からむこらむ
〜その132:ガソリンと花〜


まず最初に......

 こんにちは。お盆も明け、そしていきなり台風の接近となっていますが皆様いかがお過ごしでしょうか?
 台風は厄介ですが.......生徒諸氏にとっては夏休みの宿題の方が厄介でしょうけどね。

 さて、今回ですが。
 え〜、まぁ、ちょっと文案を作り忘れていたりして焦ったのですが(^^;; とりあえずは工業と環境で出た昔の話と、それと無関係ではない、最近ニュースに少し出てきた話をしてみようかと思います。ま、基本的には「昔」の方がメインなんですがね(^^; ちなみに、その65でちょっとだけ触れた話が今回のテーマとなっています。
 とりあえずは、気楽に読んで行って下さい。
 それでは「ガソリンと花」の始まり始まり...........



 さて、冒頭から少し質問というか、考えていただきたいのですが。
 今現在、我々が住んでいるこの文明社会において、最も重要な資源とは何か? と聞かれたら皆さんはどういうものをイメージされるでしょうか?
 ま、色々と挙がるかも知れませんし、挙がらないかも知れませんが.........
 管理人だったらこう答えます。答えには「石油」と。

 さて、「石油」......ま、「原油」でも実際には余り差はないようなのですが。
 では、何故「石油」を挙げるのか、と言いますと........これは当然のことながら理由があります。皆さんなら何と答えるでしょうか? ここら辺は結構挙がるかなぁ、という気がしますが。
 そうですね.......大体なら「燃料」や「発電」といったものを挙げられるかと思われますが。実際には更に色々とありまして........
 とりあえず、今回の主題ではないので簡単に書きますが、得られた石油と言うものは、原産地からタンカーで運ばれまして日本に来ます。そして、工場などで「分留」という作業を行います。ま、手っ取り早く言うと「成分の温度差を利用して、同じような沸点を持ついくつかの区画」に分けます。そして、そこからまた色々と工程を経て原料・商品などにしていくのですが........
 この「区画」。例えばある区画は(もちろん精製などをしてからですが)冬に御世話になる「灯油」になりますし、ある区画はディーゼル用に使われる「軽油」になります。この中でも「重い」部類のものは「重油」となり、アスファルトになったり、また発電・工業用に燃やされたりします。
 また、この中でもある「軽い」区画は「ナフサ」と呼ばれている部分があるのですが、ここはかなり重要でして、精製などの過程を経て様々な工業原料になります。どれくらい重要か、と言いますと.......例えばこの区画の成分を使ってゴム、肥料、ビニール、溶剤、樹脂、爆薬、医薬、農薬、繊維、プラスチック他諸々の物といった原料になります。
 皆さんの周辺で、これらに「お世話になったことが無い」と言う方はまずい無いでしょう(オイルショックの大騒ぎは大げさではないです)。
 まぁ、実際には上の話は「相当に省略した」話でして、他にもいわゆる包括的な意味での「エネルギー問題」をはじめ、分留の仕方、各成分の利用等々色々と、更に細かく話すことが出来るのですが.........
#石油への依存が現代社会を成立させている、と言うことです。
#余談ですが、前回ふれた、エチレングリコール、ジエチレングリコールも石油から作ります。

 さて、こう言った石油を原料とするものの中に、皆さんが比較的身近で「見る」ことの出来る物があります。ま、いわゆる「ガソリン」と言うものですが.......これは比較的「石油」に直結するものとして認識しやすいでしょうかね? 特にガソリンスタンドは各地にありますし、車やバイクに乗る方も多いでしょう。またニュースで見る円安だ円高だ、原油価格の問題からガソリン代が云々........等ということを聞くこともあると思います。ま、何であれ「生まれてからも完全無関係」と言う人はまずいないかと思いますが。
 今回はちょっと、このガソリンに絡んだ話をしてみましょう。


