からむこらむ
〜その184:最も残酷な毒〜


まず最初に......

 こんにちは。晩秋となり冬に突入となりますが、皆様如何お過ごしでしょうか?
 もう気付けば11月も後半。今年も後わずかですね.........

 さて、今回のお話ですが。
 前回はクラーレの伝説とその解明の途中までの話をしました。そして、今回はこの本質的な部分について触れてみる事としましょう。
 この毒、実は今までやったものの応用で説明が出来たりする上、薬にもなっています。意外と「活躍」をしている物であるといえますので、なかなか興味深いとは思いますが。
 それでは「最も残酷な毒」の始まり始まり...........



 さて、では前回の続き......
 クラーレ毒に興味を持っていた30代の若手学者クロード・ベルナールは、ウォータートンの実験を検証して何をしたか?

 彼はウォータートンの実験とさまざまなクラーレの報告から考えました。
 クラーレ毒のついた矢でいられた動物は速やかに死亡する。しかしそれは何故か? ただ普通の矢で穴を開けるだけで死ぬ、と言う事はあり得ない......と言う事はクラーレは何らかの作用をもつだろう。既に神経についてかなりの知識を持っていた彼は、クラーレと神経との関連の可能性に注目をします。そして、カエルを用いて次のような実験を行いました。
 どういう実験か?
 彼はまず、カエルの片足を縛りまして毒が回らないようにしてから、背中にクラーレを注射します。そしてすぐに両足の皮膚を開いて運動神経を露出させ、その神経に電気刺激を与えました。すると? 運動神経を電気で刺激するとどうなるかというと、通常は骨格筋はこの刺激で収縮を見せます。これは人工的でも何でも「刺激を与えれば」そのような動きを見せます。
 では、このカエルは?
 何もしていない片足では、刺激を与えても何も反応を示しませんでした。しかし一方で縛って毒が回らないようにしてあった片足では、刺激を与えると筋肉の収縮が見られました。
 つまり? クラーレの影響のない神経では正常に刺激に反応する筋肉が、クラーレの影響下にあると反応しない。
 これはつまりクラーレの働きは神経の正常な伝達の遮断作用にあるのではないか? このように結論を出します。
#余談ながら、この実験は神経と筋肉の連動を示すものとして、時々専門書に載っていたりします。
#それほど画期的な実験と言う事です。

 彼はこの成果を得て更に研究を進めた(近所に住む警察署長の飼い犬を実験に使ったとか色々とあるようなのですが)結果、クラーレに関する毒作用についてまとめる事となります。
 彼の発見した事は重要でして、「クラーレは神経の遮断作用を持つ」事。そしてクラーレが血中に入ると、その神経の遮断作用から筋肉の収縮がなくなり、全骨格筋(筋肉を動かすなど重要)が不活発になって弛緩すること。その結果、運動麻痺を起こして呼吸(筋肉を動かして呼吸する)なども出来なくなり、結果として窒息死する事が分かります。
 これはウォータートン達のロバの実験と確かに繋がるものでして、ウォータートン達はロバに「ふいご」を用いて人工呼吸を行いましたが、これはクラーレによる窒息を防ぐ物として妥当であるという事となります。
 この成果は1844年に発表されることとなり、学会にセンセーションを巻き起こしました。
 そして、彼はクラーレの作用機構の解明者としての栄誉を受ける事となります。


 さて、ベルナールの活躍によってクラーレの作用は大分分かってきました。そして、そこから運用法もまた見込みがつく事となります。
 しかし、肝心のクラーレの正体は? フンボルトの報告から植物性の毒である、と言う事は分かりましたが「どういう名前の、植物学的にどのように分類されたなんと言う植物か」といった情報は?

