からむこらむ
〜その211:去るべき時〜


まず最初に......

 こんにちは。2月の上旬が終わりとなりますが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 え〜......と言う事で、今年初の更新となります(^^;

 さて、その今年初のお話ですが。
 今回は毒の話と行こうかと思います。ま、一応前からネタとして使おうかと思っていながらあれこれあって全然やっていなかった話なんですけどね(^^; まぁ、有名な話ではありますが......それに若干+αと言う形で展開してみようかと思います。
 ま、物の本には色々とある物ですが。取りあえず、「薬物による......」と言う物ととらえていただければよろしいかと思います。
 それでは「去るべき時」の始まり始まり...........



 しかしもう去るべき時が来た  私は死ぬために、諸君は生きながらえるために。もっとも我ら両者のうちのいずれがいっそう良き運命に出逢うか、それは神より外に誰も知る者がない。

(「ソクラテスの弁明」より/『ソクラテスの弁明/クリトン』所収  
/プラトン著 久保勉訳/岩波書店)


 皆さんはソクラテスをご存知でしょうか?
 ギリシア時代の著名な哲学者の一人であり、「無知の知」で有名でしょうか? 「自分が無知であることを知っている」と言う話ですが。ま、難しい話は哲学書でも読んでいただくことにしまして......少なくとも名前はよく知られているでしょう。この人物は「自ら語る言葉」にこそ「生」があり、本に書かれた言葉は「死んでいる」と言う考えを持っていたといわれており、このためか著作は一切残さなかった人で、弟子のプラトンの著作(ソクラテスを主人公とし、対話形式の物が多いようです)といった、他者の記録を通してでしかこの人がどんな人物であったかがわかっていません。
 ただ、多数の記録から得られる人物像としては、この人はいわゆる「奇人変人」に類する部分がある人だったようです。
 どういう点でかというと.......町中で辻説法(というか辻議論というか)をしていたとか。と言うと「その程度」と思われそうですが実際にはそんな生易しい物ではなく、「人をつかまえては議論をふっかけていた」とか、色々とそういう「話」が残っています。しかもソクラテス自身は貧乏ななりでアヒルのような歩き方、更に頭は大きくはげていて、そしてかなり頑丈な体で健康体だったと言われており.......つまりかなりの「迫力」がある人だったようで。
 想像してみましょう.......そんな人がいきなり往来を歩く若者をつかまえて説法(彼は対話によって自覚を得ると考えた故)開始。あなたがこの「若者」だったら?
 ま、自らの信念を貫く、というか強情というか.......
 それはともかく、このソクラテスは紀元前399年に裁判の後に死刑に処されていることがよく知られています。裁判の経緯はプラトンなど弟子などが詳細に記録して残されていますが、簡単に書いてしまえば当時の知識人(彼らはソクラテスから批判されていた)がソクラテスへの反発などから、「国家の神々を認めない(不敬神)」「青年に害を及ぼす」などの理由をつけて起訴したために裁判になっています。もっとも、実際には当時ペロポネソス戦争によってアテナイ(アテネ)はスパルタに敗れており、その戦争責任なども絡んでいる(ソクラテスの弟子などが関連していたなど)などという背景もあったそうですが。
#なお、ソクラテスもこの戦争に重装歩兵として参加していたようです。
 細々としたのは省略しまして、裁判の結果ソクラテスは陪審員501名の投票から281対220で有罪になり、次に行われた量刑の決定において原告の死刑の申し立てを陪審員が大差で支持(ソクラテスは弁明において陪審員を敵に回してしまったらしい)。その結果、彼は死刑に処されることとなります。
 この時の彼の弁明はプラトンの『ソクラテスの弁明』で残されています。結局、ソクラテスは皆が逃亡のおぜん立てしたものの、それをよしとせず、「自分は無罪だが、法は法」と言うことでそれに殉じることとなりました。

 ソクラテスの処刑は、その経緯も非常に有名ながら内容も有名です。
 その方法は、「毒杯を自らあおる」と言うものでした。これは弟子達によって記録されているので、本当に有名なものの一つといえますが。死刑執行人がソクラテスに毒の入った杯を渡し、それをソクラテス自らが飲む、と言う「自殺の強要(現在の法的にはこういうものは「自殺」では無いそうですが)」と言う方法でした。これは当時の政治犯の処刑法だったようでして、一方でソクラテスと言った、地位ある人間に対する「名誉ある死」の配慮だったようにも見えます。
 つまり、「エリートのための死刑」がこういった「他者の手を借りず」に「自らの手で死ぬ」と言う物だったと言えるのかもしれませんが......実際、ソクラテスは「死刑囚」でしたが、知人友人からの差し入れも多く、最後の晩餐もにぎやかな物だったようです。
 そして、やがて最期を迎えるわけですが......その様子はプラトンの『パイドン』に記録されていますが、どういう物かをある程度紹介しておきましょう。