 さて、ではまず「ガソリン」とは何か?
 ガソリンとは石油を分留して得られる中で「揮発油」として得られる区分を指します。つまり、非常に沸点が低い区画でして、30〜220度程度の沸点で、炭素数が4〜12程度の炭化水素化合物です。ちなみに、灯油は150〜300程度で炭素数10〜18程度。軽油は220〜350度で18〜23程度。重油は350度以上で炭素数約18以上となっています。
 まぁ、揮発しやすい物と言えますが。
 さて、このガソリンの利用は一般では何と言っても「ガソリンエンジン」への使用でしょうか? つまり、(ディーゼルはともかく)車やバイクなどは一般的にはガソリンを燃料として動かしています(航空機などもそうです)。このことは皆さんは容易に理解できると思いますが.........ま、最近ではハイブリッドを含む電気自動車や燃料電池を使用した車(これも電気を生んで利用しますが)が出てきていますが、実際にはまだ「実用」と言う点でシェアは低いですので、まだ無視できる範囲かと思います........もちろん将来はわかりませんけどね。
 さて、そういう先の話はともかく.........皆さんはガソリンエンジンの機関部の話は御存じでしょうか?
 ま、男性諸氏はおそらく中高辺りの技術なんかでやったかも知れませんし、興味がある人は図鑑などで知っているかも知れませんが........女性諸氏は良くわかりませんけど。
 極めて簡単に説明すると.........
  1. 混合気(ガソリンと空気を適宜混ぜた気体)をシリンダー(と言う「筒」)内部に入れ
  2. ピストンにより圧縮し、同時に点火して爆発させ、ピストンを押し下げて同時にクランクを回す(=動力部(タイヤ)へと動きを伝える)
  3. 燃やした混合気を排出
  4. 最初に戻る
 と言うシステムになっています。で、このシステムによっては「ロータリーエンジン」と言った物など、その道がお好きな方々にはたまらないものがあったりするのでしょうが.........まぁこの部分は工学の分野になりますし図があったほうが良いのですが、ここではちょっと出来ませんので、適当に「混合気 エンジン シリンダー ピストン クランク」等と言った単語を検索エンジンに放り込めばもう少し具体的な説明のあるサイトへ行けると思います。興味ある方はそちらへ。
 とにかく、ここで重要なのは「混合気を爆発させて」と言う部分。つまり、ガソリンは動力を得るために「燃やす(=爆発)」、と言うことになります。まぁ、当然な部分ではありますけど.......
 さて、このときに重要なのですが、この爆発のタイミングと言うもの。これが「早かったり」、「遅かったり」。つまり「タイミングが良くない」と当然のことながら「上手くエンジンの性能が出せない」と言うことになります。また下手をするとエンジンを傷め、最悪の場合では破損してしまいます。こう言った「不具合」の現象の一つに「ノッキング(knocking)」という物がありまして.......これはシリンダー内で本来なら点火によって爆発する混合気が、その火が届く前に自然発火する、という現象でして、混合気が原因となっています。これは不完全燃焼を引き起こす上、内部の圧力を大きく変えてエンジンに負担をかけ、場合によってはエンジンの破壊を引き起こすことになります。
 昔のガソリンはこれが多かった、と言われています。


 さて、この様にノッキングは大変な「不具合」となりますが、このノッキングに対してはある指標が使われています。これは一般に「オクタン価」と言われていまして........人によっては聞いたことがあるかも知れませんが。
 「オクタン価」と言うものはこのノッキングに対する「抵抗性」を示す指標でして、一般に高いほど「ノッキングを起こしにくい」、つまり「良いガソリン」となります。この基準は簡単でして、ガソリンの一成分であるオクタン.......実際には「イソオクタン」という化合物はノッキングに対する抵抗性が高く、オクタン価を100と。逆にノッキングを起こすn-ヘプタンを0とした指数です。
 ここで注意ですが......「オクタン(octane)」「ヘプタン(heptane)」と言うものはその14でも触れたものでして、オクタンの接頭語「octa-」は「8」。ヘプタンの接頭語「hepta-」は「7」を意味します。つまり、それぞれ炭素8の炭化水素化合物、炭素7の炭化水素化合物です。ま、オクタンは「イソオクタン(isooctane)」ですので「まっすぐに炭素が8つ」の構造ではありませんが(最初に「n-」がついていれば「まっすぐ」)。
 一応、下に構造を示しておきます。