 クラーレはどう言った植物から得られるのか?
 クラーレはその調査からある程度の「分類」が既に出来るようになっていました。現在でも使われる代表的なものは19世紀も終わる1895年および1897年に、ドイツの科学者ルドルフ・ベェームによってなされたものでして、彼はクラーレを三つに分類しています。その「種類」はクラーレを容れておく容器によってつけられたものでして、
 と言った分類がされています。
 しかしこういった情報はあったとしても、実際には各部族で調合されている植物は多数ある上にバリエーションも豊富で、「クラーレの数は部族の数ほどある」と言われるほどたくさんの「レシピ」がありました。しかし懸命な探索の結果、いよいよいくつかの植物が限定される事となります。そして、それは一種類の植物ではなく、複数の種類にわたるものである事が判明しました。

 判明した植物は、地域によって名称がある程度共通したものであっても実際には異なっている、あるいは同属植物だったりなど混乱しており、かなり手間だったようです。
 例えば蔓性の植物が使われている、という記録があると前回書きました。こういったものの中でクラーレに利用されるものはツヅラフジ科(Menispermaceae)植物のコンドデンドロン属の植物が広く使われており、その中で最も強力なChondodendron tomentosum(コンドデンドロン トメントースム)を始めとする数種類のコンドデンドロン属の植物がクラーレに用いられていました。また、それだけでなくその164でも触れたマチンの仲間で、マチン科(Loganiaceae)のストリキノス属の植物もクラーレに用いられている事も分かります。これらは特にStrychnos toxifera(ストリキノス トキシフェラ)を始めとする数種類のストリキノス属の植物が使われていました。もっとも、このストリキノス属の植物はマチンを産するストリキノス ヌックス-ホミカとは異なり、蔓性植物となっています(とは言えど、茎の径は10cmに達するそうですが)。

 これらの植物は植生の問題から地域によって異なり、それがまた上の三つに分けたクラーレの種類とも関連していきます。
 例えばツボクラーレは主としてコンドデンドロン属の物が使われるのですが、カラバッシュクラーレはストリキノス属の物が使われます。そして、ポットクラーレはコンドデンドロン属およびストリキノス属の両者の混合物が使われていました。
 これら植物の探索の話は長くなるのでここでは省略しますが、危険を冒して奥地に入り、そこの部族の中に入り込み、あるいはわいろを使って突き止めるなど、かなりの苦労話が残っています。そしてその探索などとともに、やがてクラーレの全容もまた明らかになっていきます。
 つまり十種類以上の「成分」で調合されるクラーレは、実際にはコンドデンドロン属、あるいはストリキノス属の上に挙げたような植物単独で十分に毒性が発揮できる、と言う事が判明します。その他の、例えば十数種類の動植物他も混ぜて作られていた例などは検証の結果、部族の魔術師や魔法医と言った呪術に関連するような人間などの関与により、「その効果を増す」と信じられて入れられていると言う事が分かってきます。もちろん、物によっては多少なりとも効果はあったかも知れませんけどね。

 尚、前回触れたフンボルトの報告で出た「マバクレつる」は、オリノコ川での報告ですので、おそらくはカラバッシュクラーレに分類され、それゆえストリキノス属の物が使われたのではないかと思われます(確証は無いですが)。


 さて、ここまで判明してくると、今度はその有効成分は何であるかと言う事が注目される事となります。
 クラーレの毒成分の「正体」は何であるのか? これはその成分を含むコンドデンドロン属、ストリキノス属の両面から探索される事となります。そして20世紀に入って具体的な構造が判明する事となります。
 最初に単離されたのは、コンドデンドロン属からでした。
 1935年、イギリスの製薬協会の博物館に保存されていたツボクラーレより有効成分が単離されます。これを行ったハロルド・キング博士は、最初は新鮮なクラーレを用いるつもりだったのですが、それが無い為に仕方がなく博物館にあった古いサンプルを使ったと言われています。この物質はツボクラーレ(tubo curare)より分離されたと言う事で「ツボクラリン(tubocurarine)」と命名されました。
 その2年後、今度はストリキノス属を用いているカラバッシュクラーレより有効成分としてC-クラリン(C-curarine)が単離されます。この試みは19世紀末より分類に関与したベェームが挑戦していたのですが彼は果たせず、結局この時にウィーランドらによって行われています。更に1941年にはC-クラリンの同系の化合物としてC-トキシフェリン I(C-toxiferine I)も分離されます(ストリキノス トキシフェラより命名)。尚、C-クラリンとC-トキシフェリン Iの頭にある「C」は由来となるクラーレの「カラバッシュ(calabash)」より名付けられています。
 いずれもアルカロイドなのですが........以下に構造を示しておきましょう。
tubocurarine

