からむこらむ
〜その133:悪魔の臭いからスカンクまで〜


まず最初に......

 こんにちは。残暑厳しい8月最後の週となっていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
 いやはや。早く暑さも落ち着いて欲しいものです。暑さが苦手な人間としては、特に(^^;;

 さて、今回ですが。
 え〜、ま、ちょっと色々と遊び過ぎだったり私的なことがあったりしまして、直前までネタが決まりませんでした(爆) で、まぁ与太でもしようかねぇ、と言うことで与太にしようと思います。とは言っても、本当に「与太」なんですがね(^^;
#本当はサルモネラ菌の話でもしようかとも思ったんですけどね。
 ま、気楽に読んで行って下さい。
 それでは「悪魔の臭いからスカンクまで」の始まり始まり...........



 最初に......今回は「におい」の話ですので、その77その78その79で基本的なことは扱いました。ある程度は読んでおくことをお奨めしておきます。
#記憶にあるなら問題ないですが。

 これを見ている方で、いわゆる「化学物質」を扱っている方はどれくらいいるのかは知らないのですが。
 さて、有機化学で合成なんかをやりますと、基本的には炭化水素化合物を始めとする化合物を多く扱うのですが.......そういう中の構造にあるものが入っていると、いわゆる「悪臭」を生じるものがあります。ま、「必ず」というわけでもないですし、また過去にその77その78その79で「におい」についてやったように、色々と条件でその性質も変わるものですが.......ま、大概「硫黄(S)」「リン(P)」「窒素(N)」なんてのが構造に入っていると結構嫌なにおいになるケースが多くあります。「絶対」ではないんですけどね.........ただ、経験者はわかる通り「うげっ」と言う様な臭いを持つものは、構造中にそういった元素が入っているケースが多くあります。
 ちなみに、管理人が学部生/院生の時に扱っていた物質として有機リン系の殺虫剤がありますが、その化合物には硫黄、リン、窒素の全てが入っていましたかね.......ま、通常はフラスコとかに入れて蓋がされているのですが、その内部の気体を一気に吸い込むと卒倒すること間違いなし、と保証できる臭いです........ま、臭いだけが原因ではないんですけど(^^;;
 .......同じような目にあっている学生・研究者の方々は世に多いんですがね........(^^;;

 ところで、皆さんが通常の生活の上で.......少なくとも、化学などに関与する人といった特定の場合を除いた、いわゆる「日常」の中で接触する可能性のある「悪臭」と言うものはどのようなものがあるでしょうか?
 まぁ、色々とあると思いますけど........そうですね。例えばトイレなんかは代表格ですかね。衣類の放置なんかでもそうですか。とにかくも、家の中だけでも色々と想像するに難くはないとは思いますけど........そうそう、後は食品関係も忘れてはいけませんか。これはニラやニンニクといった物質による「臭い」もありますし、また腐敗の進行によって生じる悪臭もあります。
 さて、こう言った臭いには、大体窒素と硫黄が関係しているケースが多くあるのですが.......
 今回は、この中の硫黄の臭い関して。ま、「一部」をちょっと与太的に話してみようと思います。


 さて、硫黄と言うのは昔から良く知られていた物質でして.......特に火山の多い地域では見られる物ですので、日本でもおなじみの物質であったりします。ま、元素の話はかなり色々と広くなるので今回は省略しますけど........
 で、そういった火山のある地域ではこの硫黄は時として固体で、そしてあるときは亜硫酸ガスや二酸化硫黄、硫化水素といったガス状になってお目にかかることが出来ます........ま、関東圏内なら箱根の大涌谷などに行ってみれば比較的容易に確認可能です(天候によりますけど)。他にも、温泉地帯なら可能かも知れませんが。
 しかし、ある意味当然ながらこの臭いは余り「良いにおい」としての認知はされていません。どちらかというと「ネガティブ」なイメージだったようでして........例えば中世ヨーロッパ。「悪魔」と言う存在が普通に、広くヨーロッパ世界に「存在していた」頃などは、硫黄と言うものは「悪魔の臭い」として扱われていた側面があったようです。推測すれば火山などの存在(噴火=「地獄の業火」:地底の地獄は云々、とか)があったようにも見えますが....... ま、転じて一部の錬金術師他などは硫黄を「悪魔を呼ぶ際」の「臭い消し」代わりに云々、等という話もあるようですけどね。
 まぁ、確かに余り良い臭いをしている物が一般にあるとは思いませんが.........例え通常は問題なくても、燃やすと悪臭を放つのも多くありますので。