 このイソオクタンとヘプタンの二者を混ぜた比率でオクタン価は変化します。つまり、「オクタン価70」のガソリンなら、イソオクタン:ヘプタン=7:3の比率の物を燃焼させたときと同じようなノッキングへの抵抗性を持つ、と言うことになります。一般にレギュラーガソリンよりも「ハイオク」の方がオクタン価が高く、より燃焼効率が良くなり馬力が出るようになっています(「ハイオク」の「オク」はオクタン価のことでしょう)。尚、JISでここら辺は規格化されていまして、通常のガソリンでオクタン価は85以上となっているようです。
#念の為、実際には品質に関しては他にも色々と規定があります。
 余談ですが、ディーゼルでも同じようなのがありまして、こちらは「セタン価」となっています。これは「セタン」、つまりヘキサデカン(「hexa-」=6、「deca-」=10より、炭素16個の炭化水素化合物)を用いた指標です(ただし、最低値は15となっています)。

 さて、このオクタン価が高いものほど良い燃料、と書きましたが.......当然石油会社各社はこう言ったオクタン価を高くするために色々と工夫しています。例えば精製技術や炭化水素化合物の構造の改変で改善する、とか行いますが.......一般的には更に添加物、通常「アンチノック剤」と呼ばれる物を使います。
 そのアンチノック剤の最初は20世紀の前半には開発されたのですが、実はそれは偶然と勘違いから生まれたもの、でした。


 時は20世紀初頭のアメリカ。1912〜16年型キャデラックを乗り回していたチャールズ・F・ケタリングが愛車のノッキングに悩まされていまして......「これはどうにかせねば」と思っていました。困っていたケタリングは、(後にゼネラルモーターズに吸収される)デルコ社にいた研究員トーマス・ミジリと組みまして、このノッキングに対する有効な手段を考えます。
 まず、二人はノッキングが「ガソリンの不完全燃焼による爆発の遅れ」だと考え、そして「色」に着目します。これは、赤さび色の葉を持つアービュタスというツツジ科の低木が、春の早い、雪が残るような時期でも花を咲かせる、と言うことから想起したもので、「ガソリンを赤くすれば、輻射エネルギーを早く吸収して気化が早くなり、ノッキングを防ぐことが出来る」と考えました(「花」理論)。
 そういうわけで、彼らはまずガソリンを赤くする為に薬品を探すこととなります。
 そして1916年の12月のこと、赤い染料を探して実験室に入ったミジリは薬品棚を探します.........が、彼が棚で見つけたものはヨウ素(元素記号「I」:I2)が入った瓶だけでした。仕様がないのでとりあえずこのヨウ素をガソリンに混ぜてみると........赤い色を呈します。そういうことで彼らの理論を証明すべく、ヨウ素を添加したガソリンを早速使ってみると、偶然ながらも彼らにとっては喜ぶべきことに、このガソリンはノッキングを防ぎました。
 これでこの研究は完結か?
 ところが実際に研究してみると、燃料の色がノッキングの解消とは無関係であることが徐々にわかってきます。ただし、ヨウ素の事例から物質の添加でノッキングは防げることはわかった.........ものの、ヨウ素を使うとまず高価であることに加え、腐食性のためにエンジンが傷んでしまう。そういうことで、進歩はあったものの「実践」的に使えるものはまだ何もありませんでした。
 そういうことで、彼らは更に研究を続けていきます。
 彼らの研究は続き、「棚の薬品を片っ端から」調べ上げ、更にその実験結果や様々な理論から研究を進めていきます。そして、1921年についに彼らは理想的なノッキングを防ぐ添加物.......「アンチノック剤」として四エチル鉛((C2H5)4Pb)を発見することになります。
 そして、この発見以降、各社でガソリンのアンチノック剤としてこの四エチル鉛が使われることとなり、60年以上の長い間これがガソリンに混ぜられ、そして使われることとなります。

