からむこらむ
〜その65:ネロの狂気と鉛〜


まず最初に......

 こんにちは。 なんか急に寒暖が激しくなってきましたが...........皆様は無事に過ごしていらっしゃるでしょうか?
 管理人はどうにかこうにかやっている情況ですが..........(~_~;;

 さて、今回は前々回、前回の続き。「鉛」の話です。
 前回、前々回は「歴史」を中心に触れてみましたが、今回は踏み込んで作用等についてやってみましょう。また、普段の生活でどういう部分に使われているか等についても触れてみたいと思います。
 それでは「ネロの狂気と鉛」の始まり始まり...........



 さて、前回および前々回に、それぞれ歴史と鉛が絡んだ話をしましたが.............
 今回はその毒性と、他の性質や利用、という点について触れてみたいと思います。
#よって、前々回前回は事前に見ていただいたうえで、という話になります。

 鉛のある程度の特徴に関しては前々回の最初の方を参照していただくとしまして...........
 それでは最初に、前回、前々回で触れていない毒性について触れておきましょうか。

 全ての生細胞に対して作用する毒、というのが鉛とその化合物の特徴である、と言われています。 そのため、昔から「毒性元素」としての代表の一つは鉛であったのは、色々と調べてみますと間違えの無いように思えます。
 何故「毒」の代表なのか? もちろん鉛と化合物そのものが毒性を持つ、という事が言えます。が、しかしその1その2から繰り返し言っているように、本当に重要なのは「リスク」と言えます。
 そう、実は我々の生活の中ではかなり鉛が関係している部分が多くあったりします。

 ま、生活の局面で出会う鉛は取りあえず後回しにしまして............鉛化合物は食料・水他から一日平均0.3mgほどが体内に入り、血液中には常に20μg%(マイクログラムパーセント)ほどが存在する、とされています。 ま、ここまでは人間は「許容範囲」となるのですが........... もしこれを越えたらどうなるか? というと肺や胃腸に蓄積する他、大部分は骨に集まるということが知られています。
 そして、重要なことはこの骨に蓄積する鉛というものは、排泄がゆっくりとしかない、という事です。

 では、鉛の慢性中毒になるとどうなるのでしょうか?
 調べてみると、結構な作用があるようで...........
 まず神経系では頭痛、めまい、不眠、いらだち、記憶力減退、てんかん性発作、発話障害、視力障害、精神・脳障害(幻覚、髄膜炎)、運動障害などが出てくるようです...........って、思いっきり精神系に作用することが分かります。
 また、血液・造血器官が変質し、赤血球の安定性および寿命の低下、ヘモグロビン(赤血球の中心にある、酸素の運搬役)合成が乱されます。 酵素、内分泌腺も影響され、様々な酵素群(専門的なので省略)が阻害され、特にチオール(-SH)という官能基(その20に出た、化合物の「性格」を決めるもの)を持つ酵素機能がかく乱される事が知られています。 このチオール基を持つ酵素は重要なものが多く、代謝阻害の影響はかなり深刻なものと推測されます。 更にビタミン類の代謝、生殖腺の働き、妊娠過程に影響を及ぼし、不妊症、異常妊娠に繋がるケースがあり、胃腸でも胃からの分泌がかく乱され食欲不振に。 また、心臓血管系の機能障害なども見られ、心臓の痛み、不整脈も見られ動脈硬化症が異常に進行する、とあります。
 さらに皮膚疾患の元にもなり、呼吸器系を冒すようです。
 また、慢性中毒になると、灰色の鉛中毒独特の顔になり、歯肉上に鉛緑(分かる人向け注:コロイド鉛)を生じて鉛中毒独特の痛みを生じるそうです。 この「独特」の痛み、というのはモルヒネでないと止まらない、と言われています。
#鉛の作用機構的にモルヒネのみが痛み止めになるのか、痛みがそれだけ激しい(モルヒネを使うのは末期的)のかは管理人には分からないのですが..........
#神経に作用することなどから両者いずれの可能性もあるように思えます。

