からむこらむ
〜その196:強い男〜


まず最初に......

 こんにちは。2月も後半ですが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 大分暖かく感じる日も増えてきました。春が近づいてきているのでしょうかね.........

 さて、今回のお話ですが。
 え〜、大ネタといこうかと思います。ま、世の中には様々な植物があり、場合によっては様々な伝承や伝説を残しているものがあります。その中でも、ある種の話は非常に興味深い物があります。
 今キャンペーンはそう言った中から、特に結構「怪しげな」話が多く残っている一方、毒として薬として活躍した物質に絡む話をしていこうかと思います。とは言っても、あまり科学的な話はありません。どちらかというと植物学.......でもないかな? まぁ科学色は薄いですが後につながりますので。
 それでは「強い男」の始まり始まり...........



 皆さんはナス科の植物というとどういう印象があるでしょうか?
 ま、名前の通りナスを思い出す人もいるかと思いますけどね.........実際に結構食品には縁がある植物でして、たとえばその94で触れたじゃがいもや、あるいはトマトと言った食品はナス科の植物でもあります。ま、そういう関係なので「ポマト」なんて物も出来たりするんですが(とは言っても聞かなくなりましたね........)。
 そういえば両者とも南米から渡った物で、じゃがいもは触れた通り苦難の道を経て普及し、トマトも観賞用として普及し、最初は食品として用いられなかった経緯があります。そういう意味では色々と「平坦でない」経緯がある物ではありますが。
 そうそう、ナス科というと、他にも代表的なものとしてタバコもありますが、これは言うまでも無く食べてはいけません。

 で、今回はこのナス科のいくつかの植物について話をしてみようかと思います。
 しかし、これから話すものは食べ物とは縁が無く、魔術や毒殺といった類い、あるいは沈痛・麻酔と言ったものに関与した、れっきとした毒であり薬です。そして、その歴史は古いながら、実際にはかなりの紆余曲折の歴史を持った植物となっています。
 ま、書くものが多いですので、一つの大きなキャンペーンとなりますが.........ただ、非常に人との関連で触れるべき点が多い植物であることは、読んでいただければわかるかと思います。
 では、古い物から順に触れていくこととしましょう。



 さて、記録に残されている最も古いナス科の植物の一つは非常に興味深いものがあります。
 その植物の記録はギリシア神話にも、そして旧約聖書の創世記にも記録がある植物です。ですが、両者における位置づけが全く違うものでして、民間でもそれが反映されているようです。つまり、多分に「魔術」的な要素が大きい一方、かなり「実用」と言う点でも使われていた植物でした。
 その植物はギリシア神話から魔女メディア(アルゴー船や三大悲劇で有名)のおばで、同じく魔女のキルケの名を冠しており、「魔女キルケの草」「キルカエア」とも言われていたものです(二人ともトリカブトの話で出てきていたりしていますが)。その名を「マンドレーク(mandrake)」。あるいは「マンドラゴラ」と呼ばれる植物がこれに相当します。
 このマンドレーク、学名をMandragora officinarum(マンドラゴラ・オフィキナルム)と言いまして、ナス科の植物です。多年性で直立した茎が無く、葉は直接根から出て地面に広がります(タンポポの葉の様な感じです)。ナス科特有の花をつけまして、実は黄色で甘い匂いをもつとされます。地中海沿岸を中心に生育しまして、この地域の、特にギリシアやイスラエル・パレスチナ地域を中心にさまざまな話が残っています。
 尚、この植物がキルケの名を冠されるのは、ホメロスの『オデュッセイア』の話の中に、オデュッセウスがアイアイエ島にたどり着いた時、彼が先発させた島の探検隊が、キルケによって全員豚に変えられた話があります。この際に使われたのがマンドレークだったから、と言うのがその理由となっているようです(この後キルケの薬によって、オデュッセウスは1年間彼女の愛人にさせられるなど、他にも色々と話はありますが)。