 まず、牢獄の中でソクラテスとその弟子達、そして死刑執行人がいました。
 涙ながらの別れを行いながら弟子達の見守る中、ソクラテスは死刑執行人に「そろそろ毒を持ってきてくれ」と頼みます。しばらく後に杯に毒の「ジュース」を入れた死刑執行人がやって来て、杯をソクラテスに渡します。ソクラテスは死刑執行人にどうすればよいのかを尋ね、「そのまま飲んでから、足が重くなるまで歩いてください。そうすればやがて死が訪れますから」との説明を受けます。ソクラテスが「杯の中の一部を神に捧げたい」と言うと、執行人は一人用に調製してあるからとそれを禁じ、ソクラテスは納得して「では神に祈りを捧げる事だけは許してもらおう」と言ってから、弟子達の嘆く中、「死は哲学者にとって究極的な成就だから」と毒杯をあおります。
 彼は言われた通りしばらく牢内を歩き回ってから、足が重くなったとやがて横になります。
 死刑執行人は彼の足下や脛に触れ、そのあとで足下を強く押し「感覚がありますか?」と尋ね、ソクラテスは「ない」と答えます。次に脛を強く押して「段々と上に向かって、次第に冷たく硬くなっていく」と、そして「これが心臓にまで達したら死である」と周囲に説明します。やがて腹部まで冷たくなったソクラテスは、クリトンに向かって「アスクレピオス(医神)に鶏を備える事を忘れないように」と告げ、クリトンは「わかりました。他に何かあるでしょうか?」と訪ねるものの、返事はない。そして、わずかの後にソクラテスの身体はぴくりと動き、その後執行人が顔を覆っていた覆いをとると、目が見開かれ絶命したソクラテスがいました。
 クリトンがその目を閉じて、この死刑執行の幕を引きます。

 この処刑は非常に有名でして、多くの本に記載されているものだったりしますが。
 この話、実に多数の情報を提供しています。特に当時のギリシアにおける毒の知識は相当なものだったと言われているのですが、それがこの話から理解されています。例えばこの死刑執行人は「専門職」として存在していたとされており、更には処刑に用いられた毒について、量やその効果、調整法など熟知しているなど、彼らは非常に詳しい専門知識を持っていたことが伺えます。
 実際、ギリシア神話や当時の様々な劇中においても「毒使い」の存在が示されていまして、神話に登場する悪女として名高い魔女メディア(メデ)と彼女のおばキルケは毒使いとして有名であり、トリカブトの話マンドレークなどに絡んで名を残しています。そういう事からも、当時にはおそらく毒となるものやその用法などについての知識はかなりあったものと思われますが。

 さて、このソクラテスの処刑に用いられた毒は非常に良く知られています。
 この杯に入れられた毒は植物性のものでして、「ドクニンジン」と呼ばれる植物でした。英名"hemlock"(または"poison hemlock")から「ヘムロック」とも呼ばれます。学名はConium maculatumとなっていまして、これから「コニウム」とも呼ばれるようですが。セリ科ドクニンジン属の植物でして、ヨーロッパが原産で各地で見られるとされます。茎はすらりと伸び2m程に伸び、レース状の白い花を咲かせますが、大分「ひ弱」な印象を与える植物です。
 ただ、外見は当てにならないわけでして、実際にはこの植物は種子を始め全草に毒がある事が知られています。
 その主成分は昔から関心があったためか、すでに1827年に単離されていまして、その分子式も1886年には判明しています。この化合物は学名より「コニイン(coniine)」と命名されています。更にドクニンジンからはγ-コニセイン(γ-coniceine)やN-メチルコニイン(N-methylconiine)などといったアルカロイドが得られており、これらをまとめてコニウムアルカロイド(conium alkaloids)と総称されています。


 コニウムアルカロイドの代表格はこの3つです。
 専門的に見てみますと、これらは当初はアミノ酸のリジンから得られると考えられるなどしたようですが、現在はポリケチド生合成経路から得られていると考えられています。酢酸(もちろんアセチルCoA)4つ分から合成され、γ-コニセインが得られ、そこからコニインが得られると推定されています。
 これらの物質のLD50はマウスではコニインが経口で100mg/kg、γ-コニセインが12.0mg/kg、N-メチルコニインが204.5mg/kgとなっているようで、もっとも強いのがγ-コニセインと言う事になります。静脈注射だとこれらの数値の1/6〜1/5程度で致死になるようです。

