からむこらむ
〜その78:美味いにおい、まずいにおい〜
まず最初に......
こんにちは。猛暑が続いたりと非常に辛い天気ですが、皆様如何お過ごしでしょうか?
管理人、先週と変わらずキツイ日々を送っております...........
#今週もふらふらです(爆)
さて、今回は前回に引き続いて「におい」についての話。
前回は「嗅覚」についてでしたをやりましたので、今回は色々と考えましたが、「食品」に関する「におい」について触れてみたいと思います。まぁ、「美味しい」「まずい」を決めたりする要素にもなりますので..........
それでは「美味いにおい、まずいにおい」の始まり始まり...........
まず、「嗅覚」のメカニズムについては前回を参考としてもらうこととしまして.............
今回は「食品」の「におい」について触れてみようかと思います。
さて、では食品とにおいの関わりについて触れることとしましょう。
食品の「機能」という物のなかで、「におい」と言うものは重要な役割を果たしているのは御存じかと思います。例えば、食べるときに「美味しそうな」においがすれば食欲も湧くものでしょうし、「なんか.......」ってにおいがすれば食欲も減退するかと思います。もちろん、人によって嗜好というものがありますから.........中にはドリアンの様に「美味そうだ」「いや、あんなもんは冗談じゃない!」という別れ方もしますが..........
#ちなみに、管理人はドリアンはなじめませんでした(^^;
さて、前回触れたように「におい」という物は物質です。そのにおい分子の数、と言うものは色々と言われていますが..........どれぐらいあると思いますか?
この正解は非常に幅があるのですが、大体20〜40万種と言われています。つまり、におい分子「単品」で20〜40万個。そして、その「混ざり具合」で更にバリエーションが出来る、という事になります。その中で食品中に存在が確認されているものだけでも6000種を越えているとされています。前回触れたように、人間は1000種類程度しかにおいの識別が出来ないわけですから、それと比較すると非常に種類があると言えます。
#もちろん、別の分子が同じ受容体に結合することもあるわけですが。
一応、参考として食品中にどれだけの量の香気成分が含まれているかと言いますと..........種類によって違う訳ですがコーヒーで789種類。紅茶で537、イチゴで350、ビーフで486、チキンで379、ポークで330、ワインの白が644で赤が362。コニャックで486、ブドウで466、パパイヤで262、バナナで225、かつお節で280、バターで257............等々。非常にたくさんの数が入っています。これらは機器分析により調べられ、そしてそこから物質を分離して構造などを調べられており、大抵の場合はその構成している物質が特定されています。
#もちろん、機器が発達してからこういうのが分かってきた訳ですが............
尚、前回触れたように、非常に微量のにおい分子を嗅覚は感知できるわけですが、食品中の香気成分の量という物を調べてみると.........大体ppmかppb(その42参照)単位程度しか入っていません。もちろん、その量は嗅覚が探知するには十分な量なのですが。
この手のにおい分子には以下の共通点が存在しています。
- 揮発性:分子量として100〜200程度。上限が300ぐらい。
- 脂溶性(親油性)
- 官能基(その20参照)を有する
この中で揮発性を持つ、というのは非常に重要でして.........臭覚は鼻にあるわけですので、気体になる性質でないと全く「におい」としての感知が出来ません。もちろん、液体でたたき込めば感じるかも知れませんけど、普通は鼻に液体を入れることはありませんので............
官能基を有する、と言うのも重要でして、その性質を利用してにおい分子を化学的に分類することが可能となっています。
さて、ではこれらのにおい分子はどうやって出来るかと言いますと............