 さて、取りあえず現代の、しかも我々の生活に目を向けてみますと........
 硫黄を含んだ物質、と言うものは確かに余り良いにおいの物は周辺にありません。例えば.......ゴム。ゴムは重合体(その86参照)なのですが、そのままでは構造的に弱いために、必要に応じて「加硫」と言う操作が加えられます。これは文字の通り硫黄を加えるものでして、これによって構造が強くなります。しかし、同時にゴムを燃やしたときに不快な臭いになるのは、これが原因ともなります。
#銀製品にゴムを巻き付けてはいけないのは、ゴムの加硫により説明できます(その101参照)。

 次に人体を例にとってみますと、まず皆さんの髪の毛。髪の毛というものはアミノ酸の連なったタンパク質なのですが、これを燃やすと非常に嫌な臭いがします。御存じない方は、お試しあれ........火の始末だけは気をつけて頂きたいですが。これの理由は簡単でして、髪の毛のタンパク質を構成するアミノ酸(その32その33参照)のなかには硫黄を含んだものがあります(含硫アミノ酸)。これは極めて重要な役割を果たしているのですが、同時に燃やせば構造中の硫黄が原因で悪臭となります。
 他にもまだありまして........
 その78でも触れていますけど、人間の体臭には現在34種類のにおい成分が確認されています。その中でも、悪臭として言われるものもありますが........ま、代表的ないわゆる「わきが臭」にはトランス-3-メチル-2-ヘキセン酸と書きましたが.......これは硫黄は含んでいません。



 しかし、いわゆる「口臭」などは口内細菌によって含硫アミノ酸が分解され、その結果硫黄分を含む臭いを生みだします。これは官能基(その20参照)としてチオール基(-SH)を持ちまして、悪臭の、ひいては口臭の原因となることが知られています。
 尚、この様なチオール基を持つ化合物を一般に「メルカプタン」とも呼んでいまして、特に有機化学でこれを扱う人は結構な悪臭に悩まされることになることがあります。
#結構凶悪です(^^;

 一方、我々が食べる食品でも硫黄による臭いとは密接な関係があります。
 例えば我々は傷みやすいものなどは通常は冷蔵庫に食品を保管しますが、肉や野菜を長らくおいていると徐々に悪臭を生じてきます。これは、その78でも触れた理由で生じる物質が原因でして、この中でも硫化水素(H2S)やメルカプタンなどが硫黄を含む悪臭物質となっています。
#そして、こういった物を吸着して臭いを防ぐのが脱臭剤、となります。

 さて、しかしながら硫黄を含んだにおい物質が、食品の中に多く含まれ、そしてなじみのものとなっているケースがあります。
 どういうのがあるか想像がつくでしょうか?
 これは言われてみると納得できるかも知れませんが........ニンニクやタマネギと言った、ネギやニラの仲間と言った食品にはこの硫黄化合物が多く含まれていることが知られています。結構納得できるものがあると思いますけど........とは言っても一概に「悪臭」とだけ言えるものではないと思えますが。もちろん、一つ間違えるとかなり「悪臭」になりますけどね。
 しかし、良く考えるとニンニクやタマネギは通常では余り臭いはありません。では、何故あぁ言った臭いを出すかと言いますと........まず、これらに含まれる硫黄化合物として代表的なものは含硫アミノ酸であるシステインでして、これを高い濃度で含んでいます。そして、調理・料理の際にはニンニクやタマネギの細胞が壊れることになります。この際、酵素が作用をしまして含硫アミノ酸などを別の構造の物質に変えていき、そのような結果として硫黄を構造に含む化合物となって揮発し、あの特徴的な「におい」   良くも悪くも、ですが   を出すこととなります。
 これらの物質はある程度は知られていまして、次のような構造を持っています。



 二硫化ジアリルはニンニクのにおいのもとで、二硫化アリルプロピルはタマネギのにおいの元です。この二つはほぼ同じ構造でして、硫黄を構造中に二つ持っています(一ヶ所、結合の種類が違うだけ)。同じ仲間とあってか、構造も似ていると言えますが........ しかし、ニンニクは切ってもタマネギとは違い、あの独特の刺激によって涙が出るようなことはありません。これは、タマネギを切ると酵素によってアミノ酸からチオプロピオンアルデヒド-S-オキシドを生じることが原因となっています。
 これらの物質はいずれも揮発性でして、細胞を破壊の結果生じると大気中に出てくることになり、臭いや刺激を出すこととなります。
#いずれも同じ化合物を出発としていると思われます(全て構造に共通点がありますので)。
#ついでに、この「揮発性」を考えると、粉末ニンニクのにおいと新鮮なニンニクとのにおいの違いがわかるかとも思いますが.........