 ま、ピンと来ないかも知れませんが、簡単にまとめると........「脳に影響」「神経に影響」「循環系に影響」「内臓系に影響」などなど........病院のほとんどの科にお世話になる、と言うのが最も簡単な結論かもしれません。

 では、本当にこれ、影響あったのかと言うと............
 例えば、前々回に挙げたローマの話。この頃の記録にはどうもこの鉛中毒が原因となる死産、妊娠障害、出産異常が多くあったらしく、また遺骨中の鉛濃度も高いことから、様々な障害は確実にあったようです。 また、昔からこれらの症状他は知られていたようで、有名なヒポクラテスが鉛によって腹部の臓器や筋肉の痛みについて触れていたと言われています。 そして、その頃から麻痺や精神錯乱が生ずる、という事も知られていたようです。
 そして前回挙げた東洋では.........そう、こちらにははっきり書きましたが、例えば清代の女性の流行は上半身に鉛白製白粉を塗りたくる、と。で、この流行に乗って、しかも風呂に余り入らない乳母がいたようで、乳首に残留する鉛を乳児が飲み..........そして夭逝するとあったと書きました。 これは、もちろん当時は衛生状態が現在と比較になりませんが、いかんせん抵抗力の小さい乳児のこと。飲んだ鉛の影響はかなりの物と推測されます。そして........この為か子供の鉛毒性脳症が江戸から明治にかけて知られていたようです。

 また、精神に影響、なんてのも書きましたが...........ローマ帝政時代、五代皇帝に彼の有名なネロがいます。 彼は幼いころ著名な、そして優秀な家庭教師(そして、高利貸で悪徳だったらしい)セネカに師事しました。 文学や音楽、彫刻など芸術を愛し、血を嫌い、そして才知優れた皇子として大きな期待をされました。 逸話として「会った人物は忘れない」、とか言うのがあったとか伝えられていますが...........
 しかし.......彼が陰謀の狭間で16歳に皇位につき、五代皇帝となってから...........様々な出来事が起こります。まぁ、優秀な政策立案能力とか持っていたそうですけど.........権力の裏の常で色々とあるようでして、セネカに自殺を命じたとか(陰謀で謀反の嫌疑をかけられたらしい)、身内の暗殺と芸術信奉が過ぎて内部から嫌われたりとか.......... 揚げ句紀元後64年の大火においては燃える町を見ながらハープを弾いていたとか(?)、その後にキリスト教徒が犯人と決めつけて迫害、そして片っ端から処刑(中には現在聖人になっている人物もいますな(^^;)。そして、その後に贅の限りを尽くした「黄金宮(金箔をめぐらせた宝石と真珠層をちりばめた多数の部屋があったとか言います)」の建設...........
 どう考えても「才知優れた」人物とは思えない行動が目立つようになりますが..............
 ま、これももしかしたら.........そう、彼も立派なローマ人。おそらくは..........前々回のあの「甘いワイン」を飲んでいた結果、なのかも知れません。

 ではネロの例を挙げましたが、東洋ではどうかと言いますと.......平安時代などでは、上流貴族で奇異な降るまいをする人がいた、という話があります。 ま、ピンと来なければ文学に見える「もののけに憑かれた」とか、「呪詛をかけられた」なんて話があるかと思いますが。 ま、当時はそういう「存在」が大きな影響を与えていた時期でした。 で、対処法としては当時は(最近なんか流行っているようですが)陰陽道なんてのもありましたので(陰陽博士がいましたしね)彼らにすがる、また貴族政治全盛の頃はちょうど浄土信仰が最盛期。仏様にすがる、という事もあったでしょう(病気から逃れる事を望んだ貴族が出家した、なんて話もありますし←藤原道長がそうですが)。
 ........っと、脱線していますが話を戻しまして、取りあえずこの「もののけに憑かれた」という部分に注目してみましょう。 これを精神錯乱などの精神異常と見た場合は、上記のネロの通り...........前回触れた鉛白製白粉による鉛中毒が原因の一つになったのではないか? ということが言えるかも知れません。前回話した通り、「美の追及の為」に鉛白製白粉を「厚く塗りたくった」訳ですから......... また、役者なども「奇妙な最期」を遂げる者もいたようですしねぇ...........(^^;;
#そういう意味では、「舎人」の話で、この舎人が顔に塗った「之呂岐毛乃」は健康的だったのでしょうね..........結果的に。