野菜や果物の香気成分で考えてみた場合、当然生物ですので内部では通常様々な機構が働いています。その中の過程で色々と生体の維持に必要なものを作りだしているのですが、そう言った過程の中から生みだされています。その大元は.........実は酢酸(正確にはアセチルCoAという物質ですが)が大きな役割を果たしています。
植物も動物もエネルギー源としては糖.......いわゆるブドウ糖を使うのですが(例外あり)、これが体内でどうなるかと言いますとエネルギーを生産する経路である「解糖系」という経路に入れられまして色々と分解されていき、結果的に「酢」である酢酸を作り出します。この酢酸は........実は様々な生体物質の出発点となりまして、ビタミン類やアミノ酸、脂肪酸や核酸などを生みだす物質です。こういったものから作りだされることが多くなります。
そして、この酢酸から出来たアミノ酸や脂質などの物質から更に分解したりして香気成分出来たりもします。
#ここら辺はかなり奥深い面白い分野であったりします。
#天然物化学の知識が要りますが(^^;
さて、ではどういう香気成分が食品中にあるか。当然6000種類も書けませんので、いくつか限定してあげてみましょう。
非常に大量にあったりするのですが.......まぁ、取りあえずこんなもので。
I、IIはバニラの重要な香気成分になります。Iは「vitispirane(発音は「ビチスピレン」?)」、IIは「vanirine(バニリン)」と言います。チョコレート、アイスクリーム、ケーキにバニラを使うこともあってかバニリンはチョコレートの様なにおいとも言えます。ついでに、ウィスキーの辛さというか苦味を与える物質にリグニン、タンニンといった成分があるのですが(木の成分でもあります)、これが熟成中に一部分解するとバニリンが出来るため、ウィスキーを飲んみてで「チョコレートっぽい感じ」がしたらバニリンがにおいの原因の可能性があります。
IIIは「4-hydroxy-2-ethyl-5-methyl-3(2H)-furanone」という物質(覚える意味はないです(^^;)で、醤油の重要な成分です。が、「辛さ」を感じるものではなくむしろ「甘さ」を感じるにおいです。カラメル様で甘いケーキ様の強烈な香り、と物の本には表現されています。醤油の香りのキー物質です。つまり、醤油に「かすかな甘いにおい」を感じたらこの物質の可能性があります。
IVはIIIに似ていますが違う物質でして、「4,5-dimethyl-3-hydroxy-2(5H)-furanone」、通称「Sotolon」という物質で黒糖の香りです。糖蜜様香気のキー物質とされています。閾値が0.01ppbというかなり低い物です(もっとも、濃度で感じ方は変わります........後述)。
Vは「1-p-menthene-8-thiol」というグレープフルーツジュースの香りのキー物質でかなり強烈な物質です。天然から発見されたフレーバー物質中で閾値が最小と言われ、最強のフレーバー物質と言われています。その閾値は物質の「向き(その23、24参照)」で異なりますが、10-4〜-5ppbオーダーとなっています。
VIはVに似ていますが、「リモネン」というオレンジやレモンの香気成分です。
#専門的注:Iは立体異性体が存在し、IIIは互変異生体が存在します。面倒なので、片方を示しています。
#ちなみに、構造と合成過程の共通点とか見抜けると大したものです(^^;
ちなみに、こういった香気成分。濃度もかなり重要かつ、面白いものでして...........
例えば、果物に入っている成分で「甘さ」を感じるエチルブチレート(ethyl butyrate)という物があるのですが、これが100ppmだと「荒っぽい甘さ、えぐい味」に感じ、50ppmだと「赤いイチゴの毛の印象、甘い完熟感」という(曖昧な)感じに。30ppmだと「蒸れた甘さ、赤い甘さ」という感じだそうです。結構「変わった表現」を使っていますが(笑)
他にも、シスー3ーヘキサノール(cis-3-hexanol)と言う物質で、10ppmだと「(果物の)へたを思わす青さ、新鮮なフルーツ感」に、5ppmで「新鮮な甘さ」、1ppmで「締まったフルーツ感」だそうです。また、ジメチルスルフィド(dimethyl sulfide)という物質も面白く100%の濃度のものは「磯の香り」が、しかし0.1%のエタノール溶液中では「磯の香りがあるようだが、ストロベリージャムのような感じ」がするそうです。
ちなみに、かなり面白いのはインドール(indol)。ガス成分なのですが、100%だと「不快な下のにおい」だそうですが、0.0001%のエタノール溶液中だと「ジャスミン、バラなどの花の匂い」となります(笑) エライ正反対になりますね..........