 ところで、「マンドレーク」と言うと皆さんは何を想起されますかね?
 まぁ、名前を聞いてもゲームやら創作の類いの中でしか見たことが無い、と言う人も多いかと思いますが.......実際、そういうような話に使われやすいような多くの伝説があり、同時にまゆつば物の話が圧倒的に多くある植物であるといえます。その中でも「抜く際の悲鳴」と言う話が最も有名ではないでしょうか? いわゆる「マンドレークが引き抜かれる際に悲鳴を上げ、それを聞いたものは死に至る」というのがその話になりますけどね。
 しかし、歴史を追跡するとすでにギリシア時代において薬として使われていたようで、アヘンの話でも出てきた1世紀頃に活躍した医師ディオスコリデスはその著書で、患者にマンドレークを与えるとよく眠り、外科では無痛で切断や焼く(消毒目的)事が出来たと記録しています。つまり、催眠、あるいは鎮痛・麻酔薬といった形でかなり積極的に用いられたようです。他にも、紀元前400年頃の医師ヒポクラテスはマンドレークの効果に「意気消沈を軽減する」と言う記述を残しているようです。使用する部分は根や果実、葉も同じように効果があったようで、羊飼いが匂いに引かれて果実を食してそのまま眠る、と言う事もあったとか。実際に使用する時には酒に浸けるなど色々工夫はされたようです。
 つまり、古くから医師の間では鎮痛麻酔などの役割としてマンドレークを使っていた、と言うことになります。一方で量が過ぎれば死に至ることも良く知られていたようで、アヘンの話でも出てきたガレノスなどはその警告を残しています。実際、多く過ぎれば幻覚などを見たりしまして、さらには死に至ることもありました。
 こういった「毒」の部分は「実用」に供された記録も残っています。
 例えば、カルタゴのハンニバルはアフリカのローマ植民地を攻略した際、苦戦するとみた彼は一端兵を引き、同時にマンドレーク入りのワインを残しておいた、と言う話があります。この結果、包囲が解かれたと出てきた植民地軍はワインを見つけ、それを飲んで壊滅したと言う話があるようですが.........他にも中世ヨーロッパでは、毒成分の一つとしてマンドレークの発酵したものを用いた、などという話もあり、ボルジア家お抱えの毒の調合師などはそういった目的で使っていたともされています。もっとも、「成分の一つ」なのでそれ単体での使用はしていない様ですが。

 こうして見ると、最初に挙げた「伝説」などが生まれる余地が無さそうな気がします。しかし、実際にマンドレークは古くから魔術的な要因を多分に含んでおり、それは薬用に使われた時代にも既に存在していました。
 理由は当然ありまして、マンドレークの根の形状が非常に独特である、と言うことが言われています。つまり根の形が「人の形に見える」と言うのがその理由となっていまして、実際に根は太く、二本の足のように二股になっているものがあります。もっとも「どうだか」と言う気もするのですが、昔の人にとってはこれが「たくましい男性」に置き変わったようです。事実「マンドラゴラ」の意味は「強い男」と言う意味があります。この考えはかなり古くからあるようで、古い本にも「人型の根の上に草が生えている」様な絵がかなり残っているようです。
 このような認識が生まれた結果、「まつわる話」が大量に生まれ、同時に有名となっていきます。
 どういうものか? 
 一つはマンドレークの出自、と言ったものです。この伝説は色々とあるようですが、ユダヤ教の伝承では「人間のひな形として神は最初にマンドレークを作り、それを元に人間を作った」とか。あるいはアダムの精液から出来たとか、後には絞首刑などで死んだ罪人の精液から出来たとか、そういうような話が出てきます。
 しかし、もっとも有名なのは多分に性に絡む物でしょうか。いずれも由来はマンドレークの形状からとなっています。
 そういった話の一つは、旧約聖書にマンドレークが「恋なすび」として登場し、子供が出来ない女性が子供が出来ることを願っているシーンがあり、実際にそのような効果が信じられていました。つまり妊娠を確実にすると同時に、不感症の女性に対する効果的な薬であると考えられたようで、実際にパレスチナ地域では長い間、女性がマンドレークの根を集めて家の垂木につるして妊娠を願うと言う事があったようです。その価値はマンドレークが「完全であるほど」高価であったとされています。
 一方で、そのような信仰からローマでも「性的な遊興」の為に用いられたとされています。こういったことから、やがて好色の代名詞の意味も含むようになります。もっとも、科学的な見地で見ると催淫薬としての効果はないとされていますけどね。ただ、やはり気分によるものがあったのか、かなりそのような用途で使われたようです。

