっては鳥肌が立つ事態にもなるでしょう。そして、呼吸数が増加していきます。更に血糖値は上がり、脂肪の分解が促進されていきます...........これ、よく見ると........ノルアドレナリンやアドレナリンの作用、となっていることに気付くでしょうか? また、カテコールアミン類は粘膜などの作用にも関与したりするのですが、これにより胃液の量が増えたりすると胃に負担がかかる.......つまりストレスによって「胃が痛い」状態ともなります。これが進めば? 彼の夏目漱石が死ぬまで悩み続けた「胃潰瘍」となるような事態となります。
こう言った緊張状態による、呼吸数の上昇や発汗、心拍数の変化などを上手くモニターすることで利用されているものの一つに「うそ発見器」がありますね........余談ですけど。
つまり.......カテコールアミン類は一般にはこのようなストレスへの対応を行う働きが中心となります。一般には「神経の活性化」を促している働きを持っているとも言えます。
こう説明すると、色々と.......「平滑筋の弛緩」とか色々と書くよりは実感がもてると思いますが。
如何でしょうか?
このカテコールアミン類はストレスのほかにもまだ働きがありまして.........
皆さんは「心の働き」と言うものに興味を持たれる方は多いかと思いますが、これらカテコールアミン類はこう言った心の働きにも関与しています。
ま、先ほどのストレスとも関与するのですが.......アドレナリンは緊張やショックを受けたとき、驚いたときに多く分泌されます。ノルアドレナリンは「怒り」に関与しまして、この状態になると多く分泌されます。
そして、ドーパミンは脳内の物質でして、感情に非常に関与しますが..........「独創」といった物に関与すると同時に、「恍惚感」を与える物質となっています。つまり、ある種の麻薬などによる「トリップ」はこのドーパミンやドーパミン類似物質が関与していると考えられています。
#実際にはドーパミンに関連して「セロトニン」という物もあるのですが.........
麻薬、などの話が出たので少しこの事にも触れておきましょうか。
カテコールアミン類の、特にアドレナリンやノルアドレナリンは神経の興奮を促すことは書きました。「神経の興奮を促す」ということはどういうことか、と言うと単純に言えば体内の活性化を促す、と言うことになります。
つまりどういうことか?
体内ではアドレナリンやノルアドレナリンは神経やホルモンの監視下に置かれていますので、必要に応じて出され分解されるものです。では、もしこう言ったものと似た作用(特に中枢神経の興奮)を持つ物質を投与すれば? そして、それが体内では分解しにくいものであれば?
........いわゆる「覚せい剤」がこれに当たる物となります。
ま、長くやるのは別の機会に回しまして簡単に書きますと.........カテコールアミン類と覚せい剤の関係は比較的新しく、今世紀になってからの研究となっています。これには日本人の研究が関与していまして、19世紀後半に長井長義によって麻黄より分離され、そして陳、シュミットらによって喘息治療薬として使用されることになった物に「エフェドリン」という化合物があります。この化合物はアドレナリンやノルアドレナリンと構造が類似していまして、作用もこれと似ています(作用の強さは色々と違いますが)。しかし、研究が進むうちに人工で作った類似物質が「覚せい剤」としての作用があることが判明します。特に、アンフェタミン(ゼドリン)、メタンフェタミン(ヒロポン)などがこう言ったものの中で有名でして、戦中に日本で販売されることとなります。
アンフェタミンとメタンフェタミンは戦時中、特に工場作業で使用された経緯があり(眠くならないので)、当時そのような経験をされた方の話を聞くことも出来ます。大量生産されたこれらの物質は戦後、民間に流出して覚せい剤禍を招いたのはよく語られるところです。ちなみに名称が「覚せい剤」だと抵抗あるから、と「スピード」に手を出す愚か者がいますが、その実は全く一緒のものです。
尚、いわゆる「エクスタシー」または「MDMA」とよばれるような薬剤はメタンフェタミンの構造に似たものとなっています。ただし、こちらは「セロトニン」という脳内伝達物質と関与していますが.........
また、ドーパミンは「恍惚状態」になると書きました。ドーパミン作動性の神経では、伝達物質であるドーパミンの分解を行う「MAO」と呼ばれる様な酵素があるのですが、これを阻害する薬剤もある種の麻薬として使用されています(恍惚状態の継続が出来る=トリップする)。例を挙げると、その102でソーマの一つではないかと言われる「ハーマラ子」に含まれる「ハルミン」が幻覚作用を持つほかに、こう言った作用があります。
ま、他にもカテコールアミン類の類似構造物は麻薬・向精神薬に用いられることが多くあり、メスカリンなど色々と存在しています。
ここら辺はその内、もっと詳しく説明してみたいとは思っていますが.........
あ、余談ですがエフェドリン。構造が類似していますが、これはアドレナリンなどのようにアミノ酸からの合成ではありません(ベンズアルデヒド、という化合物より合成される)。この化合物は抗喘息薬として有効でして、構造の微妙な差違からアドレナリンなどと比べて分解しにくくなっています。これにより、アドレナリンとは異なり持続時間が長いことと、内服薬としても使用できる様になっています。
多分、喘息で苦しんだことがある方はこちらにお世話になった方もかなり多いかと思いますが..........
.......と、長くなりました。
ま、駆け足でしたけど.........アドレナリンなどがストレスや心情に関与し、ひいては似た構造のものが覚せい剤として用いられる.........
こう言った物が色々と面白いのですが.........
取りあえず今回は以上、と言うことで。
ま、こんなもんか。
さて、今回のからこらは如何だったでしょうか?
前回書いたアドレナリンの話若干に、カテコールアミン類の話を簡単にしました。まぁ、駆け足気味ですけどね(^^;; いや、深くやると洒落にならないぐらい色々とありますので。また、こういうものが色々と薬や覚せい剤などに関わる、と言うことも触れてみましたが.......ま、これは化学をやらないとまず知ることはないでしょうし。また、麻薬関係のリクエストがありまして、そういったものへの布石ともなります。
ま、必要なことは書けたと思いますが。
尚、エフェドリンはエフェドリンで書けることが色々とありますし、アンフェタミン・メタンフェタミンも色々とありますので、これらはその内詳しくやろうと思います。
お楽しみに........
さて、次回ですが........何にしましょうかね?(^^;; まぁ、色々と布石をうってありますので..........そこら辺からでもよいですし、また別の話でもしてみたいものもありますが。
どうしますかね(^^;;; ま、考えようと思います。
そう言うことで、今回は以上です。
御感想、お待ちしていますm(__)m
次回をお楽しみに.......
(2001/02/06記述)
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