 ドクニンジンを摂取するとどうなるか?
 一般的な初期症状は口の中がねばねばしてのどの渇きを覚え、吐き気を伴ってよだれがあふれ、場合によっては腹痛や下痢を起こすとされます。そして頭痛や発汗、目まいの後に瞳孔が開いて、量にもよりますが30分〜1時間程度で死に至るようです。一方分子的な反応を見てみると基本的には神経毒でして、中枢神経や運動神経を冒して死に至らしめると考えられています。もう少し詳しく書けば中枢神経では最初興奮が起きて後マヒ、そして呼吸中枢のマヒによって死ぬとされます。また運動神経では筋肉の接合部が遮断されて知覚の喪失を引き起こし、更に嘔吐や呼吸障害を引き起こして呼吸麻痺を起こし、その結果死ぬ事となります。
 つまり、この毒は最終的には呼吸をマヒさせて死に至らしめるという事になります。
 マヒは脚のような身体の末端から中心に向けて順次起こるようで、この点はソクラテスの処刑のシーンと一致するようです。もっとも、死刑執行人の説明にある「心臓に達したら」と言うのは誤りで、実際には呼吸停止によるものですが。ただ、どう考えても運動神経の遮断からもたらされる頭痛や発汗、嘔吐などはプラトンの描写と一致しません。これは死刑執行人が毒杯にアヘンを混ぜ、ブロンプトンカクテルの様な形にして苦痛を取り除いていたのではないかと推測されているようです。もっとも、これは真偽は不明ですが........
 なお、これら毒成分の実際の分子レベルでの挙動はあまり詳しくは知られていないようです。
#ある程度は研究されていると思われますが。

 こういった毒を含むドクニンジンですが、基本的には「新鮮なもの」が最も毒性が高い事が知られています。
 ただ毒の量は気候などの影響が大きく不安定であり、蒸し暑い状態で成長すると量が多く、曇りが多いと少ない。また、乾燥させると毒性は弱まるとされています。こういった条件から根(外気の影響を受けにくいという事)にある毒だけが比較的安定しているとされていますが、しかし絞り汁にして放置すると不安定化するとされています。
 以上のような点から、おそらくソクラテスに渡された毒杯は、文字通り「出来立ての物」が渡されていたのではないかと考えられます........ただ、当時の正確な調整法は現在は知られていないために、ソクラテスがどのような調整法の物を飲んだかは正確にはわかっていません。一般にはドクニンジンを陰干ししたものを粉末にして、これを水か温湯でエキスにして、あるいはそのまま水に混ぜて飲ませたのではないかという推測がされているようです。ただ、その量の調製も一人分になるようにちゃんとしていた事(杯の一部を神に捧げる事を禁じている)から、ちゃんとドクニンジンを扱う上での知識が当時すでにあったのは間違いないようです。
#これら毒の知識はやがてアレクサンドロス大王の遠征からインド・ペルシアの知識とあわさり、その後ローマへと引き継がれていったと思われます。
 なお、このドクニンジンは当時においては死後の世界において「永遠の不死に通じる扉を開くもの」と信じられていたようで、アスクレピオスへの供物の依頼はそれを受けたもののようです。もっとも欧州においてはこれを誤って食用のパセリなどと間違えられるケースがあるようで、中毒事件が現代においても時々起きているようです。もちろんそういう人達にとってはソクラテスのような心理は一切ないでしょうが.......

 さて、このように処刑されたソクラテスですが.......その後にもドクニンジンが関与する話があります。
 この頃から(実際は「それ以前」からというべきか)ギリシアは徐々に衰えていきます。このような時代に表舞台へと姿を現す人物にアテナイの政治家として、雄弁家として活躍するデモステネスがいます。彼はマケドニア王フィリップ2世によるアテナイへの侵攻に抵抗し、アテナイとテーベの同盟を組んだ上に反フィリップ演説を行って主戦論を展開。3回の演説の後、紀元前338年にマケドニア軍とギリシア同盟軍は大規模な衝突をします。この「カイロネイアの戦い」でマケドニア軍は大勝してギリシアの覇権を握ることとなります。
 もっともフィリップはその後暗殺され、やがてプラトンの高弟アリストテレスが家庭教師として育てたアレクサンドロス(アレキサンダー)がマケドニア王に就き、「大王」と称される事となりますが。
 その後大王によるペルシア遠征が行われますが、これが展開されている時期である紀元前323年、ギリシア独立を図るラミア戦争が勃発し、デモステネスはこれに関与します。しかし翌紀元前322年、ギリシア同盟軍は「アモルゴスの海戦」に敗れ、更に「クランノンの戦い」でマケドニアに敗北。結果ギリシア同盟軍は無条件降伏してラミア戦争は終結します。そして戦争責任問題で民会はデモステネスの死刑を決議するのですが、デモステネスは逃亡。しかし、追っ手の激しさからデモステネスは逃走を諦めて自殺する事となるのですが......
 この時デモステネスが使った毒は何か?
 実はこれがヘムロック.......つまりドクニンジンであったと言われています。彼は自殺を決意した際、躊躇無くソクラテスと同じものを選んだと言われていますので、彼に思うものがあったのかもしれませんけどね。