 そして、このマンドレークの伝説の最たるものは、先程書いた「引き抜く際の悲鳴」の伝説でしょうか。
 この伝説、最も典型的なものは「マンドレークを引き抜く際、マンドレークは悲鳴を上げ、その声を聞いたものは発狂して死んでしまう。そのため、マンドレークを引き抜く時には犬に引っ張らせる」と言う物です。この伝説は「マンドレークは夜中に赤子の泣き声を発する」と言ったような、一つの生命体として意志を持つと考えられた(「人の形に似る」と言うのが根拠となります)のが理由でして、そういったことから例えば「マンドレークを育てるには生き血が必要」と言うような話が出るなど、魔術的な要素が含むようになります。
 この伝説、さらに調べて見ますと非常に細かいバリエーションがありまして、引き抜く際の綱の種類は処女の髪の毛を綱とするとか、あるいは周囲を剣で魔方陣を描いておくとか、時間帯の指定があれば宝石が必要とか。ま、いちいち書く気にもならない程魔術的な要素が含まれています。つまり、ある種の「儀式」と化していたようです。
 この「儀式」の基本的なものはギリシア時代にはすでに存在していたものの、その時にはまだ簡単な物となっていました。しかし犬に引かせる方法は1世紀頃には出来たようで、さらに後には女性の尿と月経の血をふりかける、といった採取法が出来上がったようです。さらにヨーロッパでマンドレークが有名になるとこの手順もどんどん複雑化してきまして、中世にはその「複雑な」方法についての記述が本になって出ていたようです。
 そしてそういった「魔術」を駆使して引っこ抜かれたマンドレークは、仮に市場に出された時には「ちゃんと犬に引かせました」という事で、マンドレークと仲良く犬の死体が吊るされているということがあったようですが..........

 ではこの最も有名な「悲鳴」の伝説。何故生まれたかというと、色々と説があるようです。
 比較的信用できそうな(?)説は、マンドレークの「効能」にあやかろうと人々がどんどん取ってしまったために数が減り、その結果希少価値が高くなってしまった事。そして、医者などがマンドレークの薬効が必要なのに人々が取っていってしまうので、それを防ぐためにこういった「悲鳴を聞くと発狂する」と言った伝説を作った、と言う話があるようです。
 事実、マンドレークの「効果」が良く知られるようになると、マンドレークは「乱獲」された事もあって、入手は困難だったと言われています。このような「発掘法」に関しては中世の本で積極的に書かれているのもやはりその時期にそういった背景があったのではないか、と思わせますが.........
 尚、「悲鳴」その物はマンドレークの根を引き抜く際に、太い根の周囲に生える「細い根」が土に張り巡らされるため、引き抜く際にこの細い根が切れていく音が悲鳴に聞こえる、と言うことのようです。これ、大分昔にテレビでやっていたのを個人的には思い出しますが.......もちろん、細い根ですのでとてもとても「発狂するほどの悲鳴」には聞こえませんでしたけどね。

 ま、他にも魔術中心で色々とマンドレークには話があるのですが........いちいち書いていてもきりがない上に、「原形」となる話が発展しただけの物ばかりで細かく触れるにはまたどうかと言うものも多く、さらには全然科学していないのでこの手の話はこの程度としますが。
 ただ、結構面白いというか、荒唐無稽っぷりは楽しいものはあるのですが、中世以降のヨーロッパでは人々が伝説の真偽の議論をしていまして、1510〜1850年までの間に20冊以上ものマンドレークに関する本が出たと言われています。ただ、1597年のジョン・ゲラルドという人物が書いた本草書には「マンドレークの伝説はほとんど誤りである」と書かれているようで、冷静な人たちには最初からあまり相手にされていなかったようです。
 もっとも、民間では、という事でしょうけれど。