 ま、もちろん、上記の二例の様な精神への影響のみならず、上にまとめて書いたような鉛中毒の影響は多数.......しかも、権力を持てば持つほど影響を受けた可能性がありますね...........そして、そういう人達ほど(鉛に接触する機会が多かったために)短命であった可能性は高いと言えます。
#くわばらくわばら...........(^^;;


 ま、取りあえず毒性はこんなものにしまして.............
 生活に密接している、と書きました。この点について触れておかなければなりません。

 鉛の活用は非常に古く、加工しやすい為にローマでは水道管や器などに多数使用されました(そして、現代でも水道管で使用している所はあります)。合金にしやすいためか、中国で発掘された遺跡の剣などにも多く鉛を含んでいますので、昔から色々と使っていたのでしょう。 また、前回書いたように絵にも使用されており、更に前回挙げた他にも聖徳太子に深く関係する法隆寺(太子の頃のものは消失して、現在のものは再建されたものですが)の玉虫厨子の密陀絵は、植物油に密陀僧(四酸化三鉛:Pb3O4)を入れて加熱し、乾燥を早めたものに絵の具を混ぜて絵を描く手法、となっています。
#ま、現代の油絵も似たようなものです........鉛ではなくコバルトですが。
 また、中世では特にヨーロッパで錬金術の「卑金属」として鉛が出てきます。 ま、かなりぶっちゃけた話、これは「卑金属」である鉛から「卑しい」要素を取り除けば金が出来る、なんて考えだったのですが.........(^^;;
#実際には錬金術は奥深く、「錬金術」という名称がある意味間違いなんですけどね(^^;;
#実際には「神への挑戦」がその本意だったのですが............

 そして、現代。
 現在では鉛は錘(おもり)をはじめ、ハンダや放射線の遮断材、銃弾、安定性のために化学薬品として、そして鉛蓄電池などに使用されています。
 ハンダですが、これは人によっては今でも良くお世話になりますよね? 特に技術系の方には縁があるかと思いますが........... とは言ってもそういう人達だけではなく、電子機器にはハンダ付けされている部分があるため、表には見えないものの少なくともコンピュータを使っている我々はお世話になっています。
 このハンダは鉛とスズの合金なのですが、実はこの「ハンダ」という言葉は大和言葉......つまり、きっちりとした日本語でして(まぁ、「鉛」という言葉も実はそうなのですが)、古代の岩代の国の半田銀山(福島県桑折(こおり)町)で産出したためにこの名前がついたそうです。ま、今は廃鉱なのですが........ もっとも、江戸時代には天領でかなり隆盛した場所だそうです。 ちなみに、平安時代の文献に仏典に基づいた言葉で「槃陀」という合金があるそうですが、これとは違うものと言われています。
 放射線の遮断材は過去に何度かやっていますので省略しまして.........銃弾.........ま、カッコつけて「鉛の弾が云々」てヤツですね(^^;; もっとも、実際には100%鉛ではなく、合金だそうですが(笑) ただし、笑えないことに散弾銃の散弾の鉛が仕留めた獲物の中に残留して、それの捕食者(人/動物)が鉛中毒に陥る、なんて話があります。
 鉛蓄電池は現在でも非常に有用に使われているものですね。 説明は不要でしょうけど、その処理法が問題となっています。
#燃えるゴミじゃありませんよ!