 なお、ソクラテスの死後、そしてデモステネスの死後、この地域でのギリシアの政治的影響力は完全に失墜し、没落の道を歩む事となります。
 それは地中海地域の変化の激しさもありますが、最終的にはこの地域はローマが覇権を握る事となり、ギリシアはその属州として吸収される事となります。結局「両者のうちのいずれがいっそう良き運命に出逢」ったのかはなんとも言い様がありませんがね。


 ところで、現在のところ死刑にドクニンジンを用いるところは無いようです。
 色々と調べてみますと、昨今の法制度においては死刑の手段はおおむね限られているようです。例えば、絞首刑だったり電気イス、銃殺と言った物理的な方法(フランスではギロチンも前世紀においてまだあったようです)があり、一方で薬剤による死刑と言うものが存在しています。特にそこから外れるものは特別なケース(宗教的影響の強いところなど)を除いてはないように見えます。ま、こういったもの外の手法は大体は「残酷」と言う事があるようでして、例えば過去にクラーレなどの使用が考慮された時、「身体が動かなくても意識が残る」と言う事で「残酷」だから使用中止になったと言う話があったりします。
 ま、死刑制度の存続云々は別としまして.......少なくともソクラテスのような「自殺の強要」と言うものは無いようです。

 こういった死刑の中で、アメリカなどでは薬物による死刑が取られているところがあります。
 その方法は様々ですが、この場合は「安楽死」と言う手法がとられているケースがあるようです。その方法は薬物の静脈注射でして、例を挙げると主にチオペンタールナトリウム(thiopental sodium)と言う薬剤を使うケースが多いようです。
 もう少し具体的に触れてみましょう。
 アメリカのある州の例で説明しますと、死刑の確実性を期すために三つの薬剤を静脈注射する形で死刑が執行されています。一つはメインとなるチオペンタールナトリウム、一つは臭化パンクロニウム(Pancuronium Bromide)、そしてもう一つが塩化カリウムです。チオペンタールナトリウムは麻酔薬でして、全身麻酔などに用いられる薬剤です。これを大量投与すれば死に至る事になりますが、それだけでは確実性に問題がある可能性があるために筋弛緩剤である臭化パンクロニウムが投与されます。更に心停止作用のある塩化カリウムが投与され、その確実性を高める事となります。
#塩化カリウムは減塩のために食に提供される事がありますが、死刑の場合はあくまでも静脈注射で行われるもので、効果を食と同一レベルで考えてはいけません。
 なお、この時に死刑囚はベッドに縛りつけてあり、行動の自由はありません。


 以上にチオペンタールナトリウムと臭化パンクロニウムの構造を示しておきましょう。塩化カリウムは単純にKClで表される無機塩です。
 気付かれる方もいるかもしれませんが、チオペンタールナトリウムは実はバルビツール酸系の物と類似している化合物(環の酸素が硫黄とナトリウムに変わっている)となっています。チオペンタールナトリウムと臭化パンクロニウムは人工の物質で、いずれも自然界に存在していないものとなっています。
#なお、これは1995年アメリカでの連邦ビル爆破事件において、主犯のマクベイ元死刑囚に対してとられた方法でもあります。
#この執行には被害者家族が見守る中で行われ、更にテレビ中継されるなど色々と物議が起こってそういう意味では有名のようですが。


 さて、長くなりましたが。
 今から約2400年前の有名な死刑の話と、そして現在の死刑の話をしてみましたが........ま、「薬物による死刑」と言う話になりますけど。しかしながら「法の下に下される死」でありながら、片方は過去の歴史に残る死刑であり、もう片方は現在の議論の多い中の死であるなどと、両者を取り巻く環境には大きな違いがありますが。しかし、両者とも薬物による死である意味では共通しています。
 ま、色々と死刑については論議がありますけどね。取りあえずここではそういうのは置いておきましょう。
 ただ、「この世を去るべき時」がこういう事にはならないようにしたいですがね。

 それではこの話はこれで以上、と言う事で......




 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 取りあえず、久しぶりのネタがいきなりこういう話もと言うのもどうかと思うものもあるんですが、まぁ取りあえず(^^; ソクラテスの死は有名な死刑なのですが、まぁせっかくですので現代の死刑、特に薬物による死刑と言うものも併せて簡単に、と言う事にしたんですが。
 まぁ、これに関する議論はあれこれあるのは知っていますけどね。取りあえず、知識程度で憶えておいても、と思います。まぁ、少なくともここがそういう議論の話題の提供にならなければ特に問題はないですがね。
 人の人生様々、です。

 そういう事で、今回は以上ですが。
 次回は......いつになるでしょうか(^^; 取りあえず、忙しい中頑張っておりますので。気長に待っていただければ、と思います。

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2004/02/10公開)


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