 尚、完全な余談ですが(この話自体が与太の上に余談というのもなんですけど)。
 ま、いわゆる「おなら」なんですが、こう言ったニラ・ネギ系の物を食べた後の.......一説によるとタマネギが最強とも言われていますが、その時のおならは「物すごく臭い」という話があります。
 これは、少なからず硫黄分が多いことが関係していると思われます。つまり、腸内細菌などによって硫黄を含む臭い分子が多く作られて、そしてガスになって排出される、と。
 .......ま、「臭い」話ですけどね(^^;;
 気になる方は.......腸内ガスの発生を抑えると言われる納豆などが効果的かも知れません。保証はしませんが(^^;

 さて、ネギ・ニラと言った物の臭いについて触れたところで.........
 ま、「臭い臭い」ばかり言っても仕様がないですので.........一応、硫黄を含む臭い分子でも物によっては良いにおいの物があります。ま、息抜きの一時に飲まれる方もいらっしゃると思いますが、コーヒーの香気成分の中にそのような化合物があります。



 この化合物は2-フリルメタンチオールと言いまして、コーヒーの香りの成分の一つです。少なくとも、同じく硫黄を持つとは言ってもニンニクやタマネギの持つにおいとは違う物となっています。
 ま、一概に「硫黄を持つから」悪い、と断じることは出来ない、と言う意味では良い例となるでしょう。


 さて、話変わりまして........
 人間である我々にはピンと来ませんが、生物界では絶えず厳しい生存競争が行われています。常に実力と運の善し悪しで生き延びることが出来るかが問われる世界でもありますが..........
 さて、弱い生物は強者に食べられることとなりますが、そんな彼らも生き延びる術と言うものを知っています。それは様々な方法がありますが......例えば集団の生活と言うのは重要な手段ですし、あるものは毒を持つことで自らの身を守ります。そう言った中でもある種の生物は「におい」を使って危機を乗り切る手段を持っています。例えば、カメムシなどというのはまさにそういう手法で自らの敵から身を守っているのは御存じでしょう。
 さて、そういった「におい」で身を守る生物の代表にスカンクがいます。
 スカンクは言うまでもないと思いますが........ま、捕食者に襲われるという危機に際して、強烈な、一般に「おなら」をして捕食者をひるませ、ピンチを脱することが知られています。この「おなら」は普段は肛門嚢(こうもんのう)と言う所に溜めおかれ、尾を立てる筋肉に囲まれています。そして、危機の際にはその尾を立てて中の液体を襲撃者に吹きかけるのですが..........(そういう意味では厳密に「おなら」と言う表現が正しいとは言えないようですが)。
 この液体の成分は知られていまして、以下の構造を持っています。



 この物質は3-メチルブタン-1-チオールと呼びまして、メルカプタンの一種です。構造中に硫黄を含んでいまして、見事に悪臭の原因となっています。
#実際には数種ほどの混合物(硫黄を含む化合物もあります)でして、その1つがこれとなっています。

 尚、この様な化合物で、チオールの-SHが-S-CH3と、水素原子(H)がメチル基(CH3-)に替わったようなものはキツネの尿成分の一つになったりします。また、他のミンクやオコジョ、イタチといった生物の尿中には上の化合物の-SH中の水素が取れ、炭素鎖の片方とくっついて環状構造を取った様な物が尿中に含まれており、それが彼らの尿のにおいの原因物質となっています。
 これらの尿中のにおいは、おそらくは縄張りなどを示す「マーキング」(犬が電柱に縄張りを示すためにおしっこをする行為)として重要な効果があると思われます。
#おそらくは他の意義もあるとは思いますが.......


 さて、思いのほか長くなってしまいましたが........
 ま、硫黄と言うものは色々とあるのですが、その化合物は上述のように色々と特徴的なにおい(大概は刺激臭)を作りだします。もちろん、硫黄が入っている物が全部悪臭、と言うわけではありませんし、コーヒーの成分のように香気となるものもありまして、そのような例も挙げましたが。
 ま、色々と調べるとまだあるでしょう。例えば過去に話したマスタードガスのからしのような臭いは構造中の硫黄がおそらく関与すると思います(同時に、化学兵器としての特徴をこの硫黄は担っていますが)。そういう物騒なものだけでなく、自然界を広く見れば色々と出てくるでしょうしね。
 取りあえずはある程度の興味を引いて貰えれば嬉しいですね。


 では、今回は以上、と言うことで.........




 終わり、と。

 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 取りあえず今回は軽い話、しかも完全に与太に走らせてもらいましたけどね(^^;; ま、硫黄を含むにおい成分と言うものは本当に色々とありますが、取り敢えずは「悪臭」が代表格ですので、そういった話をさせてもらいました。もちろん、悪臭だけではないのでそのような例も挙げましたけどね。あくまでも今回は「一部」と言うことで認識しておいて下さい。
 まぁ、教養というか。与太的に楽しんでいただければ結構です。

 さて、と。次回はどうしますかね.........
 ま、全然決まっていませんのでとりあえず適当に決めようかと思います(^^;;
#岡山行きの問題もありますので、ネタ決めがちょっと難しい部分が........

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2001/08/28記述)


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