さて、では逆に.......食品の「嫌なにおい」についても触れておきましょう。
特に最近は食中毒に絡んだり色々とありますが.........食品は傷んだりするとにおいの変化などが発生してくるのは皆さん御存じでしょう。当然のことながら「安全性」に対する警戒のシグナルともなるわけですが.........では、これはどういう物質が関与しているのでしょうか?
食品が時間を置いて異臭を放つ「腐敗」という過程は菌の酵素が大いに関与しています。特に、たんぱく質がこれに関与していまして..........たんぱく質はアミノ酸がたくさん連なって出来ているのですが、まずこれが「自己消化」という過程でたんぱく質がある程度バラバラになります。そして、そこに菌の酵素が絡んで更に分解や反応が起こると.........アンモニアなど異臭の原因となる物質が出来てきます。
この例としては例えば硫黄を含んだアミノ酸の場合、アンモニアの他に硫化水素、メルカプタンと呼ばれる硫黄を含んだ物質(これがたまらなく臭いです(- -;)を生みだします。また、硫黄を含まないアミノ酸でも変わった例がありまして.........例えば、トリプトファンというアミノ酸があるのですが、これが分解してくと、前回「糞臭のテスト用化合物」として触れた「スカトール」が出来ます。そして、このスカトールは更に分解されて、上記濃度の話で触れたインドールが出てきます。
他にも、魚では「生臭い」においがありますが、これは「トリメチルアミンオキシド」という物質があるのですが、これが「トリメチルアミン」という物質になると「生臭い」においになります。結構、合成でこの類似物質にお世話になった管理人としては忘れられないにおいだったりしますが.............
一応、以下に図示しておきます。
ちなみに、余談ですが人間の体臭成分は現在34種類の化合物が知られているそうです。その中で悪臭としては、わきが臭の原因物質がトランス-3-メチル-2-ヘキセン酸であることがわかっています。口臭は硫黄を含むアミノ酸が口内細菌により分解されて出来た硫黄化合物(チオール化合物)が原因であることが分かっています。ですので、口臭はチオール化合物を良く捕捉する性質のある化合物を用いる事で防げることが出来ます。
一般に「悪臭」となるものは硫黄や窒素を含む化合物であることが多いです。もちろん、単純に「これらが入っているから」悪臭であるわけではありませんけど。
こういったにおいを消したい、いわゆる「脱臭」「消臭」にはいくつか方法がありまして、
- におい分子の破壊
- におい分子の吸着
- 強い芳香で打ち消す
という方法があります。
「におい分子の破壊」は、においの化合物をオゾンなどで破壊する方法でして、記憶によれば一部トイレの脱臭はそう言った方法で「あとのにおい」を消しているようです。
吸着は良く「活性炭で云々」というのがありますが、におい分子を活性炭が吸着・捕捉してしまう事で脱臭させる、という方法です。冷蔵庫用に良く用いられるのはこのタイプでしょう。もちろん、活性炭にはにおい分子は破壊されずにくっついたまま、となります(放っておけば自然と分子は壊れるでしょうけど)。
そして最後ですが、悪臭を上回る「良いにおい」を用いることで悪臭を打ち消す方法で、バニリンなどは良く用いられます。ただし、あくまでも「においを打ち消す」だけですので、悪臭となるにおい分子は存在します。
以上が一般的な脱臭、消臭法となりますか........他にも悪臭を出す原因菌を酵素で殺すなど色々とあるようですが、一般的なものについて取りあえず触れておきます。
余談ですが、窒素、リン、硫黄の化合物は嫌なにおいを持つものが多く、窒素、硫黄を含む有機リン化合物を合成していた人間としてはかなりこのにおいに苦戦した記憶があります.........いや、研究室だと良いのですが、帰り道の電車とか..........変な顔して見られたことが何度か(^^;;
#おまけに手が非常によく荒れるものでして...............