 ところで、マンドレークの鎮痛麻酔効果の話に戻りますが。
 マンドレークよりもたらされる効果は、パレスチナの辺りでも知られていたため、この地の人たちはその効果を積極的に利用していたようです。その使い方の一つには非常に興味深いものがあります。
 何か?
 時代はキリストがいた時代前後で、ローマの圧政にパレスチナが苦しめられていた頃。反ローマの人たちはローマ軍によって取り締まられ、磔に処せられていました。ま、一般に出回っているキリストの話を思い浮かべてもらえれば、大体は大丈夫かと思いますが.........ま、宗教的すぎて「?」と言う部分は除いたほうが良いと思いますけど。
 さて、ローマ人がパレスチナの人たちを磔にする、と言う時にエルサレムの婦人達はマンドレークの汁に浸したスポンジを死刑囚達に差し出したと言われています。
 何故か?
 これはマンドレークの鎮痛麻酔効果が期待されたためでして、実際に死刑囚は無感覚で催眠効果もありぐったり。その結果、兵士は死刑囚が死んだものと思って十字架から解放するわけですが.......しかしこの死刑囚は数時間の後に回復し、その間に治療を受けて回復するものが多かったとされます。
 つまり、ローマ側からすれば「殺したのに死んでいない」と言う事態になります。そういったことから、ローマ側はこれを知った後、関係者に死刑執行後の死刑囚を引き渡す際、体を切断する様に言い渡したと言われています。ま、日本の磔刑とはここら辺は大分違う(日本では、左右の脇から反対の肩の方に貫くように、左右で交互交互に何回も付き、「とどめ槍」の後に、しばらくさらされる)物はありますが........

 さて、ここで少し考えてみましょう。
 キリストの話の中には、ゴルゴタの丘で磔刑に処せられるシーンは非常に有名なものとなっています。が、キリストは処刑が行われた後に墓の中に埋められたものの、数日の後に墓が空っぽになっていて復活した、と言うような話が残っています。ま、いわゆる「イースター(復活祭)」はそれを祝う行事だそうですが(とは言っても元は春分を祝う祭りだったようですけど)。
 これと上の話、実は結びつくのではないかと思うものがあるのですが........?
 つまり、処刑される前にマンドレークを与えられ、そのために死に至る程のダメージを与えられず、その後処置されて墓の中で覚醒して.........で、後は「奇跡だ」云々と。
 もちろん、真偽は不明ですがね。


 さて、これでマンドレークの話は終わりとなります。
 実はこれ以上特に特筆すべきものがマンドレークにはありません。薬用に使われた、とは言ってもやがてそれに変わるものがたくさん出てきましたし、また魔術的な話も現代では全く通じない物となっています。もともと「色物」というべき話が多いと言えます。
 もっとも、この植物がナス科でトマトやじゃがいも、タバコの仲間と言うのもまた面白いものですけどね........

 しかし、一方でマンドレークよりもっと活躍したナス科の植物も出てきます。
 その用途は非常に興味深いもので、マンドレークよりもより薬用として活躍した一方、毒として活躍し、さらには魔術や「魔女」にも関与したものとなっています。
 さまざまな面で「活躍」することとなったその植物は、死の女神と貴婦人の名をもった植物でした。


 と、長くなりました。
 今回は以上ということにしましょう。




 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 ま、なかなか怪しい話になっていますけどね。今回はマンドレークの話をしてみましたが........まぁ、ゲームやらその手のベースとしたファンタジー系の小説やらで出てくる植物ではありますが。一応、こういったバックグランドがちゃんと歴史上に存在し、そしてキッチリと使われていた、という事は一応認識しておいてもよろしいかと思います。
 まぁ、もっともキリストの話まで行くと真相は不明ですけどね.......真相はいかに?
#ちなみに、宗教的理由であれこれ管理人を攻撃されても困りますので念のため。

 さて、次回ですけど。
 次回もこの手の話が続きます。今度はマンドレークではなく、中世〜近世に欧州であれこれと話題になった「魔女」、です。とは言っても別にオカルトな話題なんざしませんがね。ですが、民俗・伝承と科学の繋がりとして見ると面白い話となります。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2002/02/18記述)


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