C-curarinetoxiferine I

 構造が大きいですが.......この三つが代表的なクラーレの「主成分」となります。ツボクラリンはd体が活性成分です(その24参照)。
 基本的にC-クラリンとC-トキシフェリンはざっと見ると何となく分かるかと思いますが、同系のアルカロイドとなっています。ツボクラリンはビスベンジルイソキノリンアルカロイドと呼ばれるもので、専門的に言えばベンジルイソキノリン分子2個が結合したものとなっています。
 構造について書くと、ツボクラリンは当初出されていた構造が1970年に訂正されて現在の形に。C-トキシフェリン Iの構造は1961年に判明しています。C-クラリンは1964年に全合成がされています。特徴としてはいずれも四級塩基(ここではN+)が含まれていると言う事です。実際に研究の結果、60種以上にわたる多数の四級塩基を含む化合物がこれら植物から見いだされています。
 さて、同じ「クラーレ」でありながらツボクラリンとクラリン/トキシフェリンでは由来となる物質が異なっています。専門的な話になりますが、ツボクラリンはアミノ酸のフェニルアラニンが由来(レチクリンの構造もあります)で、クラリン/トキシフェリンはアミノ酸のトリプトファンが由来です。両者とも基本的に一対の同じ構造が互いにくっついた構造(二量体と言う事ですが)であると言うのは共通しています。もっとも、天然での詳しい合成経路の研究はあまりなされていない様ですが。
 尚、同じストリキノス属と言う点でクラリン/トキシフェリンとストリキニーネの構造を比較しますと、構造にはある種の共通性が存在しています。これは両者ともトリプトファンより合成される事が理由の一つとなります(構造も全体的に共通する部分が結構ありますが)。もっとも、作用に関しては比較すれば分かる通り正反対となっていますけどね。

 作用は冒頭に触れた通り、両者とも骨格筋の神経伝達の遮断です。もう少し具体的に書けば、骨格筋はアセチルコリン作動性神経で動いています。そしてクラーレ毒の成分であるこれらの物質はアセチルコリンと競合的に働き、受容体に「フタ」をしてアセチルコリンの結合を妨害してしまいます(つまりアンタゴニスト:専門的には、四級塩基をもつ部分など両者の構造は共通点があります)。この結果、アセチルコリンによる神経伝達は阻害される事となり、骨格筋に収縮の情報が与えられずそのまま弛緩する事となります。
 このような作用の為にクラーレにやられた生物は呼吸が出来なくなる、と言う事で死に至るのは書いた通りです。
 毒性としては20〜30mgのツボクラリンで30分程麻痺を引き起こすとされています。そしてC-トキシフェリン Iはd-ツボクラリンの約25倍の筋弛緩作用をもつとされています。麻痺に一定の順序がある事も知られていまして、最初に目・耳・足指などが冒され、次に四肢、そして頚の筋が麻痺し、これによって呼吸が出来なくなって窒息します。この効果はエーテルで強化されます。
 更にヒスタミンを遊離させる効果がある為に血圧降下作用などもあります(アレルギーと一緒)。
 しかし、全く違う植物の全く違う構造で同じ作用をし、しかも幅広い地域で基本的に同じ名称で使われていた、と言うのは興味深いものがありますが.......
#もし、作用が違ったら(=死に方が違う)同じ名称になりえたのかなど興味があります。