 このアンチノック剤は更に各社で研究され、四エチル鉛のほかに四メチル鉛((CH3)4Pb)をはじめとする各種のアルキル基(その20参照)がついた鉛化合物(アルキル鉛化合物)をアンチノック剤として使っていました(他にも色々と臭化エチレンと言ったものを助剤として入れていたようですが)。これは鉛に結合したアルキル基が燃焼に参加することで、不完全燃焼を防ぎます。実際にこういったアンチノック剤をガソリンに添加すると、オクタン価が5〜15上昇しますので、かなりの改善があると言えます。しかし、この化合物は問題がありまして.........まず、鉛化合物であり、呼吸や皮膚接触より人体に入って神経等を冒すこと(詳しくはその63その64その65の鉛の話を参照)。また、排気ガスとして出される時、マフラー........これは、燃えそこなった燃料が環境中に排出されて過酸化物になって環境汚染を引き起こすのを防ぐため、触媒によって二酸化炭素と水にする役目を持ちます。が、この触媒を痛めてしまうこと。そして何より、環境中に鉛が排泄されて環境汚染を引き起こす、と言うことでこの物質は徐々に問題視されるようになります。
 結果、先進各国では1970年代以降より徐々に規制を強化し、代替物質の研究も進んでほとんど使われなくなりました。
 ま、ここら辺は環境問題に触れると出てくる話ですので、聞いたことのある方は多いと思いますが。

 まぁ、最近はハンダも鉛フリー化していく企業が増えてきていますので(「予定」含む)、その65でも軽く触れた通り、鉛というものは徐々に「使われなくなっていく」元素であるなぁ、と言う感じがあります。また、大分鉛というのは「嫌われる」元素になったなぁ、と思うものはありますが。
 ただ、それぞれ代替物質ができているわけでして.......まぁ、各社の苦労は想像に難くないものがありますが。

 尚、このアルキル鉛化合物の代替として開発されたアンチノック剤は多数あるのですが、80年代に開発され、比較的最近まで使われていたものに「メチル・ターシャリーブチルエーテル」と言う化合物があります。ま、「methyl tert-butyl ether」の頭文字から「MTBE」と略される物質なのですが。



 ま、名称から推測するとこの様な構造でしょう。比較的単純な化合物で、有機関係の学生さんには合成法の問題に良さそうですが。
#専門中:名称通りメチル基とtert-ブチル基がついたエーテル、です。
 この化合物はハイオクガソリン(一部レギュラーにも)に添加され、またアルコールとの混合燃料(「ガソホール」(gasohol)と言いますが)にも添加されている化合物でして、日石三菱、出光興産、ジャパンエナジー、コスモ石油の大手4社が添加使用していました。が、新しい品質のガソリンの開発と発ガン性の指摘がなされたため、現在各社で使用中止、または使用中止の方向に進んでいます。
#ガソホールですが、最近の99年に出たアルコール系燃料「ガイアックス」はMTBEを最初17%、現在は3%を含み、将来は0にする方向です。
 尚、この化合物が廃止の方向にあるのは単純に発ガン性だけの問題ではなく、アメリカや日本でガソリンスタンド周辺の井戸からMTBEが検出された、と言うこともあります。もっとも、日本では濃度的には非常に低く、実際的にはそう問題にはならない量程度でしたが。
 ここら辺の結果は8月6日に環境省により発表されています。
#全国都市部196ヶ所を調べて、36ヶ所で最大1.5μg/l(米国規制値の1/10以下)が検出となっています。
 ま、そういったことや品質の新規開発・改善法・比率等の工夫などで結局は使わなくて済む、ということでこれから順次変わっていくようです。
 まぁ、環境問題に敏感なことと各社の努力と言うのは評価したいものですが。
#代替物質があることが幸いですがね。


 さて、長くなりました。
 今回は以上、と言うことにしましょう。




 終わり、と。

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 ま、過去に「流し状態」でやった物のトピックを拡大し、ついでに時事ネタでもあったと言うことで触れてみたんですけどね。ついでに、まぁ自然科学系ネタが多かったので、たまには工学的な方向で、と言うのもあったんですけどね.......とは言っても、管理人は自然科学系ですので、そっちの方が楽しいんですけど(^^;;
 まぁ、それはともかく、比較的有名な物質でもありますし、環境問題や現在の部分を触れられると言うことである意味「時事ネタ」になったかとも思います。
 ま、各社本当に努力している様で......ま、ただ将来的にはこういう話は「やはり過去のものになるのかなぁ」などと思ったりもするんですけどね。
 ガソリンエンジンの将来はどうなるのでしょうかね........?
#ただ、ガソホールも結構問題がまだありますので、色々と先は容易ではないですが。

 さて、と。次回はどうしますかね.........
 ま、とりあえず適当に決めようかと思います(^^;;

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/08/21記述)


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