 その他にもケーブル、うわぐすり、エナメル、印刷、マッチの製造過程、顔料などに使用されていた/います。
#余談ですが、戦後の頃しばらくは東京など各地の水道管は鉛製でしたね(^^;;


 あぁ、長くなってきましたね。
 では最後に..........二つほど、「良く使われた為に問題になった鉛を使った製品」の話を簡単にしましょう。

 一つは自動車が出来て初期の頃。ある科学者が1912〜1916年製キャデラックのノッキング........つまり、燃料の不完全燃焼による爆発の遅れが問題になり、これの解決法として開発された「テトラエチル鉛」((C2H5)4Pb......「テトラ」は4。よって「エチルが4つついた鉛」 その14他参照)という「アンチノック剤」があります。 この物質により、以後60年以上にわたって燃料にはこのノッキング剤が混ぜられるのですが、その結末は大分前から言われているように.........世界中に有毒な鉛物質をばらまく、という事になりました。 つまり.......環境問題にまで発展しました。
 ま、最近は規制する国が多くなりましたけど..............
#もっとも、この開発話は面白いので別の機会にしたいですが..............

 そして、もう一つは「ペンキ」。
 今でこそ酸化チタンが主流な白ペンキですが、昔は専ら鉛白を含んでいました。 で、これを使用していた職人が問題になったのか? という訳ではなく、実は意外なことに......... 昔のアメリカの大都市のスラム街では、チューインガムを買う金もない子供たちが家屋のペンキのはげかけた部分をむしりとって丸め、これをチューインガム代わりに口に入れて噛む風習があったそうで...............で、これが原因で重篤で意識不明、ってケースが結構あったようです。
 また、公園のベンチなどではがれたペンキが指について、子供がこれをなめた、とかベビーベッドにペンキを使っていて..........などと色々なケースがあったようです。
 尚、ベビーベッドでは一つ話がありまして...........彼の有名なシャーロック・ホームズの著者コナン・ドイルは医者だったことで有名ですが、彼が後年母校エディンバラ大学で教授回診に同行した際、(ペンキを塗られた)ベビーベッドのそばに付き添っている若い母親に「ベッドにペンキを使うな」という警告をした、なんて話が残っているそうです(その子供は鉛中毒だった!)。 で、これを見たアメリカからの留学生が何故一目で分かったのか尋ねると、子供の栄養状態が良いのに筋肉に力が入っていない事を挙げ、更に子供の指にはペンキがついていた、という事を指摘したそうで..........
 ま、もっともある方面に言わせれば、コナン・ドイルは「やぶ」だったという話ですけどね(^^;;
#某有名作品の主人公のヘロイン中毒の状態が違うとか.........(^^;;
#そう言えば、ピルトダウン原人騒動も関わったよな........(^^;;
#↑進化の「ミッシングリンク」を補うと注目された「偽物」の原人の骨。ドイルが偽造に関与した説が(爆)
#更に、「妖精の写真」なる合成写真を「本物」と判定した「実績」もあり(爆)


 あ、これに触れていませんでしたね。
 尚、鉛中毒にかかった場合はこれの排泄を促進する薬剤を使用することで改善を見ることが可能です。 化学実験などをする方は御存じ「キレート剤」という薬品がありまして、これは金属元素を「つかむ」働きをします。よって、これを投与することでキレート剤が鉛を「つかみ」、そして排泄しやすくする、というシステムになっています。
 もっとも、キレート剤も有害なものもあるんですけどね.........(^^;;
#鉛だけ持っていく、という訳ではありませんから。
#↑そして、人間には様々な、そして重要な金属元素がありますから...............



 さて、長くなりました。
 駆け足になりましたが、以上で鉛の話は取りあえず締めくくることにしましょう。




 最後は駆け足でしたな..............(^^;;

 さて、今回の「からこら」は如何だったでしょうか?
 前々回はローマ人と鉛、前回は東洋での話。そして、今回は締めくくりとして毒性他について触れてみました。
 まぁ、本当に密接に人間と密接にあったのか、本当はまだまだあるのですが、取りあえず詰め込んでみました(^^;; 歴史的な部分もまた入っていますけどね。 結構面白いのではないか、と思います。

 さて、次回は...........取りあえず何かですな(爆) いや、まだ考えていないというか.........考えているんだけど説明に結論が出てないというか..........(^^;;
 すみません。頑張ります.......(_ _;;

 さて、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 それでは、次回をお楽しみに.............

(2000/04/25記述)


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