 ところで、これらのクラーレ毒は消化管から吸収される量は問題にならない為に、クラーレ毒にやられた生物などを食べても中毒をする事はありません。これはつまり狩猟にクラーレを用いても平気な理由(そうでなければ狩猟に使って簡単に食べられない)でして、同時に前回のフランチェスコ・ロペツ・デ・マゴラの『印度通史』にある「良いクラーレは蒸気に当たる事で死ぬ」と言う表記は誤りという事でもあります。

 尚、クラーレは「最も残酷な毒」としても知られてもいます。
 その理由は何か?
 クラーレ毒の成分は骨格筋の働きを妨げる、と書きました。つまりは末梢神経系においてその働きが阻害されると言う事です。では一方で中枢神経の方はどうでしょうか? つまり脳については?
 実はクラーレ毒は脳への入り口である血液-脳関門を通過する事が出来ません。つまり、体のどこかでクラーレを塗った毒矢がかすめたとしても脳の中=中枢神経系に対して作用する事は出来ません(矢が脳に突き刺されば別でしょうが、それは別問題)。つまり、骨格筋が動かなくなっても脳の働きそのものは正常です。ただ、呼吸は出来ません。
 つまり?
 こう考えてみましょう.......貴方はクラーレにやられました。その結果、体は一切動かない。しゃべるのはおろか呼吸も出来ません。でも、意識ははっきりしています。どうにかしよう、と考えますが体は動きません。呼吸も出来ません。刻一刻と死が近づいてくる事を嫌でも知る事となります.......つまり、ある意味「なぶり殺し」となります。見かけは動く事が無い為に「穏やかな死」ですけどね........
 過去にクラーレ毒は安楽死の為の毒として用いられる事が検討されたのですが、この為にその採用が見送られています。

 では、クラーレにやられたら、人工呼吸以外は全くどうにもならないのか?
 そうでもない、と言う事は現在は知られています。アセチルコリンの働きを阻害するクラーレ毒ですが、ではクラーレ毒に対して強く拮抗する薬剤があれば? ここで少し思い出していただきましょう。人間の病気の一つに重症筋無力症、と言うものがあります。これはアセチルコリンの伝達が上手く行かない為に筋力が衰えるものです。
 ......さて、ここで昔の「からむこらむ」を覚えている方はピンとくるかも知れません。
 重症筋無力症については、当初は良い薬は無いと思われていました。が、これの薬は「毒」と思われていた物質から見つかります.......それは、試罪法で使われた「裁きの豆」のカラバル豆から取られたフィゾスチグミンでして、これはアセチルコリン作動性神経において、その伝達を強化する為に筋無力症の治療に用いられる事となった、と言うのは過去に書いた通りです。もっとも、今はネオスチグミンといった改良されたものが使われていますが。
 クラーレはアセチルコリンの働きを邪魔して「伝達をさせない」ものでした。一方、フィゾスチグミン(ネオスチグミン)はこの反対の働きをします。
 と言う事で、クラーレにやられた際の治療薬としてはこのフィゾスチグミン(ネオスチグミン)が用いられています。
#学生さん向け注:余談ながらC-クラリン/トキシフェリンもフィゾスチグミンもトリプトファンより出来ています。
#アセチルコリンと両者との類似性と決定的な違いも考えると勉強になるでしょう(N+とか共通部分を探すと......)。アゴニスト/アンタゴニストとこういったものを考えると勉強になるとは思います。