さて、そろそろ締めたいと思いますが.........悪臭で終わらせるのは何か嫌ですので.........食品ですから、折角なのでお酒の話をして締めましょうか。
まぁ、化学系の大学なんか行くと良く酒の主成分である「エタノール」に触れる機会があります。合成やら殺菌やらその他色々な局面で活躍してくれます。
さて、学生と言うのは当然ながら一部を除いては「お金がない」というのが通例です(^^; 大先輩方(40以上とか50以上)もこの例に漏れていませんでした。しかし、宴会は好き、ついでに酒も好き。だけど金無し.........と言うことで? そう、ちょっと研究室から純粋なエタノールを「失敬」しまして、宴会を開いたそうで........(^^;; ただし、純粋なエタノールというのは「飲んだ」という人間は共通して「まずい」と言います。そのことを知っていた先生は、エタノールを適宜グラスに入れてからレモンソーダなど、その手の「もと」を入れて水で希釈して(薄めて)飲んだそうです。
では、何故純粋なエタノールは「まずい」かと言うと.........「酒」と言うのは御存じの通り一般に発酵して作るものです。そして、その時に微生物が色々とエタノール以外にも味やにおいとなる物質を作り出し、そしてその結果あの「酒」という味・においが出てくるものでして...........当然ながらそんなものが「全部欠けている」純粋なエタノールなんかを飲んでも美味くはありません。実際、日本酒などの成分を調べてみると、甘、酸、辛、苦、渋という「五味」の成分が入っており、そして100近くの(酸とアルコールの化合物である)エステルを中心とする香気成分が入っています。このエステルにはフルーツに含まれる物も多くあり、そう言った物のおかげで「美味い日本酒」のにおいを嗅いだときには「フルーティーな香りがする」となったりするのですが..........
当然、酒を飲む、と言うのはそう言った味や香りを楽しむ物です(カクテルなんかでは見た目というのもありますか)。しかし、当然純粋なエタノールなんて言うのは.........100%エタノール(厳密には99.9.....%とかですけど)なわけで、そんなもの無し。「味も素っ気もない」訳です。その先生のとった方法はせめて美味しくするために、「後から味を加える」という方法だったと言えます。
もっとも、「やっぱり美味くはないが」という事でしたが(笑)
あ.......ここまで書いておいて何ですが、一応フィクション扱いということで(^^;;
ちなみに、間違っても知識と確信が無ければ真似しないで下さいね(^^;;
メタノールと勘違いしたり、不純物が混ざっていたりと結構研究室に置いてあるものは「やばいもの」が多いですから(^^;; ついでに、研究用とは言えど酒税がかかるのでエタノールは高価(記憶によれば、メタノールの倍以上)です。一応、酒税のかからないエタノールもあるのですが、これは不純物が混じっていますので、飲むと危険です。蒸溜すれば問題ないですけど..........実験器具に触れたような物を飲んで何かあるのも嫌ですし...........
まぁ........真似しないで下さい(^^;;
さて、長くなりました(^^;;
今回は取りあえず以上、と言うことにしましょう。
やっと終わった........
さて、今回の「からこら」は如何だったでしょうか?
今回も思考能力があまりよろしくなかったのですが.........まぁ、与太的になったかなぁ、と思います。結構重要なことも書いていたりするんですけどね。
本当はもうちょっと短くなる予定だったんですけど、あれこれと入ってしまいまして.........まぁ、難しいものです。
ま、楽しんでいただければ嬉しいです。
さて、今回は以上です。
御感想、お待ちしていますm(__)m
次回は.......決めていません。「におい」関係で問題なければ、花の香りや人工香料の話とかしたいとか思っているのですが..........
どうしましょうかね? 何かあればゲストブックに書いていただければ、と思います。
#考えていて書けないやつもまだありますけどね(^^;
それでは、次回をお楽しみに.............
(2000/07/25記述)
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