 ところで、クラーレは色々と作用が分かってくると、他の薬物と違わず「薬」への転用が出来ないものかと考えられます。
 その最初の動きは20世紀に入ると見られるようになり、クラーレは臨床への応用や普及がなされます。その功績はアメリカの科学者リチャード・ギル(Richard Gill)が有名でして、彼は1920年代はエクアドルで現地の人たちに交わって過ごし、クラーレの調製法や利用法を学びました。彼は1938年にアメリカに10kg以上(30ポンドあったという話ですが)ものクラーレを携えて帰国します。そして、製薬会社に掛け合って研究の対象としてもらうように交渉するのですが、これは失敗。脈がないと諦めた彼はカリフォルニアでクラーレの事業を興します。
 と、ここで意外な方面から製薬会社が興味を持つ事となります。
 ギルの興したクラーレ事業に興味を持った? 違うんです。実はギルのエクアドルでの滞在記録や冒険を描いたフィルム『白い水と黒い魔術(White Water and Black Magic)』が大当たりをし、その為に二つの製薬会社  スクイブ社とバローズ・ウェルカム社がクラーレに興味を持つようになります。
 そしてキング博士によるツボクラリンの単離成功もありまして、この二つの製薬会社より本格的にツボクラリンが供給されるようになります。更に両社でも臨床の研究がされます。
 ところで、当時の臨床研究と言うものは「科学者自らの身を使って参加」する事が普通に行われていました。バローズ・ウェルカム社でも同じでして、当時この会社で臨床研究の指導者であったフレデリク・プレスコットは自らその役を買って出ます。そして、ツボクラリンを自らに注射した結果、「7分間死んだ」と新聞に載るような事もあったようです。

 そして、詳しく研究がされた後、クラーレの成分はその効果から筋弛緩薬としての働きが期待されるようになります。
 これは骨格筋の伝達の遮断作用が注目された事でして、これは上手く行けば筋弛緩剤になるのではないか、と考えられます。これはかなり利用範囲が広く、例えば痙攣など筋肉が激しく緊張するような場合、これを用いる事でその症状を弛緩する事が出来ます。これは痙攣や電気ショック、外科手術(切開すると緊張した筋肉が盛り上がって邪魔になるなどする為、筋弛緩薬は重要)に対して安全性を高めることが期待される事となります。
 では実際にどうだったか?
 最初は麻酔薬のエーテルと一緒に使ったのですが、実験動物では皆呼吸困難で死んでしまいました。が、1942年になってアメリカのグリフィスとジョンソンによって「麻酔薬とクラーレを併用する場合、人工呼吸器が必須」である事がはっきりしまして、この結果から筋弛緩剤として患者の手術に、人工呼吸と併用してクラーレは使われる事となります。
 その後にもさまざまに研究されまして、クラーレは実際に破傷風や狂犬病による痙攣の緩和、ストリキニーネによる痙攣の緩和(ストリキニーネ自体は緊張させて痙攣:ストリキノス属同士で正反対の作用、と言う事を考えると興味深いものはあります)、電気ショック使用前の筋弛緩、全身麻酔時の筋弛緩薬として用いられる事となります。

 さて、このようにして活躍を始めるクラーレなのですが、実際には構造が判明してからは構造の改良が行われまして、それが用いられる事となります。
 いくつかは大掛かりな改良はされませんでした。例えばC-トキシフェリンIは誘導体が作られて「塩化アルクロニウム」と言う名称で、スイスの大手製薬メーカーであるホフマン・ラ・ロッシュ社より外科手術の際の筋弛緩薬として利用される事となります。ツボクラリンよりも強い活性をもつC-トキシフェリンIがあえて誘導体が作られているのは理由がありまして、ツボクラリンより持続時間が短い、また筋弛緩の調整が難しく溶液が不安定といった欠点をもつ為です。
 一方、ツボクラリンの方では構造に注目されて大きく変化する事となります。

 ツボクラリンの構造中の四級塩基(N+)部分などが注目された結果、もっとシンプルで単純な構造が提案されました。その結果としてある基本構造に基づいた物質と、それに手を加えた物質が合成される事となります。


 見かけは完全にツボクラリンの原形をとどめていません。
 デカメトニウムとスキサメトニウムは合成筋弛緩薬として、ヘキサメトニウムは血圧降下薬として使われています。X-は塩素イオン(Cl-)といった物が一般的でしょうか(つまり「塩化〜」と言う呼び方になる)。
#デカメトニウムとヘキサメトニウムなどはその14で触れた「数の数え方」を考えるとなかなか面白いと思います。
 さて、見かけ上「どこが同じ」か分かりにくいですが、ツボクラリンと同じく二つの窒素(N)を持つ上、立体的にはこの距離が共通しています(=アセチルコリンとも似ている事になる)。そういった特徴からアセチルコリン受容体と結合してアンタゴニストとして働き、筋弛緩薬となります(専門的注:アセチルコリンもこれらの物質も四級塩基を持つ共通点があり、それが重要となっています)。
#かなり専門的になりますけどね......

 これらはいずれも医療の現場で使用され、活躍をしています。
 ま、外科手術の経験などを持っている方は、場合によってはこういった筋弛緩薬を麻酔薬と一緒に使われた事があるかも知れません。もちろん、別のものを使っている可能性もありますし(結構ありますから)、いちいち医者に聞くと言う事はないと思いますけれども。ただ、もしかしたら「残酷な毒」である物から生まれた物を使っている、と言うのは十分興味深いものだと思います。

 ただ、困った事にこれが現代で悪用された例があります。
 平成5年頃に起き、後に独立して同時期に発覚する事となる埼玉と大坂で起きたいわゆる「愛犬家殺人事件」とくくられる二つの事件を覚えているでしょうか? この事件の埼玉のほうではマチンの話で触れた通りストリキニーネを用いていたと言われています。が、もう一つの大坂の事件では筋弛緩薬が用いられたと言われています。
 この筋弛緩薬は何かというと、実は塩化スキサメトニウムでした。被害者はこれを注射されまして、筋弛緩の為に死亡したとされています。そのメカニズムはつまりクラーレと同じものですから、おそらくは呼吸が出来なくなって窒息死したのでしょう。
 意識はあったと思われますので、極めて残忍な犯行、と言えますが........
#余談ながら、数年前の麻酔科医による筋弛緩剤の投与事件に使われた「マスキュラックス(臭化ベクロニウム)」はステロイド系の構造です。が、二つの窒素をもち、うち一つは四級塩基で共通性はあります。

 ま、ストリキノス属とクラーレという関係を考えると両者とも偶然でしょうが興味深い物があります。
 ただ、どうせ使うなら人の命を救う為に使って欲しいですがね。


 さて、と長くなりましたが以上がクラーレの話となります。
 この有名な毒、現代に至るまでの経緯を知らない人は結構多いのですが.........ただ、「未開の地」から見つかり、さまざまな噂の研究から経て現代に至って正体が判明、そして「毒」だけでなく「薬」として活躍する経緯は非常に興味深いものとなっています。
 おそらく過去のインディオ達はこうなるような事になるとは毫にも思わなかったでしょうが。
 このように各方面に、つまり文化的にも科学的にも大きな貢献を残した物質である、と言うのは興味深いものです。まぁ、もし今後外科手術を受ける、と言う方がいましたらこういうのも思い出すと少しは面白いかも知れませんね。
 ........嫌かも知れませんけど。

 と言う事でクラーレの話は終わりです。
 今回は以上という事にしましょう。




 さて、今回の「からむこらむ」は如何だったでしょうか?
 前回に引き続いてクラーレの話でしたが。まぁ、色々と書けるものはあるのですがそれはそれで長くなってしまいますので省きました。意外と文献はありますので興味ある方は調べてみると良いかも知れませんが.........ま、それはともかくもこの毒、非常に俗的にも科学的にも興味深い経緯をたどっています。そして、重大な事にいずれの方面でも「画期的」な成果を残しているものです。更に「毒」から利用価値の高まった事例の一つとなっています。
 まぁ、興味を持ってもらえれば嬉しいですけどね。

 さて、そういうことで一つ終わりですが。次回はどうしますかね.........
 取りあえず上手くできそうなら、精神と物質関連のキャンペーンの次の物へ、とも思いますが。上手く行かなかったら別のものを考えておきましょう(^^;

 そう言うことで、今回は以上です。
 御感想、お待ちしていますm(__)m

 次回をお楽しみに.......

(2002/11/19記述)


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